魔拳のデイドリーマー

osho

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第16章 摩天楼の聖女

第300話 保護と、素顔

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その計画は、何か月も前から始まっていた。
何よりも大切な友達を、家族を、迫りくる危機から救い出すために。
何ヶ月もかけて、彼女達2人は準備を進めていた。

もっとも、その数か月の間に行われたのは、1つの計画に対する準備というだけではなく……いくつもの準備を並行して同時に進めるというものだった。

不確定要素が大きく、常に流動する状況。それにより、立てた計画が直前で実行不能になる……という事態を回避するため、予備の計画、予備の予備、そのまた予備といった風に、いくつもの計画を用意していた。

実際に、近日になってから不可能になり、ばっさり切り捨てた計画もある。
しかし、念には念を入れて進めていたことが幸いし、彼女達は見事、計画を実行に移すことができた……聖女見習い・ネフィアットの救出を。

しかし、その直後……そうしていてなお起こった、想定外の事態。

救出と同時に発生した、テロリスト『蒼炎』による襲撃、

さらには、それに少し遅れて……突如として現れた、謎の獣型の魔物。
しかもその魔物は、なぜか自分たちを……否、『聖女』を狙って襲って来た。

「っ……何なのよこいつ!? 何匹も何匹も……一体どういうわけ!? どうしてネフィを狙って……」

「わからん! わからんが、考えても仕方がない! 撃退するか、逃げるしかないだろう!」

「撃退って……ソニアあなた、もう3匹も倒してるじゃない! それなのにこうしてまだまだ、新手が出てきて襲ってくるなんて……」

すでに、少女たちは襲って来た魔物を倒していた。それも、もう3度も。
しかしそのたびに、新手が現れ……同じように、聖女見習いの少女をめがけて襲い掛かるのだ。

1匹1匹の強さも相当なものであり……巻き込まれた国軍の正規兵は、無謀にもその獣に立ち向かい……数秒と持たずに殺されてしまった。

彼女達の殿(しんがり)を務める形で走っている『義賊』の少女……ソニアと呼ばれている彼女であれば、どうにか相手をできたが、それも楽な戦いではなかった。大方の獣型の例にもれず、強靭な肉体を持っていたその獣たちは、彼女でも楽に倒すには至らないレベルだった。

『義賊』としての活動中、懸賞金目当てに自分を狙って来た冒険者を相手にしたこともある彼女の感覚では、おそらく魔物の強さは、ランクにしてBは確実、Aに届いていてもおかしくはない、と言えるものだった。

ただ、相手をした3匹の魔物は、強さや体の大きさに微妙にばらつきがあり、一概に断定するのは難しい、とも感じていたが。

しかしその彼女も、現状、これ以上あの魔物の相手をするのは避けたい、と思っていた。
理由は大きく分けて、3つ。

1つ目は、先程から思っているように、楽な相手ではなく……逃亡中である現在、無駄な体力の消耗を避けたいため。

2つ目は……走り続けて移動していたが、体力の限界が来て動けなくなってしまったネフィアットを背負って走っているため。この状態で戦うのは困難、いや、あの獣が相手であることを考えれば、不可能と言えた。

そして3つ目……彼女自身が今陥っている問題だった。

「ソニア、貴方……さっきの毒は……?」

「大丈夫だ、問題ない……と言いたいが、少々きつくなってきたかもしれん。……すまないが、もしもの時は置いていってくれ」

「そんなことできるわけないでしょ!」

「そうだよ! な、何もできない私が偉そうなこと言えないけど……ソニアだけ置いていくなんて、そんなこと……そんなことできな――」

その瞬間、街中に不釣り合いな咆哮が響き渡り……狭い路地裏から、盛大に建物の壁を破壊しながら、4匹目の獣が現れた。

すぐさま3人は走り出すが――走っているのは2人だが――ここまで、戦いつつ走りつつ、消耗した体力は決して少なくはない。そうでなくとも、そもそも移動速度では勝てているとは言い難かった。だからこそ、今まで戦って仕留めて逃げてきたのだ。

逃げるだけの力がない今、ほどなくして彼女たちは、先程までと同じようにするしかない、という結論に至る。

「……っ……やるしかないか。ネフィ、下がっていろ」

「う、うん……でも、ソニア、もう力が……毒も……」

「私なら大丈夫だ。だが、1人ではな……いけるな、ソフィー?」

「無論だ、さっさと片づけて……この町を、国を出るぞ!」

ソニアはネフィアットを下ろし、後ろに下がらせてかばう形で拳を構える。
ソフィーもまた立ち止まって振り返り、剣を鞘から抜いて構える。

外套を翻したことで、聖騎士の装束と鎧が明らかになる。本来はこの段階で目立つのはあまり好ましくないんだが……と、ちらりと一瞬周囲を見回したソフィーだが、いい誤算と言うべきか、周囲に人影はほとんどなかった。

どうやら、テロ騒ぎと獣の出没のせいで、家々に引っ込んでしまっているらしい。

そのことに少しだけ安堵したソフィーだったが……直後にその顔が青ざめる。

自分たちがいる場所から、斜め後方にある、小さな路地への入り口。
そこから……小型の『獣』が現れた。ネフィアットを睨みつけ、口から唾液をだらだらと垂らしながら……それも、1匹ではなく、3匹も。

「すまんソニア! そいつを頼む!」

「何っ!? おい、ソフィー何を……後ろだと!?」

「っ……ソフィー!?」

とっさにソフィーが振り返って駆け出し、ネフィアットの前に出るのと、3匹の獣が襲い掛からんと地面を蹴ったのは同時だった。

そのことに驚くも、後ろを見て理由を察したソニアは覚悟を決め、こちらも襲い掛かってきた大型の獣を迎え撃つ。

回避するわけにはいかない。後ろにはネフィアットがいるからだ。
それを知っていてかわからないが、獣は大きな腕をまっすぐに振り下ろして攻撃してくる。それをソニアは、あえて1歩踏み出すことで、爪ではない部分を受け止める。

(爪を食らうわけには行かない……これ以上毒を食らうのは、まずい!)

ソニアは、先程の戦いで、この獣の爪――もしかすると牙もかもしれないが――に毒があることを知っていた。……ネフィアットをかばい、その身に受けたことによって。

その腕力からくる衝撃に表情をゆがめつつも、ソニアはどうにかそれを受け止める。
いつもならどうということはない威力。だが、毒に蝕まれつつある体には……致命的ではないにせよ、決して無視することのできないダメージだった。

だがそれを無視し、強引に横に受け流すと、獣の体の真芯を捕らえる拳を放つ。
それで『く』の字に折れ曲がった体を、硬直している隙に押し戻し、足払いを放って転倒させ……一瞬の隙をついて、首の部分を踵で思い切り踏み砕く。

それだけで、獣は動かなくなった。吐血はわずかにこぼれた程度だが、確実に死んだ。
首の骨を粉々に、中の神経ごと踏み砕いた感触を確かに感じていたソニアは、それだけ確認できると、直後に振り返り……

……3匹の攻撃をさばき切れずにその爪と牙を受けてしまったソフィーと、その守りを抜けて今まさにネフィアットに襲い掛かろうとしている1匹の獣、そして、こっちを見ていてそれに気づいていないネフィアットが目に入ってきた。

とっさに動いたソニアは、ネフィアットと獣の間に腕を割り込ませ……直後に、腕に激痛。

噛みついた獣の牙が、自分の肌を食い破って突き刺さるのを感じつつも……その腕ごと、地面に頭から叩きつける。それで牙が離れたところを、拳を叩き込んで同じように首を砕いた。

そして、そのさらに直後に感じる……体がさらに重くなり、節々に痛みが現れてくる感触。

(っ……やはり、また毒が……いや、これでよかった。私ですらこうなるレベルの毒を、ネフィに食らわせるわけには……っ、そうだ、ソフィーは!?)

「ソフィー!?」

叫ぶと同時に振り向いたソニアは、ソフィーが剣で獣の首を跳ね飛ばすところを見た。
足元には、もう1匹の獣も同じようにして転がっている。

無事だったことに安堵する反面……自分と同じようにその爪牙を受けた傷が、大きな不安を与えても来る。

「ソフィー、傷が……毒は?」

「……いや、大丈夫だ。今のところはだg――」

その瞬間、最後まで言い切れずに……ソフィーはその場に崩れ落ちた。

その光景に驚くソニアとネフィアットだが、直後、ソニアにも異変が起こる。
ぐらりと、頭が……脳そのものが圧迫されるような感覚を覚え、思考が働かなくなり……まるで酒にひどく酔ったように、ふっ、と意識が遠のく。

自分の体が平衡を失い、仰向けに倒れ込むのを感じた。
やけに遠くに聞こえるが、ネフィアットが自分とソフィーのことを読んでいるのが聞こえた。

地面に激突する直前、誰かに抱き留められたような感触を覚えたが……ちょうどその瞬間、ソニアの意識は闇に閉ざされた。


その意識が戻るのに、幸いと言っていいのか……さほど時間はかからなかった。


☆☆☆


「その……た、助けてくださって、ありがとうございました」

「いや、こっちも何ていうか、なりゆきだったし。体、大丈夫」

「はい。私は、その……毒も受けていませんから」

さて、あの後のことを簡潔に。

なぜか逃走中の聖女・聖騎士・義賊の3人を見つけた僕らは……なんか襲われてたんで、助けようとしたけど、その前に自前で撃退してた。おお、強いね君ら。

しかし、その直後に戦ってた2人が倒れたんで……その光景を前に呆然とし、わなわなと震えだした聖女の子の前に姿を見せた。

その時、彼女……ネフィアットちゃんだったか。おどろいてたものの、すぐに僕にがしっとしがみついて、『お願いします、助けてください!』って。

ちょっとまだ今一つ状況が飲み込めない感じではあったものの、何か非常事態+わけありっぽいのはわかった。……『わけあり』ってのはそれならそれで扱いに困るものの、この光景だけみれば『魔物に教われたか弱い女の子3人』で通らなくもない。

とりあえず助けてから考えるか、ってことで2人を回収。
さすがに3人を僕1人で、ってのは難しいので、アルバに手伝ってもらって宿へ運んだ。

その運んでる最中、ネフィアットちゃんから、2人が毒をくらってるっぽいっていう話も聞いたため、急いでベッドに寝かせて診察。

幸いと言えるだろう、ここには僕や師匠に加え、本職かつ世界最高レベルの医者(引退しているとはいえ)であるメラ先生もいたため、即座に検査→治療に入ることができた。

師匠は権力嫌いだし、僕は男だからちょっと問題あるし、って感じだったので助かった。

で、診察してみたんだけど……その結果、ちょっと奇妙なことが発覚。

毒くらってる、って聞いて調べたんだけど……血液とかを採取して調べてみたものの、それらしき成分が検出されなかったのである。
師匠やメラ先生に頼んで調べてみてもらっても、結果は同じだった。

あの必死さを見るに、ネフィアットちゃんが助けてほしくて嘘をついた、って感じでもなかったし、どうなってるんだろう……と思ってた僕は、念のためというか一応回収していた、あの魔物の死体を取り出して、そっちを調べた。

アレの爪とか牙の毒を食らった、ってネフィアットちゃんが言ってたのを思い出して。

そうしたら……ちょっと、というか中々に凶悪かつ特殊な毒が検出された。

毒性は意外にも低く、体に後遺症が残ったり、害になるようなことはないといっていい。
ただ性質としては、アルコールに近く……即効性がある。が、分解されるのも早い。

噛みつかれたり、刺されたりして摂取すると、並の人間なら数秒で……強い酩酊感に襲われ、強烈に酔っぱらったようになる。前後不覚を通り越して、意識を失って昏睡状態に。そこまで含めて数秒だ。その性質は非常に強力で、ほんの少しの量で大型の獣を昏倒させられるほどである。

ただ、これは血液中から摂取した場合だけで……例えば経口摂取の場合は、そこまで強い症状は出ない。せいぜい、ちょっと酒に酔った程度のもので、若干気持ちよくなるだけ。

そしてどちらにせよ……ものの数分から1時間程度で分解されてしまい、体内から消える。
消化がいい、っていう表現が適切かどうかはわからないが、本当に何も残さず分解されて吸収されてしまうのだ。痕跡が残らない。これが、この毒――致死性がほぼないから、麻酔薬って言ってもいいかもしれない――の特徴だ。なかなか珍しい種類だな。

けどまあ、魔物の中には、似たような毒を使う種類のそれが、他に居ないわけでもない。

一時的にだけ動けなくさせる……という作用を考えれば、狩りの時にはこの上なく便利な毒だ。仕留めた後、食べる頃には毒性は薄くなるので、毒で肉の味や品質が落ちる心配もないし、何より狩ってすぐ食べたとしても、口から摂取する分には毒性はないんだから。

そしてこちらも予想通り、それと似たような毒に対して使う薬を投与しておけば、2人ともすぐに容体は安定した。まあ、ただの栄養剤と気付け薬なんだけど。
もともとほっといても目が覚めるわけだし。ちょっと体がだるいだけで。

で、僕と師匠が毒の研究を進めている間に、メラ先生やネリドラ、及び女性陣数名には、昏睡中の2人と、唯一(一応)無事だったネフィアットちゃんの世話ないし看病を頼んでいた。

そして……毒の詳しい解析が終わったくらいのタイミングで、少し前に解毒剤を飲ませていたことが功を奏してか、2人の意識が戻ったそうだ。

意識が戻った直後……ここがどこかわからない様子で困惑し、ネフィアットちゃんが視界に入って無事そうな様子に安堵し、しかし見知らぬ者達が周囲にいることを警戒し……最後に、僕やエルク(式典に出てた面々)、そしてリンスたち国賓ズがその場にいたことに仰天してた。

で、事情を説明したところだ。今。

「……助けていただいたこと、まずは感謝いたします」

代表して、なのか……口を開いたソフィーさん。それに続いて、ネフィアットちゃんと、『義賊』の女の子も頭を下げる。

ここで僕は、というか僕ら全員、『義賊』の子の顔とかはっきり見たわけなんだけども……普通に美少女である。髪型や髪色は見たまんまだったけど……仮面の下の素顔も、整っていて。
ソフィーさんより、ちょっとだけ大人っぽい感じ……だろうか?

いや、それ以前にちょっと……気のせいじゃなければこの2人、なんだか顔が……似てる?

髪型と色が……片方はゆるふわ金髪、もう片方は黒髪ストレートなので、一瞬気づかなかったけど……並べてみると一目瞭然だった。双子レベルでそっくり、とは言わないけど……並べれば、血縁を疑われるくらいには、顔のパーツ各所に共通点っぽいのが……。

「……気になっているようなので、先にお教えしておきます。私と……ここにいるソニアは、姉妹です」

「……双子の?」

「いえ、双子ではありません。ただ……年齢は同じ、腹違いの姉妹で……ソニアが妹です」

そうなのか。……変な話だけど、納得した。
妹と言いつつ、義賊の子……ソニアの方が背が高いけど、気にしてもしょうがないか。

……というか、腹違いってことは、母親違うんだよな? なのに、女の子でここまで似てるってのも、逆にすごい気が……父親が女顔で、それに似た、とか?(失礼)

けど、その姉妹が……かたや聖騎士、かたや義賊ってのはどういうことなんだか。
そしてそれ以上に……何だってその2人が協力して、聖女をあんな場所で、あんな魔物から守って戦うっていう、わけのわからない状況になってたんだ?

そのへんも含めて、これから説明してくれるといいんだけど。



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