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第2話
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聖騎士見習いを辞任する旨を教官に伝えた日の、夕方。
ユニスが住む自宅の、彼女の自室。
ユニスが替えの衣服などをまとめて背負い袋に詰め込む作業をしている一方では、彼女の幼馴染みである銀髪の魔法使いラヴィニアが、我が物顔でユニスのベッドに横になって友人の作業風景を見守っていた。
ラヴィニアがユニスの家にこうやって遊びに来るのはいつものことだ。
ラヴィニア自身も早くに身寄りを亡くしており、境遇も似た者同士の二人は、プライベートでも気心の知れた間柄である。
ユニスから話を聞いていたラヴィニアは、ベッドの上で枕を顔に抱いて足をバタバタさせながら、そのベッドの主に向かって言葉を向ける。
「ふぅん。それでユニスは啖呵を切って、聖騎士見習いをやめますって言ってきたわけだ」
ユニスはそれに、特に視線を向けるでもなく、荷物まとめの作業を続けながら答える。
「そうよ。短絡的だって思う?」
「ううん、全然。それはキレて当然だし、ユニスが望まないならそんなところに居続けるべきじゃないと思うよ。ボクはユニスの決断を支持する。──それはそれとして、これからどうするつもり? 仕事を探す必要はあるよね」
「うん。とりあえず冒険者をやってみようと思う。私の剣術や神聖魔法の腕が、手っ取り早く役に立つ仕事っていうと、パッと思いつくのは冒険者ぐらいだし」
「あー、そうだね。あとはどこかの貴族や金持ちに護衛として雇われるとかだけど、まあ冒険者が一番手っ取り早いだろうね。……でもユニス、冒険者の経験はないよね?」
「……うん。無謀だと思う?」
「それは分からないなぁ。ボクも冒険者はやったことないし。でも単純な戦闘力だけだったら、ユニスに敵う冒険者なんてそうそういないとは思うな。多分だけど」
「単純な戦闘力だけだったら、ね」
ユニスはラヴィニアが言った言葉を自らもつぶやいて、自らの未来を見すえるような視線で窓の外を見る。
冒険者というのは、フリーランスの荒事屋だ。
「クエスト」と呼ばれる仕事の依頼を受け、その達成報酬を受け取ることで日々の生活の糧を得ている職業である。
上官の指示命令で動く騎士などと違い、どの仕事を受けてどうやって達成するかまで含め、ほとんど一から十まで自分で考えて行動しなければならないという点が、ユニスが目指していた聖騎士の仕事とは大きく異なる。
また戦闘さえできればすべて事足りるという仕事内容でもない。
例えばモンスター退治のクエスト一つをとっても、罠への警戒や索敵能力その他も含めた、総合的な生存能力や対応能力が要求される。
だから冒険者は通常、「パーティ」と呼ばれる小規模のグループを組んで活動することになる。
戦士と魔法使い、盗賊や神官など、異なる能力を持った者たちが互いの欠点を補い合うように徒党を組んで、依頼人から与えられたクエストに挑むわけだ。
──と、そこで。
それまでベッドに寝転がって話を聞いていたラヴィニアが、「よし、決めた」とつぶやいた。
ユニスが「決めたって、何を?」と聞き返すと、ラヴィニアはこう答える。
「ボクもユニスと一緒に冒険者になるよ」
「……はぁ?」
すっとんきょうな声を上げたのはユニスだ。
荷物をまとめていた手を止めて、ベッドに寝転がったラヴィニアを見つめる。
「一緒に冒険者になるって……ニア、あんたには宮廷魔術師の仕事があるでしょうが。どうすんのよ」
「やめる。明日、退職届けを出してくるよ」
「はぁあ? 何言ってんの。冗談でしょ?」
「冗談で言っているように見える?」
ラヴィニアはもぞもぞと身を起こし、ベッドの上にぺたんと座ってユニスを見つめ返すと、十年来の幼馴染みに柔らかく微笑みかけた。
その視線にドキッとして、慌てるのはユニスだ。
頬を染めてラヴィニアから視線を外し、ぽつりとつぶやく。
「あ、ありえないわよ。だって宮廷魔術師なんて、誰もが羨むエリート職じゃない。聖騎士になれなかった落ちこぼれの私とはわけが違う。賢者の学院で何年も必死に勉強を続けてきて、ようやく手に入れた地位なんでしょ? わざわざ危険で実入りも少ない冒険者に転職する理由なんて──」
そんなユニスの正論を聞いても、ベッドの上の天才魔法使いは、なおもニッコリと笑ってこう返した。
「理由ならあるよ。ボクはユニスのことが好きだから、ユニスと一緒の世界にいたい。ユニスと一緒に苦しんで、ユニスと一緒に笑いたい。──ほら、理由は十分でしょ?」
呆気にとられたのは、言われた方のユニスだ。
口をパクパクとさせて、頬を真っ赤にして幼馴染みのほうを見る。
「な、何を言って……」
「それともユニスは、ボクに一緒についてこられたら迷惑?」
ダメ押しというように、少し寂しげな声を作って攻めるラヴィニア。
ユニスは耳まで真っ赤になって、うつむいてしまう。
「その聞き方はずるいよ……。迷惑なわけない。ニアがついてきてくれるなら、そんなに心強いことはないに決まってる……」
「ん、じゃあ決まりだね。ユニス、こっち向いて」
「な、なによ……って」
「とうっ」
ラヴィニアはベッドの上で立ち上がると、いきなりユニスに向かって飛び掛かった。
「うわわっ……!? ニア、何を──」
ユニスはそれを慌てて抱きとめる。
少女たちは抱き合い、その勢いのまま板敷きの床に転がった。
「あ、危ないなぁ」
「えへへっ。ユニスはいつも、ボクを受け入れてくれるね。そんなユニスが大好きだよ」
「な、何をいまさら──んむっ!?」
ラヴィニアはユニスの唇に覆いかぶさる。
ユニスはじたばたと手足をバタつかせたが、本気で抵抗したりはしなかった。
ユニスが住む自宅の、彼女の自室。
ユニスが替えの衣服などをまとめて背負い袋に詰め込む作業をしている一方では、彼女の幼馴染みである銀髪の魔法使いラヴィニアが、我が物顔でユニスのベッドに横になって友人の作業風景を見守っていた。
ラヴィニアがユニスの家にこうやって遊びに来るのはいつものことだ。
ラヴィニア自身も早くに身寄りを亡くしており、境遇も似た者同士の二人は、プライベートでも気心の知れた間柄である。
ユニスから話を聞いていたラヴィニアは、ベッドの上で枕を顔に抱いて足をバタバタさせながら、そのベッドの主に向かって言葉を向ける。
「ふぅん。それでユニスは啖呵を切って、聖騎士見習いをやめますって言ってきたわけだ」
ユニスはそれに、特に視線を向けるでもなく、荷物まとめの作業を続けながら答える。
「そうよ。短絡的だって思う?」
「ううん、全然。それはキレて当然だし、ユニスが望まないならそんなところに居続けるべきじゃないと思うよ。ボクはユニスの決断を支持する。──それはそれとして、これからどうするつもり? 仕事を探す必要はあるよね」
「うん。とりあえず冒険者をやってみようと思う。私の剣術や神聖魔法の腕が、手っ取り早く役に立つ仕事っていうと、パッと思いつくのは冒険者ぐらいだし」
「あー、そうだね。あとはどこかの貴族や金持ちに護衛として雇われるとかだけど、まあ冒険者が一番手っ取り早いだろうね。……でもユニス、冒険者の経験はないよね?」
「……うん。無謀だと思う?」
「それは分からないなぁ。ボクも冒険者はやったことないし。でも単純な戦闘力だけだったら、ユニスに敵う冒険者なんてそうそういないとは思うな。多分だけど」
「単純な戦闘力だけだったら、ね」
ユニスはラヴィニアが言った言葉を自らもつぶやいて、自らの未来を見すえるような視線で窓の外を見る。
冒険者というのは、フリーランスの荒事屋だ。
「クエスト」と呼ばれる仕事の依頼を受け、その達成報酬を受け取ることで日々の生活の糧を得ている職業である。
上官の指示命令で動く騎士などと違い、どの仕事を受けてどうやって達成するかまで含め、ほとんど一から十まで自分で考えて行動しなければならないという点が、ユニスが目指していた聖騎士の仕事とは大きく異なる。
また戦闘さえできればすべて事足りるという仕事内容でもない。
例えばモンスター退治のクエスト一つをとっても、罠への警戒や索敵能力その他も含めた、総合的な生存能力や対応能力が要求される。
だから冒険者は通常、「パーティ」と呼ばれる小規模のグループを組んで活動することになる。
戦士と魔法使い、盗賊や神官など、異なる能力を持った者たちが互いの欠点を補い合うように徒党を組んで、依頼人から与えられたクエストに挑むわけだ。
──と、そこで。
それまでベッドに寝転がって話を聞いていたラヴィニアが、「よし、決めた」とつぶやいた。
ユニスが「決めたって、何を?」と聞き返すと、ラヴィニアはこう答える。
「ボクもユニスと一緒に冒険者になるよ」
「……はぁ?」
すっとんきょうな声を上げたのはユニスだ。
荷物をまとめていた手を止めて、ベッドに寝転がったラヴィニアを見つめる。
「一緒に冒険者になるって……ニア、あんたには宮廷魔術師の仕事があるでしょうが。どうすんのよ」
「やめる。明日、退職届けを出してくるよ」
「はぁあ? 何言ってんの。冗談でしょ?」
「冗談で言っているように見える?」
ラヴィニアはもぞもぞと身を起こし、ベッドの上にぺたんと座ってユニスを見つめ返すと、十年来の幼馴染みに柔らかく微笑みかけた。
その視線にドキッとして、慌てるのはユニスだ。
頬を染めてラヴィニアから視線を外し、ぽつりとつぶやく。
「あ、ありえないわよ。だって宮廷魔術師なんて、誰もが羨むエリート職じゃない。聖騎士になれなかった落ちこぼれの私とはわけが違う。賢者の学院で何年も必死に勉強を続けてきて、ようやく手に入れた地位なんでしょ? わざわざ危険で実入りも少ない冒険者に転職する理由なんて──」
そんなユニスの正論を聞いても、ベッドの上の天才魔法使いは、なおもニッコリと笑ってこう返した。
「理由ならあるよ。ボクはユニスのことが好きだから、ユニスと一緒の世界にいたい。ユニスと一緒に苦しんで、ユニスと一緒に笑いたい。──ほら、理由は十分でしょ?」
呆気にとられたのは、言われた方のユニスだ。
口をパクパクとさせて、頬を真っ赤にして幼馴染みのほうを見る。
「な、何を言って……」
「それともユニスは、ボクに一緒についてこられたら迷惑?」
ダメ押しというように、少し寂しげな声を作って攻めるラヴィニア。
ユニスは耳まで真っ赤になって、うつむいてしまう。
「その聞き方はずるいよ……。迷惑なわけない。ニアがついてきてくれるなら、そんなに心強いことはないに決まってる……」
「ん、じゃあ決まりだね。ユニス、こっち向いて」
「な、なによ……って」
「とうっ」
ラヴィニアはベッドの上で立ち上がると、いきなりユニスに向かって飛び掛かった。
「うわわっ……!? ニア、何を──」
ユニスはそれを慌てて抱きとめる。
少女たちは抱き合い、その勢いのまま板敷きの床に転がった。
「あ、危ないなぁ」
「えへへっ。ユニスはいつも、ボクを受け入れてくれるね。そんなユニスが大好きだよ」
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