魔拳のデイドリーマー

osho

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第18章 異世界東方見聞録

第347話 『陰陽術』とロクスケの頼み

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「ほう、『陰陽術』に興味がおありですか」

「ええ。一応自分も技術者の端くれですので、そういうのに応用できそうなのはどうしても気になってしまいまして……何か、手頃な指南書などご存じだったりしませんか?」

 『サカイ』の町に滞在を始めた翌日のこと。
 今日も同様に、案内人という名の監視役として僕らと一緒にいるロクスケさんに、ふと思いついて、僕は『陰陽術』について相談していた。

 なお、現在は海鮮料理屋で昼食を食べている最中である。
 大商人や大名御用達の名店を紹介してもらって、新鮮な海の幸に舌鼓を打っているところだ。

 天ぷらとか焼き魚みたいな、火を通してある料理ももちろんあるが、新鮮な魚が手に入る港町だということで、昨日に引き続き生のままの料理も出た。むしろメインで。
 昨日食べたことで、エルク達もこれらの料理が普通に食べられる、むしろ美味なものだということがわかってたからね。普通においしく、抵抗なく食べてた。

 昨日同様、刺身は船盛で出て来た。
 タイやマグロなんかの魚類に始まり、イカ、タコ、さらにはエビにカニ、アワビやサザエまで、もうこれでもかってくらいに色々乗ってて……目にも舌にも美味しい料理だった。

 特に僕エビ大好きだ。しかもコレ、エビはエビでもイセエビとかそのへんだよね、この大きさは。

 瑞々しいぷりっぷりの身は、かみちぎると歯に心地よい感触が残り、淡泊だけど不思議としっかり『エビの味』って奴を感じられる、海のうまみが舌の上に広がるんだよ……。
 つけて一緒にいただく醤油と、互いに味を引き立て合って、噛むほどにうまみが広がり、風味が口から鼻にも匂いが抜けていき、幸せな気分になった。

 ああー……前世に置いてきたと思っていた日本人の心がよみがえる。

 ローザンパークで白米のごはん食べた時も思ったけど、やっぱ僕の根っこの価値観って、日本人のそれに根差したものがあるな……特に味覚。

 なお、案内役のロクスケさんも一緒に食べてる。
 仕事中のことなので、あとできちんと経費で請求できるそうだ。役得だな。

 それはさておき、さっきの質問についてである。

 昨日に引き続き、今日も『陰陽術』に関わる店……それに関する道具とか書物を置いてある店は見つけられなかった。
 それでも他の店とか食事が十分楽しめたから昨日はそんなに気にしなかったけど、流石に今日は収穫ゼロはちょっと避けたいなと思ったので、ロクスケさんに聞いてみることにしたのだ。

 店もそうだが、ロクスケさん自身が本職の『陰陽師』なわけだし、『陰陽術』を学ぶために何が必要かとか、どうすればいいとか、そういうノウハウもついでに聞けないかな、と思ったんだよね。こういうのはやっぱり、きちんと知ってる人に聞くのが確実だ。

 特に、自分に何も予備知識がない場合……あるいは、中途半端に、信頼性に難がある知識がある場合なんかは。下手に偏見で方向性を適当に決めると、よろしくない事態になるからな。

 何事も基本は大事にしなきゃいけない、ってなわけで聞いてみたんだが……ロクスケさんは、顎に手を当てて『ふむ……』と、何やらしばらく考え込むようにして、

「そうですな……結論から申し上げますと、それは難しいかもしれません」

 眉間にわずかに皺を寄せて、少し困ったような表情でそう言った。

「? っていうと?」

「以前、船の上で『式神』などについて聞かれた時もお教えしましたとおり、こういった術は『一門』の師匠と弟子の間で受け継がれていくのが普通です。それは何も私のところに限った話ではなく、『陰陽術』というものに関して、およそ似通った価値観が形成されているのです」

 ロクスケさん曰く、そもそもこの国における『陰陽術』とは、誰でも簡単、ないし気軽に学べるようなものではないのだそうだ。

 僕は今まで『陰陽術』を、アルマンド大陸の『魔法』のように、武器やら武術とはまた違った形で、距離を取ったり、通常の攻撃が聞きづらい相手と戦うための手段だととらえていた。
 それこそ、特殊ではあれど、普通に門戸を開かれた1つの技能にすぎない、程度の認識だった。

 しかしどうも違うようで、この国における『陰陽術』は、言うなれば職人芸。あるいは、選ばれた人間だけが学び、使うことができる超常の御業、といった捉え方をされている。

 アルマンド大陸の『魔法』のように、仲のいい近所のおじさんに教えてもらったりとか、昔取った杵柄でお父さんお母さんが教えてくれたりとか、家にたまたまあった本を読んで独学である程度使えるようになるような、お手軽さはない。

 むしろ、れっきとした『伝家の宝刀』扱いで、特別視されている。使い手共々。

 いわゆる……あれだ。『門外不出』って奴だ。

 通常『陰陽術』は、どこの一門に入って修行するかを決め、その一門の誰かに弟子入りすることで学ぶことができるようになる。

 その『弟子入り』や、その前段階の『入門志願』だって、誰でもできるわけじゃなく、希望者がそれなりに地位がある家の出であるとか、誰か顔が聞く人の紹介があるとかの条件がある。
 稀に、才能があると見込んだ者を勧誘して弟子に取ったりすることもあるそうだが。

 後は一番わかりやすいところで、親から子に、そのまた子に、っていう感じで、一族に連なる者達にだけ教えられるとかのパターンもあるとか。
 
 それゆえに『陰陽術』は、ほぼ身内の間だけで伝えられ、そしてそこで完結してしまう。どのような形であれ、赤の他人に『陰陽術』について教えてくれるような人はいない。

 ゆえに、もし僕が『陰陽術』について学びたいのであれば、どこか『陰陽術』の一門である家に頼んで弟子入りさせてもらい、1つ1つ学んでいくしかない、ということだ。

「命の恩人であるミナト殿に対し、お力になれないのは心苦しいのですが……代々伝わる、これが『陰陽術』を扱う家のしきたりのようなものなのです。私も『一門』に属する身なれば、それに反する行動を取るわけにはいかず……」

「ああ、はい、そのへんはごもっともですから。頭を上げてください」

 それが伝統っていうか、由緒正しい感じのルールであるなら、疎かにはできないだろうし。

 『陰陽術』に限らず、この手の『門外不出』系のスキルや知識は、たとえ師匠と弟子の間柄でもそう簡単に伝えようとしないもんだし。

 現代日本でも、刀鍛冶の工房の技術とか、老舗料亭の秘伝のタレとか、そういうのって、部外者とか、価値観を共有できない人からすれば『そこまで!?』ってくらいに大事にするし、粗雑に扱われるような事態には過敏になるもんだった。実際に見たことはないけど。

 僕だって、自分の研究成果や技術、ないしスキルを、誰にどれだけ金を積まれたからって、そう簡単に開示するわけもないし――開示すると危険な技術が大半を占めているせいでもあるが――その理由がどうあれ、『教えない』っていうのは、知識を、技術を持つ者としては当然の権利だ。それはわかるから、これについてロクスケさんたちに、文句とか不満を言うつもりはない。

 ……ない、けど……

(このくらいで諦めるわけにはいかないんだよねー……こっちにもマッドサイエンティストとしての矜持ってもんがあるんだし、何より知識欲が割と限界なもんですから。僕も、師匠たちも)

 今も僕の隣で、面白くなさそうに頬杖をついている師匠や、彼女ほどじゃないけど少しつまんなそうにしてるミシェル兄さん、表面上はいつも通りだけど、付き合いが長い者には残念そうにしているとわかるネリドラ(と、リュドネラ)も含めて、皆、思うところは1つだ。

 昨日は他にもいろいろ楽しむものがあったから、そっちに目を向けていて気がまぎれたけど、そろそろというか、いい加減にこの極上の研究材料に手を出したいと思っている。

 誰かに教えてもらえないんであれば、自力で術式を研究して読み解き、理解して自分のものにする……っていうのも、そりゃ選択肢の一つではある。

 けど、研究するにしても、その『素材』がないとなるとなあ……。

 『アトランティス』で見つけた技術遺産や、アドリアナ母さんから聞いて知った『霊媒師シャーマン』関連の技術の解析の時なんかは、相応の素材がそこにあったから、自力とはいえ、ゼロからってわけじゃないところからスタートできたし、比較的楽だったんだ。

 いや、別に楽したいから『素材』が欲しいってわけじゃないけど、逆にむやみに時間をかけたいわけでもないし……それに、ある程度でも指針が示されていると、研究の方向性が明後日の方向に外れていって無駄足を踏むとか、失敗するとかいう確率が下がるからね、単純に。

 何より、もっとそういうのに触れたい。見て、触れて、色々と感じ取りたい。

(ま……予想の範囲内ではあるけどね。そう簡単に研究材料が手に入らないなんて、遺跡なんかを調査してる想定でもよくあることだから、それ自体は問題ない。普通にやって教われない、手に入らないなら……どうにかして知る、手に入れることを考えればいい)

 こういうのは『研究』に携わる者にとっては、常に向き合うことになる問題だ。今、不機嫌そうにしている師匠たちも、その辺はわかってるから、今すぐに何か不満がたまってどうこうなるとか、そういう心配はまずない。
 
 ただ、手の届くところにあると思っていた手がかりが、どうも手に入らなそうだってわかったかた、こうしてちょっと残念さが強く感じられているだけで。

 まあ、今はひとまずいいとしよう。

 この町1つ見て回っただけで、何も見つからなかったからってあきらめることはない。
 先は長いんだ、あちこち移動して見て回り、色々な人と会う中で、どこかにとっかかりくらいは見つかるだろうさ。

 と、思っていたら、意外にもすぐにその可能性が見つかったというか、提示されることとなった。
 それも……今しがた断られた、ロクスケさんの口から。

「……これはあまり褒められた方法と言うか、話ではないのですが……正規の手順、格式や実績の伴ったものに限らなければ、そういったものを学ぶ手段もなくはありません」

「? っていうと?」

「私は先程『陰陽術』を、それぞれの一門ないし一族が大切にしている秘術であるとご説明しましたが、そういったものは身内の中では大切にされる一方、それを欲する部外者によって持ち出される危険が常にあるものです。ゆえに、何かのきっかけ一つで、それが外に漏れてしまうようなことも、これまで幾度も起こってきたのです」

 ふむ……まあ、ありがちな話ではあるな。

 企業スパイや公儀隠密なんてもんが存在することからもわかるように、大事に秘匿されているものほど、その外部からそれを手に入れたがる者がでてくるもんだ。それが莫大な利益や、比類ない力をもたらすようなものであれば、なおさらに。

 『陰陽術』に関してもそうだったようだ。ある時は買収された裏切り者の手で、またある時は一門を去った脱走者が漏らしたことで、秘密だったはずの術式は、細々とだが家の外に根付いてしまっている。

 さっき僕が言った、この国における『陰陽術』は、アルマンド大陸の『魔法』に等しい技能だって言うのも、あながち間違いではないらしい。そこまでお手軽ではないとはいえ、正規のルート以外で伝承され、改良されてきた、いわば『非公認の陰陽術』や『モグリ陰陽師』みたいなのは、割とどこにでもいるらしい。

 そういう連中を頼れば……報酬と引き換えに、簡単に指南くらいは受けられるかもしれないし、陰陽術ゆかりの品なんかを買い取ることもできるかもしれない、とのことだ。

 もちろん、モグリである以上、あたり外れは激しいんだろうけどね。

 いい話を聞かせてもらった。今度、何かの形でロクスケさんにはお礼をさせてもらおう。
 
 僕がそう言ったら、ロクスケさんはふと思いついた、あるいは思いだしたように

「それでしたら……実は、ミナト殿に1つ頼みたいことがありまして……」

「頼み、ですか? 使節団の人たちの護衛の仕事とか、そのあたりに差し障りないようなことであれば、出来る限りお聞きしますけど……一体何を?」

「ああ、ご心配なく。お手間をおかけするようなことではないのです。ただ、1つお聞きしたいことがありまして。聞けば、ミナト殿の職業である『冒険者』は、時に未開の土地を探索し、古代の遺跡や秘境・魔境にすら足を運び、強力な妖怪……そちらの大陸では『魔物』でしたか、そういったものを討伐し、秘宝を手に入れることもある者達だと聞いております」

「あー……まあ、そういう側面がなくもないですけど、そればっかりじゃないですよ? 普通に傭兵とかみたいな仕事も多いですし……現に今、僕は使節団の護衛ですからね」

「は、心得ております。ただ、ミナト殿はそれらの中でも……大陸最強とまで言われる凄腕であるとお聞きしました」

 ……誰から聞いたんだろ? そんな話?

 まあ、兵士の人たちとかが世間話のついでにぽろっと漏らしたのかもしれないし……あるいは、酒の席とかでシェリーとかが言ったのかも?

 まあ、何でもいいか。今ロクスケさんが言ったことは、特に間違いでもない……というか、どっちかっていうと、割と誰でも知ってるような話ないし知識だしな。やや自画自賛だけど。
 聞かれて、知られて困るような内容でもない。

 冒険者の仕事に関して、ちょっとばかり夢見がちというか、理想的な色が強い気もしたが……気のせいじゃなければ、どうもロクスケさん、そのことをむしろ重要視してるような言い方だった気がするな。その『聞きたいこと』と関係あるのかな?

「聞きたいことというのはですね……覚えておいででしょうか? 私が海へ出た……というか、船で海を渡り、あちこちの島を回っていた目的について、以前お話ししたと思いますが……」

「ええ、もちろん覚えてますよ。確か、ロクスケさんの主人だという人の命令で、何かを探してたんですよね? 方々の島を巡って」

 その途中で『みずち』の群れに襲われて、船は壊れ、潮に流され、漂流することになり……しばらくしてから僕らの艦隊に救助されたんだよね。

「頼みと言うのは、その探していた『宝』に関してなのです」

「……? 宝探ししてたんですか?」

「ああ、『宝』と言っても、安直に想像できるような金銀財宝の類ではなく、何と言いますか……非常に珍しいもの、物質、素材、といった意味でして……無理やり形容するならば、『秘宝』に分類されるかもしれません」

 ふむ、なんとなく言わんとしてることは分かった。

 要するに、そのご主人の命令で、レアな素材(かどうかはわからないけどこう言っとこう)を求めて方々走り回ってたわけね。
 ……するともしかして、僕への頼みっていうのは……

「ひょっとして、その素材ないし『宝』を取ってきてほしい、とか?」

「いえ、護衛としてここにいらしている方にそのようなことをお頼みするわけにはいきません。実は……情けない話、我々は、その『宝』がどこにある、という確かな情報を得ているわけではなく……船での捜索も、それらしき場所を端から訪れて確かめていただけなのです」

 それでも動かなきゃいけないあたり、公務員、もといお役人様は大変だな。 

 まあ、『依頼』されりゃ冒険者も似たようなことするけど、こっちは場所もわからないような素材を集めてくるようなことは流石にほとんどないな。ある前提で採取しに行くのが普通だ。

「頼みと言うのは……もしミナト殿が、これまでの『冒険者』としての仕事の中で、その『宝』に関する情報……在処や性質、入手法などを聞いたことがあれば、ぜひ教えていただきたいのです。また、もしその現物をお持ちのようであれば、どうか譲ってはいただけないかと。無論、情報にも現物の買取にも相応のお礼はお支払いしますので」

「なるほど……ちなみに、その『宝』というのは?」

「全部で……5つあります。そのうちのどれか1つでいいので、探し出して入手するようにと命を受けておりまして……」

 へえ……5つのうちのどれか1つ、か。
 予想外というか、ちょいと変わった命令だな?
 
 それだと、何かの材料にするために特定の素材を求めているとか、さる骨董の名品とかを求めて方々手を回しているとか、そういう感じじゃなさそうだ。

 どんな意図でそんな命令出したんだろ? まるで、某おとぎ話の無理難題を思い起こさせる……



「して、その宝ですが……『火鼠の皮衣』、『仏の御石の鉢』、『つばくらめの子安貝』、『龍の首の玉』、そして『蓬莱の玉の枝』……以上の5つです。どれか1つでも、ご存じありませんでしょうか?」



 ………………えっ?

 それって、その5つって…………



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