6 / 117
悪役聖女の今際(いまわ)
【オルカ】という男
しおりを挟む
…回想はこんなところだろう。つまり『おじさん』という存在に出会ったことで今の私があるというわけだ。
だって『おじさん』がいなければ今頃とっくの昔に逃げてた。勝手に転生させて、未来を決められて、過酷な労働を押し付けられて、とんだ貧乏くじを引かされたのに逃げたくないなんて方が馬鹿馬鹿しい。
だけどおじさんは私を覚えてくれると約束したから、おじさんの生きるこの世界を守ると決めたから、私は死ぬのだ。そう思えば幾分かは、心の重荷も軽くなる。
今ではもう懐かしい思い出。この時期になるとよくよく思い出す。あの小さな家での一時(ひととき)。こんな大きくて、荘厳で、豪華絢爛なだけの中身のない神殿よりらずっと空気の美味しかったあの家を…。
「随分と機嫌がよろしいようですね」
唯一の癒しともいえる記憶に浸っていたのにそれを妨げたのはこれまた懐かしい男だった。
「お久しぶりですね。オルカ大神官」
オルカ大神官。『アルティナの真珠』の攻略対象であり、次期教皇として名高い実力を持ち合わせている。
持ち前の膨大な神力とアルティナ教の影響力で皇女の起こした政策や事件にに大きく貢献するキャラ設定だった。
神力の濃度を表す銀髪に黄金の瞳。顔の造形でさえも彫刻と名高いが、彼の本性は蛇のように残忍極まりないことを知っている。
そして彼とは、私が孤児院にいた頃からの顔馴染みだった。と言っても、彼の印象に良いものなど存在しない。
「はい。国境戦も終結したのではるばる帰って参りました。それで、遠征前にお約束したこと覚えていらっしゃいますか?」
「…えぇ。いらしてください」
手招きして慣れたようにオルカは椅子に座る私の前で頭を差し出さすようにかがんだ。
それを私はゆっくりと触れて、撫でてあげる。まるで犬を褒めるように。そうすればこの男は内に潜める毒性を完璧に隠して恍惚とした表情を見せるのだ。
「今回の国境戦は随分と長かったですね」
撫でている間気まずいのは私だ。私より二歳上の男を、それもオルカを撫でるのに何か当たり障りのない会話をしなければ息ができない。
だけど何がシャクに触ったのかピクリと喜んでいたはずの動きを止めた。
「…帝国軍は無能の集まりでした。指揮監督がまともになっていないのに、アレで蛮族と戦おうと思えたのももはや一種の才能では?」
つまり指揮の人間が無能過ぎた為に普段であれば半年で終わる戦が二年半も掛かったと…。確かにそれは腹が立ってもしょうがないが、その苛立ちをぶつけるのはその指揮監督の臓物だけにしてほしい。
「そうですか。頑張りましたね」
私が滅多に口にしない褒美の言葉であっさりと元に戻ったオルカ。全く切り替えの早い男である。これが本当にこの男の全てだったとしたら愛嬌が良く甘え上手な人間だとも思うが、あいにくこの世界はそこまで生ぬるくない。
オルカ・アデスタントは近い未来教皇排除のため進んで私を皇家に売り渡すのだから。そうして腐敗が進んだ教会を一掃した後、頂点に君臨しゲームでのオルカルートで行けば見事皇女との結婚を果たす。
オルカが『聖女』を甘い嘘で騙し、傀儡として操った後でいとも容易く切り捨てた残忍さも、愚かな様を嗤うでもなく無価値なモノとして縋りつく手を『聖女』もろとも投げ払った冷酷さも、全部全部知っていればこの時間ですら苦痛になる。
いつか私を捨てる男。それどころか売り飛ばす男にどんな機嫌を取られようが、靡くわけがないのだ。
思えば初めの出会いから私たちは少しおかしかった。なにせ初の対面が、オルカが他の孤児を真冬の湖に突き落としたその瞬間なのだから。
あのとき私が思ったのは確か、神聖力なのにそれを保持する人間は必ずしも清らかなわけではないんだな、だった。
それほど私に気付き振り返ったオルカの瞳は、『虚無』に満ちていた。
「何をお考えで?」
変なところに目ざといオルカは憩いの時間に私が別のことを考えていたのが気に入らないのか猛獣のごとく鋭い目で私を狙った。
「…別に、貴方との出会いのことですよ」
内心の同様を押し隠し今にも震えてしまいそうな声そう口にすれば、オルカはまた喜びを露にし存分に私の施す褒美にありついた。
だって『おじさん』がいなければ今頃とっくの昔に逃げてた。勝手に転生させて、未来を決められて、過酷な労働を押し付けられて、とんだ貧乏くじを引かされたのに逃げたくないなんて方が馬鹿馬鹿しい。
だけどおじさんは私を覚えてくれると約束したから、おじさんの生きるこの世界を守ると決めたから、私は死ぬのだ。そう思えば幾分かは、心の重荷も軽くなる。
今ではもう懐かしい思い出。この時期になるとよくよく思い出す。あの小さな家での一時(ひととき)。こんな大きくて、荘厳で、豪華絢爛なだけの中身のない神殿よりらずっと空気の美味しかったあの家を…。
「随分と機嫌がよろしいようですね」
唯一の癒しともいえる記憶に浸っていたのにそれを妨げたのはこれまた懐かしい男だった。
「お久しぶりですね。オルカ大神官」
オルカ大神官。『アルティナの真珠』の攻略対象であり、次期教皇として名高い実力を持ち合わせている。
持ち前の膨大な神力とアルティナ教の影響力で皇女の起こした政策や事件にに大きく貢献するキャラ設定だった。
神力の濃度を表す銀髪に黄金の瞳。顔の造形でさえも彫刻と名高いが、彼の本性は蛇のように残忍極まりないことを知っている。
そして彼とは、私が孤児院にいた頃からの顔馴染みだった。と言っても、彼の印象に良いものなど存在しない。
「はい。国境戦も終結したのではるばる帰って参りました。それで、遠征前にお約束したこと覚えていらっしゃいますか?」
「…えぇ。いらしてください」
手招きして慣れたようにオルカは椅子に座る私の前で頭を差し出さすようにかがんだ。
それを私はゆっくりと触れて、撫でてあげる。まるで犬を褒めるように。そうすればこの男は内に潜める毒性を完璧に隠して恍惚とした表情を見せるのだ。
「今回の国境戦は随分と長かったですね」
撫でている間気まずいのは私だ。私より二歳上の男を、それもオルカを撫でるのに何か当たり障りのない会話をしなければ息ができない。
だけど何がシャクに触ったのかピクリと喜んでいたはずの動きを止めた。
「…帝国軍は無能の集まりでした。指揮監督がまともになっていないのに、アレで蛮族と戦おうと思えたのももはや一種の才能では?」
つまり指揮の人間が無能過ぎた為に普段であれば半年で終わる戦が二年半も掛かったと…。確かにそれは腹が立ってもしょうがないが、その苛立ちをぶつけるのはその指揮監督の臓物だけにしてほしい。
「そうですか。頑張りましたね」
私が滅多に口にしない褒美の言葉であっさりと元に戻ったオルカ。全く切り替えの早い男である。これが本当にこの男の全てだったとしたら愛嬌が良く甘え上手な人間だとも思うが、あいにくこの世界はそこまで生ぬるくない。
オルカ・アデスタントは近い未来教皇排除のため進んで私を皇家に売り渡すのだから。そうして腐敗が進んだ教会を一掃した後、頂点に君臨しゲームでのオルカルートで行けば見事皇女との結婚を果たす。
オルカが『聖女』を甘い嘘で騙し、傀儡として操った後でいとも容易く切り捨てた残忍さも、愚かな様を嗤うでもなく無価値なモノとして縋りつく手を『聖女』もろとも投げ払った冷酷さも、全部全部知っていればこの時間ですら苦痛になる。
いつか私を捨てる男。それどころか売り飛ばす男にどんな機嫌を取られようが、靡くわけがないのだ。
思えば初めの出会いから私たちは少しおかしかった。なにせ初の対面が、オルカが他の孤児を真冬の湖に突き落としたその瞬間なのだから。
あのとき私が思ったのは確か、神聖力なのにそれを保持する人間は必ずしも清らかなわけではないんだな、だった。
それほど私に気付き振り返ったオルカの瞳は、『虚無』に満ちていた。
「何をお考えで?」
変なところに目ざといオルカは憩いの時間に私が別のことを考えていたのが気に入らないのか猛獣のごとく鋭い目で私を狙った。
「…別に、貴方との出会いのことですよ」
内心の同様を押し隠し今にも震えてしまいそうな声そう口にすれば、オルカはまた喜びを露にし存分に私の施す褒美にありついた。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜
具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです
転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!?
肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!?
その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。
そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。
前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、
「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。
「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」
己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、
結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──!
「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」
でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……!
アホの子が無自覚に世界を救う、
価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる