魔拳のデイドリーマー

osho

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13巻

13-2

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 すると扉が開き、中から二人の軍人と何かがこちらに向かってくる。
 屈強そうな軍人二人を従えて、真ん中をふわふわと浮いている……ていうか、背中の羽で飛んでいるのは、身長……二十センチメートルちょっとくらいしかない……小人? 妖精?
 腰まである長い金髪をポニーテールにしていて、目も大きく顔立ちも整っている。
 例えるならば着せ替え人形のような小さな女の子が、イーサさんと同じ軍服を着て、ふわふわとこちらに向かって飛んでくる。
 なんていうか、悪いけども……果てしなくミスマッチである。
 と、そこで気付いたんだけど……彼女達『ラグナドラス』関係者(多分)の制服と、軍関係者の制服って、デザインはほぼ同じで、細部が違うんだな。
 それと色も違う。軍が青色・寒色系メインなのに対して『ラグナドラス』は黒と灰色だ。
 そんな制服に身を包んだ妖精さんは僕達の前まで来て止まり、口を開いた。

「あー、ミナト・キャドリーユさんとそのお仲間さん、それに王国軍のイーサ大将っすね、お話はうかがってるっす!」

 ……なんか、しゃべり方が見た目のイメージと違った。
 女の子っぽくないって言ったら失礼かもしれないけど、随分とボーイッシュで元気のいい感じである。
 軍人っぽくビシッと敬礼したその姿は、意外にも割とサマになっていた。

「自分はミーシャ・ドミニク中佐っす。この『ラグナドラス』で副所長を務めてますんで、以後、よろしくっす。では皆様、こちらへ。早速案内させてもらうっす!」

 そう言ってもう一度敬礼すると、くるりと空中できびすを返した。
 その時ついでに「こいつも一緒で大丈夫ですか?」って、肩に止まっているアルバを指差して聞いてみたけど、問題ないとのことだったので、連れて行くことにした。


 扉の先に広がっていたのは……なんというか、予想とはちょっと違った光景だった。
 監獄なんていうくらいだから、多少なり閉塞へいそく感や圧迫感のある空間をイメージしていたんだけど……遊園地のアトラクションなんかで用意されている、石造りの神殿とかを想起させる感じだった。

「ここは、『ラグナドラス』の受付っす。囚人達は事前に届けられた書類との照合なんかを行い、いくつかの項目を確認した上で、ここで男女二組に分かれるっす」

 まるで社会科見学のように、ミーシャさんから説明を受けながら、僕らは歩いて進む。


 その途中で、先に監獄に来ていたらしい囚人達を追い越しさらに数分歩いたところで、お目当ての部屋に辿り着いたようだ。
『所長室』と書かれたプレートの付いた扉のノッカーを鳴らし、ミーシャさんが僕らの到着を告げる。

「所長~、ミーシャっす。例の件で、ミナト・キャドリーユさんご一行がお見えっすよ~」
『……入りなさい』

 目上の人間に対して、ちょいと問題ありそうなやり取りだった気がするけど、まあ本人達が気にしてないんなら……うん、いいか。
 中に入ると、所長とおぼしき壮年の男性が椅子から立ち上がるところだった。
 よく見ると分かる程度に浅黒い肌。髪は長めで白い……白髪かな?
 顔には年季を感じさせるシワがよっているが、それがむしろ威厳を高めている。
 目は割と大きいが眼光は鋭く、真一文字に結ばれた口元は生真面目さを感じさせた。
 そして驚くべきことに……身長が三メートルは確実にありそう。
 え、何この人……でかすぎじゃね? 今まで見た人間・亜人含めた最高身長の……ブルース兄さんより確実に大きい。手足も長いし、巨人か何かみたいだ。
 巨大な体躯たいくに灰色の軍服のせいでものすごい威圧感を放つその男は、僕らの真正面に立つと、よく通る低い声で自己紹介を始めた。

「私はジャック・エイジス……王国軍の中将だ。ここの所長を務めている。よろしく」
「あ、はい、どうも……」

 大きさが違いすぎる手を差し出してきたので、とりあえず指の付け根辺りを持って握手する。
 なんか、ファンタジーでよくある巨人相手のコミュニケーションみたいだ、なんて思っていると、僕らのとなりをふわふわと飛んでいたミーシャさんが所長さんの隣に移動した。
 身長三メートル超と二十センチメートル前後が並ぶ……すごい光景だな。お互いがより一層引き立つ。

「そちらのお三方には、自己紹介の必要はないかもしれませんが……」
「ま、確かにそうじゃな」
「久しぶりね、ジャック。あんた、また背伸びた?」

 イーサさんと義姉さんが応じたので、質問してみる。

「あれ、例によって知り合い?」
「ええ。現役の頃の部下だったの。あの時は大佐だったけど……昇進したのね」
「セレナ中将閣下かっかのご指導あってのことです。イーサ大将ともども、ご健勝のようで何よりです……そして、こちらが例の?」
「ええ、元直属騎士団のナナちゃん。あなたの妹弟子よ」
「お、お会い出来て光栄です、ジャック中将……ナナ・シェリンクスと申します」

 ナナが緊張丸出しで、僕と同じように所長さんと握手する。
 所長さんは、よく見ると分かる程度に微笑んでいた。
 セレナ義姉さんの元弟子同士、思うところがあるのかもしれない。

「いい目をしているな。セレナ中将やドレーク総帥が一目置くわけだ……短い間ではあるが、よろしく頼む」
「恐縮です。しばしの間、よろしくお願いします」

 ナナが再び頭を下げると、コンコンと扉を叩く音がした。
「失礼します」と言って入ってきたのは、監獄職員の制服を身につけた女性だった。
 多分僕と同い年くらいだろう。黒髪で、髪型はショートボブ。
 色白で、メガネと細いながの目が理知的な印象を与えている。瞳の色は……鮮やかなエメラルドグリーン。体格はスレンダーで、身長は僕より少し低いくらいだ。
 その彼女が所長さんに促され、こちらを向いて自己紹介を始めた。

「始めまして、ミナト・キャドリーユ殿。『ラグナドラス』女子看守長、アリス・カラドールと申します。王国軍中央司令部・騎士団所属です」

 そう言って、一礼。こっちを見た瞬間、何かに驚いたように一瞬だけ目を見開いた気がしたんだけど……。なんだ今の反応? ……気のせいかな?
 そんなことを考えていると、再び所長さんが口を開いた。

「アリスには、ここにいる間のミナト殿の手助けを頼んである。何か必要なものや疑問がある時は、彼女を頼ってくれ。さて……慌ただしくてすまないが、ミナト殿、簡単に必要事項の確認だけは進めさせてもらいたい。どうぞ、かけて楽にしてくれ」


 最低限の説明と確認を済ませた後、僕らは所長室を後にした。ちなみにイーサさんは話すことがあるとかで残り、僕らはミーシャさんとアリスさんの案内で『ラグナドラス』を見て回ることに。

「ミーシャさんは、他の業務とか大丈夫ですか? アリスさんだけでも……?」
「大丈夫っすよ? もともとの予定はミナト殿達が来る前にあらかた片付けましたし……これから行くところはそもそも、原則、自分か所長の付き添いが必要っすからね」
「あ、そうなんですか」
「はいっす。それはそうと……」

 ふと、ミーシャさんがアリスさんの方を向いて話しかけた。

「アリス看守長、もう肩の力を抜いてもいいっすよ? 色々と話したいことあるっしょ?」

 すると、アリスさんは「はい」とミーシャさんに軽く会釈をしてから……ナナに向き直った。

「お久しぶりですね……ナナ」
「ええ、そうですね……アリス」

 ……んん? 意外な事実が発覚。
 聞いたところによると、ナナとアリスさんは……軍人時代の友人だったようだ。
 さっきアリスさんが驚いたように目を見開いたのは、ナナが視界に入ったからだったのか。
 二人とも『直属騎士団』所属の超エリートで、ナナが現役の軍人だった頃は、互いに切磋琢磨せっさたくまして実力を高めあっていたそうな。そんなアリスさん、ナナが退役してからも色々と心配してくれていたようで、久しぶりの再会をかなり喜んでいた。

「あなたの実家が大変なことになった後……冒険者になったと聞いて、色々と心配していたのですが……杞憂きゆうだったようですね。元気そうな顔を見ることが出来て安心しましたよ、ナナ」
「そんなアリス、お母さんじゃないんですから……それと、私が就職したのは冒険者のパーティーじゃなくて、商会ですよ? まあ、わけあって今はミナトさんのチームに身を寄せていますが」

 一見、クールそうな雰囲気のアリスさんだけども、結構フランクな感じでナナと話している。
 そしてそれは、僕らに対しても同様だった。
「ナナがお世話になっております」ってことで僕にも気取らない感じで挨拶してくれたし。
 そんな風に話しながら少し歩いていると、だんだんと造りが変わってきて……『監獄』の名にふさわしい重厚な部分が目立ちだした。
 それに気付いてだろう。ナナとアリスさんの口数も少なくなり……やがて、完全に無言に。アリスさんにいたっては、表情もきりっとして真面目なものになる。
 ……数秒前までの『利発そうだけど優しそうなお姉さん』から、またたく間に『知的で冷静なクールビューティー』に……分かりにくい? 知らん。
 これってやっぱり、お仕事モード? 間もなく部下達、もしくは囚人達の前に出るから、軽く見られないように気を引き締めているとかそんな感じなのだろうか? やっぱり看守長みたいな立場の人は、そういう雰囲気も能力として求められ、る、ん……?

「……? 何っすか、ミナトさん?」
「え? あ、いや……何でも」

 目の前をふわふわと浮いているのは、副所長のミーシャさんである。副所長なのである。
 大事なことなので二回言いました。


 しばらく歩いてから僕らが扉から出ると、たくさんの囚人が男と女に分かれて、整列させられている。その何人かが、こちらに好奇の目を向けて……しかし次の瞬間『余所見よそみをするな!』と看守に注意されていた。
 そんなことをまるで気にする様子もなく、アリスさんは囚人達の列を歩いて通り過ぎ、大きな扉の一つに手をかけた。

「ではこれより、『ラグナドラス』の収容スペースなどをご案内いたします。ミナト殿の勤務先はこの先の女囚エリアになります。何か分からないことがあれば、その都度ご質問いただいて結構ですが……職員の邪魔にだけはならないようにご注意ください」
「あ、はい、わかりました……ていうか、僕の担当は女子監獄なんですか?」

 すると、ミーシャさんが僕の耳元に寄ってきてささやく。

「そりゃまあ、ほら……ミナトさんが作る薬を誰に使う予定なのかって考えれば、同じ性別の方がいいっしょ? ここに来た目的は、囚人を人体実験に使うことなんだし……」

 ああ、そりゃそうか……王女様に使う薬だから、女性を被験者として使う必要があるもんね。

「もちろん、必要であれば男性の被験者も手配出来ますが、基本は女性の囚人でお願いします。では、行きましょうか」

 アリスさんがそう言いながら、扉を開ける。

「……丁度、囚人が収容処理にかけられるところのようですね。囚人達とともに施設内を巡る方が、どんな用途の部屋なのかが分かりやすいかもしれません。そうしてもよろしいですか?」
「え? ええ、大丈夫ですけど……」

 分かりやすいならそっちの方がありがたいと思ってそう答えると、後ろから「大丈夫なの?」とセレナ義姉さんの心配するような声がした。

「そりゃ実際に何が行われてるのか見た方が、早いっちゃ早いけどさあ……ちょっと刺激が強すぎない? ミナトはもちろん、ナナちゃんだってここは初めてなんだろうし」

 刺激が強い、って……? どういう意味なんだろう?
 横にいるナナにちらっと目を向けると、彼女も知らないようだ。
 すると、アリスさんが義姉さんに応じる。

「そうかもしれませんが……看守として滞在する以上、多少なりとも触れることです。ここに滞在する期間も短くありませんし、ならば早いうちにと思ったのですが……」
「そうかもね……でも、最初にきちんと伝えておいた方がいいわよ? 割とショッキングというか、いわゆる監獄の『闇の部分』でもあるしね」

 なんだか微妙に物騒というか怖そうな話が出てきたかと思うと、アリスさんが僕に話しかけてきた。

「承知いたしました。ミナト殿……説明が後になってしまって申し訳ありません。セレナ殿が今、おっしゃったとおり……少々過激というか刺激が強い場面もございますので、その点をご承知おきください」
「え、あ、はい、それはその……大丈夫ですけど……具体的には?」
「……ここは監獄。犯罪者を収容しておくところですので……女性相手とはいえ、必要に応じて厳しく叱責しっせきしたり、行動を律したり、時には外界の常識に照らして少々非人道的ともいえる対応をとることもあります。その点をあらかじめ、ご理解いただければ」

 その後、アリスさんはナナにも目配せをして確認していた。
 まあ……多少は仕方ないだろう。日本とかの刑務所もそんな感じだって聞いたことがあるし……彼女らが、そういう扱いをされても仕方ない罪を犯したのも、また、事実なわけだから。
 僕らが頷くと、アリスさんはお礼を告げてから、再び僕らを先導して歩き始めた。
 しばらく歩いた先には扉があって、今までと同じようにアリスさんがそれを開けて進むと、そこには、事務作業用のオフィスっぽいスペースがあった。なんというか、割と普通の場所である。
 前に王都とかで、軍人その他の人達が仕事をする様子をちらっと見たことがあったけど……目の前で行われているのは、それと変わらないごく一般的な事務作業のようだ。
 特に用事がない限りは、ここのエリアに囚人は来ないらしく、人の姿もほとんどなかった。
 こうした『普通』の光景を見て油断していた僕は……直後、さっきアリスさんが忠告していた「刺激が強いですから」ってのが、誇張とか大げさな物言いでなかったことをつくづく思い知らされるはめになるのだった。


 それは囚人達の収監作業を行うっていう、部屋にさしかかった時のことだった。
 囚人のうち、ある者は反抗的な目を職員に向け、ある者は悲壮感漂う表情を浮かべながら……何人かに分けられて、タイル張りの部屋に入れられている。
 これから何が始まるんだろうか、とか思いつつ見ていると……部屋の中にいる女性看守の一人が厳しい口調で言い放つ。

「全員、服を全て脱ぎなさい」
「え……何、今なんて……全部脱げって? 全部脱げって言わなかった?」

 そんな僕の疑問に、義姉さんが平然と答える。

「言っていたわね」
「なんで? 身体検査、とか?」
「ええ……凶器などの異物を隠し持って入ろうとする者もいますので、必要な処置です」

 そう言うアリスさんの視線の先では、囚人達が「ぐずぐずするなッ!」と一喝されて、慌てつつ嫌々という感じで、着ている服を脱いでいた。
 ほどなくして、全員が裸になる。
 てか、男性の僕は見ない方がいいんじゃ……? 作業も全部、女性看守がやっているし、僕だけ場違いだし、囚人達も明らかに男の僕を気にしているし。

「……あの、僕」
「目をらしてはいけませんよ、ミナト殿」

 僕が何かを言う前に、鉄面皮てつめんぴ状態のアリスさんにぴしゃりと遮られた。

「重ねて言いますが……目を逸らしたり、表情を崩したりしてはなりません。看守が囚人にめられますから。女相手だろうと、情けを見せることのないようにお願いします」
「……頑張ります」

 囚人達は女性看守の手によって、僕らの目の前で色んな……ちょっと口に出しては言えないようなところまで、一人ずつ徹底的に調べられていた。

「っ……触んないでよ、この変態……」
「口答えするなッ!」
「きゃぁああっ!!」

 しかも時折、羞恥心しゅうちしんから抵抗しようとする女囚が出ると……容赦なく女性看守に警棒のようなもので叩かれていた。

「……あの」
「ダメです」

 再度、アリスさんに注意されてしまった。

「……」

 結局、女囚達が消毒液と思しき霧状の液体を吹き付けられ、体を拭くタオルと囚人服を手渡されたところで、ようやく僕達は解放された。
 い、痛々しい……というか、いきなり予想外に刺激が強すぎるんですけど……。

「……つらそうですね、ミナト殿」
「え、ええ、まあ……はっきり言って予想以上で……」

 彼女達が犯罪者だとわかっていても……ちょっと見ていて、きついもんがある。そういう趣味の人ならまた違うのかもしれないけど、僕はノーマルだ。興奮するというよりむしろ、ドン引きだ。

「つらそうなところを追い討ちをかけるようで心苦しいのですが、この程度で取り乱されていては、この先少々……」

 え……マジですか?
 げんなりとしていると、アリスさんが歩きながら黙って前の方を指差す。
 そこでは、黒のタンクトップにズボンという少々露出の多い服装になった囚人達が大声を張り上げていた。

「ぅぁあああぁっ!!」
「よし、次!」

 見ると、なんだかよく分からない装置が女囚の左腕に押し付けられ……何アレ?

「アレは、焼印処置です」
「……や……き、いん……!?」
「はい。囚人番号を刻印しています。魔法的な処理でして、居場所の特定や規定違反者に対しての処罰や抵抗防止、あるいは魔法封印など、様々な効力があります」

 ……なんか、早くも監獄に来たことを後悔していた。
 その後、囚人達が収容されるまでのいくつかのプロセスを見届けてから……僕らは監獄での住処となる『居住区画』に案内された。
 寮みたいな感じで、どの部屋も一人用でそこまで広くはないが、住居として基本的に必要なものは全て揃っていた。
 ただ、僕の主目的である『研究』は、この程度の広さの部屋ではとても出来ない。
 それは監獄側も承知していたらしく、多用途に使える特別フロアをいくつか貸し出してもらえることになった。僕の部屋も、そこに近い位置を取ってもらった。
 ……むしろ、そっちで寝起きすることの方が多くなるかもしれないな。
 とりあえず部屋に荷物を運んで鍵をかけ――普通の鍵だけじゃ心配なので、他にもいくつかセキュリティ関係のアイテムを取り付け――再び集合し、今日最後の仕事におもむく。
 今回の患者にしてキーパーソン……ネスティア王国第二王女、リンスレット様との面会に。



 第三話 盲目の白き姫君


 ほぼ一本道、されど、とんでもなく長い連絡通路を、いくつものチェックポイントをパスして進む。今までのどの通路よりも厳重に警備がされている……なるほどこりゃ、副所長のミーシャさんがいなければ通れないってのも分かるわ。
 さすがはリンスレット王女の部屋に至る道……ものすごく厳重な警備だ。
 平坦な通路と下への階段が半々くらいで構成される通路をひたすら進んでいくと――帰りちょっと疲れそうだな……――ついに最下層に到着。
 そこでさらにいくつかのチェックを経て、僕らはお目当ての場所に辿り着いた。

「ここは、リンスレット王女がいらっしゃる……最下層、超特別収容房っす」

 ミーシャさんの奥には、たくさんの鍵で施錠されている三メートル近くある巨大な扉がある。それを開けた先に……さらに扉。それも開けるとまた扉……とまあ、三つも分厚い扉を通って……ようやく、部屋の入り口と思しき小さめの扉の前に立つ。
 一本道なのに、チェックも含めて、ここ来るだけでかなり時間がかかったな……えらい疲れた。まあ、身分を考えれば、仕方ないんだろうけど。
 その扉にミーシャさんが近づき、コンコンとノッカーを鳴らす。

「……どなた?」

 すると、扉の向こうから……耳あたりのいい、若い女性の声が聞こえてきた。

「副所長のミーシャっす。以前お伝えいたしました、冒険者のミナト・キャドリーユ殿をお連れしましたんで、お目通りをお願いいたしますっす」
「あらまあ、そうなの……ええ、どうぞお入りになって?」

 ミーシャさんが「失礼するっす」と声をかけてから、扉を開く。
 続いて、僕とナナ、義姉さんにアリスさん、ついでにアルバも入ることに。
 そこは、病室みたいになっていて……部屋の真ん中に、天蓋てんがいつきの大きなベッドが置かれていた。
 色々と調度品や嗜好しこう品も置いてあり……貴族の屋敷みたいだ。
 明らかに、ここだけ完全に別世界である。
 そんな部屋のベッドの上に……上半身だけを起こしている一人の女性がいた。
 美しいよりは可愛らしいという表現が似合う顔つきで……聞いていた年齢より、もうちょっとだけ大人っぽく見える。
 ゆったりとした寝間着を着ているけど、その上からでも分かるくらいに、女性らしいスタイルのよさ……何がとは言わないが、大きい。
 特徴的なのは……白髪と間違えそうなほどに明るい色のシルバーブロンドの長髪。全体的にふんわりとしたウェーブがかかっているせいか、実際の髪量よりもかなりボリューミーに見える。
 そんな感じのこの部屋の主、リンスレット第二王女は……なぜか目を閉じたまま、顔だけをこちらに向けてにこりと微笑んだ。

「ようこそいらっしゃいました……ミナト・キャドリーユ殿と、そのお仲間の方々ですね。どうぞ、皆さん、こちらへ……」
「あ、はい、失礼します」

 まねかれるまま、全員揃ってリンスレット王女の傍まで、お邪魔する。ナナ、義姉さん、アリスさんも入り……最後に入ったミーシャさんが扉を閉めた。

「申し遅れました。私は、ネスティア王国第二王女、リンスレット・ネストラクタスと申します。このような場所からの挨拶になって心苦しいですが、ご容赦ください」

 そう自己紹介して、軽く会釈するリンスレット王女。
 たったそれだけでも……洗練された優雅さを感じる。
 ふわりと揺れた銀髪が神秘的というか高貴な雰囲気に、より一層、拍車をかけていた。
 僕らも簡単に自己紹介をするとリンスレット王女はその都度、会釈程度だけどおじぎを返してくれる。
 あまり頭を下げるイメージのない王族や貴族には珍しいけど……こういう謙虚さや丁寧さがきちんとある人は、元日本人として好印象である。

「お話は、姉からうかがっております。私の病気を治すために、遠路はるばるこのようなところまで来てくださったと……それだけでもう、感謝の言葉もございません」
「いえ、その、えと……もったいないお言葉、です」
「くすっ……緊張なさらないで下さいな。ここは王都や王宮ではありませんし、私はこの通り、お客がいらしてるというのに寝たまま話さねばならず、礼を欠いている有様……あなた方だけがかしこまるのでは不公平ですわ」

 僕達が緊張しているのが伝わったのか、リンスレット王女が微笑んでくれる。
 場の空気その他を読むのが得意みたいだ……病人でも、さすがは王族だと思う。

「それに、この通り……今の私の目は、あなたがたを映すことは出来ませんから」

 リンスレット王女は少し悲しそうにそう言って……閉じていたまぶたを開く。
 ――全員が息を呑んだ。
 彼女の瞳は……にごった白色。
 色がないわけじゃない。その色が白いのだ。

「驚かれたでしょう? ごめんなさい……きちんと言ってからお見せするべきでしたね」
「えっ? あ、いや、その……」
「いいのです、皆さん、初めて見た時はびっくりなさいますから……もう慣れています。以降は目を閉じたままにさせていただきますね」

 悲しそうにうつむき、リンスレット王女がまた目を閉じる……なんだか、その姿が痛々しく思えた。
 一瞬の静寂の後、リンスレット王女が再び口を開く。

「それで、ミナト殿。診察等は、今日からもう行うのでしょうか? であれば、早速で申し訳ないのですが……始めていただけないでしょうか?」
「あ、はい……承知しました。ええと……お傍まで寄っても?」

 王女様から「もちろんです」と許可が出たので……早速だけど、診察に移ることに。
 もっとも、最初は問診から。帯に収納していたバインダーとペンを取り出し、リンスレット王女の……あー、その前にちょっと確認しておかないとな。

「えっと、すいません王女様……少々よろしいでしょうか?」
「? なんでしょうか?」
「その、申し上げにくいのですが……『先ほどからこの部屋に、視線を感じまして』」

 後半は『念話』を使って周囲に伝えた僕の一言にナナが反応し、即座に目だけ動かして、この部屋に潜り込んでいる何かを探る。
 セレナ義姉さんはナナほど驚かずに、平静を装いつつ、同じように周囲を探っていた。
 しかし……アリスさんとミーシャさん、それにリンスレット王女は……僕の言葉に驚きこそしているものの……警戒するような素振りは示さない。
 あ、コレはひょっとして……やっぱり、余計なお世話だったかな?


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