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第五章 お紅茶は如何かしら?
ドライブ・トーク
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「おっと」
突然、ノックもなしにドアが開けられて、健悟は後ろによろけそうになった。ドアの隙間からマネージャーが顔を覗かせた。健悟は彼と目を合わせると、後ろ手でドアを開けてやった。
「親分さん、ここにいたんですね。ああ、穴井さんも」云いながらマネージャーは部屋に這入った。彼は、健悟と愛理が距離をおいて向かいあっているのを見て安心したようすだった。「それで、穴井さんとのお話は——」
「ああ、もうすんだ」健悟はマネージャーと入れ代わりで部屋を出ながら応えた。「それにしても仕事熱心なスタッフさんだな。感心したよ」
マネージャーは、あからさまに顔を綻ばせながら、
「いや、それほどでも」
と云った。社交辞令で返しつつも、愛理への——彼にとっては穴井恵子だが——好意を隠しきれていない。
愛理が健悟に頭を下げた。「褒めていただいて嬉しいです。これからも宜しくお願いします」
女ってやつはこれだから怖いんだよ……。
健悟は頭を掻きながらマネージャーに訊いた。「それで、このあとのスケジュールはどうなってるんだ?」
マネージャーは仕事の顔に戻った。「ジムでトレーニングの予定があります。親分さんもご一緒にどうですか?」
「ああ、邪魔でなければそのつもりだ。おかしなファンもいることだし、どこへ行くにもボディガードが必要だろ?」
健悟はスタッフたちにひと通り挨拶をして、ファンクラブ事務局をあとにした。柳川とマネージャーと三人で移動車に乗りこむ。健悟は助手席に坐り、シートベルトを締めた。
「親分も後ろに坐れば好いのに」柳川が云った。
健悟は応えた。「俺はイケメン俳優じゃないからな」
三人はひとしきり笑った。
「それじゃあ、ジムまで行きますね。ここからそう遠くはありません。信号が全部青なら十五分ほどです」マネージャーが云った。
「赤だったら?」健悟はすかさず訊いた。
「今まで赤だったこと、一度もないんです」後ろでスマホを弄りながら柳川が云った。「俺がナビでチェックしているので」
移動車が動きだした。
健悟は、愛理に云われたことを思い出した。
『お兄さんの匂いが全然セクシーじゃないんだよな——』
『——出し惜しみをしているんだ』
それなら、愛理以外の女たちの、あの反応は?
健悟は考えを巡らせた。ひょっとすると別れた女たちには、雄のフェロモンが通用しないのかもしれない。吸いすぎて鼻が慣れてしまったか、飽和の量を超えてしまって女のほうで本能的にシャットダウンしているか、おそらくそんなところだろう。
そのときスマホが振動して、LINEのメッセージが来たことを伝えた。ほぼ同時に下帯のなかで相棒が反応した。痛いほどに勃起している。健悟はスマホをジーンズの後ろポケットから取りだした。発信者は、思ったとおり、小雪だった。
——おいこら、相棒。ちったぁ我慢できねえのか?
——小雪の気配を感じたんだ。しょうがねえだろ。さっさとメッセージを見ろ。
健悟はトークルームを開いた。
『親分さん、萬屋さんが熱中症で倒れて救急車で運ばれたそうです』
レスを送る。慣れない座席なので打ちづらい。どうしても短くなる。
『うちの管轄か?』
『いいえ。柳川さんの事務所の前で倒れたみたいです』
『あの恥さらし』
『ほんとですよ。広報部長が聞いて呆れません? しかもこの炎天下で黒ずくめのドレスを着ていたそうなんです」
小雪のレスのスピードが速い。あと二、三回やり取りをしたら、通話に切り替えようと云ってくるだろう。声を聞きたいが今はマズい。
『今、運転中』
しばらく経って、
『今、柳川さんと一緒なんですね?』
とレスが来た。
『ああ』
と健悟は送った。即座に『Good Luck!』とメッセージがついた柳川のスタンプが返ってきた。
「おっと!」健悟は思わず声を上げた。
「どうかしました?」ハンドルを右に切りながらマネージャーが訊いた。口は動かしているが、それ以外は運転に集中している。
「小雪さんからLINEが来たんだよね?」後ろで柳川が云った。「隠したってムダですよ、親分」
「報告を受けただけだ」
そのときスマホの着信音が鳴った。こんどは柳川だった。柳川は、お疲れ様です、と云って電話に出て、はい、はい、と何度か短く頷いて通話を了えた。
「おい、誰からだ? うえの璃子か?」健悟は態とこう云って揶揄った。
「まさか! 事務所からです。運転中は俺が電話に出ているんです」
「へえ、二人三脚ってやつか」
マネージャーがつけ足した。「簡単な連絡事項は取ってくれるので、助かります」
「それでどんな連絡だったんだ?」健悟が訊いた。
「実はですね。さっきの電話は事務所のデスクの女の子で——」突然、芝居口調になって柳川が応えた。探偵ドラマに出てくる助手になりきっているらしい。
「好いからさっさと云えよ」健悟は指先でダッシュボードを叩いた。
「親分、聞いて驚かないでくださいやしよ」こんどは時代劇の密偵者だ。「女が事務所の前で倒れたそうでして。その女ってのが、南蛮渡来の黒装束にすっぽり身を包んでいて、見るからに怪しい限り。騒ぎになると大変だってんで、救急車を呼んだそうなんですが、その女の正体が——」重要なシーンらしく、柳川は勿体ぶるかのようにひと呼吸おいた。
突然、ノックもなしにドアが開けられて、健悟は後ろによろけそうになった。ドアの隙間からマネージャーが顔を覗かせた。健悟は彼と目を合わせると、後ろ手でドアを開けてやった。
「親分さん、ここにいたんですね。ああ、穴井さんも」云いながらマネージャーは部屋に這入った。彼は、健悟と愛理が距離をおいて向かいあっているのを見て安心したようすだった。「それで、穴井さんとのお話は——」
「ああ、もうすんだ」健悟はマネージャーと入れ代わりで部屋を出ながら応えた。「それにしても仕事熱心なスタッフさんだな。感心したよ」
マネージャーは、あからさまに顔を綻ばせながら、
「いや、それほどでも」
と云った。社交辞令で返しつつも、愛理への——彼にとっては穴井恵子だが——好意を隠しきれていない。
愛理が健悟に頭を下げた。「褒めていただいて嬉しいです。これからも宜しくお願いします」
女ってやつはこれだから怖いんだよ……。
健悟は頭を掻きながらマネージャーに訊いた。「それで、このあとのスケジュールはどうなってるんだ?」
マネージャーは仕事の顔に戻った。「ジムでトレーニングの予定があります。親分さんもご一緒にどうですか?」
「ああ、邪魔でなければそのつもりだ。おかしなファンもいることだし、どこへ行くにもボディガードが必要だろ?」
健悟はスタッフたちにひと通り挨拶をして、ファンクラブ事務局をあとにした。柳川とマネージャーと三人で移動車に乗りこむ。健悟は助手席に坐り、シートベルトを締めた。
「親分も後ろに坐れば好いのに」柳川が云った。
健悟は応えた。「俺はイケメン俳優じゃないからな」
三人はひとしきり笑った。
「それじゃあ、ジムまで行きますね。ここからそう遠くはありません。信号が全部青なら十五分ほどです」マネージャーが云った。
「赤だったら?」健悟はすかさず訊いた。
「今まで赤だったこと、一度もないんです」後ろでスマホを弄りながら柳川が云った。「俺がナビでチェックしているので」
移動車が動きだした。
健悟は、愛理に云われたことを思い出した。
『お兄さんの匂いが全然セクシーじゃないんだよな——』
『——出し惜しみをしているんだ』
それなら、愛理以外の女たちの、あの反応は?
健悟は考えを巡らせた。ひょっとすると別れた女たちには、雄のフェロモンが通用しないのかもしれない。吸いすぎて鼻が慣れてしまったか、飽和の量を超えてしまって女のほうで本能的にシャットダウンしているか、おそらくそんなところだろう。
そのときスマホが振動して、LINEのメッセージが来たことを伝えた。ほぼ同時に下帯のなかで相棒が反応した。痛いほどに勃起している。健悟はスマホをジーンズの後ろポケットから取りだした。発信者は、思ったとおり、小雪だった。
——おいこら、相棒。ちったぁ我慢できねえのか?
——小雪の気配を感じたんだ。しょうがねえだろ。さっさとメッセージを見ろ。
健悟はトークルームを開いた。
『親分さん、萬屋さんが熱中症で倒れて救急車で運ばれたそうです』
レスを送る。慣れない座席なので打ちづらい。どうしても短くなる。
『うちの管轄か?』
『いいえ。柳川さんの事務所の前で倒れたみたいです』
『あの恥さらし』
『ほんとですよ。広報部長が聞いて呆れません? しかもこの炎天下で黒ずくめのドレスを着ていたそうなんです」
小雪のレスのスピードが速い。あと二、三回やり取りをしたら、通話に切り替えようと云ってくるだろう。声を聞きたいが今はマズい。
『今、運転中』
しばらく経って、
『今、柳川さんと一緒なんですね?』
とレスが来た。
『ああ』
と健悟は送った。即座に『Good Luck!』とメッセージがついた柳川のスタンプが返ってきた。
「おっと!」健悟は思わず声を上げた。
「どうかしました?」ハンドルを右に切りながらマネージャーが訊いた。口は動かしているが、それ以外は運転に集中している。
「小雪さんからLINEが来たんだよね?」後ろで柳川が云った。「隠したってムダですよ、親分」
「報告を受けただけだ」
そのときスマホの着信音が鳴った。こんどは柳川だった。柳川は、お疲れ様です、と云って電話に出て、はい、はい、と何度か短く頷いて通話を了えた。
「おい、誰からだ? うえの璃子か?」健悟は態とこう云って揶揄った。
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「へえ、二人三脚ってやつか」
マネージャーがつけ足した。「簡単な連絡事項は取ってくれるので、助かります」
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「実はですね。さっきの電話は事務所のデスクの女の子で——」突然、芝居口調になって柳川が応えた。探偵ドラマに出てくる助手になりきっているらしい。
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