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第六章 親分はボディガード
資料室でエクレアを
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健悟は資料室にもぐり込んだ。ここへ来る前にフロア全体を見まわしたが、小雪の姿はなかった。資料室にいるのだろうと来てみたら、ここにもいないかった。
小雪にLINEでも打つか。
健悟は長テーブルにシャツを置いた。それから右ポケットからスマホを取りだそうとしたそのとき、左ポケットのスマホが振動した。
誰だよ、こんなときに。
健悟は左手をポケットに突っこんでスマホを取りだした。柳川からLINEのメッセージが届いていた。
> 親分! 北海道ロケ、順調っす!
> あと、取材先の店長さんが道産子美人でした!
股間の相棒が即座に反応した。またか、と健悟は天井を仰いだ。深呼吸をしてから心して画面をスクロールする。さっき読んだ二行のメッセージの下に写真があり、さらにもうひとつメッセージが送られている。
> 店長の桑江塔子さんと記念に一枚!
ひょっとするとひょっとした。地元に帰ってカップケーキのお店を開くのが夢だと語っていた女だった。別れて二年ほど経つが、髪型を艶やかなロングに変えただけで貌だちは変わっていない。
> クリームたっぷりで女性に人気なんだそうです!
> 岩塩入りで大人の味!
写真がもう一枚送信されていた。カップケーキをふたつ、左右の手にそれぞれ持った柳川が、鼻の頭にちょこんとクリームを乗せてお道化た表情をしている。おそらくこういうところが母性本能をくすぐるらしい。
相棒がムクムクと硬くなりはじめた。
——おい、相棒。何やってんだ。
——思い出したんだよ。あのクリーム……。
——あれは岩塩入りじゃなかったろ。
——いや、俺の味を足したってことじゃ……。
——それ以上、何も云うな! あと何も考えるな!
しかし相棒はすでに活動服のズボンの前を突き破りそうになっている。さらに頭陀袋も上下に動きはじめた。クリームまみれの顔写真が、健悟の迸りを顔いっぱいに浴びる柳川の顔に重なって見える。
落ち着け、落ち着け、落ち着け。ゆっくりレスを打てば、こいつらも鎮まるはずだ。健悟は震える指で入力した。
> いmあ見た。
> 飲み物hsコーヒーだよな?
ロケ再開らしく、レスは返って来ない。健悟はため息を吐いて、スマホを長テーブルの上に置いた。
さて配置換えだ。
健悟がズボンに右手を突っこもうとした瞬間、ガチャリと音がして資料室のドアがそっと開いた。
「あっ、親分さん」ドアの隙間から小雪が顔をのぞかせた。「ここにいたんですね」
「こ、小雪……」健悟は狼狽えた。ズボンの前は大きなテントになっている。急いで回れ右をした。「ベルトが少々キツくてな。ちょっと肥ったかな?」
小雪は、すぐ戻ります、と云ってドアをそっと閉めた。
健悟はポジションを直して椅子に腰を下ろした。大丈夫だ。小雪は天然なところがあるから、あの非常事態には気づいていない。すぐ戻るとも云っていた。
ややあって小雪がお盆を手に資料室に戻ってきた。
「署長に来客があって、お菓子を頂いたんです」
エクレアだった。
小雪がエクレアを乗せた紙皿とコーヒーを注いだ紙コップを健悟の前に置いた。「モカチョコが上から掛かっているので、コーヒーが合いますよね」
「モカチョコだろうとなんだろうと、うちの署はお紅茶禁止だ」健悟は左隣りの椅子を引いた。「おう、坐れ」
小雪が、ふふっ、と微笑み返す。「紅茶に罪はないんですけれどね。お紅茶が余りにもああだから」
小雪も席に着いた。気づけば横並びに坐っている。しまった、近すぎる。健悟はまずコーヒーをひとくち啜った。
「親分さん、わたし見つけたんです」小雪がスマホを取りだした。「萬屋さんの——」
「——フリマサイトか?」健悟はギクリとした。
小雪は応える代わりにスマホを健悟に見せた。「萬屋さんのSNSです。裏垢でこんなの作ってたんですよ」
「どれどれ」健悟はスマホを覗きこんだ。「なんだこりゃ?」
「驚いたでしょう? 自己紹介に『お紅茶レディのセレブ日記です』だなんて」
フォロワー数は『1』なのに、懲りもせず飽きもせず、大量に投稿しているらしい。小雪は白魚のような指先でスワイプしてそのひとつを健悟に見せた。
『ああん、わたしったら慌てん坊さん!
沖縄に行くので空港に来てみたら、
ところがどっこい!
ここ第三ターミナルだったんです!
ってか空港とかって、わたしとかイギリスに行くのに
来たことしかないみたいな感じじゃないですか?
だから間違っちゃったっぽいのかも!
丶丶丶みたいな! てへっ!』
文面からすでにお紅茶の臭いが漂ってくる。
健悟は思わず呟いた。「なにが『ところがどっこい!』だ。『どすこいどすこい!』だろ」
「空間も歪んでいるでしょう?」小雪が耳許で囁く。「加工しすぎで建物自体が」
スリムになった萬屋の周囲の凡てが夏の日のソフトクリームのようにドロドロと溶けている。歪んでいないのは素顔を隠すためにその上にスタンプされた柳川の顔写真ぐらいだった。
「昨日のもあるんです」小雪が細い指先ですっとスワイプした。「事務所前、そして病院のベッドの上。これで萬屋さんだと確信したんです」
「さすがに倒れたのは本当だったんだな」
「どういうことですか?」
「救急車のなかで撮った写真がないだろう?」
なるほど、と小雪が頷いた。
「それじゃあ、俺も」健悟は柳川からのメッセージを小雪に見せてやろうと思いたった。「エクレアでも喰って、ちょっと待ってろ」
隣りで小雪が、お先に頂きます、と小声で云った。健悟はスマホを操作しながら横目で小雪を見た。エクレアの底を指でそっと支え、目を閉じて口を一所懸命に開けている。相棒が勃起して、はち切れそうに痛い。
それでも健悟は、何事もないように小雪がひとくち食べ了えたところを見計らって、
「今、北海道でロケ中らしい」
とLINEのやり取りを見せた。「あっちでもケーキ喰ってるみたいだぞ」
「本当だ」小雪がエクレアを紙皿に置いて、画面をそっと覗きこむ。「あっ——」
「——ちょっと持っていてくれ」健悟はスマホを小雪の手に握らせた。「両手が塞がってちゃぁ、エクレアが喰えねぇからな」
「あれ……塔子さん……?」
「あんっ?」健悟はエクレアをひとくちで喉に押しこんだ。それをコーヒーで流しこむ。「知り合いか?」
「ええ。彼女、表参道のケーキ屋さんで働いていたんです。柳川さんのファンミーティングで仲良くなって……。偶然って、あるものなんですね」
健悟は顔を強張らせた。女たちはどこでどう繋がっているかわからない。
小雪は穏やかな口調で云った。「親分さん、彼女はおかしなファンじゃないから安心してください。それにコーヒー派ですし」
いや、そういうことじゃない。健悟は焦った。塔子のほかにも小雪と繋がっている女がいるのかもしれない。
「親分さん、ありがとうございました」
小雪がスマホを健悟に返そうとしたとき、そのスマホが振動した。
「あっ!」と小雪。
「おっと!」と健悟。
スマホを介してふたりは手を握りあう形になった。
そのとき——資料室のドアが開いた。
「あっ!」と小雪。
「おっと!」と健悟。
ふたりは同時にドアに目を向けた。体格の良い男ふたりが資料室に這入ってきた。
「事件の匂いがしてな。まあ、警察の勘だ」と隣りの小柳署長。
「焦げた匂いがしてな。まあ、消防の勘だ」と中道署長。
健悟は小雪から手を放し、あたふたと立上って、ふたりに敬礼した。
小雪にLINEでも打つか。
健悟は長テーブルにシャツを置いた。それから右ポケットからスマホを取りだそうとしたそのとき、左ポケットのスマホが振動した。
誰だよ、こんなときに。
健悟は左手をポケットに突っこんでスマホを取りだした。柳川からLINEのメッセージが届いていた。
> 親分! 北海道ロケ、順調っす!
> あと、取材先の店長さんが道産子美人でした!
股間の相棒が即座に反応した。またか、と健悟は天井を仰いだ。深呼吸をしてから心して画面をスクロールする。さっき読んだ二行のメッセージの下に写真があり、さらにもうひとつメッセージが送られている。
> 店長の桑江塔子さんと記念に一枚!
ひょっとするとひょっとした。地元に帰ってカップケーキのお店を開くのが夢だと語っていた女だった。別れて二年ほど経つが、髪型を艶やかなロングに変えただけで貌だちは変わっていない。
> クリームたっぷりで女性に人気なんだそうです!
> 岩塩入りで大人の味!
写真がもう一枚送信されていた。カップケーキをふたつ、左右の手にそれぞれ持った柳川が、鼻の頭にちょこんとクリームを乗せてお道化た表情をしている。おそらくこういうところが母性本能をくすぐるらしい。
相棒がムクムクと硬くなりはじめた。
——おい、相棒。何やってんだ。
——思い出したんだよ。あのクリーム……。
——あれは岩塩入りじゃなかったろ。
——いや、俺の味を足したってことじゃ……。
——それ以上、何も云うな! あと何も考えるな!
しかし相棒はすでに活動服のズボンの前を突き破りそうになっている。さらに頭陀袋も上下に動きはじめた。クリームまみれの顔写真が、健悟の迸りを顔いっぱいに浴びる柳川の顔に重なって見える。
落ち着け、落ち着け、落ち着け。ゆっくりレスを打てば、こいつらも鎮まるはずだ。健悟は震える指で入力した。
> いmあ見た。
> 飲み物hsコーヒーだよな?
ロケ再開らしく、レスは返って来ない。健悟はため息を吐いて、スマホを長テーブルの上に置いた。
さて配置換えだ。
健悟がズボンに右手を突っこもうとした瞬間、ガチャリと音がして資料室のドアがそっと開いた。
「あっ、親分さん」ドアの隙間から小雪が顔をのぞかせた。「ここにいたんですね」
「こ、小雪……」健悟は狼狽えた。ズボンの前は大きなテントになっている。急いで回れ右をした。「ベルトが少々キツくてな。ちょっと肥ったかな?」
小雪は、すぐ戻ります、と云ってドアをそっと閉めた。
健悟はポジションを直して椅子に腰を下ろした。大丈夫だ。小雪は天然なところがあるから、あの非常事態には気づいていない。すぐ戻るとも云っていた。
ややあって小雪がお盆を手に資料室に戻ってきた。
「署長に来客があって、お菓子を頂いたんです」
エクレアだった。
小雪がエクレアを乗せた紙皿とコーヒーを注いだ紙コップを健悟の前に置いた。「モカチョコが上から掛かっているので、コーヒーが合いますよね」
「モカチョコだろうとなんだろうと、うちの署はお紅茶禁止だ」健悟は左隣りの椅子を引いた。「おう、坐れ」
小雪が、ふふっ、と微笑み返す。「紅茶に罪はないんですけれどね。お紅茶が余りにもああだから」
小雪も席に着いた。気づけば横並びに坐っている。しまった、近すぎる。健悟はまずコーヒーをひとくち啜った。
「親分さん、わたし見つけたんです」小雪がスマホを取りだした。「萬屋さんの——」
「——フリマサイトか?」健悟はギクリとした。
小雪は応える代わりにスマホを健悟に見せた。「萬屋さんのSNSです。裏垢でこんなの作ってたんですよ」
「どれどれ」健悟はスマホを覗きこんだ。「なんだこりゃ?」
「驚いたでしょう? 自己紹介に『お紅茶レディのセレブ日記です』だなんて」
フォロワー数は『1』なのに、懲りもせず飽きもせず、大量に投稿しているらしい。小雪は白魚のような指先でスワイプしてそのひとつを健悟に見せた。
『ああん、わたしったら慌てん坊さん!
沖縄に行くので空港に来てみたら、
ところがどっこい!
ここ第三ターミナルだったんです!
ってか空港とかって、わたしとかイギリスに行くのに
来たことしかないみたいな感じじゃないですか?
だから間違っちゃったっぽいのかも!
丶丶丶みたいな! てへっ!』
文面からすでにお紅茶の臭いが漂ってくる。
健悟は思わず呟いた。「なにが『ところがどっこい!』だ。『どすこいどすこい!』だろ」
「空間も歪んでいるでしょう?」小雪が耳許で囁く。「加工しすぎで建物自体が」
スリムになった萬屋の周囲の凡てが夏の日のソフトクリームのようにドロドロと溶けている。歪んでいないのは素顔を隠すためにその上にスタンプされた柳川の顔写真ぐらいだった。
「昨日のもあるんです」小雪が細い指先ですっとスワイプした。「事務所前、そして病院のベッドの上。これで萬屋さんだと確信したんです」
「さすがに倒れたのは本当だったんだな」
「どういうことですか?」
「救急車のなかで撮った写真がないだろう?」
なるほど、と小雪が頷いた。
「それじゃあ、俺も」健悟は柳川からのメッセージを小雪に見せてやろうと思いたった。「エクレアでも喰って、ちょっと待ってろ」
隣りで小雪が、お先に頂きます、と小声で云った。健悟はスマホを操作しながら横目で小雪を見た。エクレアの底を指でそっと支え、目を閉じて口を一所懸命に開けている。相棒が勃起して、はち切れそうに痛い。
それでも健悟は、何事もないように小雪がひとくち食べ了えたところを見計らって、
「今、北海道でロケ中らしい」
とLINEのやり取りを見せた。「あっちでもケーキ喰ってるみたいだぞ」
「本当だ」小雪がエクレアを紙皿に置いて、画面をそっと覗きこむ。「あっ——」
「——ちょっと持っていてくれ」健悟はスマホを小雪の手に握らせた。「両手が塞がってちゃぁ、エクレアが喰えねぇからな」
「あれ……塔子さん……?」
「あんっ?」健悟はエクレアをひとくちで喉に押しこんだ。それをコーヒーで流しこむ。「知り合いか?」
「ええ。彼女、表参道のケーキ屋さんで働いていたんです。柳川さんのファンミーティングで仲良くなって……。偶然って、あるものなんですね」
健悟は顔を強張らせた。女たちはどこでどう繋がっているかわからない。
小雪は穏やかな口調で云った。「親分さん、彼女はおかしなファンじゃないから安心してください。それにコーヒー派ですし」
いや、そういうことじゃない。健悟は焦った。塔子のほかにも小雪と繋がっている女がいるのかもしれない。
「親分さん、ありがとうございました」
小雪がスマホを健悟に返そうとしたとき、そのスマホが振動した。
「あっ!」と小雪。
「おっと!」と健悟。
スマホを介してふたりは手を握りあう形になった。
そのとき——資料室のドアが開いた。
「あっ!」と小雪。
「おっと!」と健悟。
ふたりは同時にドアに目を向けた。体格の良い男ふたりが資料室に這入ってきた。
「事件の匂いがしてな。まあ、警察の勘だ」と隣りの小柳署長。
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