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プロローグ
しおりを挟む妹と話すのはいつぶりだろう。学園の授業が終われば、すぐに迎えの馬車に乗らなければいけなかったから――三ヶ月ぶりだろうか。
「ねぇ、お姉さま。私ね、どうしても欲しいものがあるの」
砂糖菓子のように甘く可愛らしい顔。鈴を転がした囀る声。童話に出てくるお姫様みたいな妹。
アリスフィアナは、誰にでも愛される女の子だった。
「……欲しいもの? 貴方のお父様に頼めばよいのではないのかしら?」
「ダメよ! だって、私が欲しいものはお姉さましか持っていないんだもの!」
ぷぅ、と頬を膨らませたアリスに、短く息を吐く。
自分の感情に素直で自由気ままな妹。悪く言えば、とってもわがまま。
「また、わたしの物が欲しいって言うの?」
以前会ったときも、つけている髪飾りが欲しいからちょうだい! と言ってきたのだった。
「私ね、お姉さまの場所が欲しいの」
場所? と首を傾げた。
「私ね、聖女様になりたいの! だから、ごめんね、お姉さま」
にぃんまり、と。愛らしい顔には似合わない、歪んだ笑みに嫌な予感がする。
「お姉さまは、私のために悪者になってちょうだい」
自分自身の頬を、利き手で思いっきり叩いた妹に気が狂ったのかと仰天した。
どこに隠し持っていたのか、小型のナイフでざっくりと金髪を切り、良く磨かれた床に金糸が舞う。
「なに、して」
魔法使いにとって、髪は魔力のこもったとても大切な媒介のひとつだというのに。彼女は、これまで溜めた魔力を自分自身の欲望のために切って捨てたのだ。
気が狂ったとしか思えない。
ナイフを足元に投げ、教室内どころか学校中に響き渡るだろう悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。
――その瞬間、思い出した。
あれ、この展開、見覚えがあるぞ? あれ? 私ことマリーフィアって某有名乙女ゲームの主人公じゃなかった? 女神に選ばれた光の聖女、的な紹介文の。
世界を光へ導く物語、みたいなキャッチコピーだった気がするな?
ついでに私はただのイマドキ女子高生だったはずなのに、どうしてマリーフィア聖女様になっているんだろう?
妹の暴挙と、脳内に突如沸いた情報量の多さに目眩がした。
甲高い奇声にくらっとしたのも事実だ。
「アリス!! どうしたんだ!?」
どこからともなく現れたのは、婚約者のレオニーティ第二王子。整った顔に焦りを滲ませ、教室に飛び込んできた。
嗚呼、この展開も知ってる……。第二王子様の嫌われバッドエンドだ。
「レオ様ぁ……! お姉さまが、お姉さまが……!」
叩いた(自分で)右頬は赤くなり、可愛らしい顔を悲しげに歪ませ、涙まで浮かべてみせる様は子役もびっくりの名女優だ。
人の(姉である私の!)婚約者の胸に飛び込む度胸も素晴らしい。こんな状況じゃなかったら手を叩いてスタンディングしていたかも。
いや、現実逃避している場合ではないのだけど、こんなカオスな状況、意識を飛ばしたくてしかたなかった。
妹の細い腰をしっかりと抱き、こちらを厳しい顔付きで睨みつける婚約者様。
「……レオ様、それは不貞になるのでは」
「貴様に愛称で呼ばれる筋合いはない」
「では、レオニーティ王子」と言い直せば「お前に名前を呼ぶ資格などない」と言われる始末。じゃあなんて言えばいいんでしょうか。
「わたしは、」
「良い。何も言うな。これを見ればわかりきったことだ」
嘘だ、これ絶対わたしに不利じゃないか!
絶望した。王子の腕に抱かれた妹はもう涙なんて流していない。
学園中に響き渡った悲鳴を聞きつけた生徒たちが続々と集まっている。増えていくギャラリーに整った眉根を寄せた。
「聖女にあるまじき愚行。失望したぞ、マリーフィア」
「……もう、マリアとは呼んでくださらないのですね」
信じていたのに。現状を信じたくなかった。
膨大な情報量は処理しきれていないけれど、今、このとき、わたしはマリーフィア・フローライト・ナイトレイなのだから。
フローライトの名を冠する聖女として、無様な姿は晒せない。
「婚約を解消させてもらう」
ざわめきが大きく広がっていく。
「聖女様が――」
「王子と……」
「……!!」
酷く耳障りだった。
王子の瞳は強く怒りを抱き、何を言っても聞き入れてくれないだろう。
婚約を解消されたとはいえ、こんなにも簡単に妹のことを信じてしまうなんて。――否、きっとこのときのために根回しをしていたのだろう。そうじゃなければ、こんなにもあっさり信じられるわけがない。
聖女にあるまじき、と王子は仰ったが、確かに、心にかかる黒い雲は聖女にあるまじき気持ちだ。
涙が零れそうなのを意地で堪える。
収集のつかなくなった状況を切り上げたのは、騒ぎを聞きつけてきた教師。彼も、妹のことを信じているようで、表情はとても険しかった。
「王子はアリスフィアナ嬢について差し上げてください。……聖女様は、指導室へいらしてください」
女神に選ばれた聖女であるから、とってつけたような敬語を使う教師に腹が立つ。けれど、ここで言い返しても信じてくれるわけがなかった。
――バッドエンドを回避するには、妹のアリスフィアナを殺すしか方法はなかった。
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