悪役令嬢のペットは殿下に囲われ溺愛される

白霧雪。

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番外編 小話

白花の策謀小話『皇太子殿下の葛藤』

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 ヴィンセントは美しい。
 綺麗で儚く、繊細なガラス細工でできている。

 月の光を七日七晩塗り込んだ髪に、職人が精魂込めて磨き上げたアメジストの瞳。白い花のかんばせに、艶のある低い声音。

 誰よりも煌めいて見える。世界に咲く一輪の花で、空で煌めく一番星で、深海で輝く太陽のようで、とても眩い存在だった。



「――ヴィンス、寝てるの?」

 警戒して歯をむき出しにする子犬だったモノが、白い柔肌に黒いシーツを巻き付けて、細い首筋を晒してくぅくぅと寝息を立てている。
 シーツを握る手の平には、薄く、傷跡が残ってしまった。

「……」

 眠るたび、魘されていたこの子が今では体を強張らせることもなく、私の寝台で穏やかな寝息を立てながら眠っている。

 誰かと恋をするのは初めてだと言っていた。愛しのお嬢様は? と揶揄えば、「ベティはそういうのじゃない。僕の大切で、僕が生きるための道しるべだったから」と至極真面目な顔で返事をされた。それは、恋とは違うの? と何度か問答したけど、困り顔で「違う」としか言わなかった。

 恋じゃない。家族に対するような感情だと、下心もなにもないんだよ、と私にキスをした。僕がキスをしたいと思うのは貴方だけ。だから、そんな不安そうな顔をしないで。
 私は、不安そうな顔をしていたのか。それも、ヴィンスが悟ってしまうくらい。

 あどけない寝顔を見つめながら、胸中で燃え上がる熱を鎮める。

 ヴィンセントは、私のこの欲望を知らない。口づけをするたびに、その白く細い体に手を這わせて、快楽を教え込む。触れられるだけで、撫でられるだけで、ヴィンスは物欲しそうな表情かおをする。
 純真で無垢で、穢れを知らない。ふたりで出して終わりを、何度か繰り返したけれど、本当は、我儘を言えばその先に進みたかった。未開拓の先を広げて、もっと深い、溺れて息もできず、戻ってこれなくなるほどの快楽を刻み込みたい。

 羞恥に頬を染めながら、「褥事はよくわからない」と教えてくれた真っ白な、誰にも踏み荒らされていない雪原に沸き上がる歓喜に胸を震わせた。

 私がヴィンセントの初めて。口づけの仕方を教えて、触れ方を教えて、呼吸の仕方を教える。これ以上ない至高だ。
 ヴィンセントのすべてを、私で満たしたい。欲しがりの子供のように、際限なく宝物を求めてしまう。

「……ヴィンセント」

 柔らかな頬を撫でる。眠っているから、いつもより体温が高かった。冷えた私の指先に熱が移り、手の届く距離にヴィンセントがいると実感する。

 薄く開いた唇からは毒々しいほど赤い舌がちらついて、無意識に口づけようと顔を近づけて――吐息が交わるところで押しとどまった。せっかく寝ているのに、これじゃあ起こしてしまう。
 想い繋がって、戀人となってから、大切にしたいと思っているのに我慢ができなくなる瞬間がある。ヴィンセントにはいつだって私のことを一番に見ていてほしい。いつだって私のことを想い、考えていてほしい。私は片時だって、お前のことを想わないことなんてないのに。

 どんどん我儘になる。いや、私は我儘だ。現状で満足できない。幼いながら恋をして、わき目も振らずに想っていた宝物がすぐ隣に、腕の中に、胸の中にいるんだもの。その先を期待して、求めてしまうんだ。

 は、と嘆息して、体を離す。

 ヴィンセントを想うと、私は臆病者になる。約束と契約を持ちかけたときの自分を褒めたたえたい。傷つけたくない。大切にしたい。壊したくない。穢したくない。
 この真っ白に煌めく宝物に触れるとき、私は震えていないだろうか。

 濡れた髪をぐしゃりとかき上げて、寝台に腰かけていた重い体を持ち上げた。

「――、」

 くん、と袖を引かれる。

 何に引っかかった? と目を向ければ、こちらに背中を向けながら、細い指先がシャツの袖を控えめに摘まんでいた。

「――……ヴィンセント?」

 声をかければ、白く細い肩が跳ねる。

「起こしてしまった?」

 再び腰を下ろして、花の顔を隠す白金髪を撫でた。
 手の甲で頬を、目元をくすぐると、控えめにその手を掴まれて、口元へ持っていかれる。

「ヴィンス、なにを、」
「くちづけ……してくださらないんですか……?」

 可愛らしいおねだりに、心臓も呼吸も止まってしまいそうになる。
 もしかして、キスをされると思って寝たふりをしていたの?

 口に出さずとも、考えていたことがわかってしまったヴィンスはその白い肌を真っ赤に染めて、まるで熟れたザクロのように赤くした目元で私に言い訳を繰り返した。

「だ、だって、明日で、僕は療養が終わって自室に戻ります。それなのに、エディが、触れてくれない……から……」

 期待、していたのか。
 何を言っても建前にしか聞こえなくて、逸る心臓を落ち着かせなければと思うのに、口元に持っていかれた手を、指先を、柔らかな唇に食まれて――気が付いたらヴィンセントをベッドに縫い付けていた。

 ぱち、ぱち、と眠気をまとったアメジストが瞬き、天蓋を背にした私を映し出す。

「口づけをしたいの?」
「ち、ちが、貴方が途中で、離れていくから」
「私と口づけするのはイヤ?」
「……イヤじゃ、ないです」
「じゃあ好き?」
「ン、……」
「ねぇ、教えてヴィンセント。私はお前の嫌がることをしたくないし、傷つけたくないんだ。この唇で、私にどうしてほしいか教えて?」

 薄い唇を親指でなぞる。
 こくり、と小さな咽喉仏が上下する。

「――私に、どうしてほしい?」
「っ……ぁ、あ……い、いっぱい、」
「うん?」
「いっぱい、キスしてください……っ」

 瞳が潤んで、声が上擦っていた。語尾がかすれて、期待しているのがまるわかり。

 ――でも、キスだけかぁ。

 とろんと溶けた目にはまだ夢見心地な色が残っていて、内心ちょっとだけ期待していた分がっかりしてしまう。また、お預けかぁ。
 そういう雰囲気に持っていけないわけでないけど、最初は、ヴィンセントから求めてほしいという、子供みたいな我儘だ。

「うん、いいよ、いっぱいキス、しようか」
「ん、ふっ……ぁ」

 可愛い、かわいい愛しい人。宝石みたいに綺麗で、砂糖菓子みたいに甘くて柔らかくて、花の香りのする恋しい人。
 くたりと力の入らない体を抱きしめて、口づけと共に魔力をほんの少しだけ注ぐ。体の中を満たされる感覚に頬を赤らめ、脳ミソを溶かして、何も考えられなくする。私だけを求めて、私だけを見て、私だけを愛してほしい。

 腹の奥に溜まる欲望と劣情を気づかれないように包んでしまいこんで、甘い愛だけをヴィンセントに注ぎ込んだ。



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