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第五章 ワン・モア・チャンス
8 ガウンは戯れるようにクルクル回る
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もうすぐ就寝時間だ。康太は、大樹に誘われて洗面所でふたり並んで歯磨きをしていた。右隣りでは大樹がガウンの前をすっかり寛げている。腰の紐も最早意味を成していない。結び目は解かれてだらりと両端が垂れ下がっている。横を見ても、正面の鏡を見ても、大樹は何も身に着けていないのと同じだ。長く大きなタオルを肩から掛けているような恰好で、悠然と歯磨きをしている。
——ふたりしかいないし、これで好いんだよな……?
康太も同じようにガウンの前を寛げている。けれども結び目を解いてしまうのではなく、ごく自然に腰の前で緩める程度にして遊ばせているので、大樹のようにすっかり前面が露わになっているわけではない。
——マイナス・ワンはどうしよう? でも森先輩は何も云わないし……。
康太は、ガウンを脱ぐべきかどうか迷っていた。ふたりしかいない空間だ。ここに武志がいれば、後ろからそっと近づいてきて、豪快に笑いながらガウンを剝ぎとってしまうだろう。もちろん武志もガウンを脱ぎ捨てているだろうから、脱がされても文句は云えない。
そのとき大樹が大きく動いた。コップに水を汲んで口をゆすぎ、その大きな上半身を洗面ボールに向けて、ぐぐっ、と屈める。康太は、思わず一歩引きさがった。
「さてと」大樹が身を起こし、ガウンの袖で口元を拭った。「康太——」
「はい」康太は大樹の顔を見あげた。
「——洗濯機の使い方を覚えてもらわないとな」
康太は歯ブラシを口から出すと、急いで口のなかの泡を吐き出して、
「あ、はい……」
「マイナス・ワン……」とだけ言って、大樹がガウンに手を掛けた。今にも脱ぎそうだ。「早くしろ」
康太は急いでガウンを脱いだ。それから大樹もガウンを脱ぎ、康太のガウンを受け取ると、くるりと踵を返して背後にあるドラム式洗濯機へと移動して、ふたつまとめて放り込んだ。
「康太、よく覚えておけよ。洗剤はここ、柔軟剤はここ。間違えるな」
「わかりました」康太は大樹の側に立って、その手順を見た。「森先輩、洗濯がすんだら、ベランダに干すんですか?」
「コイツは乾燥までやってくれるんだ」大樹は、すごいだろう、と云うかのように開始のボタンを押した。ほどなくして水が注ぎ込まれる。「だけど日光にあてて、ついでに風通しもしておきたいから——」
「——それなら朝起きたときに、ぼくが干しておきます」
「物分かりが好いな、お前って。よし、頼んだぞ」
と云って、大樹はいつものように康太の頭をポンポンと叩き、それから獣の遠吠えのようなあくびをしながら、両腕が天井に着きそうになるくらい大きく伸びをした。「さあ、寝るとするか」
大樹が洗面室を出ようとしたので康太は慌てて云った。
「あ、あの……森先輩?」
「どうした? 小狼はもう寝る時間だぞ」大樹が揶揄うように訊いた。
「あ、あの……ぼく、洗面ボールを拭いたらすぐ行きます」康太は、大樹の裸身から目を逸らすようにして洗面台のほうへ顔を向けた。「水気が残っているから、ちゃんと拭いておかないと……」
「ああ、そうか。部屋の電気は消しておくから、ぶつからないようにベッドまで来るんだぞ」
こう云って大樹は洗面室から出て行った。
康太は洗面ボールを拭きながら、大樹の行動や言葉の意味を考えた。
——マイナス・ワンって、寝るときもそうなのかな? 今まで何も云われなかったけど、黙っていてくれたのかもしれない。
康太の脳裏に大きく伸びをした大樹の裸身が泛んだ。それは獣が獲物に飛びかかる瞬間の姿のようだった。
——ベッドまで来るんだぞ、って、今夜は一緒に寝るってことなのかな……。だとしたら……。
思えば大樹はその裸身を見せつけているようだった。ガウンの前を寛げていたのも、それとなく伝えようとしていたのかもしれない。
——AV男優のジョークもそうだよな……。
大樹は詳しくは語らないが、女性経験が豊富なのは容易に想像できる。それもAV男優よりもずっと上手なのだろう。これは男同士の勘というやつだ。
洗面ボールを拭き了えて、康太は後ろを振り返った。
「あ」
ドラム式洗濯機の窓のなかで、ふたりのガウンが上になり下になり、戯れるように回っている。
貫通式——康太は息を飲んだ。
——ふたりしかいないし、これで好いんだよな……?
康太も同じようにガウンの前を寛げている。けれども結び目を解いてしまうのではなく、ごく自然に腰の前で緩める程度にして遊ばせているので、大樹のようにすっかり前面が露わになっているわけではない。
——マイナス・ワンはどうしよう? でも森先輩は何も云わないし……。
康太は、ガウンを脱ぐべきかどうか迷っていた。ふたりしかいない空間だ。ここに武志がいれば、後ろからそっと近づいてきて、豪快に笑いながらガウンを剝ぎとってしまうだろう。もちろん武志もガウンを脱ぎ捨てているだろうから、脱がされても文句は云えない。
そのとき大樹が大きく動いた。コップに水を汲んで口をゆすぎ、その大きな上半身を洗面ボールに向けて、ぐぐっ、と屈める。康太は、思わず一歩引きさがった。
「さてと」大樹が身を起こし、ガウンの袖で口元を拭った。「康太——」
「はい」康太は大樹の顔を見あげた。
「——洗濯機の使い方を覚えてもらわないとな」
康太は歯ブラシを口から出すと、急いで口のなかの泡を吐き出して、
「あ、はい……」
「マイナス・ワン……」とだけ言って、大樹がガウンに手を掛けた。今にも脱ぎそうだ。「早くしろ」
康太は急いでガウンを脱いだ。それから大樹もガウンを脱ぎ、康太のガウンを受け取ると、くるりと踵を返して背後にあるドラム式洗濯機へと移動して、ふたつまとめて放り込んだ。
「康太、よく覚えておけよ。洗剤はここ、柔軟剤はここ。間違えるな」
「わかりました」康太は大樹の側に立って、その手順を見た。「森先輩、洗濯がすんだら、ベランダに干すんですか?」
「コイツは乾燥までやってくれるんだ」大樹は、すごいだろう、と云うかのように開始のボタンを押した。ほどなくして水が注ぎ込まれる。「だけど日光にあてて、ついでに風通しもしておきたいから——」
「——それなら朝起きたときに、ぼくが干しておきます」
「物分かりが好いな、お前って。よし、頼んだぞ」
と云って、大樹はいつものように康太の頭をポンポンと叩き、それから獣の遠吠えのようなあくびをしながら、両腕が天井に着きそうになるくらい大きく伸びをした。「さあ、寝るとするか」
大樹が洗面室を出ようとしたので康太は慌てて云った。
「あ、あの……森先輩?」
「どうした? 小狼はもう寝る時間だぞ」大樹が揶揄うように訊いた。
「あ、あの……ぼく、洗面ボールを拭いたらすぐ行きます」康太は、大樹の裸身から目を逸らすようにして洗面台のほうへ顔を向けた。「水気が残っているから、ちゃんと拭いておかないと……」
「ああ、そうか。部屋の電気は消しておくから、ぶつからないようにベッドまで来るんだぞ」
こう云って大樹は洗面室から出て行った。
康太は洗面ボールを拭きながら、大樹の行動や言葉の意味を考えた。
——マイナス・ワンって、寝るときもそうなのかな? 今まで何も云われなかったけど、黙っていてくれたのかもしれない。
康太の脳裏に大きく伸びをした大樹の裸身が泛んだ。それは獣が獲物に飛びかかる瞬間の姿のようだった。
——ベッドまで来るんだぞ、って、今夜は一緒に寝るってことなのかな……。だとしたら……。
思えば大樹はその裸身を見せつけているようだった。ガウンの前を寛げていたのも、それとなく伝えようとしていたのかもしれない。
——AV男優のジョークもそうだよな……。
大樹は詳しくは語らないが、女性経験が豊富なのは容易に想像できる。それもAV男優よりもずっと上手なのだろう。これは男同士の勘というやつだ。
洗面ボールを拭き了えて、康太は後ろを振り返った。
「あ」
ドラム式洗濯機の窓のなかで、ふたりのガウンが上になり下になり、戯れるように回っている。
貫通式——康太は息を飲んだ。
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