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第16章 摩天楼の聖女
第283話 よくわかる異世界経済
しおりを挟む轟々と燃え盛るのは、なんとも摩訶不思議な……黒い炎。
石窯の中のような、ドーム状の空間の中で……その空間のほとんどを埋め尽くす勢いで燃えている。しかも、普通の炎とは違って、上向きにゆらゆら、という動きではなく……洗濯機の中の水か、あるいは台風が来ている時の海岸の荒波のように、荒々しく動いている。
床全体から吹き上がり……ドームの中を縦横無尽に暴れまわる形だ。
ただ、ちょっと気を付けてみると……その動きは上下左右に激しく滅茶苦茶ではあるものの、大まかに……部屋の中心を軸として、渦を巻くように動いていると気づくだろう。
そんなドーム空間の真ん中で、僕ことミナト・キャドリーユは……『ハイパーアームズ』の装束に身を包み、鍛冶作業にいそしんでいた。
先に言っておくと、今言った通りこれは『鍛冶』であり、戦闘とかではない。
にもかかわらず、何で僕が『ハイパーアームズ』を装着しているのかというと……この作業に、極めて高出力かつ超精密なコントロールの『虚数魔法』を使うからだ。
そしてそれは大きすぎてもいけないので、『アルティメットジョーカー』ではなくコレにしてるわけ。ついでに言えば、精密さのフォローのために、精神を『魔量子コンピューター』に接続し、アドリアナ母さんからのバックアップを受けている。
そしてこのドーム状のスペースの正体は、僕の作業場。
その名も『ギンヌンガガップ』。
北欧神話の、この世の最初にあった無の空間から名付けた。創作用のスペースってことで。
僕のラボの中でも、特別に輪をかけて特別と言っていい作業スペースで……ぶっちゃけてしまえば、やばいぐらいに強力なマジックアイテムとかを作る時だけに使う場所だ。
いい機会なので、僕が普段――ってほど頻繁にはこの『ギンヌンガガップ』は使ってないけど、ここで装備を作る際、僕がどれだけ滅茶苦茶なことをやっているか、簡単に説明しようか。作業しながらだけど。
まず、鍛冶作業に使う材料を用意します。
それを、『ギンヌンガガップ』に発生させている虚数性疑似ブラックホールにぶっこみます。
素材が概念分解されて、『そこにある』というデータないし情報のような存在になります。
その状態で加工します。
それを繰り返して、パーツを作っていきます。その過程で術式とかも組み込みます。
同じようにして、最後にパーツを組み合わせて微調整とかを済ませれば完成。
……言ってしまえばこれだけである。
ただまあ、この中のどれか1つでも……僕以外に可能なことはないんだけど。師匠や、母さんだって無理だ。全行程に相応の技術力と演算能力、そして『虚数魔法』が必要だから。
あ、でも師匠なら、別口でそうだな……虚数魔法を使えるマジックアイテムとか用意すればできるかもだけど。
そもそも、この『ギンヌンガガップ』は、内部に火を入れる――つまり、虚数性ブラックホールを発生させた状態で、その中に自分も入って作業するので、きちんとそれを制御しできる能力がないと、ブラックホールに自分も分解されて死ぬ。
分解されなくても、その術式の余波ですさまじい魔力圧や、時に高熱や冷気、雷や衝撃波が発生するので、それに耐えられないと死ぬ。
僕は、そんな、一歩でも中に入ったら間違いなく死ぬしかないような場所で作業しているのである。ここでしか、僕が要求するスペックの加工はできないもんで。
今も僕は……オリハルコンやミスリル、アダマンタイトにヒヒイロカネといった魔法金属を溶かしこんだブラックホールの中心に立ち、それらを、特殊なマジックアイテムのハンマーで叩いて、徐々に形を持たせている。
ハンマーだけじゃない。ここで使われるすべての道具は、当然ながらマジックアイテムだ。ノコギリ、やっとこ、カンナ、やすり、バーナー、うちわ、千枚通し、ドリル……etc。
そもそも、ここで行われるのは、鍛冶であると同時に、魔法の儀式である。
ハンマーの一振り、やすりの一擦り、うちわの一扇ぎ、バーナーによる加熱の一秒、やっとこを使っての固定に至るまで……その全てが魔法、あるいは儀式であると言える。
それを何百回、何千回、場合によって何万回、何十万回と繰り返して、望むものを形作っていくのだ。しかも一回一回に魔法的な演算が少なからず必要なため、気を抜くことはできない。
……まあ、それも含めて楽しみの1つと考えているからこそ、僕はそれができるんだけど。
「……ふぅ……ひとまずここまで、かな」
今、数えるのもおっくうになるくらいハンマーを振り続けた後に、ある程度形になったパーツを見下ろし……ブラックホールの出力を下げて見やすくし、細かい確認を終えた僕は、ひとまず作業を切り上げて休憩を取ることにした。
収納用のケースに工具と、作りかけのパーツをしまう。そして、完全に『ギンヌンガガップ』の機能をシャットダウンさせ、収まったところで、出入り口のロックを解除。外に出る。
こうしないと余波でえらいことになるからね、外が。
☆☆☆
シャワーで汗を流して、湯船で疲れを取ってからリビングまでくると、色んな書類を前にして、うちの嫁が眉間にしわを作ってうんうんうなっていた。
「あら、お疲れ様ミナト。14時間ぶりね」
「あ、そんなもんで済んだんだ? 思ったより早かったな」
風呂入った後、厨房にお邪魔してターニャちゃんからコーヒーミルク作ってもらって2リットルばかり一気飲みしてから来たから……実際は13時間ちょっとか?
加工に16時間はかかると思ってたから、かなり短かったな。僕の腕も上がったんだろうか?
「不眠不休で14時間、あの環境下で力を振るえる、か……最初は聞くだけで度肝抜かれたもんだけど、今じゃ私も慣れちゃったもんね」
「『キャドリーユ』に嫁入りするんだからそのくらいはね、うん、慣れてもらわなきゃ」
「その中でも特に異常認定されてる奴が言うか……まあいいわ。あとあんた髪ちゃんと拭いてこなかったでしょ? 全く……ほら頭出せ」
「あ、ちょっ……別に大丈夫……」
僕の言葉は無視して、エルクは呆れた表情のままで僕の腕をとり、ぐいっと引っ張って体を傾けさせ……自分の目の前に僕の頭を持ってくる。
さっき風呂入って、さっとバスタオルで拭いただけなので、しっとり濡れてるそれを……魔法で手から風を起こし、それで乾かすと同時に、風をくしのように扱って髪をとかしてくれる。
器用なことができるようになったもんだな……うちの嫁も。
向上した能力の何割かは、僕の私生活のテキトーさのせいで鍛え上げられた感じがしなくもないけど。『私がしっかりしなきゃダメだこいつ』的な感じで。
しばらくされるがままになっていると、終わった時には僕の髪は、美容院にでも行ったのかってくらいに、くせ一つなく見事にセットされていた。
「ふー、ありがとエルク」
「どういたしまして。やれやれ……お義母さんがミナトから子離れできないのって、あんたがいつまでも中身子供だからかもしれないわね。毎日お世話してるとよくわかるわ」
「世話って……いやまあ、否定できないけどさ」
そのうち、子供ができるより先にあんたが原因で母性に目覚めそうだ、なんてことまで言われてしまったものの……返す言葉もなく、黙ることしかできない。
……あと、とっさに深い考えもなく言っちゃったんだろうと思うけど、『子供』って……あの、仮にも将来を約束したあなたに目の前でそう言うこと言われると、僕もリアクションに困るんですが。いやまあ、嫌じゃないけどね何も全然。うれしいけどね普通に。
数秒経って自分でも気づいたのか、エルクも目を反らして……若干顔が赤い。
あ、やばいやっぱかわいい。抱きしめたい。
僕が衝動的かつ魅力的な行動への欲望を必死に抑えている――実行しても許してくれそうではあるものの――と、ふと、彼女が机の上に広げていた書類に目が行った。
『邪香猫』副リーダー兼会計担当の彼女がうなってるってことは、お金関係かとちらっと思ってはいたけど……やっぱりそうみたいだ。
開かれているのは、『邪香猫』及び『キャッツコロニー』の金銭出納関係の書類……雑に言って、家計簿である。あと、外部から来た同じような書類が色々と。
何をうなってたんだろ? ちょっとアレな言い方になるけど……金なら腐るほどあるから、やりくりに苦労してる、ってことはないと思うけど。
「お察しのとおり、お金がなくて苦しいなんてのとは無縁の貯蓄状況よ……毎度、書面の0の数を数えるのが面倒になる程度にはね。……そうじゃなくて、問題はその……税金なのよね」
「税、金?」
……なんか、ファンタジー世界に似つかわしくない現実的な単語が出てきましたよ?
いや、貴族の重税に民が苦しめられる、とか、そういう見方ではテンプレかもだけど。
というか……アレ、そのへん全然僕気にもしてなかったんだけど……どうなってんだろ?
「安心しなさい、私とナナが、ザリー以外のチーム全員分まとめて処理してるから」
「さすがわが嫁、えらい。もう離れらんない、エルクなしじゃダメだね僕」
「安心しなさい、ちゃんと一生一緒にいてあげるから。お互いに長生きだし」
夢魔(突然変異)とハイエルフ(先祖返り)だもんね。
「でも、ナナと協力してるのはいいとして……何でザリー以外?」
「あいつはほら、時々だけど、表沙汰にするのがよろしくない収入支出があるから、そのへんの細かいところを自分で処理してるんですって。最近はオリビアが手伝ってるらしいけど」
わぁ、生々しい。
「それで、税金の何に困ってたの?」
「……私たち冒険者ってさ、基本的に国とかからはある意味独立した立場じゃない? で、税金も……基本、拠点がどこの国にあるかを問わず、ギルドで規定した分を収めることになるの……で、コレを知らないってことはあんた渡された冊子……」
ごめん、読んでない。
「……で、チーム組んだ場合はそのチームごとでの扱いになるのよ。そのへん考慮して、私が計算とかいろいろして、去年の分は支払ってたわけなんだけど……今年からほら、ちょっと特殊じゃない、私たちの立ち位置……物理的に」
「……! あー、引っ越したから、ってこと?」
「冒険者の税金は2種類あるの。1つは、拠点としている国に収める分。もう1つは、依頼者の国に収める分。前者は収入額に応じて、後者は、どこの国からの依頼でどれだけ収入があったかに応じてね。後者はいいとして……ほら、前者は今私たち、拠点が『ここ』じゃない?」
ここ『キャッツコロニー』は、イオ兄さん達が昔から住んでいる……それこそ、テーガンさんの代から続く『ローザンパーク』の一部として扱われている。
そして、その『ローザンパーク』は無法者たちの都であり、税金なんてものは納めていない。各国も、『北』以外は、税金を納めるように督促したりすることもない。しても無駄だとわかっているからだ、長い歴史の中で。
けど、それと同じように『キャッツコロニー』、そしてそこに住んでいる僕らについても扱っていいものかというと……さすがに僕らの場合、収入額が大きすぎるのだという。
どの国にも属さないここにおける収入とは、それすなわち『外貨』である。
そして、ここに流れた分、他国では国内の通貨が失われるわけだ。
イオ兄さんとこは、あれで一応収入と支出……入ってくる金と出ていく金のバランスが取れてるらしいので、まあいいらしいけど……僕の場合、素材とか色々爆買いして散在してるとはいえ、それを圧倒的に上回るペースで収入があるからなあ……。
それも、冒険者稼業だけでなく、研究とか開発分野でも。むしろ後者のが額は多い。
その額がどのくらいかというと……まあ、さっきエルクが言ってたように、0の数を数えるのに目が疲れる程度の金額になるわけだ。
さて……この話における各国……ネスティア、ジャスニア、フロギュリア、そしてニアキュドラから出てきた問題点、というか書類に込められた要望をごく簡単にまとめると、だ。
『報酬とか特許料として国から出て行ってしまう額がちょっと多いので困ってます』
『特例で税金とか出してもらえませんか? 国に来てもらった時とかに超優遇しますから』
『後できればうちの国からもっといろいろたくさん買ってお金使ってください』
まあ、こんな感じか。
一応、ここ『キャッツコロニー』は、『ローザンパーク』の一角である点に目をつぶれば、あの件の後に譲渡された土地で、分類としては『ニアキュドラ』の管轄になる。それを『ネスティア』『ジャスニア』『フロギュリア』が認めている形だ。
なので、そこを引用すれば税金を取る根拠になりうるんだけど、そんなことを勝手に進めて僕を敵に回すのは怖すぎるし危なすぎるから無理。
ってことで、こんな風に相談する通知が来たわけだ。
そういや前に、『金持ちはお金を使うのが仕事』みたいに言われたことがあったっけ。あれ、単なる皮肉じゃなくてホントなんだなあ……。
いや、経済学的にはそうなんだってわかってたけどさ、実際に自分がその立場に立ってみると、こう、何というか……思うところがあるわけで。
さて、どうしたもんか……。
☆☆☆
その後の夕食の席で皆に相談したところ、おおむね『マジかー』『すごーい』でまとめられそうな感じの感想が帰ってきた後、
「大国の財務部門が危惧するくらいの流通が起こってるって……考えるとすごいわね」
「けど、そうなってもおかしくないくらいのもん、作りまくってるものね……普段から当たり前のようにその恩恵に授かってると、忘れがちだけど」
「おまけに、それを主に管理してさばいてるのが……この大陸でも特に大きな規模の商会2つ」
「西の『マルラス』と、東の『アントワネット』……しかも医薬品については、各国の研究機関に委託した臨床実験も済ませてるし、そりゃ盤石ってもんよね」
シェリー、クロエ、ネリドラ、リュドネラの順に。
「で、どうしたもんかと思ってね……政治的な駆け引きとか損得とか、僕全然分かんないから」
「そんなこと言ったって、私とかだってその辺はからっきしよ」
と、ため息交じりにシェリーが言う。
それに続くように、ミュウやターニャちゃんやシェーンもうなずく。反対側のテーブルに座っている、ギーナちゃんとスウラさんも。
「けど、私たちの他にでしたら、結構相談できそうな人多いですよね。何の因果か、元貴族の方がえーっと……4人と、現役の貴族の方が2人、あとそれに準ずる立場が1人いますもんね」
えっと、元貴族が……ザリー、ナナ、クロエ、ネリドラで、現役がアリスとオリビアちゃん、それに準ずる……? あ、義姉さんか。貴族じゃないけど、元高級軍人だ。
こうしてみるとホントに、うちって貴族関係者多いな。
義姉さんに話を聞く場合は、できればご意見番としてイーサさんが欲しいところではあるけど。
「ミナト、あんた今何か失礼なこと考えてなかった?」
「気のせい気のせい。でさ、意見を聞きたいんだけど……」
そこから話した結果、やっぱり税金云々については、各国との交渉ありきてことになったので、早々に切り上げざるをえなかったけども……もう1つの『お願い』である、『お金使ってください』っていう点は、もうちょっと掘り下げた。
今まであんまり気にしてなかったけど……僕は、お金の使い方ってもんを知らない。
少なくとも、一般人としての尺度でしか。
欲しいものを値段を気にせずに買う。それだけでも、現代日本基準で考えればけっこうな贅沢の部類に入ると思うんだけど……今現在、割と遠慮なくそうしているが、貯蓄が増える一方だ。
こないだ、金庫増築したもんなあ……入りきらなくなって。意外とかさばるんだよね、アレ。
宝物庫もそろそろいっぱいになりそうだし……いざって時は売って金に換えようと取ってあるものなんだけど、その『いざ』が向こう数年は来そうにない。
それに、だ。日本人的な感性がここでも生きてて、無理して豪遊するよりは貯金しよう、って無意識に考えちゃうので……結果、色々と貯まっていく一方なんだよなあ……。
なので……やるかどうかはともかくとして、参考までに、『金持ちのお金の使い方』ってものを、元貴族の皆さんを中心にお聞かせ願えれば……だったんだけど。
「部屋に置く家具や調度品を全部高級品にしてみる、とかは?」
まずはクロエからそんな提案が出たけど……すでに高級品である。
それも、ただ値段だけが高いわけじゃなく、性能も伴った『一級品』である。主に、姉さん達の商会から発注して買ってるので、間違いない。
あるいは、僕手作りのマジックアイテムなので、新規購入の必要性は……ない。
次、ザリー。
「じゃあ、安直な手で……高価な美術品とか買ってみるのはどう?」
「えー……興味ない」
マジックアイテムでもない壺とか、何がいいのかわかんない絵とか、そんなもんいらない。家に置いときたくない……いや、そういうの集めてる人を否定する意図はないけどもね?
前世から僕は、美術館という場所にほとんど何の魅力も感じることができない人間なので、その案は悪いけど却下かな。
「でしたら、何かを集めてみる、というのは? 貴族の中では、毛皮だったり、宝石だったり、様々な収集家というものが珍しくありませんでしたよ?」
続いてアリスの提案。
これは悪くなさそうだけど……何を集めりゃいいんだ? 特に、宝石も毛皮も、素材として以外は興味ないし。興味ないもん集めても楽しくないしな。
他、集めるものって言われても……パッと思い浮かばないな。
前世でも、トレーディングカードとか、フィギュアとか、切手とか……『集める』系のものは色々あったけど、そこでも何か集めることに情熱を燃やしたことはなかったっけ。
しいて言うなら、面白そうなマジックアイテムとか素材は集めたいかもだけど、それは今もやってることだしな。
「あとは定番だと、傭兵を雇って警備を強化とか、歌劇団を雇って宴会で目の保養とか……あーでも、あんたの場合警備に傭兵とか無縁よね。歌劇団とかも興味なさげだし」
義姉さんは、自分で言ってすぐさま否定していた。その通りだけどさ。
傭兵雇うくらいだったら戦闘用のCPUM作るし、そもそも今配備してるメイドロボたちも戦闘能力はAくらいは確実にある。わざわざ雇うまでもない。
それに……僕、ミュージカルとかあんまし興味ないんだよね。
残るは、ナナにネリドラ、そしてオリビアちゃんだけど……最初に挙手したのは、ナナ。
「ん~……やはりパッと思いつくのは、高い買い物ですかね。ですが、実益のない、追加効果もない高級品をミナトさんは好まない、となると……実益のある大きな買い物……単にグレードを上げてみるのはどうですか?」
「グレードを……っていうと?」
「高級ゆえに値段が高いものを買うんじゃなくて、高くて当たり前のものを買うんです」
高くて当たり前……宝石とかじゃないよね? さっき却下しちゃったし。例えば?
「例えば、まあ定番で……家とか、土地とか、山とか、島とか」
「……まあ、そりゃ高いよね」
不動産に話が飛んだか……その発想はなかった。
「あとはまあ……帰属によっては、専属の歌劇団とか、楽団を所有したりもしますね。でも、それはそれで管理が大変ですし……」
「不動産だってそうよ……忘れたの? 家の管理のために、人手が足りないってターニャに泣きつかれたの」
「その結果としてコレットが奴隷商……いや、それも姉だったが……そこから買われたわけだから、奇縁ではあるがな……あの時の問題を考えると、勝った後に管理のために労力を割かなければならないようなものは……面倒、か」
「そもそも家くらいなら自分で作るしね……土地も、実験場とかならこの近くで足りてるし……」
ナナの案も難しそうだな……っていうか、あらためて大概の問題は僕が自力で何とかしてしまえる事実に、何とも言えない気分になる。
そうなると、残ってるのはフロギュリアガールズ……のうち、オリビアちゃんが、
「となると、そうですね……冒険者の方にはあまりないことではありますが……何かのパトロンになる、というのはどうですか?」
「ぱと、ろん?」
「ええ、投資とか、スポンサー、と言ってみてもいいかもしれません」
ああー、聞いたことある。貴族って、音楽家とか画家、あるいは武術家なんかのスポンサー的なことをやることがあるって。
そしてその見返りに、自分のために仕事をさせたり(絵を描かせたり、演奏させたりとか)、有名になったら自分を他の客とかより優先して働かせたり、自分の商売に協力させてもうけを上げたり……あ、いや最後のはダメだ。結局儲かっちゃったら同じ事だ。金がまた戻ってくる。
しかし、アイデア自体は面白いな……誰かほかの人が成長するためのバックアップをする立場、パトロンか……元々魔改造とかで誰かを強くするのが好きな僕にしてみれば、ちょっと興味があるかもしれない。
「冒険者や傭兵にも、パトロンを持っている方々はそこそこいるみたいですよ? 実入りも多いとはいえ、色々と急にお金が必要になったりする職業ですし……さらに言えば、パトロンをしている冒険者は、いざという時に融通がきく戦力ですからね、貴族や大商人の側にも得なんです」
なるほど……ぶっちゃけ戦力としては必要ないけど……パトロン、ね。
一応、保留で。覚えておこう。もしも、投資してもいいかな、とか思える対象ができたら……うん、やってみてもいいかも。
多分、冒険者とか傭兵のはしないだろうけど……あ、でも、あのフロギュリアの良心といっていい世紀末ハートフル集団『慈愛と抱擁の騎士団』だったらなってもいいかも。
活動を応援したくなるくらいには好感度高いから。
けど残念ながら、彼らはパトロンを持たない主義だという。オリビアちゃんから聞かされた。
残念。けどそういう硬派なところも好感触。
ちなみに彼らには、こないだ、色々お世話になったお礼っていう名目で、うちでとれたリンゴから作った『林檎酒(シードル)』をプレゼントした。
原材料が、『スノーホワイト』のを5樽と、それを超える超絶希少種『トロイアゴールド』で作った1樽。もし売れば多分、金貨100枚でも足りない額になったと思う。
それを酒の席で受け取った彼らの反応を、頼んだ輸送業者の人――『アントワネット』の傘下企業――に聞いてみたら、『ヒャッ……ハァァアアァア!?』ってめっちゃびっくりしてたって。あっはっは。
……それは置いといて。
ラスト、ネリドラ……と、思ってたんだけど。
「……私、貴族とは言いつつも……あんまり豪遊とかとは無縁の生き方してきたから、あんまり詳しくない。知識としても、クロエやナナや、アリスが言ってたもの以上のことは知らない」
とのこと。あー、そういやネリドラってそうだったね。
つまりは、ネタ切れだから提案できない……かと思えば。
「こういうのは、無理に素人頭で考えるより……現在進行形でその立場にいる人に聞くのが一番いいと思う」
「その立場? ってーと……貴族とか?」
「それもあるけど、貴族としてのお金の使い方ではミナトの好みに合わないのは、ここにいるメンバーで分かった。だから、むしろ……そのお金を実益に結び付けて使うのがより得意な立場で、かつ、国とか公権力とのつながり……しがらみがないような人に聞くのがいい」
なるほど、一理ある。
ここにいるメンバーで妙案が浮かばなかったら、ドレーク兄さんとかを頼ることも考えてたけど、あの人たち一応公人だからな。国そのものの利益と全く結び付けずにアドバイスをくれるのは難しいかもしれないし……仮に兄さん達が大丈夫でも、100%あの第一王女様が出張ってくるだろう。
そうなると、その候補ってのは?
「貴族以外でパトロンの常習、となると……大商人でしょうか?」
「そう。つまるところ……ノエルさんとジェリーラさんあたりが一番いいと思う。ちょうど2人とも、来月の例の『式典』に呼ばれてて出るみたいだから……そこで、お金の使い方や、『遊び方』みたいなのをレクチャーしてもらうのがいいかも」
……なるほど。その手があったか。
それなら期待できそうだ。ナナに頼んで、2人に連絡とってもらおう。
「……しかし、何で『式典』で行った先でレクチャー? あそこ、宗教国家だよね?」
そうたずねると、オリビアちゃんとザリーが苦笑していて……ネリドラが、若干ジト目? なぜ?
「……あそこは、遊ぶことにはまず事欠かない場所だから」
………………? なして?
応援ありがとうございます!
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