魔拳のデイドリーマー

osho

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13巻

13-1

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 第一話 第二王女


 ある晴れた日……ネスティア王国王都の国営墓地にて。
 墓地中心部にある、王族、及びその関係者専用のスペースに国王アーバレオン・ネストラクタスの姿があった。ある墓標の前で花束を手に会釈程度にこうべを垂れて、そこに眠る死者の冥福めいふくを祈っている。
 目立つのを嫌ってか、連れている護衛はわずか数名。とはいえ、騎士団総帥ドレークを筆頭に精鋭が揃っていた。
 王の目の前にある墓標に刻まれている名は……『アンジェリーナ・ネストラクタス』。
 九年前の今日、この世を去ったネスティア王国、王妃の名である。

「……もう九年か……早いものだな、アンジェリーナ。私の中では、お前と初めて出会ったあの日が、昨日のことのように鮮明だというのに」

 その向こうに妻がいるかのように、物言わぬ碑石ひせきに、ネスティア王は語りかける。

「お前が好きだった中庭の花壇……今年も花が一面に咲いたから、少し摘んできた。私はこういうことにうといので、気のいた贈り物を思いつかなくてな……喜んでもらえるだろうか」

 アーバレオン王は手にしていた花束を眠る妻によく見えるように墓にそなえると、ゆっくりと呟く。

「早かったな、レナリア」
「家庭教師の先生が気を回してくださいましたので」

 喪服のような黒を基調としたドレスに身を包んだ三女レナリアが、そこに立っていた。
 花束を墓に供え……父とともに祈る。

「あんなに小さかったレナリアも、こんなに大きくなったよ。お前に似て、美しく育ってくれた」
「もう、お父様……」

 少し恥ずかしがりつつも、レナリアは嬉しそうな笑顔になっている。
 生前、王妃のことをしたっていたレナリアは、母親ゆずりの桃色の髪の色をめられたり、母親に似てきたと言われたりすると自然と笑みがこぼれるのであった。

「お母様、ごめんなさい……お姉様も、今日一緒に挨拶にうかがう予定だったのですが……公務が長引いてしまって、到着は明後日以降になるそうです」

 レナリアは申し訳なさそうに、ネスティア王国の第一王妃であるメルディアナの現況をそう告げる。数日前、『オルトヘイム号』での会議の決定を受けて、墓参りには間に合わないと判断したメルディアナが書いた手紙に、そうあったのだ。
 娘のそんな様子を横目でちらりと見た後、王は視線を墓標に戻して語りかける。

「……すまん、アンジェリーナ……もう一つ謝らなければならん。リンスレットの病……まだ、良い知らせを持って来れそうにない」

 父の言葉に、レナリアはちくりと胸を痛めつつ、メルディアナとは別のもう一人の姉に思いを馳せる。それは母アンジェリーナとはまた違う意味で憧れの対象となっていて、とある場所で病と戦っている……自由に会うことすらかなわない第二王女――リンスレットであった。


 ☆☆☆


 冒険者チーム『じゃこうねこ』に所属する僕、ミナト・キャドリーユは、ひょんなことからジャスニア王国第五王子であるエルビス王子と、その影武者であるルビス王女と出会った。この二人、不治の病である『蝕血しょっけつ病』をわずらっていたんだけど……ルビス王女の治療を通じて、この病の原因たる原虫を駆逐するための虫下しのような薬を作れば、大丈夫かな? という段階まで解明出来たのだ。
 そのことをネスティア・ジャスニア両国の主要人物がつどう会議で伝えたところ、『蝕血病』の治療薬の作成について、冒険者ギルドを通じて正式に依頼されることに。まあ、いいんだけど。
 そんな感じで会議も終わるかなーと思っていた矢先、ネスティア王国の第一王女であるメルディアナ王女から、追加で依頼……いや、お願いをされた。


 ……私の妹を助けてくれ、と。
 以前、ちょっと気になって、まだ僕が会ったことのない……ネスティア王国の第二王女について、ナナに聞いてみたことがある。
 名前はリンスレット・ネストラクタス。僕の一つ上で、今年十七歳だそうだ。
 会ったことがないだけでなく話題にも上がらないから、どういう人なのか聞いてみたら……三年近く、病気で長期療養しているんだって。
 どうも、子供の頃から患っている病気が悪化したために大事を取って安静にしており、ほとんどおおやけの場に姿を現すことはないとか。
 そのせいで、噂――実は大病だとか不治の病だとか、心を病んでいるとか――が飛び交っているそうなんだけど……そのうちの一つ、不治の病にかかっているのが真実だったとは。

「その……不治の病、っていうのは?」

 そう尋ねると、メルディアナ王女がゆっくりと語り始めた。

「……『白夜病びゃくやびょう』というのを聞いたことはあるか?」

 あー……ある。本で読んだことがある程度だけど……確かに不治の病だ。
『白夜病』……主な症状は、『五感の喪失そうしつ』、すなわち視覚・味覚・触覚・聴覚・嗅覚が失われてしまうというものだ。
 原因は全くの不明で治療法もなし。
 それどころか、わずかでも症状が改善した事例すらないという悪夢のような病気……ネスティアのリンスレット王女は、それを患っているのか。

「リンスレットの目が悪くなった時、最初は、単なる疲れ目か何かだろうと思われていた……リンスレットは元々視力が悪く、読み物をする時にはメガネを使っていたからな。医者に見せた時もそういう診断だった……」
「医者?」
「ん? ああ、言っておくがダンテ・アンキラスではないぞ? もっとも……発覚以後、ダンテを含む数名の医師に治療を試みてもらったが……快方に向かうことはなかった」

 僕の知る限りで最高の名医、ダンテ兄さんでもダメだったのか。
 まあ……だから不治の病なんて言われてるんだろうけど。

「……その病気の治療薬を、僕に作れと?」

 メルディアナ王女は、こちらの目を見てきっぱり宣言した。

「無論、私に出来る範囲で援助はする。具体的には研究資金や資材、そして過去の症例などの治療に必要であろう情報はなんでも揃えさせてもらおう」

 その目からは真剣さや情熱のみならず、必死さも見て取れた。

「……専門家でもない、いち冒険者のお前に対して、無理を言っているのは分かっているが……もう一つ、恥は承知で余計なことを言わせて欲しい」
「……何を?」 
「リンスレットには時間がないのだ。すでに、発病してから三年近く経っている。他の事例と比べても病の進行はゆるやかなペースではあるが……むしろ、本人にはそれが余計につらいとも言えるだろう」

 聞けば、味覚や視覚は既に完全に喪失し、他三つも徐々に……という感じだそうだ。
 このままだとそう遠くない将来、残りの感覚も病魔に奪われるだろう。
 そうなればリンスレット王女は、音も光もない世界に閉じ込められる。
 見えず聞こえず、触っても嗅いでも、そして食べても、何も感じない。何をしても、自分以外のいかなる存在を感じ取ることが出来ない……。
 さらには、鏡を見たり自分の声を聞くことすら出来ないために……徐々に自分の存在があいまいになってしまうという。
 それゆえに、『白夜病』の発症者はほぼ例外なく患ってから数年で発狂死したり、恐怖のあまり自殺を選んだりしてしまうそうだ。

「リンスレットは芯の強い子だ……今は、気丈に耐えている。しかし、このままではそう遠くない将来……数ヵ月後にはそうなってもおかしくないところまで、病は進行している。そこで、だ」

 そう言って、メルディアナ王女は伏せ目がちになっていた視線を、真っ直ぐに戻した。

「私はこれから王都に戻り、関係各所に事情を説明して認可をかき集め、冒険者ギルドに依頼を出す。その間に貴様は準備を整えて、依頼が届いた段階で即時受託してほしい」
「わかりました。あ、そういえば……依頼ってエルビス王子とルビス王女の『蝕血病』を治療するだけじゃなくなるんですよね? どういう内容に変えるんですか?」
「その話の前に今、リンスレットがどこにいるのかを伝えておく必要があるな」

 と、王女様が前置きをする。ああ、リンスレット王女は今、王都にはいないんだっけ?

「リンスレットは今……『ラグナドラス』にいる」
「は!?」 

 王女様の説明を聞くやいなや、僕以外の『邪香猫』の三人……エルク、ナナ、セレナ義姉さんが椅子を蹴っ飛ばす勢いで立ち上がった。
 うぉ、びっくりした! ちょ、何!? 何なの!?

「めめめメルディアナ殿下!? そ、それは本当なのですか?」
「な、なぜあのような場所にわざわざ……」

 ナナとセレナ義姉さんがテンパっている。
 どうやら、リンスレット王女がいる場所が問題らしい。『ラグナドラス』ってなんだろう? 地名? そんなヤバイ場所なのかと思っていると、僕の様子がおかしいことに我が嫁エルクが気付いた。

「ミナト、あんたもしかして知らない?」
「う、うん……ごめん、『ラグナドラス』って何?」
「……そうか、あんた一般常識でも興味ないことには疎かったわね」

 エルクは、ゆっくりと椅子に腰掛けると、「耳をかせ」とジェスチャーする。

「『ラグナドラス』ってのはね……監獄なの」
「監……獄!?」
「そ。ネスティア王国最大規模のね。まあ私も詳しく知っているわけじゃないんだけど……犯罪者以外にも、その場所がら、病気などの事情で隔離されている人がいる……なんて噂を聞いたことがあるわ」

 エルクはその後、ボソッと「むしろそういう裏事情系はナナやザリーの方が詳しいかもね」と呟いた。なるほど……情報屋のザリーは言わずもがな、ナナも以前軍の中枢ちゅうすう近くにいたわけだから、王国の暗部についても知識があるのかもしれない。
 そのナナはというと、まださっきのびっくりした表情のまま、セレナ義姉さんと一緒にまくしたてていた……相手が王女ってこと忘れているんじゃないかってくらいに。

「『ラグナドラス』は千人を超える犯罪者が収容されている大監獄ですよ!? なぜそのようなところに、ご病気で体の自由が利かないリンスレット殿下を……」

 動揺するナナに構うことなく、メルディアナ王女が口を開く。

「問題ない。そもそもリンスレットが監獄にいることは極秘であるし、周囲には信頼にり、実力にも不安のない者が常に警護しているのでな」
「だとしても、よりによって……『ラグナドラス』とは……例えば王都郊外に、貴人用の難病患者の隔離用施設があるでしょう、そちらをお使いになれば……」
「……まあ、色々とあるのだ。詳しくは話せん、聞くな」

 一瞬、言葉に詰まりつつ、メルディアナ王女が返答する。
 ……なんか、他にも色々事情とかあるのかな? 含みを持たせた感じというか……。
 そんなことを考えていたら、メルディアナ王女が話を本筋に戻した。

「今述べた理由の他、色々な事情から、リンスレットは『ラグナドラス』から出られぬ。とはいえ、薬を作るのに本人への問診や診察なしでは、いくら私が情報を揃えても厳しいだろう?」
「それはまあ、そうですね……って、まさか……?」
「そのまさか、だ。薬の研究と開発は、『ラグナドラス』でやってもらうことになる」
「つまり……僕がその『ラグナドラス』とやらに入るってことでしょうか? もしかして……囚人として? 潜入捜査みたいに!?」
阿呆あほう、そんなわけあるか」

 あ、違うんだ。

「いやあ、強制労働や看守の囚人いびりに耐えながら、目的を果たすために四苦八苦しつつ奔走ほんそうするような、海外ドラマみたいな展開になるかと思いましたよ」
「……貴様、時々、わけの分からんことを口にするな」
「割といつものことです」

 我が嫁に酷いフォローをされ、王女様に呆れられる。
 まあ、実際に僕がわけの分からんことを言うのは、いつものことだしね……と考えた瞬間に、机の下でエルクに足を蹴られた。
 あのさエルク、最近やっぱ僕の心読んでない? 口にも顔にも出してないよ僕。

「まあいい……では疑問を一気に解決するためにも、もう少し説明させてくれ」

 王女様がおっほんと咳払せきばらいを一つ。それを受けて、僕もエルクも背筋を正した。

「ミナト・キャドリーユ。お前への依頼は……『ラグナドラス』の臨時看守だ」
「看守、ですか?」

 つまり、囚人を管理したり命令したりする方の立場で潜入しろということだろうか。

「そうだ。地位などは後で決めて伝えるが、その立場であればほとんどの懸念けねん事項が一気に解決される上に、色々と好都合な点がある」
「というと……具体的には?」
「これも後でまとめるが……まあよいか。例を挙げれば、患者の近くにいることが出来る。いつでも何かしら理由をつけて、必要な時にリンスレットに問診出来るだろう。加えて、外部から商人や貴族に接触されることなく研究を進められる。すなわち、邪魔が入ることはない。それと、監獄という場所の特性上、内外の交流は資材や食料の搬入、あとは新規の囚人の収容以外は基本的にない」

 なるほど……患者のそばにいられる、そして邪魔が入らない、と。

「そして最大の利点は……囚人を人体実験に使える点だ」

 ……えらいブラックな言葉が出てきたな……現実的だけど非人道的というか、なんと言うか。

「無論、全員を使っていいわけではないがな。それについては、また今度、詳しく説明させてくれ……ここに要点をまとめておいた。読んでおいてくれ」

 言いながら、すっと手元に置いてあった書類の一つをこっちによこしてくる。
 見るとそれは、依頼に関する要点が色々とまとめられた紙だった。議事録っぽい。

「そこに書かれている以外の詳細については、こちらでも確認して話を詰めてから改めて、文面で知らせる。その後、依頼に取り掛かってもらうことになるだろう……頼んだぞ、ミナト」

 威厳のある感じのポーズで、しかし声にはわずかに必死さをにじませて、メルディアナ王女はそう僕に告げたのだった。



 第二話 大監獄『ラグナドラス』


『オルトヘイム号』での会議から約三週間後。
 僕は今、条件とか色々――正確には交渉担当の我が嫁が進めたわけなんだけども――と詰めた上でギルドで受託した依頼にのっとり、王女様が手配してくれた『竜車』に乗って『ラグナドラス』へと向かっていた。
 僕ら『邪香猫』は、いつもなら『オルトヘイム号』に乗って依頼された場所へ向かうんだけど……さすがに秘匿性ひとくせいの高い公的機関、それも監獄に近づくのは……ってことで、こうなったのだ。
 この『竜車』は超大型で、王都にも数台しかないらしい。全長数十メートルのとんでもなく大きい四つ足の竜によって牽引けんいんされる、超巨大な馬車のようなものである。
 ただしコレ、別に僕らだけのためにわざわざ動かしているわけじゃない。
 元々は監獄内部への資材の搬入と、新しく収容される囚人の護送用のものであり、タイミングが合ったから使わせてもらっているのだ。
『ラグナドラス』まで運んでもらうついでに、『竜車』の物資保管庫の一つを間借りして、研究用の道具や資材、薬品などの『オルトヘイム号』にあるラボから持ってきたものに加えて、ここ数日で買い揃えた必要そうなもの、及び王都のダンテ兄さんとウィル兄さんに頼んで調達してもらった超専門的な医学書や薬品を持っていくことにした。
 ちなみに今回の依頼で買ったものは、王室の負担で全部経費で落ちるそうだ。太っ腹。
 ついでに、監獄での制服なんかも用意してもらった。
 そして今回、僕と一緒に潜入するのは……ナナとセレナ義姉さんの二人。
 場所が場所だから、いつもみたいに大人数でっていうのは無理らしい。
 なので、元軍人で色々と事情にも通じている二人を選んだのである。
 それ以外は留守番。
 メンバー達もちょっとゴネたんだけど、どうにもならなかったそうだ。
 これでも第一王女様がかなり手を尽くしてくれたようで、三人分の許可が出ただけでもすごいことらしい。さらに、「必要な手伝いとかはこちらで手配する」と言われているけど……人材的な意味ではなく、単に寂しいし心細いから『邪香猫』の皆に一緒にいて欲しいだけなんだけどな……。
 そんな感じでしょぼんとしていたら、エルクが「たまには、あんたに頼らずに修業とか依頼とかしてみるのもいいし、心配しないで。行って来なさい」って送り出してくれた。
 しょうがない……毎晩寝る前にテレビ電話をして、声を聞くくらいで我慢するか。
 そう考え、予備のタブレットを部屋に置いてきた。エルクには呆れられたけど。
 そんなあれこれを思い出していると、僕のとなりに座っているナナが話しかけてきた。

「しかし、貴重な体験ですね……私、超大型の『竜車』なんて初めて乗りました」

 ナナのその言葉に、セレナ義姉さんが応じた。

「しかも、最上級の貴賓きひん用居住房。王侯貴族でもそう乗れないスイートルームよ。いやあ、持つべきものは出世がしらの弟ってことかしらねー」
「え、姉さん、軍にいた時は『中将』だったんでしょ? 乗ったことないの?」
「上級の居住スペースは使ったことあるけど、軍人じゃせいぜいそんくらいよ。それに私が『竜車』に乗ったのは戦争の時だし、今乗っているこのスペースは本来、王族クラスの貴族用なの」
「へー……大変だねー軍人は。じゃ、今回の旅路は存分に『竜車』を堪能たんのうしてよ」
「そうさせてもらうわ。もう部下に遠慮しなくてもいい立場だしね~」
『やれやれよく言う。現役の頃から部下に対して遠慮などしていなかったくせに』

 突如、僕の頭の中に声が響いた。え、なんだ今の?
 その声は、僕だけでなく義姉さんにも聞こえたようだ。なんかびっくりというか、ぎょっとした様子で周囲をキョロキョロと見回している。ナナは……あれ、気付いていない?

「この声……イーサか!」

 直後、何かに思いあたった様子の義姉さんが、入り口の方に走って行き、勢いよく扉を開けた。
 そこには……非公式会議の時にいた褐色かっしょくの肌に薄いパープルブロンドの髪の女の人――ネスティア王国軍大将イーサ・コールガイン――が腕を組んで、からからと笑いながら立っていた。

「はっはっは……相変わらずお元気ですな、セレナ元中将」
「ちょっと見ない間に……いい趣味を見つけたんじゃないの、この小娘が……」

「入っても?」とたずねるイーサさんを、義姉さんが肩に腕を回して、部屋に引っ張り込んだ。

「さて、では自己紹介でも……と言っても、必要そうなのは実質ミナト殿くらいのものじゃな」

 義姉さんに引っ張り込まれたイーサさんは、羽織はおっていた外套がいとうをソファにかけてから、僕の正面に腰掛けた。
 この前の会議では張り詰めた空気だったから、周囲をじっくり観察する余裕がなかったんだけど……見た感じ、セレナ義姉さんよりも年上に思える。……二十代後半から三十代前半って感じだろうか?
 落ち着きと堂々とした雰囲気もあいまって……大人の色気ってやつを強く感じる。
 体つきも女性らしい豊満なそれで、出るとこが出ていて締まるとこが締まっている。
 バスト部分のサイズなんか……たぶん、シェリー以上にありそうだし。軍服がちょっと窮屈きゅうくつに見えるくらいだ。
 すると、セレナ義姉さんが楽しそうにイーサさんと話し始めた。

「ったく、もういい年のくせにしょうもないイタズラを……おかげで恥をかいたじゃない!」
「はっはっは、いい年はお互い様で……ん? 恥?」

 ふと、イーサさんが不思議そうな顔で義姉さんに問いかける。

「はて、恥とは? ワシはセレナ殿にしか、『念話』を送っておりませぬが」
「え、そうなんですか?」

 イーサさんの言葉に、思わず質問してしまった。

「ん? なんじゃ、ミナト殿にも聞こえたのか?」
「あんたの『念話』、昔っから雑だからねー、ミナトの耳が拾っちゃったんでしょ」
「む、雑とは失礼な。確かに昔は少々稚拙ちせつでしたが、今はきちんと対象にのみ送れますぞ?」
「それでも拾っちゃうのよ。ミナトの地獄耳はエルフとかと比較してなお、別次元だから」

 なんかえらい言われようだな……まあ、間違ってはいないけど。最近、本来は聞こえないはずの『念話』や第三者同士の『念話』も、ある程度、拾えるようになったんだよね。

「それほどとは、つくづく……と、脱線してしもうたな。失敗失敗」

 改めて、とこっちに向き直るイーサさん。

「前に一度名乗ったが、イーサ・コールガインじゃ。王国軍の『大将』を務めておる。そこにいるセレナ元中将の元部下じゃ」
「あ、はい、どうも」

 こっちも簡単に自己紹介した後……ずっと言いたかったことを伝える。

「あの、なんていうか……長年にわたり、うちの姉アクィラ義姉セレナがその、すいません、毎度ご迷惑を……」
「うむ? ……ああ、アクィラか……」

 一瞬きょとんとしてたが、僕の言葉があの独特なうちの長女を指していることに思い当たったようだ。
 イーサさんは若干額にマンガみたいな汗が見えるような、少し引きつった笑みを浮かべる。

「いや、まあ、なんと言うか……気にするな。あの小娘のことは……もう慣れじゃ、慣れ」
「そう言ってもらえるとありがたいです……」

 すると、ふと気になったといった感じで、セレナ義姉さんが尋ねた。

「そういやイーサ、あんた、なんでコレに乗ってんの? 『大将』の職場は会議室か戦場でしょ? 監獄に何か用事でもあんの?」
「間違っておらんとはいえ、身もふたもないことを……。ワシはちと寄り道するだけです。このところ目をかけている部下が此度こたび、あそこの警備業務にくらしく、激励げきれいでもと思いましてな」

 なんでも、この『竜車』は『ラグナドラス』に向かった後に、作戦行動の関係で別の場所に行くらしく、イーサさんの本来の目的地はそっちらしい。

「あら、あんた自ら目をかけてんの? そりゃ期待出来そうね……どんな子なの?」

 珍しいことなのか、義姉さんは興味を持った様子で身を乗り出す。
 大将自ら育てる有望株だもんね……そりゃ気にもなるか。
 それにイーサさんの弟子ってことは……セレナ義姉さんにとっては弟子の弟子だしね。

「二人おりましてな。どちらも今一番勢いのある有望株です。ああ、それと……」

 一拍置いて、イーサさんが僕の方を向く。

「その二人、偶然にも……ミナト殿の知り合いのようで」

 ? 僕の知り合い? 軍の知り合いなんてそう多くはないけど……誰だろう?

「そうじゃな……『青色』と『銀色』とでも言えば分かるかもしれんな」

 ……え、もしかして。


 そのまま数日が経過し、ようやく僕らは、ネスティア王国北東部、『暗黒山脈』から延びる渓谷地帯『常夜とこよの谷』にある『ラグナドラス』に到着した。
 この辺りは、魔物が跋扈ばっこしているため、この超大型の『竜車』をく巨大竜くらいの戦闘能力を有する護衛がいないと、とてもじゃないけど辿り着けない危険地帯である。
 囚人の逃走防止に一役買っているんだろうけど、よくもまあ昔の人はこんな場所に監獄なんぞ建てる気になったもんだ。
 そんな『ラグナドラス』一帯は、そこに立って見上げればはるか上方に、空の裂け目のような谷の上端部があり、下を見下ろせば底が暗くて見えないほど深くまで続く巨大な地面の裂け目がある。
 今、その丁度、中間あたりの位置に僕らはいた。

「……すっご……」
「これが、『ラグナドラス』……ですか……」

 目の前の光景に圧倒される、僕とナナ。
 セレナ義姉さんは何度か来たことがあるからだろうか、平然としているが……これは、初見なら確実に驚くだろう。
 当初、僕は谷底に建っている巨大な刑務所みたいなものを想像していた。すなわち、いくつもの高い塀に囲まれていて、有刺鉄線なんかが張り巡らされているようなものだと。
 しかし、そこは剣と魔法の世界……色々と想像の斜め上だったのである。
 というか、『谷底に建っている』っていう考えがすでに違った。『ラグナドラス』は谷底ではなく……断崖絶壁にツバメの巣のように、複数の建物が連なって張り付いていたのだから。
 さて、僕らの目の前には、地下へと続く真っ直ぐで巨大な階段がある。
 大型トラックが二台並んで通れそうなくらいの幅で……下りた先には、これまた巨大な扉があった。恐らく、これが正面玄関なんだろう。


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