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4話
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あれから数日、お盆の連休に入る前に、俺は恵秀さんと一緒に俺の主治医の先生に会いに行くことになった。事前に先生には大雑把な説明をして、恵秀さんを連れて行くことの許可をもらっている。恵秀さんは大抵いつでも時間を合わせられるとのことだったので、遠慮なく甘えさせてもらった。病院の場所を伝えると、じゃあ現地集合で、という話になった。
恵秀さんとは比較的頻繁に連絡を取り合っているけれど、通話をすることはほとんどないし、直接会うのはあの顔合わせの時以来だ。緊張するなぁ、と思いながら行き慣れた病院へと向かった。
俺の実家の市内にある小さな開業医、風早医院。見慣れた緑色の看板の前にすらっとした背の高い俳優みたいなお兄さんが立っていた。恵秀さんだ。恵秀さんは俺に気づくと右手を軽く挙げた。そんな仕草すら妙に様になっていて、何となく並ぶのに気が引けてしまう。
「こんにちは、お久しぶりです」
「久しぶり、よすがくん。今日も暑いね」
「あっついですね。……すみません、こんな中、外で待たせちゃって」
「はは、そういうつもりで言ったんじゃないよ。大丈夫」
そんなやり取りをしながら、建物の中に入る。小さな病院の中はかなり静かだ。待合にいる患者は俺たちを入れて三組。この病院が混むことはほとんど無い。受付を済ませて、すぐそばの長椅子に並んで座る。そこまで待つことはないだろうが、少しだけこの沈黙が気まずい。――まあ、病院の待合でお喋りをするつもりもないけれど。
「陽川さん、陽川よすがさん」
内心そわそわしながら待っていると、五分足らずで俺の名前が呼ばれた。恵秀さんの方を窺って、二人で診察室に入った。
「こんにちは、よすがくん」
「先生、こんにちは。今日もよろしくお願いします」
「うん。……彼が、君の話していた人だね?」
診察室へ入ると、主治医の先生――風早先生がいつもどおりにこにこと微笑んで俺たちを迎えてくれた。軽く挨拶を交わせば、風早先生の視線が俺の隣の恵秀さんへ向けられる。
「月山恵秀です。今日は突然すみません」
「いやいや、構いませんよ。さ、二人ともかけて」
高校一年のダイナミクスの検査の時からお世話になっている風早先生は、多分五十代くらいの男性のドミナントだ。他のダイナミクス科の医者を俺は知らないけれど、先生はとても穏やかで、優しくて、ものすごく話しやすい。正直、この病院がいつもこんなに空いているのが疑問でしかないくらいだ。
勧められるまま、俺たちは風早先生の向かいの患者用の椅子に腰を下ろす。予約の電話でも簡単に状況を説明してはいたけれど、俺が改めて恵秀さんのことを話そうとした。が、口を開きかけたところで恵秀さんに片手で止められてしまった。
「今日は貴重なお時間を頂き、ありがとうございます。よすがくんがある程度は話してくれていると思いますが、私の方からも説明させてください」
そう話す恵秀さんに、風早先生は何も言わず、静かに頷いた。
「私はかなりドム性が強く、今までサブの方とまともにプレイができたことがありません。来い、座れ、程度の基本のコマンドだけで怯えられたり、セーフワードを使われたりと……。サブが無理ならドムに、と知人にコマンドが効くふりを頼んだこともありましたが、相手のストレスになってしまい、成り立ちませんでした。十年くらい前から服薬を続けていますが、副作用で体調を崩し、普通の生活もままならない状況でした。五年ほど前に薬を変え、副作用に悩むことはほとんどなくなったのですが、……昨年あたりから服薬の量を増やしたため、不眠の副作用が出ているような状況です」
恵秀さんが淡々と自分の現状を説明する。薬のことは社長さんからちょっと聞いていた程度だったから、俺も初耳だ。俯いて大人しく聞いていたが、驚いて思わずガバッと顔を上げて隣の恵秀さんの方を見てしまった。そんな俺に、恵秀さんは肩を竦めて苦笑いを浮かべる。
「そこでよすがくんに疑似パートナーになってほしい、とお願いしました。ヴァニラのよすがくんなら、コマンドが効いているふりをお願いしても、私のコマンドで悪い影響を受けないのでは、と思いまして」
話し終えた恵秀さんが口を閉じる。静かに聞いていた風早先生は少し考えるそぶりを見せてから、まっすぐに恵秀さんを見た。
「今、試しに私に向かって『座れ』のコマンドを使ってみてくれる?」
先生の言葉に、恵秀さんは一瞬視線を泳がせた。悩んでいるんだと思う。診察室にほんの数秒間だけ沈黙が広がった。それは恵秀さんの小さな溜め息で、すぐに打ち消されたけれど。
「分かりました」
頷いた恵秀さんは先生をまっすぐ見つめ返して、小さくコマンドを口にした。顔合わせのあの日と同様、俺にはただの座れ、という言葉にしか聞こえなかったけれど、風早先生は顔を顰めて小さく呻いた。
「先生、大丈夫ですか……?」
恐る恐る俺が尋ねると、先生はデスクに置いてあったペットボトルの水を煽った。ごくごくと飲んだ後、大きな溜め息を吐いた。
「……すみません」
「いやあ、使うように言ったのは私だからね。君がそんな顔をする必要はない。――私もそれなりにドム性は強い方なんだけど、確かに君のは本当に悩ましいほどだねえ」
申し訳なさそうに謝る恵秀さんに、風早先生は息を整えてから明るく返した。何も分からない俺は、少しもどかしい。もうひと口水を飲んでから、先生は俺たちに向き直る。
「月山さんがヴァニラのよすがくんとプレイをするのは悪くないと思う。よすがくんがサブと同じ反応をすることは不可能だけど、自分のコマンドに従って、心地好さそうにしてくれる相手がいるという状況で、ドムの欲求は満たされるからね」
「……よすがくんの方に悪影響はありませんか?」
社長さんと恵秀さんの考え方は正しかったらしく、俺は無事、恵秀さんの役に立てるようだ。よかった、と思っている俺の隣で、恵秀さんが先生に質問を投げた。
どうせヴァニラなんだし、と思っていた俺は、自分への影響なんて全く考えもしなかった。驚いて恵秀さんの方を見ると、彼は俺にパートナーになってほしい、と言った時のように真剣な顔で風早先生をまっすぐ見つめていた。
「無いと思う。ただ、絶対に無い、とは言い切れないね。ヴァニラについては私たちも分からないことの方が多いから。――嫌な言い方をすると、サブの真似事をすることで、ヴァニラのよすがくんに何らかの変化が起きれば、それはそれでダイナミクスの研究も新しい方向に進むかもしれない、とは思ってるかな」
風早先生は恵秀さんの視線をしっかり受け止めて言葉を返した。なんとなくつられて緊張していたけれど、先生が途中で悪戯っぽく笑って冗談めかして言うものだから、つられて少し笑ってしまった。隣の恵秀さんも肩の力が抜けたようだった。
「基本的には一般的なドムとサブのパートナーと同じように考えていいと思うよ。月山さんは自分の希望を、よすがくんは無理だと思うことを、必ず話し合って決めること。それからコマンドになる言葉とセーフワードも忘れずに決めるように。プレイをする上で一番重要なのは、相手のことを信頼することだからね」
風早先生の言った内容は、この間父さんと浩さんに言われたことと同じだった。はい、という僕と恵秀さんの声が重なる。それを聞いて先生は満足そうに微笑んだ。
「何かあれば気軽に相談においで。二人揃ってでもいいし、一人で来てくれてもいいからね」
そう言って笑う風早先生に頭を下げて、僕たちは病院を出た。
外はやっぱり暑いな、と思いながら隣の恵秀さんにちらりと視線を向けると、ちょうどばちっと目が合った。どちらからともなく笑いが漏れた。
「……あの、プレイ、なんですけど、頻度なんかはまだよくわからなくて……とりあえず恵秀さん的には、早めに一回やって、あとそれなりに回数は多い方がいいですよね?」
「そうだね、早めにやってもらえるとありがたいけど……頻度とか回数は、どのくらいなんだろうな。週一くらい、かなぁ? 僕は体調のこともあって、現状、父の会社に一応席を置かせてもらっているフリーターみたいな感じだから、よすがくんの都合のいい日に合わせるよ」
そのまま目を逸らすのもおかしいかと思って、それらしいことを恵秀さんに尋ねる。コマンドやプレイについては教えてもらったけど、そういえば回数や頻度は確認していなかった。そんなことを思いつつ投げた俺の質問に、恵秀さんもあまりピンと来ていないのか、首を傾げながら答えてくれた。自分が頼んでいる側だから、というのはもちろんあるんだろうが、恵秀さんは俺に気を遣いすぎているような気がする。こっちの都合に合わせてもらえるのは、正直ありがたいけれども。
そんな恵秀さんに、俺は少しだけ悩んでから、思い切ってみることにした。
「……恵秀さん」
「うん?」
「この後って何かご予定ありますか?」
「特にないけど……どうかした?」
「……これから、プレイやってみませんか?」
つう、と汗が一筋伝ったのは、暑さのせいか、緊張のせいか。
俺の提案に、少し高い位置にある恵秀さんの目が大きく見開かれた。分かりやすく驚いた顔をしている恵秀さんの次の言葉に少しだけ身構える。さすがに駆け足すぎたかな、とほんのり反省していると、恵秀さんは勢いよく身体ごと俺の方を向いた。
「いいの!? ……よすがくんがいいなら、僕はぜひお願いしたいけど」
反省はいらなかったようだ。恵秀さんは目を輝かせてそう言った。すごい食い気味で聞いてくるものだから、こっちが提案したくせにその勢いに押されそうになってしまう。はい、と頷けば恵秀さんの俳優のようなかっこいい顔が嬉しそうにパアッと輝いた。
「ありがとう! 嬉しいなぁ」
言葉通り嬉しそうにはにかむ恵秀さんにつられて俺も頬が緩んだ。そんなに喜んでもらうほどのものなんだろうか、と俺は思ってしまうけれど、長年まともにコマンドを使えなかった恵秀さんにしてみたら、そのくらいのことなのかもしれない。喜んでもらえるなら、何よりだ。
「ちょっと場所を調べるね」
声を弾ませて恵秀さんがそう言った。スマホを開いて何かを調べる恵秀さんに俺は首を傾げた。場所、何の場所だろう。話の流れ的にプレイをする場所を調べていることは分かるけれど、そもそも、プレイってどこでするものなんだろう。両親は大体、家かパートナーの家に行ってやっているらしいけど、さすがに俺たちがお互いの家に行くのはまだ違うだろう。だから恵秀さんが場所を調べてくれているんだろうけど。――いろいろ考えてみたけれど、結局何も分からない俺は大人しく待つことにした。
「お待たせ。ここから歩いて十分くらいのところにあるんだけど、いいかな?」
「大丈夫です。ただあの、……どういうところに行くんですか?」
目的地が定まったらしい恵秀さんの言葉にそう返すと、彼は、あっと声を上げた。
「そうか、よすがくんは知らないもんね。ごめんごめん。パートナーになる前の人たちが、お試しでプレイをするための場所があるんだ。結構色んなところにあるから、この辺りにもあるかなって調べてみたんだ」
「なるほど……それは確かに知らなかったです」
「そうだよね。――うん、歩きながら説明しようかな」
そう言って恵秀さんは歩き始めた。それに倣って俺も隣を歩く。
恵秀さんが探していたのはトライアルルームと呼ばれる店らしい。トライアルルームは、入り口すぐが喫茶スペースになっていて、店の奥、または別の階に四畳程度の個室がいくつかある。はじめに喫茶スペースのオープンな環境でお互いの話をしたり、コマンドやセーフワードの単語を決めたりしてから、個室で実際にプレイをしてみる――そういう使い方をするそうだ。一組の個室の利用可能時間が三十分から一時間程度と比較的短めに設定されているため、パートナーになる前の相性確認、お試しに使うのにちょうどいいらしい。
「僕はあまりいい思い出がないんだけどね」
そう言って笑う恵秀さんだったが、正直どう返事をするのが正解か分からなくて、俺は肩を竦めることしかできなかった。
話していると十分というのはあっと言う間で、そうこうしている内に目的地のトライアルルームに到着した。外観はネットカフェのような感じだ。近くを通ったことはあったが、今まで何の店か特に気にもしていなかった。
慣れた様子で中に入って行く恵秀さんについて行く。平日だからだろうか、喫茶スペースには俺たちのほかは二組だけで、随分と席が空いてる。お好きな席へどうぞー、と言う店員に頭を下げて、恵秀さんは奥の方の席に向かった。
「暑い中歩かせちゃったからね。何か飲みながらコマンドとかを決めようか」
「俺は全然大丈夫なんですけど、恵秀さんこそたくさん歩いて大丈夫でしたか? 体調あまり良くないんですよね?」
テーブル席で向かい合って腰を下ろすと、俺を気遣うように恵秀さんが呟いた。俺はそれに頷いたものの、ふと、俺の方が無理をさせてしまったのでは、と僅かに眉を寄せながら問いかける。
「うん? ああ、大丈夫だよ。寝不足でちょっと頭が痛いけど、いつものことだし」
俺の言葉にきょとんとした恵秀さんは、肩を竦めて苦笑を浮かべながらそう返してきた。いつものことだし、という言葉になんだかもやもやしてしまう。不調が常になってしまっている恵秀さん的にはそれが日常なのだろうが、それもそうか、と流すことができない。
微妙な気持ちになっているのが顔に出ていたのか、俺の顔を見た恵秀さんがくすくすと笑った。
「ごめんね、笑っちゃいけないんだけど。心配してくれてありがとう」
「……謝られることでも、お礼を言われることでもないと思うんですけど」
「ふふ、そうだね。……ほら、何か頼もう」
笑う恵秀さんに釈然としない気持ちになりながらも、差し出されたメニューを素直に受け取った。
しばらくして、注文した飲み物が運ばれてきた。テーブルの上には二つのグラスと一緒に、小さなタグのつけられた鍵が置かれる。この鍵が個室の鍵で、タグに書かれているのが個室の部屋番号らしい。グラスを手に取り鍵をぼんやり眺めていると、恵秀さんに声をかけられた。
「よすがくん、最初にセーフワードを決めようか」
はい、と頷きながら何がいいか考える。セーフワードは、いざという時に使うものだから、日常で無意識に使ってしまう言葉は避けた方がいいらしい。ダメとかストップとかも良くない。どういうものがいいんだろうか。
「よすがくんの嫌いな色ってある?」
「へ? 嫌いな色、ですか?」
「うん。色じゃなくても、食べ物とか、動物とか……嫌いなものなら、意識しないと口にしないんじゃないかな?」
考え込んでいた俺に、恵秀さんから助け舟が出された。嫌いなもの――確かにそれなら、無意識に口に出ることはないだろう。そう思って改めて考える。嫌いなもの、嫌いなもの――。
「あ、ウサギ?」
頭に白い毛玉がよぎる。思わずそう呟くと、恵秀さんは目を細めて笑った。
「ウサギかあ。ふふ、いいんじゃないかな? よすがくんウサギ嫌いなんだね」
「小さい頃に友だちの家にいたウサギに噛まれたことがあるんです……あれから嫌いっていうか、ちょっと苦手で」
「そっかそっか」
微笑ましいなぁ、と言わんばかりの笑みを浮かべる恵秀さんにどうにも居た堪れない気持ちになって、手にしたアイスコーヒーをぐいっと煽る。からかわれているわけではないのは伝わっているから、嫌な気持ではないけれど、むず痒い。
「じゃあセーフワードは『ウサギ』ね。よすがくんに使わせることがないように気をつけるけど、本当に無理な時はちゃんと使うんだよ?」
「分かりました。……コマンドは、どういうふうに決めていくんですか?」
むず痒さを感じながら、俺のセーフワードが決まった。父さんたちのプレイを思い返して、あの最中にいきなり『ウサギ』って言うのなかなかシュールだなぁ、なんて思いながら、俺は恵秀さんに問いかけた。セーフワードは俺が使うから決めるのは俺だったんだろうけど、コマンドは恵秀さんが使うものだから、きっと恵秀さんが決めるんだろう。
「基本的に、ドムの使いやすい単語を使うんだけど、僕はよすがくんとすり合わせをしたいなって思ってる。この言い方だと、高圧的で嫌だとか、その単語は分かりにくいとか、君が聞き入れにくいものは避けていきたいんだ」
「……ありがとうございます」
やっぱり気を遣わせてしまっている、と思ったけれど、信頼関係を築くということは、こういうことの積み重ねなのかもしれない。恵秀さんが意識してやっているのか、元の気質というか、無意識にやっているのかはわからない。気遣いのしすぎでストレスが増すようなことはないんだろうかと余計な心配をしてしまう。同時に俺ももうちょっとちゃんと気遣いができればなぁ、なんて考えながら恵秀さんを見つめる。そんな俺の意図が読めなかったらしく、恵秀さんは俺の視線に軽く首を傾げていた。何でもないです、と首を横に振ると、恵秀さんは再び口を開いた。
「基本のコマンドだけど……来い、座れ、立ての三つかな? 『おいで』、『座ってごらん』、『立ってごらん』でどう?」
「俺は問題ないです。……あの、命令口調じゃなくていいんですか?」
恵秀さんのあげた単語に頷いたものの、最初に会った時のコマンドが頭をよぎる。あの時恵秀さんが使っていたのは『座れ』だった。そっちの方が言いやすいんじゃないだろうか、と思いながら尋ねると、恵秀さんは気まずそうに視線を泳がせた。
「……初めて会った時のコマンドのこと、言ってるよね?」
「はい」
「んんん……あれは忘れてもらって……。八つ当たりみたいに使っちゃっただけだから。……プレイの時は、君に対してきつい言葉は使いたくないんだ」
はあ、と大きな溜め息とともに吐き出された言葉に、申し訳ないけれど少しだけ笑ってしまった。俺は全然気にしていないけれど、恵秀さんは黒歴史になっているようだ。
「恵秀さんがいいなら、大丈夫です」
「ありがとう。今はこの三つだけ決まっていればいいかな。コマンドを増やす時は、またこうやって相談させてね」
「分かりました」
俺が頷くと、恵秀さんは小さく、あっと声を上げた。
「よすがくんに一つお願いがあるんだけど、いいかな?」
「なんでしょう?」
コマンドとは別に改まってそんなことを言われると、身構えてしまう。妙にドキドキしながら恵秀さんの次の言葉を待つ。
「ドムがサブにコマンドを使って、従ってもらったらサブを褒めるものなんだ。……よすがくんのことも褒めたいんだけど、いいかな?」
恵秀さんの言葉に一瞬固まったものの、父さんたちのプレイを思い返す。父さんは浩さんがコマンドに従うたびに『いい子』と言っていた。たぶんあれのことだろう。この年になってそんな些細なことで褒められるのはちょっと照れくさいけれど、プレイの流れとしては普通のことなんだろう。恥ずかしいよな、と思いつつ俺が頷くと、恵秀さんは嬉しそうにはにかんだ。
「ありがとう。……褒める時なんだけどね、いい子って言われるのと、偉いねって言われるの、どっちがいい?」
「えっ!? あっ、……ど、どちらでも」
そんなことまで決めなくちゃいけないのか、と流石に驚いて動揺してしまった。その二つから自分で選ばなきゃいけないのは流石に、流石に恥ずかしすぎる。どもって答えてしまったが、恵秀さんはさほど気にしていないようで、相変わらず嬉しそうに微笑んでいる。
「うん、分かった。あとね、褒める時に頭を撫でるくらいのスキンシップをしたいんだけど、それは大丈夫かな?」
頭を、撫でる。再び固まり、恵秀さんの言葉を頭の中で繰り返す。頭を撫でられるなんて、多分小学校の低学年とかの頃に親にされたのが最後だと思う。もの凄く嫌というわけではないけれど、自分の年齢と性別を考えると若干の抵抗がある。……抵抗はあるが、期待に目を輝かせながらこちらを見つめる恵秀さんを見ると、はっきりいいえと言いづらい。
「……ちょっと、抵抗があるんです、が、」
ぼそぼそと返した俺の言葉に、分かりやすく恵秀さんの顔が曇った。――ひっそり思っていたけど、感情が素直に顔に出るところ、ちょっと犬っぽい。
「嫌ではないんですけど……その、一回試してみて、厳しそうだったら、無しにしてもらうとかでも、いいですか?」
切なそうな表情に居た堪れなくなって、妥協案で俺がそう言うと、再び恵秀さんの顔が綻んだ。本当に俳優業でもやっていそうなかっこいいお兄さんなのに、ころころと表情が変わるギャップがちょっと面白い。
「それで大丈夫! ありがとう、よすがくん」
ご機嫌になった恵秀さんに少しだけ堪えきれずにくすっと笑ってしまった。
そんなやり取りの後、少し雑談をしている内に二つのグラスが空になった。ついつい目が鍵にばかり向いてしまう。そんな俺の様子に気付いたらしい恵秀さんが、目を細めて小さく笑った。
「行ってみようか」
「あ、はい!」
不意に声をかけられて、妙に大きな返事をしてしまった。店の中なのに恥ずかしい。俺の返事を聞いて、恵秀さんが鍵を手に取り、腰を上げた。それに倣って俺も立ち上がる。二階へ上がる小さなエレベーターに乗り、鍵のタグに書かれた番号の部屋へ向かう。これから実際にプレイをするという状況に思い切り緊張していて、黙り込んでしまう。ほんの少しの距離でしかないのに、妙に長く感じた。
部屋に着き、恵秀さんが鍵を開けて扉を開く。狭い個室は、二人掛けのソファとラグが置かれただけの殺風景な部屋だった。本当に基本のコマンドを試すためだけの部屋、という感じだ。
二人で部屋に入り、入り口で立ち止まる。恵秀さんが扉に施錠する音が、静かな部屋に妙に大きく響いた。
「……よすがくん、緊張してる?」
独り言のように、恵秀さんがぽつりと呟いた。
「……ものすごく」
「僕もだよ。プレイなんて、何年振りか分からない」
恵秀さんの問いかけに素直に頷けば、彼も同調してきた。緊張している者同士、顔を見合わせるとどちらからともなく苦笑が漏れた。
嬉しいとか悲しいとかの反応こそ素直に顔に出されるけど、スマホ越しでも、実際にこうして会って話していても、基本的に恵秀さんは年上の余裕のある人だと感じていた。だから、この人も緊張しているというのが、ちょっと意外だと思った。……まあでも、今までのことを考えれば、たしかに緊張せざるを得ないだろう。いろんなサブの人たちと上手くいかなかったのだから。
俺は俺で、人生初のプレイということと、きちんとコマンドが効いているふりができるのかという心配から、地味に緊張してしまっている。きっと恵秀さんは、俺が上手くできなくても、気にしなくいていいよって言うんだろう。……でも俺は、やるからにはちゃんとやりたいと思う。
「先に僕がソファに座るから、さっきの三つを試してみていいかな?」
「分かりました。大丈夫です」
「うん、じゃあよろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
そう言って向かい合ってぺこぺこと頭を下げ合う俺たちは、ちょっと滑稽かもしれない。
恵秀さんは俺が肩にかけていたバッグを持ってソファに向かう。ソファに腰を下ろすと、小さく深呼吸をしてから、恵秀さんは俺の方を向いた。視線が絡む。緊張で心臓が、痛い。
「…………おいで、よすがくん」
恵秀さんはそう言って、両手を差し出した。やっぱり俺には、その言葉がコマンドなのか、普通の言葉なのかは分からない。この前の浩さんの姿を思い出しながら、ゆっくりと恵秀さんの元へ歩き出す。緊張のせいで、手と足が一緒に動きそうになる。ついさっきまで自分がどうやって歩いていたのかが分からない。部屋の入り口からソファまでは、ほんの数歩の距離なのに、やたらと遠く感じてしまう。
ほんの数秒で恵秀さんの前に着いたはずなのに、なんだか何分もかかったような気がする。ほんの少し迷って、差し出されたままの恵秀さんの両手に自分の両手をそっと乗せる。上手くできたかな、と思いながら深く息を吐く。おそるおそる目の前の恵秀さんの顔を見ると、薄灰色の彼の瞳がじわりと潤んでいた。
「け、恵秀さん、?」
「ぁ、……ご、ごめんね。感動しちゃって、」
俺が呼びかけると、恵秀さんはそう言いながら俺の手を控えめにきゅっと握って俯いた。握った手から少しだけ震えているのが伝わってくる。俺の手を握ったまま、恵秀さんは額を手に埋めるようにする。額の熱が、俺の手の甲からじわりと伝わってくる。俺はされるがままで、恵秀さんが口を開くのを大人しく待った。
さほど時間を置かず、恵秀さんは深く息を吐いてから顔を上げた。俺と目が合うと、照れくさそうに、あはは、と笑った。
「思わず浸っちゃった、ごめんね。……いい子だね、よすがくん」
一言謝ってから、恵秀さんはうっとりと、これでもかというほどうっとりとした表情と声色で俺のことを褒めた。いい子、という言葉だけでも無性に恥ずかしいのに、嬉しい、幸せだ――そんな感情が満ち溢れた恵秀さんの顔と声がその羞恥心を倍にしているような気がする。じわじわと顔に熱が集まってくるのを他人事のように感じた。
「座ってごらん」
多分赤面しているであろう俺を、嬉しそうに見つめながら、恵秀さんは次のコマンドを口にした。両手を握ったままだから、どうにもぎこちない動きになってしまう。よく見かけるサブミッシブの人たちのように、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちるような座り方はできなかったけれど、どうにかラグの上に膝をついて正座のような体勢になる。顔を上げて恵秀さんを見上げると、さっきと変わらず、うっとりした顔で俺を見つめていた。
「うん、いい子、とっても偉いね」
褒める言葉を紡ぐ声は、相変わらずうっとりとしていて、ひどく甘い。この顔にこの声は色々とまずい気がする。俺が女の子だったら一瞬で恵秀さんのことを好きになっていたと思う。
恵秀さんは俺を褒めながら、握ったままの手の親指で俺の手の甲を優しく撫でた。それが無性に恥ずかしい。いやもう、現状、何を言われても何をされても恥ずかしいことに変わりはないのだけれど。
「よすがくん、立ってごらん」
指先で俺の手を撫でるのに満足したのか、恵秀さんはまた次のコマンドを使った。
普段、俺は正座をすることなんてほとんどない。慣れない格好で、床に手をつかずに立ち上がるのが微妙に難しくて、座るとき以上にぎこちない変な動きをしながらどうにか立ち上がる。ソファに腰かけている恵秀さんを今度は見下ろす。見上げるのと見下ろすのが逆になっても、恵秀さんの表情は変わらない。どうにも恥ずかしいやら気まずいやらで視線を泳がせていたが、特にそれを咎められることはなかった。
「いい子、いい子だね」
結局、恵秀さんの顔じゃなくて自分の足元に視線を落としてしまったが、変わらない恵秀さんの甘い声に褒められた。俺を褒める言葉も、うっとりとした嬉しそうで甘い表情と声も、ずっと握ったままの手も――恵秀さんから与えられる全部が照れくさくて、恥ずかしくて、どうにかなりそうだけど、でも、嫌ではない。
「じゃあ最後ね。今度は僕の隣に座ってごらん」
そんな俺の頭の中を知ってか知らずか、恵秀さんがコマンドを続ける。握っていた手を離し、自分の隣の座面をポンポンと軽く叩いた。そのコマンドに従って、俺はソファにゆっくりと腰を下ろす。二人掛けのソファは思っていたよりも狭くて、恵秀さんとの距離がものすごく近い。
相変わらず緊張が解けないなか、恵秀さんに名前を呼ばれた。視線を自分の膝に落としていた俺は、恐る恐る隣の恵秀さんの方に顔を向ける。覚悟はしていたけれど、俺を呼んだその人は、満面の笑みで俺を見つめていた。
「うん、よくできたね。ありがとう、よすがくん。……君は本当に、とってもいい子だね」
さっきまでだって、恵秀さんの声はとんでもなくうっとりしていて甘かったのに、それ以上があるのか、と俺はほんのり眩暈がした。今日一番、幸せそうで、嬉しそうで、優しくて、穏やかで、甘い――そんな表情を浮かべて、そんな声色で、恵秀さんは俺を褒めて、とても優しい手つきで俺の頭をそっと撫でた。俺はもういっぱいいっぱいで、心臓は痛いし、顔は熱いし、頭は沸騰しそうだった。
沸騰しそうな頭で、俺はぼんやりと、過去に恵秀さんとプレイをしようとした顔も知らないサブミッシブの人たちに同情した。その人たちが恵秀さんの強いドム性に敵うくらいのサブ性を持っていたら、恵秀さんのドム性が普通のドミナントと同じくらいだったら……恵秀さんのこのとんでもない顔と声で褒めてもらえていただろうに。
サブミッシブの人がプレイで感じる幸福感がどんなものかは俺には分からないけれど、それを抜きにしたって恵秀さんのこの破壊力。恵秀さんには絶対言えないけど、本当にもったいない、と思ってしまった。
「どう、頭撫でられるの、やっぱり厳しいかな?」
そう聞きながらも、恵秀さんは手を止める様子はない。
恥ずかしい。本当にどうしようもないくらい恥ずかしい。――何より頭を撫でられるという行為を悪くないと思ってしまっている自分が何よりも恥ずかしくて堪らない。
「…………だいじょぶそうです」
視線を逸らし、何とかひねり出した声は、情けないことに蚊の鳴くような小さな小さな声だった。
「……よすがくん、大丈夫?」
あまりにも俺の態度や声がひどかったからか、恵秀さんは頭を撫でる手を止めて心配そうに尋ねてきた。甘さが消えた声に、少しだけホッとする。
「調子に乗って無理させちゃってないかな? ごめんね、大丈夫?」
真っ赤になっているであろう俺の頬を両手で挟んだ恵秀さんが、じっと俺を見つめてくる。観念して視線を恵秀さんに戻すと、さっきまでの表情が嘘のように、恵秀さんは心配そうな顔で俺を見つめていた。至近距離で見つめられて、別の意味で恥ずかしくなる。
「……恵秀さんすみません、あの、ちょっと距離が……」
「あっ、ごめんね!」
言外に近いと訴えると、恵秀さんは俺の頬から手を離した。それでも、相変わらず俺のことを心配そうに見つめている。俺は一度俯いて、大きく深呼吸をしてから、改めて恵秀さんに向き直った。
「すみません、大丈夫です。無理も、してないです。……その、恵秀さんがものすごく嬉しそうというか、幸せそうにしてたのが、ちょっと照れくさかったというか、恥ずかしかったというか……」
言葉にすると余計羞恥が増した。だんだんと声が小さくなって、やっぱり視線が泳いでしまうのを自覚して、それすら情けないやら恥ずかしいやらで頭を抱えたくなった。
「……そんなに?」
若干の沈黙の後、恵秀さんがぽつりと言葉を零した。先ほどまでと様子が変わったような気がして、その言葉に、はい、と頷きながら視線を恵秀さんに戻す。……今度は恵秀さんがじわじわと顔を赤く染めていく番だった。
「……そう、そっかぁ。……いやあ、浮かれてしまってるなぁとは自分でも思っていたんだけど、そんなにかぁ」
はあぁ、と大きな溜め息を吐いた恵秀さんはソファの背もたれに寄りかかって天井に向けた顔を両手で覆った。指の隙間から見える顔はじんわり赤い。なんて声をかけたらいいか分からず、とりあえず俺も背もたれに背中を預けてぼんやりと天井を眺める。しばらくして、隣から呻き声が聞こえてきた。申し訳ないけど、少しだけ笑ってしまった。
「気分とか、体調はどうですか?」
ずっと黙っているのもなぁ、と恵秀さんに声をかける。天を仰いでいた恵秀さんがこちらを向いた。少し落ち着いたように見える。
「すごく良い。なんとなく身体が軽くなった感じがするんだ。頭痛もちょっと落ち着いた気がする」
そう答える恵秀さんは嬉しそうにはにかんでいる。その言葉に俺も嬉しくなった。さっきの表情や声色で恵秀さんが喜んでくれいていたことは、これでもかっていうほど伝わってきていた。でも、やっぱり体調に良い影響があったと分かれば俺も嬉しいし、役に立てたことにホッとする。
「あんな簡単なものでも、僕のコマンドを受けてくれる人がいるって、こんなに幸せなことなんだなぁって、噛み締めちゃった。ありがとう、よすがくん」
「いえあの、とんでもないです、」
お礼を言う恵秀さんの瞳は、またちょっと潤んでいた。俺が緩く首を横に振ると、へらりと恵秀さんがはにかんだ。涙を滲ませながらはにかむ年上のお兄さんが、少しだけ幼く見えた。
「今日明日くらいは薬を飲まなくてもいられそうな気がするよ。ふふ、久しぶりにゆっくり眠れるかも」
「本当ですか、よかった!」
「うん、本当にありがとうね」
恵秀さんのお礼の言葉を聞きながら、俺は少しだけ考え込んだ。一つのコマンド、一回のプレイでドミナントの体調やメンタルがどの程度の期間落ち着いているものなのかを、俺は知らない。きっと恵秀さんもだ。恵秀さんは今日明日くらい、と言ったけれど、もし俺とのプレイをさっき話したように週一でするとして、次会う日まで好調な状態が続かなかったら、結局不調な日は薬を飲まなきゃいけなくなる。それはあまり良くないことなんじゃないだろうか。どうせなら、薬を飲まずにいられる方がいいと思う。
不意に俺が黙り込んでしまったからか、恵秀さんが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「よすがくん?」
「恵秀さん、ちょっといいですか?」
「うん? 何かな?」
「ここに来る前に、プレイの頻度、週一くらいかなって話をしたじゃないですか。……どうせなら、恵秀さんが薬を飲まなくてもよくなるように、もう少し増やしませんか? 週に何回か、とか」
俺がそんな提案をすると、恵秀さんは目を見開いた。彼の口から、え、と小さな声が漏れる。
「流石に毎日とか、毎回長い時間じっくりと、っていうのは流石に難しいですけど。さっきの感じで、コマンド二つくらい試すくらいなら、全然いけるんじゃないかなぁって思ったんですけど、どうですか?」
「どう、っていうか……僕はものすごくありがたいけど、よすがくんの負担にならない?」
「なりません、大丈夫です。……俺、来月末まで夏休みなんで、普段より時間作りやすいんですよ」
困り顔で確認してきた恵秀さんに、にこっと笑いながら答える。
そう、八月と九月は夏休みだ。就活への心配もなく、極端なことを言えば、俺に残っている心配事は卒論だけだ。休みを使ってある程度は文献収集や調査を進めようと思っているけれど、正直毎日必死でやるほどじゃない。バイトに行くことを考えたって、恵秀さんとプレイをする時間は負担と言うほどじゃない。十月以降はまたちょっと状況が変わってくると思うけど、恵秀さんがそんなに深刻に心配する必要はない。
「夏休み……そっか、大学生だもんね。じゃあ、お言葉に甘えて。君が大丈夫なら、ぜひお願いしたいな」
俺の言葉に少し迷うそぶりを見せたものの、恵秀さんはそう言って俺に頭を下げた。はい、と俺が返事をすると、顔を上げた恵秀さんが俺に微笑んだ。
「無理はさせたくないから、君の都合のいい時にね。大丈夫そうな日とか、時間とか……連絡もらえたら、僕がそれに合わせるから」
「分かりました」
「うん、いい子」
俺が素直に頷くと、恵秀さんは満面の笑みでそう言った。コマンドを使われていないタイミングで褒められるのは、さっき以上にくすぐったい。きっと、コマンドを使うだけじゃなくて、こうやって相手を褒めたりするのも恵秀さんがしたかったことなんだろう。照れくささはあるけれど、嫌がるようなことではない。俺はとりあえず、照れ笑いを浮かべてそれを流した。
俺と恵秀さんの初めてのお試しプレイは、特に問題なく無事に終わった。――俺の動揺やら緊張やらについては、目を瞑ることにして。
恵秀さんとは比較的頻繁に連絡を取り合っているけれど、通話をすることはほとんどないし、直接会うのはあの顔合わせの時以来だ。緊張するなぁ、と思いながら行き慣れた病院へと向かった。
俺の実家の市内にある小さな開業医、風早医院。見慣れた緑色の看板の前にすらっとした背の高い俳優みたいなお兄さんが立っていた。恵秀さんだ。恵秀さんは俺に気づくと右手を軽く挙げた。そんな仕草すら妙に様になっていて、何となく並ぶのに気が引けてしまう。
「こんにちは、お久しぶりです」
「久しぶり、よすがくん。今日も暑いね」
「あっついですね。……すみません、こんな中、外で待たせちゃって」
「はは、そういうつもりで言ったんじゃないよ。大丈夫」
そんなやり取りをしながら、建物の中に入る。小さな病院の中はかなり静かだ。待合にいる患者は俺たちを入れて三組。この病院が混むことはほとんど無い。受付を済ませて、すぐそばの長椅子に並んで座る。そこまで待つことはないだろうが、少しだけこの沈黙が気まずい。――まあ、病院の待合でお喋りをするつもりもないけれど。
「陽川さん、陽川よすがさん」
内心そわそわしながら待っていると、五分足らずで俺の名前が呼ばれた。恵秀さんの方を窺って、二人で診察室に入った。
「こんにちは、よすがくん」
「先生、こんにちは。今日もよろしくお願いします」
「うん。……彼が、君の話していた人だね?」
診察室へ入ると、主治医の先生――風早先生がいつもどおりにこにこと微笑んで俺たちを迎えてくれた。軽く挨拶を交わせば、風早先生の視線が俺の隣の恵秀さんへ向けられる。
「月山恵秀です。今日は突然すみません」
「いやいや、構いませんよ。さ、二人ともかけて」
高校一年のダイナミクスの検査の時からお世話になっている風早先生は、多分五十代くらいの男性のドミナントだ。他のダイナミクス科の医者を俺は知らないけれど、先生はとても穏やかで、優しくて、ものすごく話しやすい。正直、この病院がいつもこんなに空いているのが疑問でしかないくらいだ。
勧められるまま、俺たちは風早先生の向かいの患者用の椅子に腰を下ろす。予約の電話でも簡単に状況を説明してはいたけれど、俺が改めて恵秀さんのことを話そうとした。が、口を開きかけたところで恵秀さんに片手で止められてしまった。
「今日は貴重なお時間を頂き、ありがとうございます。よすがくんがある程度は話してくれていると思いますが、私の方からも説明させてください」
そう話す恵秀さんに、風早先生は何も言わず、静かに頷いた。
「私はかなりドム性が強く、今までサブの方とまともにプレイができたことがありません。来い、座れ、程度の基本のコマンドだけで怯えられたり、セーフワードを使われたりと……。サブが無理ならドムに、と知人にコマンドが効くふりを頼んだこともありましたが、相手のストレスになってしまい、成り立ちませんでした。十年くらい前から服薬を続けていますが、副作用で体調を崩し、普通の生活もままならない状況でした。五年ほど前に薬を変え、副作用に悩むことはほとんどなくなったのですが、……昨年あたりから服薬の量を増やしたため、不眠の副作用が出ているような状況です」
恵秀さんが淡々と自分の現状を説明する。薬のことは社長さんからちょっと聞いていた程度だったから、俺も初耳だ。俯いて大人しく聞いていたが、驚いて思わずガバッと顔を上げて隣の恵秀さんの方を見てしまった。そんな俺に、恵秀さんは肩を竦めて苦笑いを浮かべる。
「そこでよすがくんに疑似パートナーになってほしい、とお願いしました。ヴァニラのよすがくんなら、コマンドが効いているふりをお願いしても、私のコマンドで悪い影響を受けないのでは、と思いまして」
話し終えた恵秀さんが口を閉じる。静かに聞いていた風早先生は少し考えるそぶりを見せてから、まっすぐに恵秀さんを見た。
「今、試しに私に向かって『座れ』のコマンドを使ってみてくれる?」
先生の言葉に、恵秀さんは一瞬視線を泳がせた。悩んでいるんだと思う。診察室にほんの数秒間だけ沈黙が広がった。それは恵秀さんの小さな溜め息で、すぐに打ち消されたけれど。
「分かりました」
頷いた恵秀さんは先生をまっすぐ見つめ返して、小さくコマンドを口にした。顔合わせのあの日と同様、俺にはただの座れ、という言葉にしか聞こえなかったけれど、風早先生は顔を顰めて小さく呻いた。
「先生、大丈夫ですか……?」
恐る恐る俺が尋ねると、先生はデスクに置いてあったペットボトルの水を煽った。ごくごくと飲んだ後、大きな溜め息を吐いた。
「……すみません」
「いやあ、使うように言ったのは私だからね。君がそんな顔をする必要はない。――私もそれなりにドム性は強い方なんだけど、確かに君のは本当に悩ましいほどだねえ」
申し訳なさそうに謝る恵秀さんに、風早先生は息を整えてから明るく返した。何も分からない俺は、少しもどかしい。もうひと口水を飲んでから、先生は俺たちに向き直る。
「月山さんがヴァニラのよすがくんとプレイをするのは悪くないと思う。よすがくんがサブと同じ反応をすることは不可能だけど、自分のコマンドに従って、心地好さそうにしてくれる相手がいるという状況で、ドムの欲求は満たされるからね」
「……よすがくんの方に悪影響はありませんか?」
社長さんと恵秀さんの考え方は正しかったらしく、俺は無事、恵秀さんの役に立てるようだ。よかった、と思っている俺の隣で、恵秀さんが先生に質問を投げた。
どうせヴァニラなんだし、と思っていた俺は、自分への影響なんて全く考えもしなかった。驚いて恵秀さんの方を見ると、彼は俺にパートナーになってほしい、と言った時のように真剣な顔で風早先生をまっすぐ見つめていた。
「無いと思う。ただ、絶対に無い、とは言い切れないね。ヴァニラについては私たちも分からないことの方が多いから。――嫌な言い方をすると、サブの真似事をすることで、ヴァニラのよすがくんに何らかの変化が起きれば、それはそれでダイナミクスの研究も新しい方向に進むかもしれない、とは思ってるかな」
風早先生は恵秀さんの視線をしっかり受け止めて言葉を返した。なんとなくつられて緊張していたけれど、先生が途中で悪戯っぽく笑って冗談めかして言うものだから、つられて少し笑ってしまった。隣の恵秀さんも肩の力が抜けたようだった。
「基本的には一般的なドムとサブのパートナーと同じように考えていいと思うよ。月山さんは自分の希望を、よすがくんは無理だと思うことを、必ず話し合って決めること。それからコマンドになる言葉とセーフワードも忘れずに決めるように。プレイをする上で一番重要なのは、相手のことを信頼することだからね」
風早先生の言った内容は、この間父さんと浩さんに言われたことと同じだった。はい、という僕と恵秀さんの声が重なる。それを聞いて先生は満足そうに微笑んだ。
「何かあれば気軽に相談においで。二人揃ってでもいいし、一人で来てくれてもいいからね」
そう言って笑う風早先生に頭を下げて、僕たちは病院を出た。
外はやっぱり暑いな、と思いながら隣の恵秀さんにちらりと視線を向けると、ちょうどばちっと目が合った。どちらからともなく笑いが漏れた。
「……あの、プレイ、なんですけど、頻度なんかはまだよくわからなくて……とりあえず恵秀さん的には、早めに一回やって、あとそれなりに回数は多い方がいいですよね?」
「そうだね、早めにやってもらえるとありがたいけど……頻度とか回数は、どのくらいなんだろうな。週一くらい、かなぁ? 僕は体調のこともあって、現状、父の会社に一応席を置かせてもらっているフリーターみたいな感じだから、よすがくんの都合のいい日に合わせるよ」
そのまま目を逸らすのもおかしいかと思って、それらしいことを恵秀さんに尋ねる。コマンドやプレイについては教えてもらったけど、そういえば回数や頻度は確認していなかった。そんなことを思いつつ投げた俺の質問に、恵秀さんもあまりピンと来ていないのか、首を傾げながら答えてくれた。自分が頼んでいる側だから、というのはもちろんあるんだろうが、恵秀さんは俺に気を遣いすぎているような気がする。こっちの都合に合わせてもらえるのは、正直ありがたいけれども。
そんな恵秀さんに、俺は少しだけ悩んでから、思い切ってみることにした。
「……恵秀さん」
「うん?」
「この後って何かご予定ありますか?」
「特にないけど……どうかした?」
「……これから、プレイやってみませんか?」
つう、と汗が一筋伝ったのは、暑さのせいか、緊張のせいか。
俺の提案に、少し高い位置にある恵秀さんの目が大きく見開かれた。分かりやすく驚いた顔をしている恵秀さんの次の言葉に少しだけ身構える。さすがに駆け足すぎたかな、とほんのり反省していると、恵秀さんは勢いよく身体ごと俺の方を向いた。
「いいの!? ……よすがくんがいいなら、僕はぜひお願いしたいけど」
反省はいらなかったようだ。恵秀さんは目を輝かせてそう言った。すごい食い気味で聞いてくるものだから、こっちが提案したくせにその勢いに押されそうになってしまう。はい、と頷けば恵秀さんの俳優のようなかっこいい顔が嬉しそうにパアッと輝いた。
「ありがとう! 嬉しいなぁ」
言葉通り嬉しそうにはにかむ恵秀さんにつられて俺も頬が緩んだ。そんなに喜んでもらうほどのものなんだろうか、と俺は思ってしまうけれど、長年まともにコマンドを使えなかった恵秀さんにしてみたら、そのくらいのことなのかもしれない。喜んでもらえるなら、何よりだ。
「ちょっと場所を調べるね」
声を弾ませて恵秀さんがそう言った。スマホを開いて何かを調べる恵秀さんに俺は首を傾げた。場所、何の場所だろう。話の流れ的にプレイをする場所を調べていることは分かるけれど、そもそも、プレイってどこでするものなんだろう。両親は大体、家かパートナーの家に行ってやっているらしいけど、さすがに俺たちがお互いの家に行くのはまだ違うだろう。だから恵秀さんが場所を調べてくれているんだろうけど。――いろいろ考えてみたけれど、結局何も分からない俺は大人しく待つことにした。
「お待たせ。ここから歩いて十分くらいのところにあるんだけど、いいかな?」
「大丈夫です。ただあの、……どういうところに行くんですか?」
目的地が定まったらしい恵秀さんの言葉にそう返すと、彼は、あっと声を上げた。
「そうか、よすがくんは知らないもんね。ごめんごめん。パートナーになる前の人たちが、お試しでプレイをするための場所があるんだ。結構色んなところにあるから、この辺りにもあるかなって調べてみたんだ」
「なるほど……それは確かに知らなかったです」
「そうだよね。――うん、歩きながら説明しようかな」
そう言って恵秀さんは歩き始めた。それに倣って俺も隣を歩く。
恵秀さんが探していたのはトライアルルームと呼ばれる店らしい。トライアルルームは、入り口すぐが喫茶スペースになっていて、店の奥、または別の階に四畳程度の個室がいくつかある。はじめに喫茶スペースのオープンな環境でお互いの話をしたり、コマンドやセーフワードの単語を決めたりしてから、個室で実際にプレイをしてみる――そういう使い方をするそうだ。一組の個室の利用可能時間が三十分から一時間程度と比較的短めに設定されているため、パートナーになる前の相性確認、お試しに使うのにちょうどいいらしい。
「僕はあまりいい思い出がないんだけどね」
そう言って笑う恵秀さんだったが、正直どう返事をするのが正解か分からなくて、俺は肩を竦めることしかできなかった。
話していると十分というのはあっと言う間で、そうこうしている内に目的地のトライアルルームに到着した。外観はネットカフェのような感じだ。近くを通ったことはあったが、今まで何の店か特に気にもしていなかった。
慣れた様子で中に入って行く恵秀さんについて行く。平日だからだろうか、喫茶スペースには俺たちのほかは二組だけで、随分と席が空いてる。お好きな席へどうぞー、と言う店員に頭を下げて、恵秀さんは奥の方の席に向かった。
「暑い中歩かせちゃったからね。何か飲みながらコマンドとかを決めようか」
「俺は全然大丈夫なんですけど、恵秀さんこそたくさん歩いて大丈夫でしたか? 体調あまり良くないんですよね?」
テーブル席で向かい合って腰を下ろすと、俺を気遣うように恵秀さんが呟いた。俺はそれに頷いたものの、ふと、俺の方が無理をさせてしまったのでは、と僅かに眉を寄せながら問いかける。
「うん? ああ、大丈夫だよ。寝不足でちょっと頭が痛いけど、いつものことだし」
俺の言葉にきょとんとした恵秀さんは、肩を竦めて苦笑を浮かべながらそう返してきた。いつものことだし、という言葉になんだかもやもやしてしまう。不調が常になってしまっている恵秀さん的にはそれが日常なのだろうが、それもそうか、と流すことができない。
微妙な気持ちになっているのが顔に出ていたのか、俺の顔を見た恵秀さんがくすくすと笑った。
「ごめんね、笑っちゃいけないんだけど。心配してくれてありがとう」
「……謝られることでも、お礼を言われることでもないと思うんですけど」
「ふふ、そうだね。……ほら、何か頼もう」
笑う恵秀さんに釈然としない気持ちになりながらも、差し出されたメニューを素直に受け取った。
しばらくして、注文した飲み物が運ばれてきた。テーブルの上には二つのグラスと一緒に、小さなタグのつけられた鍵が置かれる。この鍵が個室の鍵で、タグに書かれているのが個室の部屋番号らしい。グラスを手に取り鍵をぼんやり眺めていると、恵秀さんに声をかけられた。
「よすがくん、最初にセーフワードを決めようか」
はい、と頷きながら何がいいか考える。セーフワードは、いざという時に使うものだから、日常で無意識に使ってしまう言葉は避けた方がいいらしい。ダメとかストップとかも良くない。どういうものがいいんだろうか。
「よすがくんの嫌いな色ってある?」
「へ? 嫌いな色、ですか?」
「うん。色じゃなくても、食べ物とか、動物とか……嫌いなものなら、意識しないと口にしないんじゃないかな?」
考え込んでいた俺に、恵秀さんから助け舟が出された。嫌いなもの――確かにそれなら、無意識に口に出ることはないだろう。そう思って改めて考える。嫌いなもの、嫌いなもの――。
「あ、ウサギ?」
頭に白い毛玉がよぎる。思わずそう呟くと、恵秀さんは目を細めて笑った。
「ウサギかあ。ふふ、いいんじゃないかな? よすがくんウサギ嫌いなんだね」
「小さい頃に友だちの家にいたウサギに噛まれたことがあるんです……あれから嫌いっていうか、ちょっと苦手で」
「そっかそっか」
微笑ましいなぁ、と言わんばかりの笑みを浮かべる恵秀さんにどうにも居た堪れない気持ちになって、手にしたアイスコーヒーをぐいっと煽る。からかわれているわけではないのは伝わっているから、嫌な気持ではないけれど、むず痒い。
「じゃあセーフワードは『ウサギ』ね。よすがくんに使わせることがないように気をつけるけど、本当に無理な時はちゃんと使うんだよ?」
「分かりました。……コマンドは、どういうふうに決めていくんですか?」
むず痒さを感じながら、俺のセーフワードが決まった。父さんたちのプレイを思い返して、あの最中にいきなり『ウサギ』って言うのなかなかシュールだなぁ、なんて思いながら、俺は恵秀さんに問いかけた。セーフワードは俺が使うから決めるのは俺だったんだろうけど、コマンドは恵秀さんが使うものだから、きっと恵秀さんが決めるんだろう。
「基本的に、ドムの使いやすい単語を使うんだけど、僕はよすがくんとすり合わせをしたいなって思ってる。この言い方だと、高圧的で嫌だとか、その単語は分かりにくいとか、君が聞き入れにくいものは避けていきたいんだ」
「……ありがとうございます」
やっぱり気を遣わせてしまっている、と思ったけれど、信頼関係を築くということは、こういうことの積み重ねなのかもしれない。恵秀さんが意識してやっているのか、元の気質というか、無意識にやっているのかはわからない。気遣いのしすぎでストレスが増すようなことはないんだろうかと余計な心配をしてしまう。同時に俺ももうちょっとちゃんと気遣いができればなぁ、なんて考えながら恵秀さんを見つめる。そんな俺の意図が読めなかったらしく、恵秀さんは俺の視線に軽く首を傾げていた。何でもないです、と首を横に振ると、恵秀さんは再び口を開いた。
「基本のコマンドだけど……来い、座れ、立ての三つかな? 『おいで』、『座ってごらん』、『立ってごらん』でどう?」
「俺は問題ないです。……あの、命令口調じゃなくていいんですか?」
恵秀さんのあげた単語に頷いたものの、最初に会った時のコマンドが頭をよぎる。あの時恵秀さんが使っていたのは『座れ』だった。そっちの方が言いやすいんじゃないだろうか、と思いながら尋ねると、恵秀さんは気まずそうに視線を泳がせた。
「……初めて会った時のコマンドのこと、言ってるよね?」
「はい」
「んんん……あれは忘れてもらって……。八つ当たりみたいに使っちゃっただけだから。……プレイの時は、君に対してきつい言葉は使いたくないんだ」
はあ、と大きな溜め息とともに吐き出された言葉に、申し訳ないけれど少しだけ笑ってしまった。俺は全然気にしていないけれど、恵秀さんは黒歴史になっているようだ。
「恵秀さんがいいなら、大丈夫です」
「ありがとう。今はこの三つだけ決まっていればいいかな。コマンドを増やす時は、またこうやって相談させてね」
「分かりました」
俺が頷くと、恵秀さんは小さく、あっと声を上げた。
「よすがくんに一つお願いがあるんだけど、いいかな?」
「なんでしょう?」
コマンドとは別に改まってそんなことを言われると、身構えてしまう。妙にドキドキしながら恵秀さんの次の言葉を待つ。
「ドムがサブにコマンドを使って、従ってもらったらサブを褒めるものなんだ。……よすがくんのことも褒めたいんだけど、いいかな?」
恵秀さんの言葉に一瞬固まったものの、父さんたちのプレイを思い返す。父さんは浩さんがコマンドに従うたびに『いい子』と言っていた。たぶんあれのことだろう。この年になってそんな些細なことで褒められるのはちょっと照れくさいけれど、プレイの流れとしては普通のことなんだろう。恥ずかしいよな、と思いつつ俺が頷くと、恵秀さんは嬉しそうにはにかんだ。
「ありがとう。……褒める時なんだけどね、いい子って言われるのと、偉いねって言われるの、どっちがいい?」
「えっ!? あっ、……ど、どちらでも」
そんなことまで決めなくちゃいけないのか、と流石に驚いて動揺してしまった。その二つから自分で選ばなきゃいけないのは流石に、流石に恥ずかしすぎる。どもって答えてしまったが、恵秀さんはさほど気にしていないようで、相変わらず嬉しそうに微笑んでいる。
「うん、分かった。あとね、褒める時に頭を撫でるくらいのスキンシップをしたいんだけど、それは大丈夫かな?」
頭を、撫でる。再び固まり、恵秀さんの言葉を頭の中で繰り返す。頭を撫でられるなんて、多分小学校の低学年とかの頃に親にされたのが最後だと思う。もの凄く嫌というわけではないけれど、自分の年齢と性別を考えると若干の抵抗がある。……抵抗はあるが、期待に目を輝かせながらこちらを見つめる恵秀さんを見ると、はっきりいいえと言いづらい。
「……ちょっと、抵抗があるんです、が、」
ぼそぼそと返した俺の言葉に、分かりやすく恵秀さんの顔が曇った。――ひっそり思っていたけど、感情が素直に顔に出るところ、ちょっと犬っぽい。
「嫌ではないんですけど……その、一回試してみて、厳しそうだったら、無しにしてもらうとかでも、いいですか?」
切なそうな表情に居た堪れなくなって、妥協案で俺がそう言うと、再び恵秀さんの顔が綻んだ。本当に俳優業でもやっていそうなかっこいいお兄さんなのに、ころころと表情が変わるギャップがちょっと面白い。
「それで大丈夫! ありがとう、よすがくん」
ご機嫌になった恵秀さんに少しだけ堪えきれずにくすっと笑ってしまった。
そんなやり取りの後、少し雑談をしている内に二つのグラスが空になった。ついつい目が鍵にばかり向いてしまう。そんな俺の様子に気付いたらしい恵秀さんが、目を細めて小さく笑った。
「行ってみようか」
「あ、はい!」
不意に声をかけられて、妙に大きな返事をしてしまった。店の中なのに恥ずかしい。俺の返事を聞いて、恵秀さんが鍵を手に取り、腰を上げた。それに倣って俺も立ち上がる。二階へ上がる小さなエレベーターに乗り、鍵のタグに書かれた番号の部屋へ向かう。これから実際にプレイをするという状況に思い切り緊張していて、黙り込んでしまう。ほんの少しの距離でしかないのに、妙に長く感じた。
部屋に着き、恵秀さんが鍵を開けて扉を開く。狭い個室は、二人掛けのソファとラグが置かれただけの殺風景な部屋だった。本当に基本のコマンドを試すためだけの部屋、という感じだ。
二人で部屋に入り、入り口で立ち止まる。恵秀さんが扉に施錠する音が、静かな部屋に妙に大きく響いた。
「……よすがくん、緊張してる?」
独り言のように、恵秀さんがぽつりと呟いた。
「……ものすごく」
「僕もだよ。プレイなんて、何年振りか分からない」
恵秀さんの問いかけに素直に頷けば、彼も同調してきた。緊張している者同士、顔を見合わせるとどちらからともなく苦笑が漏れた。
嬉しいとか悲しいとかの反応こそ素直に顔に出されるけど、スマホ越しでも、実際にこうして会って話していても、基本的に恵秀さんは年上の余裕のある人だと感じていた。だから、この人も緊張しているというのが、ちょっと意外だと思った。……まあでも、今までのことを考えれば、たしかに緊張せざるを得ないだろう。いろんなサブの人たちと上手くいかなかったのだから。
俺は俺で、人生初のプレイということと、きちんとコマンドが効いているふりができるのかという心配から、地味に緊張してしまっている。きっと恵秀さんは、俺が上手くできなくても、気にしなくいていいよって言うんだろう。……でも俺は、やるからにはちゃんとやりたいと思う。
「先に僕がソファに座るから、さっきの三つを試してみていいかな?」
「分かりました。大丈夫です」
「うん、じゃあよろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
そう言って向かい合ってぺこぺこと頭を下げ合う俺たちは、ちょっと滑稽かもしれない。
恵秀さんは俺が肩にかけていたバッグを持ってソファに向かう。ソファに腰を下ろすと、小さく深呼吸をしてから、恵秀さんは俺の方を向いた。視線が絡む。緊張で心臓が、痛い。
「…………おいで、よすがくん」
恵秀さんはそう言って、両手を差し出した。やっぱり俺には、その言葉がコマンドなのか、普通の言葉なのかは分からない。この前の浩さんの姿を思い出しながら、ゆっくりと恵秀さんの元へ歩き出す。緊張のせいで、手と足が一緒に動きそうになる。ついさっきまで自分がどうやって歩いていたのかが分からない。部屋の入り口からソファまでは、ほんの数歩の距離なのに、やたらと遠く感じてしまう。
ほんの数秒で恵秀さんの前に着いたはずなのに、なんだか何分もかかったような気がする。ほんの少し迷って、差し出されたままの恵秀さんの両手に自分の両手をそっと乗せる。上手くできたかな、と思いながら深く息を吐く。おそるおそる目の前の恵秀さんの顔を見ると、薄灰色の彼の瞳がじわりと潤んでいた。
「け、恵秀さん、?」
「ぁ、……ご、ごめんね。感動しちゃって、」
俺が呼びかけると、恵秀さんはそう言いながら俺の手を控えめにきゅっと握って俯いた。握った手から少しだけ震えているのが伝わってくる。俺の手を握ったまま、恵秀さんは額を手に埋めるようにする。額の熱が、俺の手の甲からじわりと伝わってくる。俺はされるがままで、恵秀さんが口を開くのを大人しく待った。
さほど時間を置かず、恵秀さんは深く息を吐いてから顔を上げた。俺と目が合うと、照れくさそうに、あはは、と笑った。
「思わず浸っちゃった、ごめんね。……いい子だね、よすがくん」
一言謝ってから、恵秀さんはうっとりと、これでもかというほどうっとりとした表情と声色で俺のことを褒めた。いい子、という言葉だけでも無性に恥ずかしいのに、嬉しい、幸せだ――そんな感情が満ち溢れた恵秀さんの顔と声がその羞恥心を倍にしているような気がする。じわじわと顔に熱が集まってくるのを他人事のように感じた。
「座ってごらん」
多分赤面しているであろう俺を、嬉しそうに見つめながら、恵秀さんは次のコマンドを口にした。両手を握ったままだから、どうにもぎこちない動きになってしまう。よく見かけるサブミッシブの人たちのように、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちるような座り方はできなかったけれど、どうにかラグの上に膝をついて正座のような体勢になる。顔を上げて恵秀さんを見上げると、さっきと変わらず、うっとりした顔で俺を見つめていた。
「うん、いい子、とっても偉いね」
褒める言葉を紡ぐ声は、相変わらずうっとりとしていて、ひどく甘い。この顔にこの声は色々とまずい気がする。俺が女の子だったら一瞬で恵秀さんのことを好きになっていたと思う。
恵秀さんは俺を褒めながら、握ったままの手の親指で俺の手の甲を優しく撫でた。それが無性に恥ずかしい。いやもう、現状、何を言われても何をされても恥ずかしいことに変わりはないのだけれど。
「よすがくん、立ってごらん」
指先で俺の手を撫でるのに満足したのか、恵秀さんはまた次のコマンドを使った。
普段、俺は正座をすることなんてほとんどない。慣れない格好で、床に手をつかずに立ち上がるのが微妙に難しくて、座るとき以上にぎこちない変な動きをしながらどうにか立ち上がる。ソファに腰かけている恵秀さんを今度は見下ろす。見上げるのと見下ろすのが逆になっても、恵秀さんの表情は変わらない。どうにも恥ずかしいやら気まずいやらで視線を泳がせていたが、特にそれを咎められることはなかった。
「いい子、いい子だね」
結局、恵秀さんの顔じゃなくて自分の足元に視線を落としてしまったが、変わらない恵秀さんの甘い声に褒められた。俺を褒める言葉も、うっとりとした嬉しそうで甘い表情と声も、ずっと握ったままの手も――恵秀さんから与えられる全部が照れくさくて、恥ずかしくて、どうにかなりそうだけど、でも、嫌ではない。
「じゃあ最後ね。今度は僕の隣に座ってごらん」
そんな俺の頭の中を知ってか知らずか、恵秀さんがコマンドを続ける。握っていた手を離し、自分の隣の座面をポンポンと軽く叩いた。そのコマンドに従って、俺はソファにゆっくりと腰を下ろす。二人掛けのソファは思っていたよりも狭くて、恵秀さんとの距離がものすごく近い。
相変わらず緊張が解けないなか、恵秀さんに名前を呼ばれた。視線を自分の膝に落としていた俺は、恐る恐る隣の恵秀さんの方に顔を向ける。覚悟はしていたけれど、俺を呼んだその人は、満面の笑みで俺を見つめていた。
「うん、よくできたね。ありがとう、よすがくん。……君は本当に、とってもいい子だね」
さっきまでだって、恵秀さんの声はとんでもなくうっとりしていて甘かったのに、それ以上があるのか、と俺はほんのり眩暈がした。今日一番、幸せそうで、嬉しそうで、優しくて、穏やかで、甘い――そんな表情を浮かべて、そんな声色で、恵秀さんは俺を褒めて、とても優しい手つきで俺の頭をそっと撫でた。俺はもういっぱいいっぱいで、心臓は痛いし、顔は熱いし、頭は沸騰しそうだった。
沸騰しそうな頭で、俺はぼんやりと、過去に恵秀さんとプレイをしようとした顔も知らないサブミッシブの人たちに同情した。その人たちが恵秀さんの強いドム性に敵うくらいのサブ性を持っていたら、恵秀さんのドム性が普通のドミナントと同じくらいだったら……恵秀さんのこのとんでもない顔と声で褒めてもらえていただろうに。
サブミッシブの人がプレイで感じる幸福感がどんなものかは俺には分からないけれど、それを抜きにしたって恵秀さんのこの破壊力。恵秀さんには絶対言えないけど、本当にもったいない、と思ってしまった。
「どう、頭撫でられるの、やっぱり厳しいかな?」
そう聞きながらも、恵秀さんは手を止める様子はない。
恥ずかしい。本当にどうしようもないくらい恥ずかしい。――何より頭を撫でられるという行為を悪くないと思ってしまっている自分が何よりも恥ずかしくて堪らない。
「…………だいじょぶそうです」
視線を逸らし、何とかひねり出した声は、情けないことに蚊の鳴くような小さな小さな声だった。
「……よすがくん、大丈夫?」
あまりにも俺の態度や声がひどかったからか、恵秀さんは頭を撫でる手を止めて心配そうに尋ねてきた。甘さが消えた声に、少しだけホッとする。
「調子に乗って無理させちゃってないかな? ごめんね、大丈夫?」
真っ赤になっているであろう俺の頬を両手で挟んだ恵秀さんが、じっと俺を見つめてくる。観念して視線を恵秀さんに戻すと、さっきまでの表情が嘘のように、恵秀さんは心配そうな顔で俺を見つめていた。至近距離で見つめられて、別の意味で恥ずかしくなる。
「……恵秀さんすみません、あの、ちょっと距離が……」
「あっ、ごめんね!」
言外に近いと訴えると、恵秀さんは俺の頬から手を離した。それでも、相変わらず俺のことを心配そうに見つめている。俺は一度俯いて、大きく深呼吸をしてから、改めて恵秀さんに向き直った。
「すみません、大丈夫です。無理も、してないです。……その、恵秀さんがものすごく嬉しそうというか、幸せそうにしてたのが、ちょっと照れくさかったというか、恥ずかしかったというか……」
言葉にすると余計羞恥が増した。だんだんと声が小さくなって、やっぱり視線が泳いでしまうのを自覚して、それすら情けないやら恥ずかしいやらで頭を抱えたくなった。
「……そんなに?」
若干の沈黙の後、恵秀さんがぽつりと言葉を零した。先ほどまでと様子が変わったような気がして、その言葉に、はい、と頷きながら視線を恵秀さんに戻す。……今度は恵秀さんがじわじわと顔を赤く染めていく番だった。
「……そう、そっかぁ。……いやあ、浮かれてしまってるなぁとは自分でも思っていたんだけど、そんなにかぁ」
はあぁ、と大きな溜め息を吐いた恵秀さんはソファの背もたれに寄りかかって天井に向けた顔を両手で覆った。指の隙間から見える顔はじんわり赤い。なんて声をかけたらいいか分からず、とりあえず俺も背もたれに背中を預けてぼんやりと天井を眺める。しばらくして、隣から呻き声が聞こえてきた。申し訳ないけど、少しだけ笑ってしまった。
「気分とか、体調はどうですか?」
ずっと黙っているのもなぁ、と恵秀さんに声をかける。天を仰いでいた恵秀さんがこちらを向いた。少し落ち着いたように見える。
「すごく良い。なんとなく身体が軽くなった感じがするんだ。頭痛もちょっと落ち着いた気がする」
そう答える恵秀さんは嬉しそうにはにかんでいる。その言葉に俺も嬉しくなった。さっきの表情や声色で恵秀さんが喜んでくれいていたことは、これでもかっていうほど伝わってきていた。でも、やっぱり体調に良い影響があったと分かれば俺も嬉しいし、役に立てたことにホッとする。
「あんな簡単なものでも、僕のコマンドを受けてくれる人がいるって、こんなに幸せなことなんだなぁって、噛み締めちゃった。ありがとう、よすがくん」
「いえあの、とんでもないです、」
お礼を言う恵秀さんの瞳は、またちょっと潤んでいた。俺が緩く首を横に振ると、へらりと恵秀さんがはにかんだ。涙を滲ませながらはにかむ年上のお兄さんが、少しだけ幼く見えた。
「今日明日くらいは薬を飲まなくてもいられそうな気がするよ。ふふ、久しぶりにゆっくり眠れるかも」
「本当ですか、よかった!」
「うん、本当にありがとうね」
恵秀さんのお礼の言葉を聞きながら、俺は少しだけ考え込んだ。一つのコマンド、一回のプレイでドミナントの体調やメンタルがどの程度の期間落ち着いているものなのかを、俺は知らない。きっと恵秀さんもだ。恵秀さんは今日明日くらい、と言ったけれど、もし俺とのプレイをさっき話したように週一でするとして、次会う日まで好調な状態が続かなかったら、結局不調な日は薬を飲まなきゃいけなくなる。それはあまり良くないことなんじゃないだろうか。どうせなら、薬を飲まずにいられる方がいいと思う。
不意に俺が黙り込んでしまったからか、恵秀さんが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「よすがくん?」
「恵秀さん、ちょっといいですか?」
「うん? 何かな?」
「ここに来る前に、プレイの頻度、週一くらいかなって話をしたじゃないですか。……どうせなら、恵秀さんが薬を飲まなくてもよくなるように、もう少し増やしませんか? 週に何回か、とか」
俺がそんな提案をすると、恵秀さんは目を見開いた。彼の口から、え、と小さな声が漏れる。
「流石に毎日とか、毎回長い時間じっくりと、っていうのは流石に難しいですけど。さっきの感じで、コマンド二つくらい試すくらいなら、全然いけるんじゃないかなぁって思ったんですけど、どうですか?」
「どう、っていうか……僕はものすごくありがたいけど、よすがくんの負担にならない?」
「なりません、大丈夫です。……俺、来月末まで夏休みなんで、普段より時間作りやすいんですよ」
困り顔で確認してきた恵秀さんに、にこっと笑いながら答える。
そう、八月と九月は夏休みだ。就活への心配もなく、極端なことを言えば、俺に残っている心配事は卒論だけだ。休みを使ってある程度は文献収集や調査を進めようと思っているけれど、正直毎日必死でやるほどじゃない。バイトに行くことを考えたって、恵秀さんとプレイをする時間は負担と言うほどじゃない。十月以降はまたちょっと状況が変わってくると思うけど、恵秀さんがそんなに深刻に心配する必要はない。
「夏休み……そっか、大学生だもんね。じゃあ、お言葉に甘えて。君が大丈夫なら、ぜひお願いしたいな」
俺の言葉に少し迷うそぶりを見せたものの、恵秀さんはそう言って俺に頭を下げた。はい、と俺が返事をすると、顔を上げた恵秀さんが俺に微笑んだ。
「無理はさせたくないから、君の都合のいい時にね。大丈夫そうな日とか、時間とか……連絡もらえたら、僕がそれに合わせるから」
「分かりました」
「うん、いい子」
俺が素直に頷くと、恵秀さんは満面の笑みでそう言った。コマンドを使われていないタイミングで褒められるのは、さっき以上にくすぐったい。きっと、コマンドを使うだけじゃなくて、こうやって相手を褒めたりするのも恵秀さんがしたかったことなんだろう。照れくささはあるけれど、嫌がるようなことではない。俺はとりあえず、照れ笑いを浮かべてそれを流した。
俺と恵秀さんの初めてのお試しプレイは、特に問題なく無事に終わった。――俺の動揺やら緊張やらについては、目を瞑ることにして。
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