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第1章
第5話
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俺はジゼルを従え、部屋の出口の扉を開ける。
外の光のまばゆさに目を細める。
新緑の香りが、鼻孔をくすぐった。
部屋の扉を開けて真っ先に目に入ったのは、たくさんの草木の緑色だ。
あと、土と木の幹の茶色。
すぐ外は広場になっていて、その広場の周囲を、一面の森が取り囲んでいた。
外に出て空を見上げれば、青い空と白い雲、それにさんさんと輝く太陽が目に入る。
どうやら俺たちが今までいたのは、森の中の広場にある、小さな掘っ立て小屋だったようだ。
広場の周囲を見回すと、ほぼ全方位が森に囲まれているが、正面に一本だけ、細い道が奥へと続いていた。
広場には小屋のほかに、焚火の跡らしきものと、キラキラと光り輝く水をたたえた泉がある。
ん、だいたい分かった、気がする。
「俺たちはあの道を進んでいけばいいんだな。あと、そこのキラキラ輝いている泉は回復の泉か」
「す、すごぉい……! どうして分かったんですか、王様!?」
「いや、まぁな。経験知ってやつだ」
これだけゲームっぽい展開が続くと、さすがにパターンも見えてくる。
俺はロールプレイングゲーム──RPGにはわりと造詣が深い方だと思うが、その俺の見立てによると、ここまでの展開は比較的親切な類のレトロゲームの流れに似ている。
この状況を作った神々とやらが、それに似せて作ったのか、それともほかの理由があるのかは分からないが。
となるとパターンから考えて、あの輝く泉は【HP】や【MP】を全回復する回復の泉の類だろうし、森の中の唯一の道はあっちに進んでくださいねというサインだろうという予想になる。
RPGツ●ールで自作RPGを作ったことのある俺が言うんだから間違いないな。
そしてジゼルに確認すると、どうやら仮説は正解のようだった。
俺は満面のドヤ顔であり、ジゼルは「すごい、すごぉい!」と俺のことを褒め称える。
ヤバいなこれ、気持ちいいぞ。
だがしかし、そこで浮かれてはならない。
ここまでの流れがレトロゲームっぽいことから考えると、もう一つ、ヤバい一面が見えてくる。
それは、この手のレトロゲームは親切設計だからといって、難易度が低いとは限らないということだ。
むしろ数値設計あたりから、ヤバそうな匂いがぷんぷんしている。
いずれにせよ、油断はしないほうがいいな。
それはさておき。
俺はその後、ジゼルから魔法の使い方や戦闘についてレクチャーされることになった。
「魔法を使いたいときは、魔法の影響を与えたい対象を意識しながら、その魔法の名称を口に出します。手のひらなどを対象に向けると、魔法を使うイメージがしやすいですね。まずはボクが実演するので、見ていてください。──【ファイアボルト】!」
ジゼルは左手を、一本の木の幹のほうへと向けると、凛とした勇ましい声で魔法の名称を叫ぶ。
するとジゼルの左手の前から、握りこぶし大よりは大きいぐらいのサイズの火の玉が発射され、彼女が狙っていた木の幹に見事に命中した。
火の玉は、木の幹の一部をわずかだけ燃やしたが、その炎もすぐに消えてなくなった。
「攻撃魔法の威力は、術者の【魔力】の値によって決まります。また対象の【魔力】が高いほどダメージが軽減されます。魔法を使うと【MP】を消費するので気を付けてください。【MP】が足りない場合には、その魔法を使うことはできません」
ふむふむ、この辺はまあ、だいたい予想のついていた部分だ。
相手の【魔力】が魔法防御力の役割も果たすというあたりは、少し特徴的ではあるが。
ちなみにステータス画面を開いてジゼルの【MP】を見ると、「4/5」と表示されていた。
今の【ファイアボルト】一発で、【MP】を1ポイント消費したのだろう。
「あと魔法を一度使ったあとには、別の魔法も含め、魔法が再行使可能になるまでには少しの時間が必要です。具体的な時間は【素早さ】にもよりますが、最初のうちはだいたい三秒から五秒程度が目安ですね。再行使可能になったかどうかは、なんとなく感覚で分かると思います」
ほうほう、魔法の連射は不可能と。
「次に武器を使った攻撃の仕方ですね。と言っても、これはなんとなく分かると思います。王様、よろしければ弓を装備してみてもらえますか? それであの木に向かって撃ってみてください」
「分かった」
俺はジゼルに言われた通り、腰のベルトから弓を手に取ると、それを左手に構える。
それから右手で背中の矢筒から矢を一本取り出し、弓につがえると、指定された木の幹に向けて発射した。
タンッ、と小気味よい音がして、矢が木の幹に突き刺さった。
だがその矢はすぐに、光の粒となって消え去ってしまう。
「えっと……今のでいいのか?」
「はい。それにしてもさすが王様、初めてなのにお上手です」
「いや、なんか体が撃ち方を知っている感じで、半分体が勝手に動いたぞ」
「そういうものです。ボクたちは呼吸をしたり歩いたりするときに、いちいち考えてやりませんよね。それと同じで、【弓術】のスキルを持っていれば、弓の撃ち方は体が覚えているんです」
ちなみに俺にはもともと、弓道の経験なんてこれっぽっちもない。
この世界で得た能力ってやつだろうな。
不思議ではあるが、今さら不思議の一つや二つ気にしていてもしょうがない。
「あと、命中した矢が消えたけど、ああいうものなの?」
「はい。撃った矢は、相手にダメージを与えた後に、自動的に王様の矢筒に戻ります。矢筒には二十本ほど矢が入っていると思いますが、使用回数は実質無制限です」
なるほど、そいつは便利でいいな。
次にジゼルは、小屋の前の広場のスペースをいっぱいに使って、俺の正面に立つ。
距離は十歩分ほど。
それからジゼルは、俺に向かってこう伝えてきた。
「それじゃあ王様。次はボクに向かって矢を撃ってみてください」
「は……?」
ジゼルが無邪気な様子で変なことを言うので、俺は唖然としてしまった。
今、あの娘は何と言った。
この弓矢で、ジゼルのことを撃てと?
「いや……それはまずいだろ、さすがに」
「大丈夫です。この広場ではクリティカルヒットは起こらないようになってますから、一撃じゃ絶対に死にません。ボクを信じてください、王様」
「死ぬとか死なないとか、そういう問題か? 痛くないの?」
「えっ……? そりゃあ痛いとは思いますけど……えへへ、ボクのことを心配してくれてるんですね。ボクの王様は、やっぱり優しいです」
「いやいやいや、普通だろ。普通だよ。女の子を弓矢で撃てって言われたら普通ためらうだろ。いや女の子じゃなくてもだけど」
「そういうところですよ。王様はすごく優しいです。ボクはそんな優しい王様に仕えることができて、とても幸せです」
そう言って、にっこりと笑ってくるジゼル。
出たな、褒め殺し。
でも可愛い。
それからジゼルは、重ねてこう言ってくる。
「でも本当の本当に、大丈夫ですから。一回だけでいいです、王様。その弓矢でボクを撃ってください。ボクは王様の騎士です、信じてください」
そうまで言われては、こっちとしても断りづらい。
「本当だな? 信じるぞ?」
「はい。ドーンとやっちゃってください♪ ボクは痛いのとか、全然平気ですから」
天真爛漫な笑顔で、弓矢で自分を貫けと言ってくる騎士姿の女の子。
シュールだ……。
だがまあ、ジゼルがここまで言うからには大丈夫なんだろう。
そしてチュートリアルとして、この流れは必要であると。
しょうがない、やるか。
俺は意を決して、ジゼルに向かって弓を構え、矢を放った。
一応、比較的致命傷になりづらそうな脚を狙って。
「うぐっ……!」
ジゼルの太ももに矢が突き刺さり、痛そうな声を上げる。
ほら、やっぱり痛いんじゃないか。
ちなみに矢は例によってすぐに消え去ったのだが、ジゼルの太ももに矢傷はなく、血が流れている様子もない。
その代わりに、キラキラとした赤い光の粒子のようなものが、ジゼルの太ももの矢を受けた部分から空気中へと漏れ出ていた。
しかしそれもすぐに収まって、矢の刺さった部分だけが赤く光ったような状態になって残る。
俺は慌ててジゼルのもとに駆け寄った。
「おい、ジゼル! 大丈夫か!?」
「は、はい、大丈夫です。こういうのは、ちょっと我慢すればへっちゃらですから。えへへ、でも王様、やっぱり優しいです」
「お世辞を言っている場合か。で、ここからどうしたらいい。【ヒールウォーター】を使えばいいのか?」
水属性を選んだ俺が初期で修得している【ヒールウォーター】という魔法は、ネーミングなどからして、おそらくは治癒魔法だろうという予想はしていた。
だがジゼルは、ふるふると首を横に振る。
「いえ、その前にボクのステータスを確認してみてください。これがどういうダメージなのか、分かると思います」
「分かった。ちょっとだけ待ってろ」
俺は急いでステータス画面を呼び出し、それを操作してジゼルのステータスを確認する。
ジゼルの【HP】の値は「8/12」と記されていた。
確かに今すぐ死ぬようなダメージではなさそうだが。
「確認した。ジゼルの【HP】が4ポイント減ってる」
「そういうことです。王様の今の【攻撃力】が6、ボクの【防御力】が2なので、王様がボクを攻撃すると、差し引きで4ポイントのダメージになります。この世界の戦闘は基本的に【HP】の削り合いです。ボクは王様の攻撃を三回受けたら死にます」
当たり所は関係ないのか。
というか、現実世界の戦闘と法則が全然違うんだな。
あと数字で考えると、乱数がないのか?
単純に【攻撃力】-【防御力】でダメージが決まるという話だろうか。
まあそこは今はいい、あとにしよう。
「分かった。で、【ヒールウォーター】をかけていいか?」
「はい。じゃあ、お願いしますね」
「よし。──【ヒールウォーター】!」
魔法を使えるという確信は、なんとなくあった。
俺は弓を腰のベルトのホルダーに引っかけると、ジゼルのほうに両の手のひらを向けて、魔法の行使をイメージする。
するとジゼルの頭上から、光り輝く水滴がぴちょんと降り注ぎ、それがジゼルの全身に浸透するように光が広がっていった。
やがてその光は、ジゼルの太ももの傷の部分に吸い込まれるように消えていき、赤く輝いていた傷口を消し去ることに成功する。
ステータス画面を開いてみれば、ジゼルの【HP】は「12/12」に戻っていた。
ちなみに俺の【MP】は「4/5」になっているので、【ヒールウォーター】の消費MPが1ポイントであることも分かった。
「ジゼル、もう痛くないか?」
「はい、王様のおかげでもう大丈夫です。ありがとうございます、王様。でもボクは王様の従者なので、もっとぞんざいに扱ってくれてもいいんですよ?」
「いや、そういうわけにもいかないだろ」
「本当に優しいなぁ、ボクの王様は。ボク王様のこと、大好きになっちゃいそうです」
そう言ってまた、幸せそうな満面の笑顔である。
あかん、こっちこそ惚れてまう。
でも現代日本人の感性を持つ俺としては、ジゼルのあり方は人としてどうなのかなとかも少し思ってしまうな。
従順すぎるというか、なんというか。
まあ本人が幸せそうだから、いいかって気もするが。
それはさておき。
これで魔法と戦闘のレクチャーも終わった。
ちなみに魔法の再行使可能までの時間は、ジゼルが言っていたとおり、魔法を使ってみたらなんとなく分かった。
【ヒールウォーター】を使った後、「あ、これ今は魔法を使えないな」という感覚があり、五秒後ぐらいにその状態が解除された。
あと弓での攻撃も似たようなところがあって、攻撃のあとにはある程度、時間を置く必要があるなと感じた。
少しの時間をかけて、体内の力を全身に行き渡らせるような感覚とでも言えばいいか。
攻撃後、十分に力が充填されないまま闇雲に連射とかをしても、まともに命中しないしダメージも出ないだろうなという直観があった。
ジゼルに確認しても、実際にそういうことだという。
十分な待ち時間なしに次の攻撃動作をしても、命中率もダメージも激減して、そんなやり方は戦闘では使い物にならないのだそうだ。
そしてこの待ち時間も【素早さ】依存で変化し、その目安は魔法と同じく三秒から五秒程度とのこと。
弓だけでなく、剣などの近接攻撃でも同じらしい。
またこれは、魔法の再行使可能までの時間とも連動しているようだ。
物理攻撃を行った直後に魔法は使えないし、魔法を使った直後に物理攻撃を行っても実効性がない。
ゲーム風に言うと、コマンド入力式のアクティブタイムバトルみたいな感じだな。
あと強く気になることはといえば──
「なぁジゼル。王の候補者である俺は、この世界で死んだらこのキングスゲームから脱落するって言ってたよな。じゃあジゼルは? 【HP】が0になったら、やっぱり死んで──消えちまうってことなのか?」
「えっと、その辺はこちらで説明します。ついてきてください、王様」
ジゼルはそう言って、広場から続く小道を進んでいく。
俺はジゼルのあとについて、木々の間の小道を歩いていった。
外の光のまばゆさに目を細める。
新緑の香りが、鼻孔をくすぐった。
部屋の扉を開けて真っ先に目に入ったのは、たくさんの草木の緑色だ。
あと、土と木の幹の茶色。
すぐ外は広場になっていて、その広場の周囲を、一面の森が取り囲んでいた。
外に出て空を見上げれば、青い空と白い雲、それにさんさんと輝く太陽が目に入る。
どうやら俺たちが今までいたのは、森の中の広場にある、小さな掘っ立て小屋だったようだ。
広場の周囲を見回すと、ほぼ全方位が森に囲まれているが、正面に一本だけ、細い道が奥へと続いていた。
広場には小屋のほかに、焚火の跡らしきものと、キラキラと光り輝く水をたたえた泉がある。
ん、だいたい分かった、気がする。
「俺たちはあの道を進んでいけばいいんだな。あと、そこのキラキラ輝いている泉は回復の泉か」
「す、すごぉい……! どうして分かったんですか、王様!?」
「いや、まぁな。経験知ってやつだ」
これだけゲームっぽい展開が続くと、さすがにパターンも見えてくる。
俺はロールプレイングゲーム──RPGにはわりと造詣が深い方だと思うが、その俺の見立てによると、ここまでの展開は比較的親切な類のレトロゲームの流れに似ている。
この状況を作った神々とやらが、それに似せて作ったのか、それともほかの理由があるのかは分からないが。
となるとパターンから考えて、あの輝く泉は【HP】や【MP】を全回復する回復の泉の類だろうし、森の中の唯一の道はあっちに進んでくださいねというサインだろうという予想になる。
RPGツ●ールで自作RPGを作ったことのある俺が言うんだから間違いないな。
そしてジゼルに確認すると、どうやら仮説は正解のようだった。
俺は満面のドヤ顔であり、ジゼルは「すごい、すごぉい!」と俺のことを褒め称える。
ヤバいなこれ、気持ちいいぞ。
だがしかし、そこで浮かれてはならない。
ここまでの流れがレトロゲームっぽいことから考えると、もう一つ、ヤバい一面が見えてくる。
それは、この手のレトロゲームは親切設計だからといって、難易度が低いとは限らないということだ。
むしろ数値設計あたりから、ヤバそうな匂いがぷんぷんしている。
いずれにせよ、油断はしないほうがいいな。
それはさておき。
俺はその後、ジゼルから魔法の使い方や戦闘についてレクチャーされることになった。
「魔法を使いたいときは、魔法の影響を与えたい対象を意識しながら、その魔法の名称を口に出します。手のひらなどを対象に向けると、魔法を使うイメージがしやすいですね。まずはボクが実演するので、見ていてください。──【ファイアボルト】!」
ジゼルは左手を、一本の木の幹のほうへと向けると、凛とした勇ましい声で魔法の名称を叫ぶ。
するとジゼルの左手の前から、握りこぶし大よりは大きいぐらいのサイズの火の玉が発射され、彼女が狙っていた木の幹に見事に命中した。
火の玉は、木の幹の一部をわずかだけ燃やしたが、その炎もすぐに消えてなくなった。
「攻撃魔法の威力は、術者の【魔力】の値によって決まります。また対象の【魔力】が高いほどダメージが軽減されます。魔法を使うと【MP】を消費するので気を付けてください。【MP】が足りない場合には、その魔法を使うことはできません」
ふむふむ、この辺はまあ、だいたい予想のついていた部分だ。
相手の【魔力】が魔法防御力の役割も果たすというあたりは、少し特徴的ではあるが。
ちなみにステータス画面を開いてジゼルの【MP】を見ると、「4/5」と表示されていた。
今の【ファイアボルト】一発で、【MP】を1ポイント消費したのだろう。
「あと魔法を一度使ったあとには、別の魔法も含め、魔法が再行使可能になるまでには少しの時間が必要です。具体的な時間は【素早さ】にもよりますが、最初のうちはだいたい三秒から五秒程度が目安ですね。再行使可能になったかどうかは、なんとなく感覚で分かると思います」
ほうほう、魔法の連射は不可能と。
「次に武器を使った攻撃の仕方ですね。と言っても、これはなんとなく分かると思います。王様、よろしければ弓を装備してみてもらえますか? それであの木に向かって撃ってみてください」
「分かった」
俺はジゼルに言われた通り、腰のベルトから弓を手に取ると、それを左手に構える。
それから右手で背中の矢筒から矢を一本取り出し、弓につがえると、指定された木の幹に向けて発射した。
タンッ、と小気味よい音がして、矢が木の幹に突き刺さった。
だがその矢はすぐに、光の粒となって消え去ってしまう。
「えっと……今のでいいのか?」
「はい。それにしてもさすが王様、初めてなのにお上手です」
「いや、なんか体が撃ち方を知っている感じで、半分体が勝手に動いたぞ」
「そういうものです。ボクたちは呼吸をしたり歩いたりするときに、いちいち考えてやりませんよね。それと同じで、【弓術】のスキルを持っていれば、弓の撃ち方は体が覚えているんです」
ちなみに俺にはもともと、弓道の経験なんてこれっぽっちもない。
この世界で得た能力ってやつだろうな。
不思議ではあるが、今さら不思議の一つや二つ気にしていてもしょうがない。
「あと、命中した矢が消えたけど、ああいうものなの?」
「はい。撃った矢は、相手にダメージを与えた後に、自動的に王様の矢筒に戻ります。矢筒には二十本ほど矢が入っていると思いますが、使用回数は実質無制限です」
なるほど、そいつは便利でいいな。
次にジゼルは、小屋の前の広場のスペースをいっぱいに使って、俺の正面に立つ。
距離は十歩分ほど。
それからジゼルは、俺に向かってこう伝えてきた。
「それじゃあ王様。次はボクに向かって矢を撃ってみてください」
「は……?」
ジゼルが無邪気な様子で変なことを言うので、俺は唖然としてしまった。
今、あの娘は何と言った。
この弓矢で、ジゼルのことを撃てと?
「いや……それはまずいだろ、さすがに」
「大丈夫です。この広場ではクリティカルヒットは起こらないようになってますから、一撃じゃ絶対に死にません。ボクを信じてください、王様」
「死ぬとか死なないとか、そういう問題か? 痛くないの?」
「えっ……? そりゃあ痛いとは思いますけど……えへへ、ボクのことを心配してくれてるんですね。ボクの王様は、やっぱり優しいです」
「いやいやいや、普通だろ。普通だよ。女の子を弓矢で撃てって言われたら普通ためらうだろ。いや女の子じゃなくてもだけど」
「そういうところですよ。王様はすごく優しいです。ボクはそんな優しい王様に仕えることができて、とても幸せです」
そう言って、にっこりと笑ってくるジゼル。
出たな、褒め殺し。
でも可愛い。
それからジゼルは、重ねてこう言ってくる。
「でも本当の本当に、大丈夫ですから。一回だけでいいです、王様。その弓矢でボクを撃ってください。ボクは王様の騎士です、信じてください」
そうまで言われては、こっちとしても断りづらい。
「本当だな? 信じるぞ?」
「はい。ドーンとやっちゃってください♪ ボクは痛いのとか、全然平気ですから」
天真爛漫な笑顔で、弓矢で自分を貫けと言ってくる騎士姿の女の子。
シュールだ……。
だがまあ、ジゼルがここまで言うからには大丈夫なんだろう。
そしてチュートリアルとして、この流れは必要であると。
しょうがない、やるか。
俺は意を決して、ジゼルに向かって弓を構え、矢を放った。
一応、比較的致命傷になりづらそうな脚を狙って。
「うぐっ……!」
ジゼルの太ももに矢が突き刺さり、痛そうな声を上げる。
ほら、やっぱり痛いんじゃないか。
ちなみに矢は例によってすぐに消え去ったのだが、ジゼルの太ももに矢傷はなく、血が流れている様子もない。
その代わりに、キラキラとした赤い光の粒子のようなものが、ジゼルの太ももの矢を受けた部分から空気中へと漏れ出ていた。
しかしそれもすぐに収まって、矢の刺さった部分だけが赤く光ったような状態になって残る。
俺は慌ててジゼルのもとに駆け寄った。
「おい、ジゼル! 大丈夫か!?」
「は、はい、大丈夫です。こういうのは、ちょっと我慢すればへっちゃらですから。えへへ、でも王様、やっぱり優しいです」
「お世辞を言っている場合か。で、ここからどうしたらいい。【ヒールウォーター】を使えばいいのか?」
水属性を選んだ俺が初期で修得している【ヒールウォーター】という魔法は、ネーミングなどからして、おそらくは治癒魔法だろうという予想はしていた。
だがジゼルは、ふるふると首を横に振る。
「いえ、その前にボクのステータスを確認してみてください。これがどういうダメージなのか、分かると思います」
「分かった。ちょっとだけ待ってろ」
俺は急いでステータス画面を呼び出し、それを操作してジゼルのステータスを確認する。
ジゼルの【HP】の値は「8/12」と記されていた。
確かに今すぐ死ぬようなダメージではなさそうだが。
「確認した。ジゼルの【HP】が4ポイント減ってる」
「そういうことです。王様の今の【攻撃力】が6、ボクの【防御力】が2なので、王様がボクを攻撃すると、差し引きで4ポイントのダメージになります。この世界の戦闘は基本的に【HP】の削り合いです。ボクは王様の攻撃を三回受けたら死にます」
当たり所は関係ないのか。
というか、現実世界の戦闘と法則が全然違うんだな。
あと数字で考えると、乱数がないのか?
単純に【攻撃力】-【防御力】でダメージが決まるという話だろうか。
まあそこは今はいい、あとにしよう。
「分かった。で、【ヒールウォーター】をかけていいか?」
「はい。じゃあ、お願いしますね」
「よし。──【ヒールウォーター】!」
魔法を使えるという確信は、なんとなくあった。
俺は弓を腰のベルトのホルダーに引っかけると、ジゼルのほうに両の手のひらを向けて、魔法の行使をイメージする。
するとジゼルの頭上から、光り輝く水滴がぴちょんと降り注ぎ、それがジゼルの全身に浸透するように光が広がっていった。
やがてその光は、ジゼルの太ももの傷の部分に吸い込まれるように消えていき、赤く輝いていた傷口を消し去ることに成功する。
ステータス画面を開いてみれば、ジゼルの【HP】は「12/12」に戻っていた。
ちなみに俺の【MP】は「4/5」になっているので、【ヒールウォーター】の消費MPが1ポイントであることも分かった。
「ジゼル、もう痛くないか?」
「はい、王様のおかげでもう大丈夫です。ありがとうございます、王様。でもボクは王様の従者なので、もっとぞんざいに扱ってくれてもいいんですよ?」
「いや、そういうわけにもいかないだろ」
「本当に優しいなぁ、ボクの王様は。ボク王様のこと、大好きになっちゃいそうです」
そう言ってまた、幸せそうな満面の笑顔である。
あかん、こっちこそ惚れてまう。
でも現代日本人の感性を持つ俺としては、ジゼルのあり方は人としてどうなのかなとかも少し思ってしまうな。
従順すぎるというか、なんというか。
まあ本人が幸せそうだから、いいかって気もするが。
それはさておき。
これで魔法と戦闘のレクチャーも終わった。
ちなみに魔法の再行使可能までの時間は、ジゼルが言っていたとおり、魔法を使ってみたらなんとなく分かった。
【ヒールウォーター】を使った後、「あ、これ今は魔法を使えないな」という感覚があり、五秒後ぐらいにその状態が解除された。
あと弓での攻撃も似たようなところがあって、攻撃のあとにはある程度、時間を置く必要があるなと感じた。
少しの時間をかけて、体内の力を全身に行き渡らせるような感覚とでも言えばいいか。
攻撃後、十分に力が充填されないまま闇雲に連射とかをしても、まともに命中しないしダメージも出ないだろうなという直観があった。
ジゼルに確認しても、実際にそういうことだという。
十分な待ち時間なしに次の攻撃動作をしても、命中率もダメージも激減して、そんなやり方は戦闘では使い物にならないのだそうだ。
そしてこの待ち時間も【素早さ】依存で変化し、その目安は魔法と同じく三秒から五秒程度とのこと。
弓だけでなく、剣などの近接攻撃でも同じらしい。
またこれは、魔法の再行使可能までの時間とも連動しているようだ。
物理攻撃を行った直後に魔法は使えないし、魔法を使った直後に物理攻撃を行っても実効性がない。
ゲーム風に言うと、コマンド入力式のアクティブタイムバトルみたいな感じだな。
あと強く気になることはといえば──
「なぁジゼル。王の候補者である俺は、この世界で死んだらこのキングスゲームから脱落するって言ってたよな。じゃあジゼルは? 【HP】が0になったら、やっぱり死んで──消えちまうってことなのか?」
「えっと、その辺はこちらで説明します。ついてきてください、王様」
ジゼルはそう言って、広場から続く小道を進んでいく。
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竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。
火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜?
いやいや、ないでしょ……。
【お知らせ】2018/2/27 完結しました。
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