あかねいろ

杏子飴。

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 朱色の夕日が二人きりの部屋に差し込む。机の上に置かれている、パソコンとコーヒーの入ったカップが夕日に照らされている。
 なんの音もない部屋にただ、パソコンのタイピング音が響き渡る。ふと、タイピングの音が止んで、琴音はこちらを見ずに口を開いた。
「私が死んだら、これを読んでね。それまでは絶対に読まないでね。茜。」
 そう言う琴音の声は、少し震えていて、いつもよりも優しい声だった。
「…なに?どうしたの?」
 私は、苦笑いの混じった返事をした。
 大丈夫、すぐに死ぬから。続けてそういった時に、私は背筋が凍るような冷たい空気を感じた。この世に向けて放つ最後の怒りのような悲しみのような、酷く苦しくなるほどの冷たさで、私は息が詰まりそうだった。
 この一言を言った三日後、言葉通り、琴音は死んだ。誰かに殺された訳ではない。かといって自宅で首を吊るわけでもなく飛び降りるわけでもなくただ、からになった大量の謎の瓶と共に眠るようにベッドの上で死んだ。たった一つ、本を残して。
鑑識が去って警察もいよいよ琴音の死亡した件について取り扱うのを終えようとしていた頃、私は琴音の部屋に行った。
 生前、いや三日前に来た時のままの部屋には誰もいない空虚感が渦巻いていて、それが妙に心地よく感じた。ものがあまりない質素な部屋の窓を開け、ベランダに出る。春先の独特な空気と匂いが空虚で溢れた部屋を優しく包んでくれる。この世界に何億と人が生きている中で、一人の人間がこの世を去ることなど誰も気には止めない。琴音の場合はもっとだ。親もいない、親戚もいない、友達なんて私くらいしかいないのではないだろうか。だから、私は、ここにいてあげよう。
「友達、ちゃんと作りなって言ったのに。結局最後まで本の事ばっかり。」
 空に向かって小さく呟いて部屋に戻った。ベッドと勉強机と少し低いテーブルしかない部屋にぽつんと置いてある、表紙が茜色の本に目をやる。こんな時だけ友達の名前の色を使うなんて酷すぎる。
 その本にはタイトルはなかった。
 前に琴音が言っていた。
「タイトルがさー、思い浮かばないんだよね、。どんなタイトルにしても合わないって言うか、これじゃないなってなっちゃうの。茜、なんかいいアイデアない?」
「いや、私に聞いたっていつも結局は変えちゃうじゃん!」
「ははっ!まぁたしかにー。でも結構役には立ってるんだよ?」
「そうですかー。」
「ほんとだって!それに!私、茜の考えるタイトルいつも好きなんだ。メモしてるんだよ?」
「へー。」
「おいっ!」
「あはははっ!」
 他愛もない話で盛り上がれるのはよく考えたら私も琴音しかいなかった。
「考えてみたら私も友達と言えるのは琴音くらいだったなぁ。人のこと言えないね。…にしてもタイトルくらい書いとけって。」
 タイトルのない、茜色の本を手に取る。表紙を開き中を見る。一枚目は真っ白で洗練された紙があってもう一度それをめくる。表紙にはなかったタイトルのようなものが目に入った。
細く小さな明朝体で書かれているそれは、茜の胸を打った。

『遺書。』

「失くし物をした。たった一つ、いつまで経っても見つけることが出来なかったのだ。見つけられないまま、空になってしまった。失くし物は、僕の部屋にも無くて、学校にもない。友達や家族に聞いても見つけられない。自分の脳内を探し回っても見つけられない。だから、探すのを諦めてただ、死を待つ。どうせ誰も見つけてくれないし見つけるのを手伝ってはくれないから。でももし一人だけでも僕に手を差し伸べてくれていたら何か、違ったのだろうか。僕には分からない。お願いです。皆さんに見つけてもらいたい。僕の失くし物。“幸せ”を見つけて欲しい。
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