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悪役聖女の今際(いまわ)
泣き喚く幼子(おさなご)
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それから一ヶ月、私は『強制的』な取り引きの名のもとにラクロスの食糧となった。オルカと同じ部類で下手に加減を理解しているだけに痛みはラクロスの匙加減(さじかげん)で決まる。
機嫌が良ければある程度私の頼みも反映してくれるが、何を気に障ったのか機嫌が悪ければわざと激痛に失神の一歩手前で何ヵ所も無茶苦茶に噛まれてしまう。
もしかするとオルカよりもタチが悪いかもしれない。『痛み』とはそれだけで正常な感覚を壊していく。オルカの場合「苦しみ」であれば、ラクロスは純度100%の「痛み」だ。だからこそ生存本能か恐怖が増幅する。目に分かる痛みに怯え、私が弱くなっていく。
神力でどれだけ傷を癒(いや)せたとしても、際限なく痛めつけられればいずれは限界が来る。異世界だとしても人間の原理はさして変わらないのだから、無理やり復元した細胞もいつかは朽ちる。
あれから吸血鬼に関しての文献を漁った。だけど既に絶滅したと記載される種族の詳細(しょうさい)は禁忌とされているだけあって何一つ有力な情報は得られなかった。
だけどいつしかラクロスは言った。通常の人間であれば一度の吸血で即死に至ってしまう、と。それは私の神力が自動回復を促していることを裏付けた。
つまり赤の他人を救う崇高(すうこう)なこの力は私にとって邪魔でしかないというわけだ。なんという皮肉か。傷跡一つ残さない忌(いま)まわしい『呪い』。誰にも助けを求められない。全て無かったことにされるのだから…。
「ぁ゛ぁ…ッ! ぃ゛、ぁあぁぁ゛!!!」
今日も今日とて獣が餌を貪(むさぼ)り喰らう。それは獣にとってただの食事でしかなく、餌の悲鳴など耳も貸してはくれない。
前世の漫画でよくある吸血シーンに期待した人達に現実を突きつけてやりたい。無遠慮(ぶえんりょ)に首筋を指程の針をが二本抉(えぐ)るのだ。刺すなんてものじゃない、『抉(えぐ)る』。そしてその激痛を感じさせるま間もなく失神ギリギリまで血を抜き取られる。下手な採血よりも酷い。
「ぃ゛…たっ、ぁあ゛あぁ…゛ッ?!!」
痛みの原因を引き剥(は)がそうともまともに力で敵うはずもない。化け物から離れてようやく一息吐けたと思えば、また別の化け物が容赦なく襲いかかる。休む暇がない。幸せを見つける暇がない。この苦しみから逃げ出す力すらない。ないないだらけで情けない。ないものねだりはみっともないが仕方ない。
「ぁ…、っい゛…?!」
牙を引き抜く時でさえ気が抜けない。私の反応を楽しむようにわざとゆっくりと抜くのだから痛みに耐えかねて涙と鼻水を濁流(だくりゅう)させるしかない。
「ん、よしよし。イイコイイコ。頑張ったもんね」
相も変わらず全身脱力した私の頭を撫でるラクロス。『食事』が終わればいつもこうして私を褒める口振りをするが、その張本人が言ってもなにも感情が湧かない。
「ほら、あ~ん♪」
口が開き涎を垂れ流している私に無理やり果物やら細かく刻んだ肉を食べさせるのだって恒例(こうれい)と化している。こうすれば抵抗せず食べさせることを完全に理解しているから…。
だから私は思った。心が壊れるとか、私が消えるとか、そんなものの前に身体が先に朽ち果てるべきだと。未知の伝染病でも、不治(ふじ)の病とされている感染病でも、何でもいい。この呪われた身体を壊す病が欲しかった。
だからこそ進んで病が伝染している街や村を訪問し、沢山の患者と触れあった。ときには絶命寸前の患者でさえ手を握り、最期の瞬間まで立ち会った。神力で病を癒すことはできても落ちた体力まではどうにもならなかったため、間に合わなかった人の最期は悲惨なものが多かった。
突き刺さる現実。命の重さ。聖女の重責(じゅうせき)。それを全て払拭するほどの狂ってしまった私の思考。この世界に前世の常識は一つも通用せず、異常が溢れかえって私をすっかり染め上げてしまった。
遺体が火葬(かそう)され、塵(ちり)に還ろうと空っぽな心では感じるものがない。人を愛し、愛されなさい。どこかの文学者が説(と)いた言の葉。あれは愛が『ある』ことが前提(ぜんてい)で作られたものだ。だから此処では、何の意味も為さない。
チュッ、…ちゅっ、ちゅっ
「はぁ…、最近スゴく頑張ってるみたいだけど、あんま無茶しちゃダメだからね」
いつも通り食事を終えたラクロスがおでこにキスをし、あたかも心配する素振りを見せる。この行為も幾度目だろうか。最近では何も考えないことで苦痛から少しでも逃れていた。
「…も…っ、ころ…っ、して…」
ふと溢した弱音は、今の私の心からの願いだった。惨めでもいい。無様でもいい。嘲けられようと、楽になりたいと、逃げを選んだ。
されどそんな願いさえ、ヒトのカタチをした悪魔は一切迷う素振りを見せることなくその弱音の対価として牙を奥深くの神経までめり込ませた。
「ぃい゛ぁああぁあぁ゛アァア…ッ?!!」
痛いッ…、痛い痛い痛いいたいいたいいたいイタいイタいイタいイタイイタイイタイッ…!!!!!
何十分、いや何時間経ったことだろうか。あまりの痛みに意識が飛んでいたかもしれないから時間感覚はあやふやながらも白を基調(きちょう)とした衣服がまだ真っ赤に色付いていることからそこまで時間が経っていないことを知った。
喉が潰れるまで叫んだら、やっとラクロスはその牙を抜いてくれた。初めて日を置かず二度の吸血だった為か極度の貧血状態にあることがわかった。ふらふらと力なく上の空の私の両頬を持ち上げ、無理やり目線を合わさせられた。
「シルちゃん。『イイコ』…、だもんね?」
笑っているのに、その瞳の奥は酷く乾いてゾッとするほど気味が悪い。無性に悲しくなって、自分の無力さに打ちひしがれて、本当の子供のようにわんわんと声すら出ずに泣いてしまう。私には『ヒト』として生きることも、死ぬことも許されなかった。
終わりたい。
終われない。
終わらせたい。
…ゆるされない。
無限とも思えるこの地獄を生き抜く術を誰に教えられるわけでもなく、ただ泣き喚くだけの子どもは、綺麗に月明かりを溢す夜空に慰められることなく、…またあの始まりの朝日を迎えた。
機嫌が良ければある程度私の頼みも反映してくれるが、何を気に障ったのか機嫌が悪ければわざと激痛に失神の一歩手前で何ヵ所も無茶苦茶に噛まれてしまう。
もしかするとオルカよりもタチが悪いかもしれない。『痛み』とはそれだけで正常な感覚を壊していく。オルカの場合「苦しみ」であれば、ラクロスは純度100%の「痛み」だ。だからこそ生存本能か恐怖が増幅する。目に分かる痛みに怯え、私が弱くなっていく。
神力でどれだけ傷を癒(いや)せたとしても、際限なく痛めつけられればいずれは限界が来る。異世界だとしても人間の原理はさして変わらないのだから、無理やり復元した細胞もいつかは朽ちる。
あれから吸血鬼に関しての文献を漁った。だけど既に絶滅したと記載される種族の詳細(しょうさい)は禁忌とされているだけあって何一つ有力な情報は得られなかった。
だけどいつしかラクロスは言った。通常の人間であれば一度の吸血で即死に至ってしまう、と。それは私の神力が自動回復を促していることを裏付けた。
つまり赤の他人を救う崇高(すうこう)なこの力は私にとって邪魔でしかないというわけだ。なんという皮肉か。傷跡一つ残さない忌(いま)まわしい『呪い』。誰にも助けを求められない。全て無かったことにされるのだから…。
「ぁ゛ぁ…ッ! ぃ゛、ぁあぁぁ゛!!!」
今日も今日とて獣が餌を貪(むさぼ)り喰らう。それは獣にとってただの食事でしかなく、餌の悲鳴など耳も貸してはくれない。
前世の漫画でよくある吸血シーンに期待した人達に現実を突きつけてやりたい。無遠慮(ぶえんりょ)に首筋を指程の針をが二本抉(えぐ)るのだ。刺すなんてものじゃない、『抉(えぐ)る』。そしてその激痛を感じさせるま間もなく失神ギリギリまで血を抜き取られる。下手な採血よりも酷い。
「ぃ゛…たっ、ぁあ゛あぁ…゛ッ?!!」
痛みの原因を引き剥(は)がそうともまともに力で敵うはずもない。化け物から離れてようやく一息吐けたと思えば、また別の化け物が容赦なく襲いかかる。休む暇がない。幸せを見つける暇がない。この苦しみから逃げ出す力すらない。ないないだらけで情けない。ないものねだりはみっともないが仕方ない。
「ぁ…、っい゛…?!」
牙を引き抜く時でさえ気が抜けない。私の反応を楽しむようにわざとゆっくりと抜くのだから痛みに耐えかねて涙と鼻水を濁流(だくりゅう)させるしかない。
「ん、よしよし。イイコイイコ。頑張ったもんね」
相も変わらず全身脱力した私の頭を撫でるラクロス。『食事』が終わればいつもこうして私を褒める口振りをするが、その張本人が言ってもなにも感情が湧かない。
「ほら、あ~ん♪」
口が開き涎を垂れ流している私に無理やり果物やら細かく刻んだ肉を食べさせるのだって恒例(こうれい)と化している。こうすれば抵抗せず食べさせることを完全に理解しているから…。
だから私は思った。心が壊れるとか、私が消えるとか、そんなものの前に身体が先に朽ち果てるべきだと。未知の伝染病でも、不治(ふじ)の病とされている感染病でも、何でもいい。この呪われた身体を壊す病が欲しかった。
だからこそ進んで病が伝染している街や村を訪問し、沢山の患者と触れあった。ときには絶命寸前の患者でさえ手を握り、最期の瞬間まで立ち会った。神力で病を癒すことはできても落ちた体力まではどうにもならなかったため、間に合わなかった人の最期は悲惨なものが多かった。
突き刺さる現実。命の重さ。聖女の重責(じゅうせき)。それを全て払拭するほどの狂ってしまった私の思考。この世界に前世の常識は一つも通用せず、異常が溢れかえって私をすっかり染め上げてしまった。
遺体が火葬(かそう)され、塵(ちり)に還ろうと空っぽな心では感じるものがない。人を愛し、愛されなさい。どこかの文学者が説(と)いた言の葉。あれは愛が『ある』ことが前提(ぜんてい)で作られたものだ。だから此処では、何の意味も為さない。
チュッ、…ちゅっ、ちゅっ
「はぁ…、最近スゴく頑張ってるみたいだけど、あんま無茶しちゃダメだからね」
いつも通り食事を終えたラクロスがおでこにキスをし、あたかも心配する素振りを見せる。この行為も幾度目だろうか。最近では何も考えないことで苦痛から少しでも逃れていた。
「…も…っ、ころ…っ、して…」
ふと溢した弱音は、今の私の心からの願いだった。惨めでもいい。無様でもいい。嘲けられようと、楽になりたいと、逃げを選んだ。
されどそんな願いさえ、ヒトのカタチをした悪魔は一切迷う素振りを見せることなくその弱音の対価として牙を奥深くの神経までめり込ませた。
「ぃい゛ぁああぁあぁ゛アァア…ッ?!!」
痛いッ…、痛い痛い痛いいたいいたいいたいイタいイタいイタいイタイイタイイタイッ…!!!!!
何十分、いや何時間経ったことだろうか。あまりの痛みに意識が飛んでいたかもしれないから時間感覚はあやふやながらも白を基調(きちょう)とした衣服がまだ真っ赤に色付いていることからそこまで時間が経っていないことを知った。
喉が潰れるまで叫んだら、やっとラクロスはその牙を抜いてくれた。初めて日を置かず二度の吸血だった為か極度の貧血状態にあることがわかった。ふらふらと力なく上の空の私の両頬を持ち上げ、無理やり目線を合わさせられた。
「シルちゃん。『イイコ』…、だもんね?」
笑っているのに、その瞳の奥は酷く乾いてゾッとするほど気味が悪い。無性に悲しくなって、自分の無力さに打ちひしがれて、本当の子供のようにわんわんと声すら出ずに泣いてしまう。私には『ヒト』として生きることも、死ぬことも許されなかった。
終わりたい。
終われない。
終わらせたい。
…ゆるされない。
無限とも思えるこの地獄を生き抜く術を誰に教えられるわけでもなく、ただ泣き喚くだけの子どもは、綺麗に月明かりを溢す夜空に慰められることなく、…またあの始まりの朝日を迎えた。
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