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①
しおりを挟む透けるように白い肌。つるりとまろい頬。腰まで波打つ白金髪。高い魔力を表す美しく煌く紫の瞳。
白百合の如く美しい聖女であるマリーの周りは、友人たちで絶えなかったというのに、事情を知らない者がひとりきりのマリーを見れば首を傾げただろう。
「……靴が、もったいないじゃない」
溜め息交じりにひとりごちる。
与えられた靴箱の前で、立ち往生する。
目前の靴箱は、まるでゴミ箱のようにゴミを突っ込まれ、荒らされていた。
中履きは深く傷をつけられ、画鋲が山盛りに入れられている。ツン、と鼻をつく臭いが生ゴミだろうか。靴箱の内側には生卵がこびりついていた。
まさか、こんなにも早く行動に出るとは思わなかった。
アリスの断髪シーンでバッドエンド、ゲームは終了していた。その先のことなんて描かれておらず、ただ漠然と「妹を殺す」ことだけが頭の中で渦巻いた。
「あら、聖女様、ご機嫌麗しゅう」
聞きたくない声に、思わず目を閉じた。
一拍置いて、ゆっくりと振り返る。
「……なにか御用かしら」
「ちょっと、校舎裏まで付き合ってくださる?」
これで五度目だ。
妹の取り巻き、王子の取り巻きによる呼び出しと言う名の制裁。
今日は朝からだなんてツイてない。
制裁行為は、可笑しな言いがかりだけで終わる時もあれば、魔法の練習台になる時もある。
はじめのあたり(二度目くらいだろうか)まではやり返したりしていたのだが、何をしても何を言ってもこちらが悪くなるだけだったので、早々に大人しく受身をとるようになった。大人しくしていればその分早く終わると気づいたのは前回だった。
言いがかりに等しい文句を聞き流し、バレないように防護魔法を自身にかける。切り裂きの魔法を一度受けたとき、
「水よ」
ザプン、と水の塊が降ってくる。全身を冷たい感覚に囚われ、息ができない。視界が蒼に支配される。
がぷ、と気泡が溢れた。
息ができなければ、呪文を紡ぐこともできない。鼻からも口からも水を飲み込んでしまい、視界が蒼に明滅した。
「マリー!」
水をかいた手を、誰かが掴んだ。
「マリー、マリー、大丈夫かい、ゆっくり、息をして、」
胃の奥から水が溢れる。魔力で構成された水は体調を崩す原因となる。背中を叩かれ、べしゃりと喉奥から水を吐き出した。
水の塊はマリーが抜け出すとざぷんと空気に溶けて消えてしまった。ついでに、首謀者もいなくなっている。
「乾け」
星空の瞳の彼は、聖教会関係の先輩で、以前から何かと気にかけてもらっていた。――今では、唯一の味方だ。
「ヴィクトル……ありがとう」
月をまとった銀髪をうなじでひとつにまとめ、キラキラと星空の瞳が心配げに細められる。
肌は雪のように白く、彫刻のように整った容姿はつい見惚れてしまう美しさがあった。
ヴィクトルはマリーが聖女に選ばれ、聖教会に引き取られた頃からの付き合いだ。唯一の味方で、唯一、弱音を吐ける相手でもある。
水と一緒に、嗚咽も漏れてしまいそうだった。
学園内の雰囲気は最悪だ。
妹に理由を聞こうにも、取り巻きがいて近づけない。
聖女様に制裁行為だなんて、聖教会が知ればとんでもない大騒ぎになるのは目に見えている。だからこそ、彼女たちは学園内で事を納めるようにしていた。
そしてマリーも、聖女としてのプライドで、決して屈しない心と精神で、聖教会には知られないようにしていた。
「なぁんだ、つまんないの」
跳ねるような声がした。肩が震え、目の前のヴィクトルにしがみつく。
くすくすと喉で笑い、凶悪な言葉を可愛らしい顔で紡ぐ――今回の首謀者を裏で糸を引いていた黒幕。アリスの取り巻きのサリエルだ。
「あーあ、残念。アリスを虐める奴なんか、死んじゃえばよかったのに」
その一言が深く胸に突き刺さった。
誰にも必要とされていないのに、生きている意味ってあるのだろうか。
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