魔拳のデイドリーマー

osho

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第19章 妖怪大戦争と全てを蝕む闇

第432話 決戦を見据えて

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「おはようございます、ミナト殿」

 目が覚めて、上体を起こした瞬間、視界に入ってきたのは……片膝を立てて僕の寝ている布団の傍に控える、サクヤの姿だった。起きた瞬間、そんな風に声をかけて来た。

「……念のために聞くけど、一晩中そこに居たわけじゃないよね?」

「そうしたかったのですが止められまして……交代でミナト殿の様子を見ておりました。ちなみに15分ほど前にネリドラ殿と交代したばかりです」
 
 ならいいんだけど。
 サクヤだって疲れてるんだから、きちんと休んで体力回復させないといけないでしょ。

 ……あの『ぬらりひょん』も言ってたけど、ホントに『決戦』とやらが近いらしいし、ね。



 『トーノ』を攻めていた鬼の軍を撃退して『トーノ』を開放したまではよかった。
 しかし、その後にやった後始末の中で、手放しでは喜べない事実も色々と明らかになった。

 まず、『滝夜叉姫』は、僕らが攻め込むよりも前から、既に少しずつ『邪気』持ちを含む手下たちを外に逃がして……というか、本隊と合流させ始めていた。一度に大勢動かすと気取られて、拠点の位置がすぐばれるから、少しずつ。
 なので、あの時点であそこにいた連中は全滅させたものの……そこそこの数の『邪気』持ちは外に出てしまったことになる。今後の展開がちょっと厳しくなりそうだな。

 全体を見れば、『酒吞童子軍』は各地で敗走している。撤退した個所では、表の朝廷軍が迅速に動いて土地を制圧しているので、逃げた土地からは影響力自体も失われていると言っていい。『エド』で大太法師を打ち取り、『トーノ』も解放された以上、彼らは定まった拠点と言える場所を既に持っていない、いわば根無し草の状態だ。
 残る戦力は、正しくその『本隊』のみ。これを潰せば、今回の戦乱は収まるだろう。

 ……もっとも、それが一番難しいんだろうけどね……

 人や妖怪の死によってにじみ出る『邪気』によって強化されている彼らは、周囲で敵味方問わず、死ねば死ぬほど強くなる。死んだ奴が強い奴であるほど、邪気を多くため込んでるほど強くなる。
 戦いの中で数を減らせば減らすだけ、残ってる奴らが強くなる。

 数、地の利、戦力の多彩さ……どれをとってもこっちが勝ってはいるけど、この特性を考えると……正面からぶつかっても、すさまじい被害が出る予想しかできないんだよな。

 いやそもそも、あのレベルの連中相手に、数を投じて多大な犠牲を容認したところで、勝てる確証があるわけでもない。

 だからこそ、僕らみたいな強力な『個』を、ないしは少数精鋭をぶつけて敵の頭を取るなり、面攻撃や大規模爆撃で強化する暇を与えずになるべく一気に倒すなり、魔法薬やマジックアイテムの類を使って『邪気』を散らすなりして、敵の強化を、味方の被害をどうにか抑える必要がある。
 敵は倒したけど味方も被害甚大でした、じゃ、戦後復興に差し障りが出る。

 ……けど、ちょっとそれも、手段や手順を慎重に考えなきゃいけないところに来ているというのが……今の僕らの正直な現状だ。

 他ならぬ『邪気』……コレが、僕らに対しても牙をむいている。『毒』として。


 ☆☆☆


 『トーノ』のことを地場の妖怪さん達に任せて、僕らは『キョウ』の屋敷に帰ってきたわけだが……それ以降僕は、戦闘はもちろん、研究なんかも全部休みにして、屋敷の一室で安静にしているようにお達しが出た。
 戦闘後にそんな風な指示をもらうのは、恩賜の休暇でも出たか、傷を負って療養を命じられたかの2通りくらいだ。

 そして、僕の場合は……後者だ。

 と言っても、絶対安静の重傷者ってわけじゃないし、一日中布団に寝てるとかじゃない。
 外出こそ制限されてるが、家の中普通に歩いたりする分には問題ないし、食事だって皆と一緒に食べてる。やりすぎなければ研究とかだってできる(あんまりしてほしくなさそうだったが)。

 それでも……こんな風に、負傷を理由に安静にしてるなんて、いつぶりだろ? 訓練じゃなくてガチのバトル限定なら、『サンセスタ島』でウェスカーと戦って以来かな? いや、『リアロストピア』で一時的に大やけどしたこともあったか。
 ……それくらいだな。最近の僕、思い返すとホントにケガしてないからな……いや、今だってケガしてるわけじゃないんだけど。

「それで? どうなの、具合は」

「体調的というか、肉体的には全然問題ない。すぐに戦えって言われても、全然できる」

 昼食の場でエルクの問いかけに返した通り、僕は肉体的には絶好調だ。
 結局『エド』でも『トーノ』でも、僕を負傷させるほど強い敵はでてこなかったしな……リュウベエや、あのカムロって奴とあのままバトってたら、ちょっとわからなかったけども。

 そんな僕の返答を聞いて、エルクは少しだけ目を細め、

「……肉体的以外の所は?」

「……精神的にも問題なし。ただ……例の『邪気』の汚染は、未だ快癒の兆し、なし。僕も……僕以外もね」

「……そう」

 その言葉に、エルクのみならず……食堂に集まっているメンバーのほとんどが、眉間にしわを寄せて険しい表情になったり、あるいは不安そうな表情になったりした。

 そう、僕が療養してるのは、あの時『滝夜叉姫』に流し込まれた『邪気』による影響を危惧してだ。特に悪影響みたいな常時あるわけじゃないけど、放っておけるものじゃないのも確かなので。

 ……この辺で一度、振り返ってまとめておくか。

 鬼達が使う、『蟲毒』をルーツとした禁忌の決戦呪法『百物語』。
 この術は、多くの命を殺し、その際に発生する怨念のエネルギー――鬼達はこれを『邪気』と読んでる。僕達もいつからか、そう呼ぶようになった――を取り込むことで、その力を大きく跳ね上げることができる。
 そしてそれは、より強い者を、より多く殺すことで強化幅が増す。
 また、無抵抗な者を一方的に殺すより、激しい戦いの中で殺す方が、これも強化幅が増す。

 ただし当然リスクもある。『邪気』は本質的には毒なので、取り込んでもうまく制御できなかったり、もっと単純に、その毒性に負けてしまえば、理性を失って暴走したり、精神が崩壊したり……最悪死ぬ。
 また、発揮される毒性の一つに、僕がかつて悩まされた『魔力混濁』に似たものがあるため、制御できない者は、魔力や妖力の行使に支障が生じ、治癒機能を含めた身体機能も低下する。

 さらに『邪気』は、取り込んだ者の闘争心を刺激し、戦いに駆り立てる作用もある。この作用は他の『邪気』使いがいるような戦場において特に顕著で、たとえ離れた場所にいて、戦闘に参加していなくとも……『戦場に呼ばれている』ような感覚を覚えさせる。

 そして、あまりに大量の『邪気』を取り込んで強化された個体……鬼の幹部クラス以上になると思われるが、そうなると、ただ戦うだけで、自分と戦っている者や、周囲にいる者に呪いを……『百物語』の術式を、伝染ないし『感染』させる。
 そうなった者を『感染源』と呼び……そして、術式が感染した者は、そのまんま『感染者』と呼ばれる。そして感染者は、強制的に『蟲毒』に巻き込まれる。毒虫の壺の中に入れられるのだ。

 感染者が死ねば、その怨念……もとい『邪気』が解放され、他の感染者に取り込まれる。それは、殺した者のみならず、ただそいつが死ぬ際に近くにいた者にも多少なり取り込まれる。

 これは、戦場で死ぬ者が多く出るほど……『感染源』を含む鬼側の邪気使い、そして『感染者』がどんどん強くなっていくことを意味する。
 そして同時に……望まずして『感染者』となってしまった者達に対しても、どんどん『邪気』が……毒であるそれが蓄積していくことをも意味する。

 今現在問題になっているのはこの部分だ。『感染源』である敵と戦ったことで、このメンバーの中にも、『百物語』に巻き込まれ、少なからず体に邪気を取り込んでしまった者がいる。
 当然ながら『邪気』の制御法なんてもんを心得ている者はいないので、思いっきり『毒素』の部分が害になってるわけだ。

 魔力混濁は、それ用のアイテムを作ったから、すぐに直せる。
 無理やり刺激される闘争心は気合で抑え込める。うちのメンバーならそれくらいできる。

 しかし、『邪気』の吸収……これが厄介だ。
 今述べた2つ以外にも、細かいのを上げれば色々と『毒』はある。それらも全部無効化するのは……この時間ない中ではさすがに僕も難しい。戦闘後に拠点とかでならやるまだしも、戦場で症状を治療するのは無理だ。緩和するだけで精一杯である。

 そしてその『邪気』が、戦ってる間中、ひっきりなしとは言わないまでも、次々追加される形で体に流れ込んでくるんだからなあ……症状は当然重くなるし、戦いのペースは乱される。制御法を学んでいない者では、戦えば戦うほど苦しくなる。鬼達の逆になるわけだ。

 おまけにこの『邪気』、特定の条件下では吸収が加速するってんだからタチが悪い。
 精神的に興奮していることと、『邪気』自体が吸収されやすい性質に変化していることが主な条件になるわけだが……これらの性質のせいで、僕とシェリーが特に大きく『邪気』の影響を食らった。

 シェリーは、根っこのところが戦闘狂気質だから……悪い意味で『邪気』と相性が良かった。

 僕は、『邪気』を毒として使う形で、吸収しやすくした『口移し』で流し込まれた。
 
 それに加えて……なぜか僕は、他の人よりも邪気を吸い寄せやすいように感じる。
 『エド』で、同じような条件下で戦ったタマモさんと比べても、『薬』を飲んで邪気を散らす回数は僕の方が多かったし、飲んでもタマモさんより散らせる効率が悪かったように見えた。個人差があるんだろう、とあの時は深く考えてなかったけど……。

 そして、毒だろうが酸だろうが呪いだろうが、大抵の有害要素は無効化できる、仮に一度は効いても即座に耐性を獲得して次からは全く、あるいはほとんど効かなくなる僕の肉体をもってしても、この『邪気』を無効化することはできていない。それだけ強力な呪い的要素なのか……あるいは…………相性が悪いのか。

 以前聞いた話がよみがえる。『邪気』は、死者の怨念による力……『死』の側に位置する力だ。
 だからこそ……生者にとって毒になる。

 だが、完全な『死』そのものの力ではない。呪いによって、無理やり現世にとどめられ、歪んでしまった『死』だ。だから、あの世――そんなもんがあるのかどうかは置いといて――に行くこともできず、似たような『死』の気配を求めて、他の『邪気』と結びつきやすい。
 ゆえに、死によってさまよい出た『邪気』は、『邪気使い』ないし『感染者』に取り込まれる。

 ……似たような『死』の気配を求める、か。

(もしかしてというか、やっぱりそのせいで、僕はやたら『邪気』を取り込むのかな)

 前にも考えたことだが……僕は現代日本からの、いわゆる『転生者』。
 言い方を変えれば……一度死んで生き返った人間だ。

 また……アドリアナ母さんが、お腹の中で死んだ胎児を、禁忌の術で蘇生した結果生まれた存在でもある。

 どちらの意味でも、僕はこの中の誰より深く『死』というものに触れている。
 というか、『死』を、身をもって体験している。

 ひょっとしてそのせいで僕は、薬を使っていても、高い魔法耐性を持っていても、『邪気』をより多く吸い寄せ、より大きくその影響を受けてしまうのかもしれない、と思った。

「……ナト。……ミナト!」

 1人深く考ていたら、横に座ってるエルクに肩をつかんで揺さぶられて、はっと気が付く。いかんいかん、考えるのに夢中になって周りが見えなくなってた。

「ごめんエルク、考え事してた。えっと……何だっけ?」

「これからのことについて話してたんでしょうが……全くもう。タマモさんから聞かされた話だと、『酒吞童子軍』は各地の残存戦力を終結させて決戦の準備を進めてるそうよ。それらを吸収しつつ、既に進軍は始まってるようで……途中にある朝廷側の人たちが応戦してるけど、時間稼ぎすらほとんどできていないのが実情。このままいくと、朝廷軍との衝突はおそらく……えーと、ナナ」

「期日は4日後。場所は……『セキガハラ』という所だそうです」

「マジか」

 よりにもって『関ケ原』か……。

 聞けば、地形条件なんかも大体、日本の関ケ原と同じ感じのようだし……そこを舞台に、表の軍も裏の軍も入り乱れての大乱戦になる見込みなんだとか。
 当然のように妖怪が戦線に参加するのはもちろん、途中参加でバトルフィールドに突っ込んでくる援軍伏兵もいるだろう。両陣営、隠し持っていた切り札なんかもガンガン使ってくるだろうし、いよいよ他の『八妖星』も直接参戦するかもしれない。さらには、かつて『八妖星』最強とまで言われた男も、出てきてもおかしくないだろう。
 おそらく、『ヤマト皇国』史上最大の戦いになる……というのが、タマモさんの見立てだ。

 まさしく『天下分け目』って奴だな……日本史上では、天下人を決めて戦国時代を終わらせる戦いだったのに対して、こっちは逆に、平和な時代が終わって戦国時代に突入するか否か、っていう瀬戸際だけど。

 もっとも、そんな……なんだか壮大さすら感じる状況下だとしても、僕らがやることというか、求められることは変わらないわけだが。

 団体行動は正規軍の皆さんに任せる。彼らの邪魔にならないように動く。
 僕らは基本、少数精鋭で動く。そして、その相手は……敵の幹部格。数をけしかけても倒せないような連中を引き受けるのが、僕らやタマモさんといった『突出した個』の役目だ。

 その対象は意外と多い。
 敵の大将である四代目酒吞童子・キリツナに、幹部格の滝夜叉姫・タキと、リグン(種族名がわからん)。その他、主に『邪気』を纏ってる奴だな……一般兵に相手させるのが無茶なあたり。
 あと、リュウベエやカムロもだな。下手したらキリツナより危険だ。

 これらを相手するとなれば、こっちも出し惜しみなんてしてる余裕はないと言っていい。
 僕もシェリーも、タマモさんや側近方も当然出る。『百物語』に感染してようが何だろうが。

 全く……外交使節団の護衛クエストのはずが、とんでもない戦いに巻き込まれたもんだ。
 まあ、いいか。クエストを失敗扱いにしないためにも、そして何より、母さんや師匠の友達が守りたいと思ったものを守るためにも……逃げるわけにはいかないしね。

「幸い、こっちから何かアクションを起こさなくても、今回の戦いは放っといても向こうからやってくる。ならそれまで、ゆっくり休んで体調その他を万全にしておくべきね」

「戦闘の際に使用する消耗品その他……『CPUM』もですね。ミナトさん達には、負担にならない程度に準備を進めてもらわないといけませんか」

「戦略パターンとかも詰めないとでしょ? 一回、タマモさん達も一緒に打ち合わせが必要だね」

 皆、来る決戦の時に備えて、やるべきことの目星を次々立てていく中……ふと視線を感じる。

「「「………………」」」

 卓について、話し合いにもきちんと参加しつつも……何か言いたげな視線が、こっちに向けられていた。しかも複数。
 雰囲気的にちょっとアレなので……この場はスルーさせてもらうが。大切なことなら、後で聞かせてもらうからさ…………あ、死亡フラグとかでなければね?


 ☆☆☆


 一方その頃、新たに設けられた『鬼』の軍の拠点。
 『エド』での傷を癒し終え、さらに『百物語』を幾度も重ねがけして、さらに力を強めた。

 以前からもそうではあったが、鬼の総大将にふさわしい貫録を携えて……キリツナは、最後の戦いを前に、その戦支度を整えつつあった。
 自室で座禅を組み、精神を落ち着けている彼の元に、そういった静謐で厳粛な雰囲気とは真逆のそれを纏っている男がやってきた。

 合図もなく、無遠慮に部屋に上がり込んできたのは、やはりというかカムロ。
 着ているのは作務衣ではなく……気慣れていると自ら語っていた、『アルマンド大陸』式のスーツだ。自分が大陸に関わりがあることを、最早隠す気もないのだろう。

「いい具合に仕上がってるな、大将……抜き身の刃のよう、って例えがぴったりだ。ただ座ってるだけだってのに、近づくだけで斬られそうなその気迫……ほれぼれするねえ」

「……用があるなら手短に話せ、カムロ。貴様と無駄口をたたいている暇はない」

「座禅なんて組んで暇そうにしてんのにか? まあいい……一応報告までにな。タキちゃん、どうにか決戦までには復帰できそうだぜ。それと、色々差し入れ持ってきてやったから、上手く使えよ」

「『トーノ』でタキによこしたのと同じ、大陸の魔物か。あの黒装束の、ミナトという男相手に、全く役に立たなかったようだが」

「そりゃあれだ、いくら何でも相手が悪かった。何せ大陸最強の冒険者だ……あれらよりさらにステージが2つか3つくらい上の存在じゃなきゃ、どうにもならねえだろうさ」

 懐から煙管を取り出し、草を入れて術で火をつけるカムロ。
 ふぅ、と一服して煙を吐く姿は、様になってはいるが、和風のつくりの煙管が、来ているスーツとはややミスマッチにも見えた。

「……貴様の見立てを聞かせろ、カムロ。俺は今、どれほど強くなれた?」

「うん? そうだな……『今』のお前さんだな?」

「『今』だ」

 カムロはしばし考えるように、視線を空中にさ迷わせる。
 その間にも、煙管を加えて吸って、煙を吐き出し……ということを2度、3度と繰り返し、たっぷり1分以上かけて考えてから、再度口を開いた。

「今お前さんは、最後にやった『百物語』で得た『邪気』を体に馴染ませている最中だ。それが終われば……『八妖星』級は確実だな。そこらの幹部や側近クラスはまず相手にならん。『鎧河童』や
『隠神刑部狸』なんかが相手でもまあ……1対1ならどうにか勝てるだろう。だが……」

「…………」

「タマモにはまだ及ばない。リュウベエも、あの黒い奴……『災王』ミナトも無理だな」

 そう、あっさりと言い切った。

「力だけならタマモにも勝てるだろうが、術の多彩さとその応用力は、単純な馬力の差を補って余りある。そのことは『エド』で殺される一歩手前まで追い込まれたお前なら知ってるだろ? アレをはねのけられるほどの強さには、お前はまだ至ってない。リュウベエの場合は、術はともかく、接近戦能力でただ単純に上をいかれてるな。ミナトは論外だな。こっちも術はともかくだが、戦闘能力も、魔法やアイテムを使った戦術の多彩さも手に負えるレベルじゃない。全力を出させることすらできるかどうかってレベルだぜ。戦うのはやめといたほうがいい」

「だが、次の決戦では間違いなく、タマモも……その『災王』も出てくる。そして我々にはもう、撤退という選択肢はない。その戦場で、誰が出てこようと勝つしかない」

「ならどうする? 『トーノ』でタキちゃんがやったように、『邪気』を毒として使うか? それとも……お前さんが今以上に強くなるかい?」

 その問いかけには答えず、逆にキリツナはカムロに聞き返した。

「……カムロ。リュウベエの方の準備はできているのか」

「既に『エゾ』に飛び立ってるよ。封印の場所も割れてる、いつでも行けるだろう」

「あそこは『白雪太夫』が守っている。実際、サカマタ達もそれで失敗したが……」

「そこは俺がフォローするさ。お前さんはその時に備えて……『百物語』を万全にしておけ。……少しでも準備が足りてなけりゃ、死ぬぜ? お前さんがやろうとしていることは……そのくらい大きな賭けだ。しかも、随分と分の悪い……な」

「わかっている。『百物語』然り、『八咫烏』然り……禁忌とは、外法とはそういうものだ。だが、そうでもしなければ、この刃は奴らの喉には届かん」

 キリツナは、ゆっくりと目を開く。
 鋭い目に、決意に満ちた光を宿し……彼は、カムロが言ったことに……自分がこれからやろうとしている『あること』に、自部の命がかかるっているということを、微塵も恐れていなかった。

 強さへの、そして勝利への渇望は、それができなかった先にあるものに目を向けることすらさせなかった。

「くくく……いいねえ、その目。楽しみだ……お前ならきっと、『究極の闇』をその手にできる」

 カムロは、可笑しそうに笑う。キリツナの決意を、危険を、あくまで他人事として……手は貸すが、あくまで自分はそれを見て楽しめればいいとでも言うように。

「タマモもミナトも、生き字引たる『鳳凰』のばあさんも……『冥王』クローナでさえ、『百物語』の真の意味に気づいていない。『邪気』によるドーピングだとしか思っていない……そして、気が付いた時にはもう手遅れってわけだ」

「そのためにも『究極の光』が必要だ……リュウベエと共に準備に移れ、カムロ。決行は4日後だ……俺は、鬼を超える」

「オーケー、4代目酒吞童子……お前が『妖怪』を超えた時、あいつらがどんな顔をするのか楽しみだねえ」

 そう言い残してカムロは去り、キリツナは再び座禅に戻った。
 心を落ち着かせ、未だ自分の思い通りになるまいとする、腹の中の『怨念』達を……食らいつくし、消化して血肉にするために、自分の内側へ意識を集中していく。









「ま、楽しみなのは……全てを知った時の、お前さんの顔もなんだけどな。くくく……」

 ふすまの向こう。

 今しがた出ていったカムロが、キリツナには聞こえない音量で、ポツリとそんなことをつぶやいていたことを……キリツナは、知ることはなかった。





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