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第六章 親分はボディガード
ボディガードには取調べが必要
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署長室での取調べが始まった。いつもなら中道署長を相手にのらりくらりとかわしてきたが、今日ばかりはその手も通じそうにない。健悟は、ソファに腰を下ろしている中道署長と小柳署長を前に直立不動のまま、資料室でのアクシデントをどう弁明すべきか考えた。
何か云わなければ……。
健悟は、あらためて小柳署長にあいさつをした。
「小柳署長、大変ご無沙汰しております!」
「おう、まあ坐れや」
「は、はい。失礼します!」
「あれから何年だ?」
小柳署長はこう云って、中道署長をチラリと見た。「出世のはしごを順調に昇っているとばかり思っていたが、聞けば生涯現役を望んでいるらしいじゃねえか。おうおう、どういうことか聞かせてもらおうか」
中道署長が、うまく応えろ、と健悟に目配せをする。
健悟は言葉を選びつつ慎重に応えた。「ち、地域住民のぉ、安全のために、こ、この身を捧げたいと——」
「——ほう」小柳署長は健悟の言葉を途中で遮り、猛禽類のような鋭い目でジロリと睨みつけた。「それでさっき資料室で手を捧げていたというわけか。ああん?」
健悟はしどろもどろになった。「いや、その、あれは実は……」
「中道が俺の大学の後輩だってのは識っているよな?」小柳署長は片肘を膝に乗せ、ぐぐっと前のめりになって、その中央が割れて深く窪んでいる顎を一度しゃくりあげた。「早い話が俺の舎弟だ。その舎弟が持ってくる見合い話が気に入らねえみてえだが、おうおうおう、どういうことか説明してもらおうじゃねえか」
健悟は中道署長に助け船を求めようと目線を移したが、すでに難破船になっていた。ここは正攻法で納得してもらうしかない。
「な、中道署長のお心遣いはありがたいのですが、おっ、男四十二の本厄でして……後厄がすむまでは——」
「——この俺からの見合い話も断る、と。大した度胸だ」
室内に戦慄が疾った。
「め、めっそうもない……。ただ、先ほども申し上げたように今は時期が悪くて——」
すかさず小柳署長がドスをきかせる。「——その割には楽しそうに手ぇ握ってたなあ、おい」
絶体絶命——健悟のこめかみに冷や汗が滲む。
小柳署長はかつて『落としの小柳』と呼ばれていた。その手に掛かればどんな容疑者も黙秘を貫くことは出来なかったという伝説の持ち主だ。そしてその凄腕は、どうやら今でも健在のようだった。
——おい、相棒。小柳組のおやっさんが乗り込んできたとき、おまえ……。
——俺は組長の顔見た瞬間に倒れたぜ? 拳銃で撃たれたみたいにな。
——じゃあ、バレてないんだな?
——ああ、だが小雪の件はどう弁明する? 見合い話は小雪がいるからいらねえって云うか?
——火に油を注ぐようなことを……。
そのとき着信音が鳴り、小柳署長が胸のかくしから黒いもの——スマホだったので健悟は命拾いした——を取りだした。「なるほど……」と、スマホの画面を覗きこみながら親指と人差し指を展げて顎を撫でる。
中道署長がその舎弟っぷりを発揮して、
「兄貴、何があったんで?」
「こいつぁ、驚いた……」
小柳署長はスマホを舎弟に見せた。舎弟はそれがまるで酒を酌み交わす盃であるかのように、両手でありがたく受け取った。
「まさか……」中道署長の顔がさっと青ざめた。
——おい、相棒。どうなってんだ?
——別れた女が被害届でも出したんじゃねえのか?
——むしろ俺のほうが被害者だぞ。それに小柳組のおやっさんに直で話が来るわけねえだろ。
——本厄だ。何があってもおかしくねえぞ。女のなかに組長の姐さんでもいたんじゃねえのか?
——おい、バカ! 恐ろしいこと云うな!
健悟は固唾を飲んだ。
「おい、小川の」小柳組長が健悟をギロリと見据える。「さっきの件は、まあ、見逃してやっても好いだろう」口の両端を吊りあげて、ふっ、と不敵な笑みを泛べた。「ただし条件がある」
「は、はいっ!」健悟はソファから降り、床に正座して頭を下げた。「この小川健悟、御期待に沿えるよう命を懸けて……」
この場を切り抜けられるのであれば、贅沢は云っていられない。消防署のすぐ隣りに小柳組の事務所——もとい警察署——がある。下手に断れば、電話一本で構成員たち——もとい警察官たち——が雪崩れ込んできて、しょっ引かれてしまう可能性大だ。
「なあ、兄弟」と小柳署長。
「はっ、兄貴」と中道署長。
「この町火消しにGPSを付けたいんだが」
「行動を監視するってことで?」
「ああ、そうだ」
小柳署長はこう応えると、こんどは健悟に向って云った。「文句はねえよな、小川の?」
健悟には頭を縦に振るしか選択肢はなかった。
小柳組長がおもむろに立上った。「おう、小川の。風呂は沸いているか? まだなら今すぐ準備しろ」
健悟は顔を上げた。「うちの若い衆が風呂掃除をしているころですが……」突然の言葉に何がなんだか訳がわからない。「あの……風呂と仰るのは、いったいどういうことで……」
健悟は目だけを動かして中道署長をチラッと見た。中道署長は目を閉じて天井を仰ぎ、胸の前で両手を組んで、くわばらくわばら、と口だけを動かしている。よほど恐ろしいことが健悟を待っているようだった。
「おう、小川の……」
「はいっ!」
小柳組長が狙った獲物は逃さないといった表情で云った。「うちの飼い犬にGPSを買ったんだが、俺の躾が良いせいか、使わなくなってな。だが高性能で、捨てるのは惜しい。そこでだ。小川の、おめえに付けてやりてえんだが、その前に身体検査をしねえとな。さぁて、どこに付けてやろうか……」
何か云わなければ……。
健悟は、あらためて小柳署長にあいさつをした。
「小柳署長、大変ご無沙汰しております!」
「おう、まあ坐れや」
「は、はい。失礼します!」
「あれから何年だ?」
小柳署長はこう云って、中道署長をチラリと見た。「出世のはしごを順調に昇っているとばかり思っていたが、聞けば生涯現役を望んでいるらしいじゃねえか。おうおう、どういうことか聞かせてもらおうか」
中道署長が、うまく応えろ、と健悟に目配せをする。
健悟は言葉を選びつつ慎重に応えた。「ち、地域住民のぉ、安全のために、こ、この身を捧げたいと——」
「——ほう」小柳署長は健悟の言葉を途中で遮り、猛禽類のような鋭い目でジロリと睨みつけた。「それでさっき資料室で手を捧げていたというわけか。ああん?」
健悟はしどろもどろになった。「いや、その、あれは実は……」
「中道が俺の大学の後輩だってのは識っているよな?」小柳署長は片肘を膝に乗せ、ぐぐっと前のめりになって、その中央が割れて深く窪んでいる顎を一度しゃくりあげた。「早い話が俺の舎弟だ。その舎弟が持ってくる見合い話が気に入らねえみてえだが、おうおうおう、どういうことか説明してもらおうじゃねえか」
健悟は中道署長に助け船を求めようと目線を移したが、すでに難破船になっていた。ここは正攻法で納得してもらうしかない。
「な、中道署長のお心遣いはありがたいのですが、おっ、男四十二の本厄でして……後厄がすむまでは——」
「——この俺からの見合い話も断る、と。大した度胸だ」
室内に戦慄が疾った。
「め、めっそうもない……。ただ、先ほども申し上げたように今は時期が悪くて——」
すかさず小柳署長がドスをきかせる。「——その割には楽しそうに手ぇ握ってたなあ、おい」
絶体絶命——健悟のこめかみに冷や汗が滲む。
小柳署長はかつて『落としの小柳』と呼ばれていた。その手に掛かればどんな容疑者も黙秘を貫くことは出来なかったという伝説の持ち主だ。そしてその凄腕は、どうやら今でも健在のようだった。
——おい、相棒。小柳組のおやっさんが乗り込んできたとき、おまえ……。
——俺は組長の顔見た瞬間に倒れたぜ? 拳銃で撃たれたみたいにな。
——じゃあ、バレてないんだな?
——ああ、だが小雪の件はどう弁明する? 見合い話は小雪がいるからいらねえって云うか?
——火に油を注ぐようなことを……。
そのとき着信音が鳴り、小柳署長が胸のかくしから黒いもの——スマホだったので健悟は命拾いした——を取りだした。「なるほど……」と、スマホの画面を覗きこみながら親指と人差し指を展げて顎を撫でる。
中道署長がその舎弟っぷりを発揮して、
「兄貴、何があったんで?」
「こいつぁ、驚いた……」
小柳署長はスマホを舎弟に見せた。舎弟はそれがまるで酒を酌み交わす盃であるかのように、両手でありがたく受け取った。
「まさか……」中道署長の顔がさっと青ざめた。
——おい、相棒。どうなってんだ?
——別れた女が被害届でも出したんじゃねえのか?
——むしろ俺のほうが被害者だぞ。それに小柳組のおやっさんに直で話が来るわけねえだろ。
——本厄だ。何があってもおかしくねえぞ。女のなかに組長の姐さんでもいたんじゃねえのか?
——おい、バカ! 恐ろしいこと云うな!
健悟は固唾を飲んだ。
「おい、小川の」小柳組長が健悟をギロリと見据える。「さっきの件は、まあ、見逃してやっても好いだろう」口の両端を吊りあげて、ふっ、と不敵な笑みを泛べた。「ただし条件がある」
「は、はいっ!」健悟はソファから降り、床に正座して頭を下げた。「この小川健悟、御期待に沿えるよう命を懸けて……」
この場を切り抜けられるのであれば、贅沢は云っていられない。消防署のすぐ隣りに小柳組の事務所——もとい警察署——がある。下手に断れば、電話一本で構成員たち——もとい警察官たち——が雪崩れ込んできて、しょっ引かれてしまう可能性大だ。
「なあ、兄弟」と小柳署長。
「はっ、兄貴」と中道署長。
「この町火消しにGPSを付けたいんだが」
「行動を監視するってことで?」
「ああ、そうだ」
小柳署長はこう応えると、こんどは健悟に向って云った。「文句はねえよな、小川の?」
健悟には頭を縦に振るしか選択肢はなかった。
小柳組長がおもむろに立上った。「おう、小川の。風呂は沸いているか? まだなら今すぐ準備しろ」
健悟は顔を上げた。「うちの若い衆が風呂掃除をしているころですが……」突然の言葉に何がなんだか訳がわからない。「あの……風呂と仰るのは、いったいどういうことで……」
健悟は目だけを動かして中道署長をチラッと見た。中道署長は目を閉じて天井を仰ぎ、胸の前で両手を組んで、くわばらくわばら、と口だけを動かしている。よほど恐ろしいことが健悟を待っているようだった。
「おう、小川の……」
「はいっ!」
小柳組長が狙った獲物は逃さないといった表情で云った。「うちの飼い犬にGPSを買ったんだが、俺の躾が良いせいか、使わなくなってな。だが高性能で、捨てるのは惜しい。そこでだ。小川の、おめえに付けてやりてえんだが、その前に身体検査をしねえとな。さぁて、どこに付けてやろうか……」
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