聖騎士見習いの少女、ついにブチ切れて冒険者になる

いかぽん

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第1話

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 年に一度の剣術大会。

 よく晴れた初夏のある日、聖都ディヴァフォードの聖騎士宿舎にある訓練用グラウンドには、百人をゆうに超える大勢の人だかりができている。

 大きな輪になった人だかりの内側では、二人の聖騎士見習いが木剣を交え、カンカンという小気味よい音を打ち鳴らしていた。

「──はぁああああっ!」

 戦っている聖騎士見習いのうちの一人、小柄なほうが、気合の声とともに相手に鋭く打ちかかっていく。

「ぐっ……!」

 より恵まれた体格を持つ相手の聖騎士見習いは、その猛攻をどうにかといった様子で凌ぐが、効果的な反撃を行う余裕はまるでない。

 一太刀打ち込まれるごとに押し込まれ、バランスを崩し、あろうことか単純な力比べですら押し負けている有様であった。

 聖騎士見習い同士の優劣を競う剣術大会でも、これは決勝戦だ。

 決勝まで勝ち残った対戦相手が弱いわけもなく、つまりは小柄なほうが圧倒的に強いということ。

 もちろんそれは「見習いレベルにおいては」という注釈はつくのだが、それにしても格が違いすぎている。

 対戦相手が立派な体格を持った少年であるのに対し、小柄な聖騎士見習いのほうは可憐な少女だ。

 背まで伸びた長い金髪を揺らし、右へ左へと半ば人間離れした敏捷性で動き回り、相手の隙を呼び込んでは打ちかかる。

 少女の美貌は、周囲に類を見ないほど。
 その青く純粋な瞳は、対戦相手を鋭く見すえて逃がさない。

 今年で十七歳を迎えた少女の容姿は、去年と比べてもまた一段と麗しく成長しており、子供と大人の女性の間にあるアンバランスな魅力が咲き乱れている。

 人だかりにいる彼女の後輩の少女騎士見習いたちからは、「キャーッ、ユニスせんぱーい!」などと黄色い声が絶えず飛んでおり、彼女の人気を物語っていた。

 その声援に後押しされたというわけでもないのだろうが。
 決勝戦だというのに、勝負はあっけなく決まった。

 ──カァンッ!

 対戦相手がついに大きく態勢を崩したところ、下からすくい上げるように放たれた少女の木剣が、相手の木剣を強く弾き飛ばした。

 対戦相手の木剣は高々と宙を舞い、やがてカランカランという音を立てて地面に転がる。

 そのときには、尻餅をついた相手の首元に、少女の木剣が突きつけられていた。

「勝負あり! 勝者、ユニス!」

 審判が旗を上げて宣言する。
 歓声が巻き起こった。

「ふぅ……」

 戦っていた聖騎士見習いの少女──ユニスは、木剣を引いて一つ息をつく。

 それから、空いている左手を対戦相手に差し出して、助け起こそうとした。

 だが対戦相手の少年は、憮然とした顔でユニスを睨みつけ、差しだされた手は取らずに自分で立ち上がる。

 少し複雑そうな表情を見せるユニス。
 しかしそれ以上は何も言わずに、何食わぬ顔で試合開始位置まで戻った。

 互いに「ありがとうございました」と礼をして、試合は終了。

 退場する相手の少年とすれ違うのだが、そのときにユニスの耳元で、対戦相手の少年がぼそりとつぶやいた。

「呪われた血の娘のくせに」

「……ッ!」

 少年はそのまま、そそくさと立ち去っていく。

 一方のユニスは、少年のつぶやきを聞いて一瞬だけ強い怒りの表情を浮かべたが、すぐに深呼吸をして冷静さを取り戻す。

 そんなユニスのもとに、別の一人の少女が歩み寄った。

「お疲れ様、ユニス。優勝おめでとう」

 輝くような銀髪をセミショートにした、魔術師の格好をした少女だ。

 地味な褐色のローブに身を包んでいるのだが、ユニスに負けるとも劣らぬ美貌は、そんな程度で色褪せることはない。

 ユニスと同年代の少女だ。
 不思議な色合いのアメジストパープルの瞳は、優しげな眼差しでユニスへと向けられている。

 銀髪の少女は、水で濡らしてよく絞ってある手拭いを、ユニスへと差し出す。
 ユニスはそれを受け取り、溢れ出る汗を拭っていく。

「ありがとう、ニア。ようやくここまで来れたわ。一昨年は準決勝、去年は決勝で敗退だったから、さすがに今年こそはと思ってる」

「そうだね。もしこれで正規の聖騎士に選別されなかったら──ううん、さすがにそんなことはないでしょ」

 銀髪の少女は、今度は水筒をユニスに差し出す。

「だといいけど」

 ユニスはそれを受け取って、水筒に口をつけて中の水を必要なだけぐびぐびと飲むと、栓を閉めなおして銀髪の少女へと返した。

 銀髪の少女は水筒を受け取ると、再び栓をあけて、ユニスと同じようにして中の水を少しだけ飲んでから、水筒を荷物袋へとしまった。

 一方、人だかりにいるユニスの後輩の聖騎士見習い少女たちからは、こんな囁き声が聞こえてくる。

「ねぇ見て、ユニス先輩とラヴィニア様のツーショットよ……!」

「ラヴィニア様って、若くして宮廷魔術師になったっていう天才なんでしょ。しかもユニス先輩とは幼馴染みだって話」

「綺麗だし、強いし……本当、絵になる二人よね。ああ、あの間に挟まりたいわ……」

「……はぁ? どうやらあんたとは解釈違いみたいね。あの二人の間に挟まる女とか、ギルティ極まりないんだけど。今すぐ滅びなさい」

「ぐぇっ……! わ、私が悪かったから、本気で首を絞めないで……」

 そんな囁き声が聞こえているのかいないのか。

 銀髪の魔法使い少女ラヴィニアは、剣術大会に優勝した少女に向かって、次にはこう問いかける。

「ところでユニス、さっき一瞬だけ怖い顔をしていたのが見えたけど、相手の男に何か言われた?」

「……まぁね。『呪われた血の娘のくせに』だって」

 金髪の聖騎士見習いは、特に気にしてないよという様子でそう答える。

 だがそれを聞いて憤ったのは、話を聞いたラヴィニアのほうだ。

「……はぁ? 分かった。ちょっとボク、あいつぶち殺してくるね」

「あーこら待て待て。いいから。ただの負け惜しみぐらい言わせてやるわよ」

「……そう? ユニスがいいって言うならいいけど。ムカつくなぁ、もう」

 幼馴染みのラヴィニアが頬を膨らませてぷんぷんと怒るさまを見て、当のユニスはふっと微笑みを浮かべる。

 ユニスには現在、両親がいない。
 いわば天涯孤独の身だ。

 数年前までは両親とも健在だった。

 だが聖騎士でありユニスの憧れでもあった彼女の父親は、数年前の遠征任務の際に大罪を犯し、そのまま姿をくらませたことになっている。

 大罪とは具体的に何であったのか、その内実は娘であるユニスも聞かされてはいないが、聖騎士団では父の聖騎士としての地位と名誉はすでに剥奪されている。

 ユニスは尊敬する父がそのような謂れの罪を犯したとは思えないので、何かの間違いであろうと考えているが、その具体的内容も正規の聖騎士になれれば知る機会もあるだろうと思っていた。

 そして父親の失踪のあとには、母親の病死が続いた。

 ユニスの母親は聖教会の司祭であったが、ある日原因不明の奇病に罹り、ほどなくして命を落とした。

 ユニスの母が罹った病には、高位の神聖魔法【病気治癒キュアディジーズ】も効果を及ぼさず、為す術なく進行したため周囲からはひどく恐れられた。

病気治癒キュアディジーズ】によって治癒できない種類の病は、稀ながらほかに例がないわけでもないのだが、いずれにせよ聖都では恐るべき奇病の類として扱われる。

 そうして聖職に就いていた両親二人ともが、黒い噂の立つような原因によっていなくなってしまっため、その二人の間に生まれた唯一の子供であるユニスは不吉がられ、一部からは迫害に近い扱いを受けていた。

 だがユニスは、その不幸な境遇や人々からの偏見の目を、自らの才覚と努力によってねじ伏せてきた。

 憧れの父のような聖騎士となるべく、長い歳月をかけて毎日欠かさず体を鍛え、剣の訓練をし、闘気と呼ばれる内なる力を戦闘力に転嫁させる技術も身につけて、今では同年代の男の聖騎士見習いを遥かに凌駕するほどの実力を身につけた。

 さらには自らが信仰する光と正義の神への祈りも日々欠かさずに行い、剣の腕ほどではないものの神聖魔法もかなり高い水準で行使できるというのが、今のユニスの実力である。

 自惚れかもしれないが、ユニスは自らの実力は正規の聖騎士と比べても何ら劣らぬものであるか、あるいはそれ以上であろうと静かに自負していた。

 だから、今年こそ──
 ユニスは念願であった聖騎士の地位を与えられるだろうと、そう信じていた。

 聖騎士見習いの実力を審査する、年に一度の剣術大会。

 準決勝で敗退した一昨年は、聖騎士に選抜されなかったのもまあ仕方がない。

 決勝までは勝ち進んだ去年も、なぜかユニスに負けた見習いが聖騎士に選抜されていたが、それも何かそれなりの要因があったのだろうと自分を納得させてきた。

 でもこの剣術大会で優勝した今年こそ、正規の聖騎士に選抜されるはずだ。

 この国の聖騎士団は実力主義を喧伝しており、実力さえあれば身分は問わないと謳っている。
 だからこそ、この国の聖騎士団は精強なのだから。

 しかし──

「グレッグ、アシュトン、クリストファー──以上三名が、新たな聖騎士として選抜された。おめでとう。これからはこの国を守護する聖騎士として、これまで以上に誇りを持って任務に勤しんでくれ」

 数日後、訓練用グラウンドに聖騎士見習いを集めて発表された聖騎士選抜者の中に、ユニスの名前はなかった。

 選抜されたのは、決勝でユニスに敗北した男性聖騎士見習いと、準決勝で敗退した二名だ。

 選抜者に対してほかの聖騎士見習いたちが拍手を送る中、ユニスはただ一人呆然として、祝福の拍手を送ることすらできずにいた。

 発表式のあと解散となり、ユニスに負けた男性聖騎士見習いが、立ち去り際にユニスに向かってわずかに嘲笑う表情を見せた。

 それを見たユニスは一瞬で頭に血が上ったが、つかみかかることはギリギリの自制心で耐えた。

 その代わりにユニスは、選抜者の発表をした教官に食ってかかった。
 今年こそはもう、黙って飲み込むことはできなかった。

「どうしてですか、教官! この国の聖騎士団は、実力主義じゃなかったんですか!? 私はちゃんと実力を見せました! あいつらより私のほうが強いのは、誰が見たって明白のはずです! それなのに、どうして……!?」

 ユニスに迫られた壮年の男性教官は、難しい顔をする。

「国が決めたことだ。従いなさい、ユニス」

「納得できません! 理由を教えてください!」

「だいたい予想はついているのだろう。そういうことだ」

「……ッ! そういうことって……!? ──分かりません! なんですかそれは!?」

 ユニスがそのようにさらに強く詰め寄ると、教官はため息をついてこう言った。

「では、はっきりと言おうか。『呪われた子』『不吉』──両親のせいでそういった黒い噂を持つお前は、光の守護者たる聖騎士に相応しくないと、そう判断されたのだ。聖騎士は人々にとって、心強い守護者であり、安心を与える存在でなければならない。人々に不安を与える材料であってはならない。そういうことだよ」

「だったら、『実力主義』なんて嘘じゃないですか!」

「例外的にそういうこともある、ということだ。身分を問わずに聖騎士の登用を行っているのは事実だ」

「……ッ! ──じゃあ、私は今後どれだけ努力をしても、正規の聖騎士にはなれないということですか!?」

「それは俺の口からは、はっきりとしたことは言えない。今言えるのは、今年の判断はそうなったということだ。来年は来年、再来年は再来年で、またその都度の判断になるだろう」

「……分かりました。もういいです。これまでありがとうございました。あと教官のせいではないのに突っかかって、すみませんでした」

 ユニスは憤懣やる方ない想いを抱きながらも、どうにか自制心を働かせて教官に頭を下げると、その場を立ち去った。

 そしてユニスは、翌日には聖騎士見習いの地位を辞任して、新たな道を歩み始めることを決意したのだった。
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