14 / 38
お気に入り
しおりを挟む
花園を出て、春桜宮が見えてきたところで足を止めた。暴力を甘んじて受け入れる姿を見たとき、カッと頭の奥が熱くなった。
桜妃と同じ年頃だというのに、まったく違う性格のふたりには驚いたものだ。天真爛漫で活発な桜妃に比べて、やや後ろ向きな思考に用がなければ部屋を出ようとしない桃花。引きこもりがちな桃花の手を引いて、外へ連れ出す桜妃はお姉さんぶっていて、桃花を最初に見つけたのは僕なのに、というくだらない嫉妬にかられる。
一官吏は用がなければ後宮へ入ることもできず、春桜宮に引きこもる桃花と会えるのは主上に連れられて後宮を訪れたときのみだ。
面布をしていない桃花は、贔屓目なしに見ても整った綺麗な顔立ちをしている。外朝でひそかに、「春桜宮に可憐な少女がいる」と噂になっているのを知ったときは好みが焼かれる思いだった。
いつもの如く主上の付き添いで春桜宮を訪ねたまではよかったが、珍しく桃花は不在で、主上は桜妃と話し始めてしまったので探しに出たのだ。花園を訪れたのはたまたまで、桃花を見つけられたのはとても幸運だった。
桜妃の賓客ということを知らない輩に無体を働かれていたらと思うと、自然と足並みは早くなり、以前「花園を見てみたい」と言っていたのを思い出せたのは僥倖だった。予想通り、地に足のついていないふわふわした様子で花園の中を歩いていた姿を見つけて、心底ほっとした。けれど、彼女の背後に近づく影に足を止めて姿を隠したのだ。
一部の女官や召使によく思われていないというのは、桜妃の侍女頭からひそかに伝えられていた。ただ、実際にその現場を目にしていないから行動に移せなかった。
――この僕のお気に入りに手を出す輩がいるなんて、思いもしなかった。
桃真の中で、桃花はしっかりと存在を確立しつつある。ただのお気に入りの舞い手だったのが、つい目で追って、ちょっかいをかけてしまいたくなる少女へとなっていた。
狐狸妖怪がはびこる朝廷で、気を遣わずに話せる相手は数少ない。鳳黎のほかにはひとりだけ。そのひとりは州官として紅州のあっちこっちを飛び回っている。必然的に、相談相手に選ばれた鳳黎は膝を叩いて大爆笑だった。ムカついたので後頭部をぶっ叩いたら「不敬であるぞ」と震えた声で言われた。威厳もクソもあったもんじゃない。
侍女の三人には見せしめとなってもらうつもりだ。うまくいけば、桃花への嫌がらせもなくなるだろう。……だというのに、どうしてこんなにも気持ちがあらぶっているのか、桃真自身にもわかっていなかった。
「――……怪我はないかい?」
「え、えぇ。桃真様がかばってくれたので」
「いつもあんなことが?」
「ぶたれそうになったのは今日が初めてですよ。いつもは嫌味とか、悪口とか。それもここ最近の話なので、別にどうってことはないです」
ムスッと口を結んだ桃花に、だんだんと腹が立ってきた。どうした頼ってくれないのか。そんなに僕は頼りないだろうか。
「桃真様のお手を煩わせるようなことじゃあ、」
「違うだろ、もっと他に、言うことがあるだろう」
「あ、助けてくださり、ありがとうございました。あのままでは、きっとぶたれていたでしょうから。内儀様に、顔に傷を作るなとキツく言われているので」
つまり、顔以外には傷があるということか。
感情の赴くままに、掴んでいた腕の袖をまくり上げる。
「ッ! これは」
「あ、えーっと、これは……転んだ時にぶつけて」
居心地悪そうに目を反らす桃花の白い腕には、複数の痣があった。赤く新しいものから、青紫に変色したものまで。
グッと奥歯をかみしめて、努めて冷静を装う。
「誰にやられたんだい?」
「誰っていうわけじゃ、本当に転んでできたので」
「君が躓いたり会談で転ぶような愚鈍だなんて、僕は初めて知ったよ。それで、誰にやられたんだ」
決めつける声、冷ややかな視線に、身震いして溜め息を吐く。
「名前は知りません。ひとりでいると、背中を押されたり、足をかけられたりすることがたまにあるんです」
「さっきの彼女たちか?」
「まぁ、そうですね」
絡まれる原因は貴方なんですけどね、と口には出さない。
だって桃真様はお役人様で、わたしはただの舞い手である。今は桜妃様に気に入られているが、何かあればすぐに胴体と首がおさらばしてしまう。御貴族様にとって、わたしは道端に生えた雑草と同様の命である。
「すまない。もっと早くに気づけていれば……」
痛ましく、麗しい 顔を歪ませる桃真に、わざとらしいがパッと笑みを浮かべて首を横に振った。
「大丈夫です。昔から怪我の治りが早いので。数日もすれば痕も綺麗になくなります」
それに、どうせ痛みを感じないのだ。
服に隠れて見えない場所なら、いくら怪我をしたってかまわなかった。
桜妃と同じ年頃だというのに、まったく違う性格のふたりには驚いたものだ。天真爛漫で活発な桜妃に比べて、やや後ろ向きな思考に用がなければ部屋を出ようとしない桃花。引きこもりがちな桃花の手を引いて、外へ連れ出す桜妃はお姉さんぶっていて、桃花を最初に見つけたのは僕なのに、というくだらない嫉妬にかられる。
一官吏は用がなければ後宮へ入ることもできず、春桜宮に引きこもる桃花と会えるのは主上に連れられて後宮を訪れたときのみだ。
面布をしていない桃花は、贔屓目なしに見ても整った綺麗な顔立ちをしている。外朝でひそかに、「春桜宮に可憐な少女がいる」と噂になっているのを知ったときは好みが焼かれる思いだった。
いつもの如く主上の付き添いで春桜宮を訪ねたまではよかったが、珍しく桃花は不在で、主上は桜妃と話し始めてしまったので探しに出たのだ。花園を訪れたのはたまたまで、桃花を見つけられたのはとても幸運だった。
桜妃の賓客ということを知らない輩に無体を働かれていたらと思うと、自然と足並みは早くなり、以前「花園を見てみたい」と言っていたのを思い出せたのは僥倖だった。予想通り、地に足のついていないふわふわした様子で花園の中を歩いていた姿を見つけて、心底ほっとした。けれど、彼女の背後に近づく影に足を止めて姿を隠したのだ。
一部の女官や召使によく思われていないというのは、桜妃の侍女頭からひそかに伝えられていた。ただ、実際にその現場を目にしていないから行動に移せなかった。
――この僕のお気に入りに手を出す輩がいるなんて、思いもしなかった。
桃真の中で、桃花はしっかりと存在を確立しつつある。ただのお気に入りの舞い手だったのが、つい目で追って、ちょっかいをかけてしまいたくなる少女へとなっていた。
狐狸妖怪がはびこる朝廷で、気を遣わずに話せる相手は数少ない。鳳黎のほかにはひとりだけ。そのひとりは州官として紅州のあっちこっちを飛び回っている。必然的に、相談相手に選ばれた鳳黎は膝を叩いて大爆笑だった。ムカついたので後頭部をぶっ叩いたら「不敬であるぞ」と震えた声で言われた。威厳もクソもあったもんじゃない。
侍女の三人には見せしめとなってもらうつもりだ。うまくいけば、桃花への嫌がらせもなくなるだろう。……だというのに、どうしてこんなにも気持ちがあらぶっているのか、桃真自身にもわかっていなかった。
「――……怪我はないかい?」
「え、えぇ。桃真様がかばってくれたので」
「いつもあんなことが?」
「ぶたれそうになったのは今日が初めてですよ。いつもは嫌味とか、悪口とか。それもここ最近の話なので、別にどうってことはないです」
ムスッと口を結んだ桃花に、だんだんと腹が立ってきた。どうした頼ってくれないのか。そんなに僕は頼りないだろうか。
「桃真様のお手を煩わせるようなことじゃあ、」
「違うだろ、もっと他に、言うことがあるだろう」
「あ、助けてくださり、ありがとうございました。あのままでは、きっとぶたれていたでしょうから。内儀様に、顔に傷を作るなとキツく言われているので」
つまり、顔以外には傷があるということか。
感情の赴くままに、掴んでいた腕の袖をまくり上げる。
「ッ! これは」
「あ、えーっと、これは……転んだ時にぶつけて」
居心地悪そうに目を反らす桃花の白い腕には、複数の痣があった。赤く新しいものから、青紫に変色したものまで。
グッと奥歯をかみしめて、努めて冷静を装う。
「誰にやられたんだい?」
「誰っていうわけじゃ、本当に転んでできたので」
「君が躓いたり会談で転ぶような愚鈍だなんて、僕は初めて知ったよ。それで、誰にやられたんだ」
決めつける声、冷ややかな視線に、身震いして溜め息を吐く。
「名前は知りません。ひとりでいると、背中を押されたり、足をかけられたりすることがたまにあるんです」
「さっきの彼女たちか?」
「まぁ、そうですね」
絡まれる原因は貴方なんですけどね、と口には出さない。
だって桃真様はお役人様で、わたしはただの舞い手である。今は桜妃様に気に入られているが、何かあればすぐに胴体と首がおさらばしてしまう。御貴族様にとって、わたしは道端に生えた雑草と同様の命である。
「すまない。もっと早くに気づけていれば……」
痛ましく、麗しい 顔を歪ませる桃真に、わざとらしいがパッと笑みを浮かべて首を横に振った。
「大丈夫です。昔から怪我の治りが早いので。数日もすれば痕も綺麗になくなります」
それに、どうせ痛みを感じないのだ。
服に隠れて見えない場所なら、いくら怪我をしたってかまわなかった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。
櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。
夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。
ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。
あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ?
子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。
「わたくしが代表して修道院へ参ります!」
野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。
この娘、誰!?
王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。
主人公は猫を被っているだけでお転婆です。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる