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第18章 異世界東方見聞録
第372話 サクヤの胸中とタマモの𠮟咤
しおりを挟む「死ね、ハイエルフ……」
「いきなり何言ってんのよ……いや、言いたくなる気持ちはわかるけどさ、すごく」
突然罵倒から入って申し訳ない。
いや、さっきのが挨拶ってわけじゃなくて……ちょっと言いたくなったというかね?
無論、ちゃんと理由はある。
少し時間をさかのぼって説明することにはなるけど、何の脈絡もなしにハイエルフをディスったわけじゃない。
……個人的には、あの連中は何の脈絡もなくディスられても文句言えないくらいには方々から嫌われてるだろうな、とは思うけども。
まあ、それは置いといて、理由だ理由。
事の発端は、今から大体30分くらい前かな?
ギーナちゃんが『ちょっとすいません!』って、慌てた感じで『指輪』の機能で念話を送って来たことだ。
なぜかめっちゃ早口で、しかもかなり慌てた状態でのメッセージだったため、聞き取りづらかったんだけども……どうやら、川を歩いていたら、入水自殺をしようとしている女性を発見して保護した、とのこと。
何の前触れもなくとんでもない場面に遭遇しているギーナちゃんに戦慄と同情を覚えつつ、続きを聞くことには、多少気持ちは落ち着いたようだけど、まだちょっと冷静ではないようなので、一旦連れ帰ってもいいか、とのことだった。
それと、どうやらあの夜の『ハイエルフ』の事件の被害者……保護した『妖怪』の1人だと思われる、と。
正直、そう言うのはこの国の警察機構の人たちの役割だと思ったんだけど、まあ、最終的に対応お願いするにしても、ギーナちゃんがまずは関わっちゃったんだし、そんなすぐ放り出すのもどうかな、と思って、とりあえず家に連れてくることにOKを出した。
で、連れ帰って来てもらってみたら、
「あれ? 君、あの時の……サクヤさん?」
「……その節は、どうも」
濡れた着物で玄関先に立っていた、ギーナちゃんが助けた少女っていうのは……僕があの日、ハイエルフの居城である『大江山』の城で出会った女の子・サクヤさんだった。
あの時とは服は違うが、金色の瞳に、紫色の肌っていう特徴的な容姿は、忘れようがない。
……ただ、それでも僕は一瞬、目の前にいる少女が、あの時のサクヤさんと同一人物かどうかわからなかった。そのくらいに、見た目から感じ取れる『印象』が違った。
何て言うか……あの夜のサクヤさんは、ハイエルフ達も含めた中で、唯一僕と『キロネックス』の隠密を感じ取り、その攻撃を避けてみせた。
その後、僕を相手にして物おじせずに……とまでは言わなくとも、過剰に怯えたりせずに、きちんと自分の意見を述べることまでして、僕に応対していた。
ハイエルフの奴隷として酷使され続け、さらに得体のしれない不審者を前にしている状況で、精神力が中々強靭な娘だな、って、ちょっと上から目線だけど思っていた。
……その彼女と、今、目の前で力なくうつむいている少女とは、あまりに印象が違う。
気力という気力が抜け落ち、目には光が灯っておらず、生気が感じられない。
姿勢も猫背で、視線も伏し目がち、表情からも感情と呼べるものが抜け落ちている。
体に上手く力が入っていないのか、歩く姿すらよたよたと危なっかしい始末だ。
いったいあの日から今日までの間に、何があってこんな風になってるんだろうか。
とりあえず、このまま濡れた服を着てると風邪をひくのは間違いない。
なので、女の子のメンバーから数人選んで、この子を着替えさせてもらうことにした。言い出しっぺのギーナちゃんと、なんか具合悪かった場合を考えて、ネリドラにも頼むことに。
適当に屋敷に備え付けだった浴衣を貸し出して着なおしてもらってきたんだけど……その数分後、再び僕の前に彼女を連れて来た時、なぜかネリドラとギーナちゃんの表情が歪んでいた。
まるで、苦虫を10匹くらい奥歯で嚙み潰したような感じの、いかにも面白くないことがありました、って感じの顔だった。
こっちも一体何があったんだろうか、って気になったものの、とりあえずサクヤさんに話を聞く。
『何があったか話してみない?』『話すだけでも気が楽になることもあるよ?』なんて、月並みな言葉しかかけられなかったものの、少し時間を置くことで、いくらかサクヤさんも落ち着いてきていたようだったので、話自体はすんなり聞けた。
……ただし、聞いた内容自体は、とんでもなくヘビーなものだったけど。
それこそ、興味半分とかで聞いちゃいけない、って思うくらいに。
サクヤさんは……彼女もまた、ハイエルフに人質を取られて、その命を盾に脅される形で『奴隷』として働かされていたのだ。
どんな風に働かされていたのかは聞かなかったけど、まあそれは別にいい。
サクヤさんの場合、家族や同族の仲間たちのほぼ全員が人質にされ、奴隷としてハイエルフ達の下についていたのは自分だけだった。ゆえに、仲間たちの命を守れるのは自分しかいないという、10代かそこらの女の子には重すぎる覚悟を背負って、日々懸命に戦っていた。
どうやら彼女、働きぶりはすごく優秀だったらしい。彼女の働き自体は、ハイエルフ共を満足させるに足るものであったらしく、評価自体は悪くはなかったそうだ。
だからと言って、あの連中が待遇改善なんて気の利いたことをすることはなかったが。
僕も、あの夜にちょっとだけその片鱗を見ている。姿も気配も消していた僕や『キロネックス』に見事に気づいたのは……やっぱ、偶然とかじゃなかったんだな。
そんな優秀なサクヤさんだが、捕まっている仲間たちに会わせてもらえたことは一度もなかった。
ハイエルフ達曰く、『こことは違う場所にとらえている』『我らに逆らえば即座にそこに連絡がいくようになっている。そうなれば命はない』と言って脅されるばかりだったそうで…………ここまで聞いたところで、僕はこの後の展開が予測できてしまい、気分がすこぶる悪くなった。
……ここでちょっと話が変わるというか、時系列が変わるんだが。
あの夜、サクヤさんから話を聞いた後。
ハイエルフを何人か締め上げ、奴隷たちからも話を聞いた時点で、僕も同じように『こことは違う場所(仮)』に捕らわれている人質の存在について、僕も認識していた。
ゆえに、ハイエルフからそれについて聞き出し、対処しようとした。
そこにいる人質を持ちだされたら厄介だから、こっちで暴れてる以外のメンバー……シェリーやナナ、クロエあたりに頼んで、場所を教えて対処してもらおうと思ったんだが……そのために再度ハイエルフを締め上げたところで、吐き気がこみあげてくるような事実が明らかになった。
……そんな場所、なかったのだ。
あのクズ共が、サクヤさんを含めた何人かの奴隷に言っていたらしい『こことは違う場所に(略)』というのは、まるっと嘘だった。奴隷を監禁するための別な拠点なんて、なかったのだ。
じゃあ、そこにいると言われていた奴隷たちはどこにいったのかって?
……いなかったんだよ。もう、とっくに、この世に。
つまりは……サクヤさんが、連中に従うことで守っている、命をつなげていると思っていた、そう言われていた彼女の仲間たちは、とうの昔に全員殺されていたのである。
それを、サクヤさんの有用性から、ただ手放す、殺すのは惜しいと判断したハイエルフ共が、その仲間意識や責任感を利用して、彼女を騙して利用していた。これが真実だった。
そのことを、彼女は保護されてからしばらくして聞いた。
その時は愕然として……しかし、『そんなの信じられない!』と、頑なに事実を否定。絶対どこかに生きている、じゃなきゃおかしい、探してくれ、と食い下がった。
だが、その望みも儚く散ることになる。
ほんの数日前、『大江山』の城からほど近いところにある場所に、連中が死体処理に使っていたと思われる洞窟が見つかった。
死体処理と言っても、洞窟に住み着いている虫や小動物、そして妖怪がきれいに食べてしまって骨になる、っていうだけみたいなんだが……そこにどうやらあの連中、自分達が殺した奴隷たちの死体を運び込んでいたらしいのだ。
そこには夥しい数の人間や妖怪の骨があり、中には、生前使っていたと思しき装飾品や着衣を纏ったままのものもあった。
その中に、サクヤさんにとって見覚えのあるものがいくつかあって……
ここからは、話の途中で屋敷にやってきた、オサモトさんのとこの人――つまりは、軍とか警察機構の担当の人である――から聞いた話も組み合わせて話す。
サクヤさんを保護した段階で、後々引き渡すことにはなるだろうから、呼んでおいたんだよね。
事実を直視せざるを得なくなったサクヤさんは、当然ショックを受けた。
落胆、なんてもんじゃないくらいに落ち込んで、酷く精神を不安定にして……数日間、生ける屍のようなありさまだったという。このまま正気に戻れないんじゃないか、と心配されるほどに。
無気力を通り越して自分ではほとんど何もしない、できない状態で、介護人をつける必要があるかも、とまで一時は言われていたという。
そして今日、どうにか少し回復して、日常生活を送れるくらいにはなったんだけど……少し目を放した隙に、彼女達を保護している施設を抜け出て…………ここから先が、ギーナちゃんに聞いた話に伝わってくるわけだ。
つまりまとめると、サクヤさんは、ハイエルフに人質にされていると思っていた仲間たちが、全員既に殺されてしまっていたことを知り、ショックのあまり生きる気力を失い、自殺しようとしたところをギーナちゃんに見つかり、保護された……ということだ。
そして、僕は冒頭のセリフをつぶやくことになったのだ。
そして、時間軸は現在に戻るわけだが……コレどうすりゃいいんだよ……。
これはもう、何というか……完全に、僕らがどうこうできる問題じゃない……というか、関わっていいようなもんじゃないだろう。
言い方はアレだけど、サクヤさん自身が、どうにかして折り合いをつけるべき問題だ。
彼女の気持ちもわからない、その立場になってお考えることもできない僕らが、生半可な気持ちで、生意気に助言なりなんなりしていいことじゃない。と思う。
けど、だからって、ここまで聞いて何もせずに突き放すっていうのもなんだかな……矛盾に近いレベルで無茶なことを言っている自覚はあるけど、本当にどうしたもんか……
なんてことを考えていたら、相変わらず消え入りそうな声で、
「……もう、いいでしょう? お目汚しでしたら、人目につかない場所ででも死んできますから……これ以上は放っておいてください。私には、もう……生きている意味なんてないんです」
抑揚のない声でそんなことを呟く。
……この感じ……既に心が死んでるみたいに思えるな。
生きることを辞めてると言うか、生物として、命をつないで未来へ進んでいくことを放棄しつつあると言うか……本気で『生きている意味がない』と思ってるようだ。
それを、必死で説得しようとしているギーナちゃん。
時折、加勢を求めてか、僕の方に視線が飛んでくるけど……ホントどうしたもんか……
上辺だけの、薄っぺらい言葉を軽々しくかけちゃいけないよな、コレ……?
コレが例えば、英雄譚の主人公とかであれば、『命を粗末にするな!』『死んでいった人たちもそんなこと望んでないよ!』とか何とか言って励まして、必死に自殺を思いとどまるよう説得するんだろう。そういう展開をいくつも見て来たし、正直好きな王道展開だった。
けど、実際に自分がその立場に立つと……どうしたらいいのかわからない。
そりゃ、彼女のことを多少なり知っている僕としても、彼女にはできれば死んでほしくない。説得できるもんなら説得したい。自殺なんかせずに生きてほしい。
けど、同時に……何て声をかけたらいいのかわかんない。
(仲間が死んで、自分1人だけ生き残ってしまった……僕がもし、同じような状況に放り込まれたら……どうなるか……。まあ最低限、生きるのが辛くなるのは確かだな……あるいは、その原因になった奴ないし奴らを皆殺しにするまで止まらないだろうな。それこそ自分の…………あ゛)
自分の命を捨て出てもやろうとするだろう、という考えに思い至った段階で、思いだした。
……実際に僕、やってるじゃん。それ。
思い出すのは……一度は記憶の中に封印された、二度目の『テスト』。
我が母によって企画された、今思い返してもとんでもない内容のそれは……母さんが僕に、ある幻覚を見せて、それに対する僕の反応を見る、というものだった。
僕はある日、森の中で、ボロボロに痛めつけられて倒れ伏す母さんを発見する。
そしてその隣に、それをやったと思しき不振な男を見つける。
無論これが『幻覚』なわけだが、こんな状況を前にして、果たして僕は逆上して襲い掛かるのか、それとも冷静さを保って応戦するのか、あるいは……そんな感じのテストだった。
ホントに……一回目といい、なんてものを考え付くんだよあの人は……
まあ、今に始まったこっちゃない母さんのとんでも思考はおいといて……そのテストで僕は、母さんが酷い目にあわされたという状況に置かれて、ブチギレ状態でその不審な男と戦った。中身は見た目を偽装した母さんなわけだが。
その際、僕は、当時まだ未完成レベルで使えなかった『ダークジョーカー』を使ったり、自分の体も耐えきれないレベルの猛毒を精製して周囲にまき散らしたり、手段を択ばず、目の前の相手を滅ぼしつくすことだけを考えて戦った。
さらに言えばこの時、憤怒のあまり、『ザ・デイドリーマー』が発動していた可能性すらある。
挙句の果てに、僕は自爆してまでそいつを仕留めようとしたそうで……うん、人間追いつめられると何やらかすか、どういう思考になるかわからんよね。
けど、『アルティメットジョーカー』への覚醒と共に、完全に記憶封鎖が破れてその時の記憶が戻った僕は……その時に思っていたことを、わずかに覚えている。
……自分はここで死んでもいい。こいつだけは絶対に殺す。
そんな風に考えた……気がする。
……どうしようもないところまで追いつめられると、人って意外と『死』っていう選択肢に対して、忌避感がなくなるんだな、って思った。
いや、人によるんだろうけどね……けど、そういう時、そういう人は、確かに、自分の意思で死という道を選ぶのだ。
僕と彼女の違いは、そのきっかけになった感情くらいだろう。
僕は怒りから、彼女は絶望から、自分が生きる道を捨てた。
……幻覚の中でとはいえ、目的が違うとはいえ、一度は同じ道を選んだ者として……彼女の選択を止めることが、僕に許されるんだろうか…………なんて考えていた時だった。
「構わないわ、死にたいのなら勝手に死になさい」
「「「!?」」」
突如響いたそんな声に、僕らが声のした方を見ると……そこには、毛並みのいい9本の尻尾をゆらゆらと揺らしながら、タマモさんが立っていた。
その目に……強い意志の感じられる、鋭い、とすら評せそうな光を宿して。
その光は……間違っても、僕らが今期待したいと言えるような、優しく包み込むような温かさをもって、サクヤさんを説得してくれるようなものではなかった。
現に今、とんでもないセリフ聞こえたし……
「た、タマモ殿!? な、なぜそのようなことを……」
どうにか自殺を思いとどまらせようと説得していたところにとんでもないことを言われて、ギーナちゃんも思わずそう反論するが、それをタマモさんはひと睨みで黙らせる。
「なぜ? 決まっているでしょう。自ら死を選ぶような腑抜けにかける言葉などない、ということよ。生きる気がない者を無理に生かしておいても、それは動いているだけの屍に等しい。それならいっそ楽にしてやるのも1つの道……本人がそれを望むなら、なおのこと」
そのあんまりな物言いに、ギーナちゃんのみならず、部屋にいた何人かは不快感、あるいは怒気を露わにした。
当の本人……サクヤさんは、少しぴくっと動いて反応したものの、言われたこと自体に対して、特に反応は見せない。
その双方を気にかけることなく、続けるタマモさん。
「あの城での暮らしは地獄だった……それは確かなのでしょうね。しかし、あなたはその地獄を耐え抜き、今こうして生きている。既にあそこにいた『ハイエルフ』達も、大半がすでに処刑されている。これから先をあなた達が生きていくにあたり、それを阻むものはもうないわ……にも関わらず死を選ぶのなら、それは彼女が真に臨むものということなのでしょう。なら、外野が何か言うのは無粋というものではないかしら?」
「そんな簡単に済ませていいものではないでしょう! たった1つしかない命を捨てるなんてこと、あってはいけないことです! きっと、彼女の仲間たちもそんなことを望んでは……」
「その先は言うな、ギーナ・シュガーク」
直後、強い口調で言うのみならず、威圧すら放ってタマモさんはギーナちゃんの言葉を止めた。
発された威圧は、空気がきしむような音すら聞こえるレベルのもの。
流石は『7人目の女楼蜘蛛』とまで言われた女傑……有無を言わせぬ圧倒的な気迫だ。
放たれた言葉はたった一言だけだったというのに、ギーナちゃんはぴたりと止まり、口からは言葉を発することができなくなっていた。
「別に私は、彼女に生きてほしいというあなたの思いまで否定するつもりはないわ。あなたの言葉で、彼女が前を向き、また生を歩み出せるならそれもいいでしょう……けど、説得するならあくまであなた自身の言葉を用いなさい。居もしない者の名を、口を借りることは許さない」
「え……?」
「誰それもこう思っている、誰それはそんなこと望んでない……既に鬼籍に入っている者の名を借りて言葉を飾るなど傲慢、自らの口で説得することを放棄した卑怯な物言いであると知れ。仮に、彼女の仲間の誰がどんな性格だったとしても、その者はもうこの世にいない以上、その者本人の言葉など持って来れるはずもない。ならば、たとえ本当にその者が言いそうな言葉だったとしても、それを考え、そして言ったのはあくまで他人なのだ」
「……っ、それでも! 私は口から出まかせを言ったつもりはありません! 彼女が大切に思っていたお仲間の方々が、彼女が命を捨てることを望むなんてこと、あるはずが……! 私は、このことを言わなければ、伝えなければならないと思ったからこそ!」
「あなたのような他人が、少し伝え聞いた程度でそう思えるようなことを……あなたよりも、誰よりも仲間たちのことを知っている彼女が、思わなかったとでも思うの?」
「……!」
言葉が詰まってしまうギーナちゃん。
さっきから変わらず苛烈な物言いだけども……筋は通っている。
決して、間違ったこと、的外れなことは言っていない、という意味でだが。
道徳的・倫理的には問題アリまくりだけども。
「死を選ぶ……生くるモノとしての未来を放棄し、自らの生に幕を下ろす。そんな決断が軽いものであるはずがない。かけた時間はともかくとして、考え抜いた末に決めたことであるはずよ」
中にはよく考えずにそうする愚か者もいないことはないけどね、と付け足すも、タマモさんはギーナちゃんに対し、諭すように言い聞かせ続ける。
「ある種の覚悟にも似たそんな決意を覆さんとす。そのためにかける言葉が、借り物で足りるはずがない。拙くとも、ありふれたものであっても構わない……あなた自身の言葉を使いなさい」
一言一言、ギーナちゃんの心に染み入るように入ってきたことだろう。
厳しく、苛烈でありながら、その言葉はどれも真に迫っていた。
人が人に相対する時に大切なことを、本気でタマモさんは説いていた。
しばらく、その場を沈黙が支配する。
皆、自分が次に何を言ったらいいかわからない。そもそも、言葉を発していいものかどうかわからない……そんな感じに見えた。
そんな中、最初にその沈黙を破ったのは……タマモさんの斜め後ろに控えていた人だった。
「そのへんにしておくでござるよ、主。先程から、当の本人が置いてけぼりでござる」
山伏装束が特徴的な長身の女性。名前は『イヅナ』さん。
タマモさんの側近の一人で……聞けば、種族はかの有名な『天狗』であるらしい。顔、赤くないし鼻も長くないけどね。
そんな彼女は、やれやれ、といった感じで、苦笑しながら自らの主を諭していた。
「む、そうだったわね……悪かったわね、サクヤとやら」
「え? あ、いえ……」
イヅナさんから指摘されてそれに気づいたタマモさんは、少し気まずそうな表情になると、あっさり彼女に、一言だが謝って……しかし直後に、また厳しい表情になる。
「けど……先にあなたに言ったことについては、私は撤回も訂正もする気はないわよ」
それを聞いて、緊張からか、はたまた別な感情か……身をこわばらせるサクヤさん。
ギーナちゃんはまた反論しようかと身構えてるが、さっきの威圧と、今のお説教の衝撃からか、こっちも強張ってるな。体の動きだけじゃなく、気勢がそがれて鈍ってる。
それに気づいているかどうかはわからないが、タマモさんはサクヤさんを正面から見据えて、
「まあ、正直少し苛烈な物言いであったかもしれないことは認めるわ。けれど、あなたはそんな風に言われても仕方のないことを、これからしようとしている。否、もうすでにしてしまったのよ。それをわかっているのかしら?」
「……え?」
「自分で言っていたでしょう。『自分にはもう生きている意味はない』と。その様子だと、何も考えずに口にしたようだけどね……言ったように死ぬなら死ぬで止めないけど、その前に、あの世で死に別れた仲間たちに、何て言って謝るか考えてから行ったほうがいいわよ」
「……謝る……ですか。そうですね、私は、みんなを……」
……おそらくサクヤさんは、タマモさんが言ってるのは、自分が皆を守れなかったことについて、死なせてしまったことについて謝る、ということだろうと思っている。
ハイエルフの人質になっていた彼ら、あるいは彼女らを、自分がハイエルフ達を満足させるだけの働きができなかったから殺されてしまった。
いや、仮にそれがハイエルフ達の気まぐれの結果だとしても、自分が仲間たちを守れなかったことに変わりはないのだと。
……けどそれ、多分違う。
タマモさんが言いたいのは……
「……やはり、わかっていないか」
「……? 何が、ですか?」
「さっきは私は、死にたいなら止めない、って言ったけど、撤回するわ。あなた、まだ死なない方がいい……今のまま冥府に行ったら、本格的にお仲間達にあわせる顔がないわよ」
「……だから、どういう意味ですか? 私にはもともと、皆にあわせる顔なんて……」
「それがわからないうちは、やめておきなさい、ということよ。今は……それしか言えないわ」
「…………?」
ただそれだけ言い残して、タマモさんは踵を返した。
その後に、付き添いあるいは護衛として来ていたらしいイヅナさんが続いていく。
……が、行く直前でちょっと立ち止まって振り返り、小声で、
「あーっと……申し訳ない、主、少々強く言いすぎたかもしれないでござるが、ホントにサクヤ殿のためを思ってのことでござるゆえ……。それに正直、拙者もサクヤ殿、このまま何もわからないままに死んでしまうのは、あまりにもったいないと思うでござるよ」
「……? あの、だからそれは、どういう……」
「何をしているのイヅナ、早く行くわよ!」
「了解でござる! 申し訳ない、主が呼んでいるゆえ、拙者はこれにて。ちなみにこれは、きちんと自分で気づいて理解したほうがいいことゆえ、あえて何も言わんでござるよ。でわ」
そう言い残して、今度こそ歩いて行ってしまった。
後に残されたサクヤさんや、そのサクヤさんを説得しようとしていたギーナちゃん、その他の面々は……嵐のように突然来て去っていったタマモさんが、今何を言いたかったのかわかっておらず、唖然としている者がほとんどだった。
そうでないのは、どうやら……師匠と義姉さん、それに、他に何人か……そして、僕くらいか。
それ以外、特にサクヤさんは……どうしたもんかな、気付く気配、ないけど。
(もっとも、無理ないと言えばそうだけどね……長いこと1人で戦ってきたサクヤさんだからこそ、なおさら……これは、うーん……無粋とは知りつつ、少し後押しすべきか?)
僕の予想が正しければ、確かにそれは、きちんと気付いた方が、知っておいた方がいいことだ。……かつてそれを理解せずに、自爆なんてしようとした僕が言えたことかはわからんけど。
それに、それを知って、彼女が最終的にどういう決断に至るかも……わからん。
しかし、彼女が自力で『それ』に気づくのは……ちとハードルが高そうだ。
(うん……このまま放置するのは僕としても後味悪いし、ギーナちゃんがせっかく助けた命だもんな。無為に散らしてほしくはない……いっちょお節介焼いてみますか)
今日は一旦、保護している屋敷に帰って休もう、ってことで、ロクスケさんの部下の人たちに連れていかれるサクヤさんの背中を見ながら、僕はそう思った。
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