裏ルート攻略後、悪役聖女は絶望したようです。

濃姫

文字の大きさ
22 / 117
悪役聖女の今際(いまわ)

馬車の中で…

しおりを挟む
 …静寂は長く続かなかった。彼が望む答えを出せずただ固唾を飲んでいる私に一層微笑みが深まり瞳は乾く。

 「シルティナ、返事は?」

 「…っ、ぁ…。お、かえりなさっ…、ぃ」
 
 分かってる。…現実はこんなものだと。頭はでは理解できているつもりなのに、どうしても私が拒絶する。身体はこんなのなのに、口から発することばはまさに調伏された『それ』だ。

 奥深くに刻み付けられた恐怖こそ私たちの間にある絶対的関係。それ以外を許さないとでもいった、純度100%の『恐怖』。

 「全く、折角の再会だというのにヒドいな。挨拶は目を合わせてと『散々』教えたはずだろう?」

 「っ…、はぁ、はぁ…っ」

 オルカの言葉の一つ一つに過去が愕然(がくぜん)と掘り出されその忌々しさに必然と過呼吸が起こる。アレが教育と言うのなら、その定義は虐待に等しい。

 「ごめ…、ごめんなさっ…! おねがっ…。ゆるして。ゆるしてくださっ…!」

 「…シルティナ。【聖女】という者が魔物に身を寄せて、駄目だろう? 此方(こちら)においで。駆逐してあげるから」

 無理だ…。この手を離すことなんてできない。それほ自分から命綱を切ることなのだから…。ガタガタと誰がどう見ても哀れむほどのあられもない姿を見せる私に端(はな)からオルカに対し威嚇MAXのシムルグ達。

 だけど、例え彼らでも到底オルカには敵わない。歴代最高峰の神力を持っている私でさえ、オルカとの実力は天と地の差あるのだから。私が今できるのは、彼らを見逃してもらえるようにオルカに懇願すること。

 「だ、…め。シムルグたちは、ゼルビアおー、こくに…」

 「シルティナ。此方(こっち)に来なさい」

 異論を許さぬオルカに、ぐっと目に見えぬ『ナニか』で口が縫い付けられる。諦めればいい。諦められれば…。でもそれじゃあ、ずっと私が苦しめられるに決まってる。

 大丈夫。大丈夫だからとシムルグ達を落ち着かせる振りをして己を鼓舞する。壊れかけの機械人形のようにドギマギとしてようやくオルカと目を合わせることができた。

 瞬間的に飛び出そうとした悲鳴を殺して、何度目かの空白の後に声を震わせて懇願した。

 「おねが、い…。何でもするから、この子達を殺さないで。おねがい。おねがい…っ」

 怖い。怖い怖い怖いこわいこわい…。今だってこのまま気絶してしまいたいぐらい怖い。だってオルカは今、【怒って】いるのだから…。

 あの時の、私が失踪した後のオルカと面影が重なる。滅多に私的な感情を表に出さないオルカは怒るとより笑みを深める。されど瞳だけは乾ききって、空虚なガラス玉に濁る。それが何より怖いときのオルカだ。

 「シルティナ。今すぐ私の元に来るか、それともお仕置きされ無理矢理帰るか、好きな方を選ぶんだ」

 【お仕置き】。あの発狂しそうなほど人間の加虐性が充満した行為に、私は耐えられるほど強い人間じゃない。でも、もう後戻りもできない。

 「おし、おき…、されるか、ら…。だからっ、この子達はみのがして…!」

 「シルティナ。本当に…?」

 「おねがいだからっ。お仕置きでも何でも受けるからっ! この子達はころさないでっ…、オルカ…」

 最後は鼻声でもう何も言えたものじゃない。ぐすっ…、ぐすっと無様を晒している私の後ろでシムルグ達が今にも戦闘態勢に入ろうとするのに対し、オルカは少し考えるような素振りを見せた。
だめだ。もっとオルカの天秤が重く傾くぐらいのものがなけらば…。

 「痛いことも…っ、苦しいこともしていいからっ! オルカの言うことも全部聞くのっ゛! だから、…だからおねがぃ。ころさないで…っ」

 「…ふぅん。そこまでしてその魔獣を守りたいんだ?」

 「…っ、おねがっ、…おるか」

 わざと直接的な答えは出さなかった。だってここでそれを言ってしまったらオルカの逆鱗に触れるから。そうなれば私の願いも何もなくシムルグ達は殺されてしまうだろう。

 「わかったよ。…その代わり、【お仕置き】だ」

 「…っん゛」

 小さく頷いた私を距離を詰めたオルカがシムルグ達から引き剥がす。そのままお姫様抱っこの形でオルカに抱き抱えられ、私はオルカの顔をできるだけ見ないようにするために首に腕を回すけど、今回はそれが許されなかった。顎を強く掴まれ下をねじ込まれる。それもシムルグ達の前で…。

 「っんん゛…?! んっ、ぁ…っ。っ、あ…んむっ…」

 オルカの舌は容赦なく口内を蹂躙する。歯揃いに沿って丁寧に舐められ、舌同士で絡ませられ合う。前世でも経験のなかったキスは、上手く息の仕方がわからなくて少し苦しかった。

 私にだって乙女心のようなものはあった。今となってはあるかどうかも不明なものだが、それでもファーストキスぐらい好きな人としたかったなという未練はある。

 しかしその相手がよりにもよってオルカで、初心者に手解(てほど)きの一つもないそれは一種の暴力だ。

 シムルグ達が怒りの唸り声をあげているがオルカの眼力で幸い手を出すことはない。彼らが賢い子達でよかった。そうでなければ私の努力の全てが無駄になってしまうのだから。

 別にたかが【人魚の涙】の四割程度でこんな苦痛に耐える訳じゃない。普段だったら私は彼らを見捨てていた。ただ今日は、どうしてもそれができなかっただけだ…。

 数分経ってようやく舌が抜かれ、二人の間には唾液が絡まって地に落ちる。私はやっと酸素を取り入れることができて必死になって空気を吸っていた。

 「まだ【お仕置き】も始まってないのに、もうキツイ?」

 返事をする余裕なんてなかったけど、どうにか首を左右に動かして続行を告げる。オルカはそれを見て仕方ないなとでも言わんばかりに肩をすくめ、生まれたての雛鳥のように空気を求める私の背中をよしよしとまるで善人かのように撫でた。

 「それじゃあシルティナがちゃんと改心するまで【お仕置き】してあげる」

 にこやかに微笑んでいるのに、吐いた言葉は何ともイカれ野郎の発想だ。オルカはシムルグ達の境界線として炎柱の線を描き、とっくの昔に転移魔術が使えるはずなのに徒歩で私を抱きかかえたまま森を進んでいく。
 
 なぜ、とは聞けない。聞くことなんてできない。それほどまでに私の身体は恐怖で緊縛している。そうした中、木のざわめきだけが聞こえる森で、オルカの鼻歌が響いていた。








 ######


 ガタンッ…、ゴトッ……

 補導されていない獣道とも言えよう道を一台の馬車が走っている。こんな道を馬車が走るのはあまりにも不自然で、どうせオルカが始めから手配していたものだと分かった。

 そして私たちはというと、あれから一度も言葉を交わすことはなかった。だがそれはただの【沈黙】ではない。

 「ぅっ…、ら…っ゛ぁあぁ゛っぐ!」

 馬車の中に響く曇(くぐ)もった私の悲鳴。その苦しみ悶える様を焼き入るようにして黄金に映すオルカ。この密閉した空間は、すでにオルカのテリトリーだ。

 これでまだ【お仕置き】の内に入らないというのだからもう心が折れかけている。限界の先を越えて失神寸前になったらパッと手を離し、その隙に生存本能からか肺が勝手に空気を吸う。それでまた落ち着いたらのときもあれば、たった一瞬の時もある。その不規則性がさらに私の思考力を鈍らせる。

 西の森から神殿まで馬車でも最低二日はかかる。まだ体感時間で半日も経っていない。それにこの『準備期間』が終わったとしても、まだ本命の【お仕置き】が待っている。

 開きっぱなしの口から涎が零れオルカの衣服に染みを作る。何時間もやられればある程度癖などで慣れてくる。それすらも熟知しているオルカは頃合いを見て指を喉まで一気に押し込んだ。咄嗟のことにろくな反応も取れず、盛大にえずいて哭(な)きまくっている。

 『いや』も『やだ』も『くるしい』も『たすけて』も言う暇を与えてはくれない。苦痛から逃れるためにその全てが【快感】に転換される。それが何よりの絶望。苦痛は苦痛のままでいい。が、いい。苦痛である行為に快楽を感じた時点で、この男の手に堕ちたも同然なのだから…。

 「っえ゛…! っがぇぁ…ッ?! ぉ゛え」

 オルカはもうこの一日表情を殺している。最初のあの笑顔も鼻歌ももうない。私を『苦しめる』こと以外の全てを放棄しているみたいに、彫刻のような顔を眉一つ動かさず非道なな行為を続ける。

 夜が更けた。馬車は進みを止めない。私はオルカの膝の上に頭を置いて気を失い眠りにつく。目を覚ました瞬間に私の髪に触るオルカとバッチリ目があった。きっと一睡もしていないのだろうとこんな馬鹿な予想は外れていてほしい。

 「…ふっ、ん~ーー…ッ、っぁ゛え゛…。ん゛ん゛~ーーー~~ッ??!!!」

 鼻と口を同時に押さえつけられ、首を絞められる以上の息苦しさに悶え叫ぶ。抵抗して口をほんの少しでも開けば指をねじ込まれる。生理的な涙が水溜まりを作って、涎と鼻水も混じってベトベトの感触が気持ち悪い。

 ゆるして…。『ゆるしてほしい』と懇願するように目尻に涙を溜めオルカの服に縋ろうものなら愛おしむように目を赤く蕩けさせ口づけされる。このときだけは『苦しみ』から解放される。身体はそれを覚え込まされ、徐々に自ら口づけを迫るようになる。もうどこからがオルカの手中(しゅちゅう)かはわからない。

 「っふぁ…、んっ。ぁつ……んむっ」

 お互いの涎が絡み合い、下に零れる。気持ちいい。気持ちいい、きもちいい、きもちいい…。身体が仄(ほの)かに火照っていく。

 散々手酷くなぶられた後のアメはどこまでも甘く、こんなものに縋る他ない自分の惨めさに涙が溢れる。変わっていく自分を認めたくない。もうとっくに諦めていることに、気づきたくはないのだ。

 こんなことなら苦しい方ごずっとマシだったと思いながら、身体はせばむようにアメを享受し続ける。オルカの瞳は全てを見据えて、満足の行く結果に愉悦に満ちている。与えられるだけのアメに溺れていると、唐突なムチが始まる。甘さを知ったからこその苦痛が長引き、その繰り返しに精神は蝕まれた。

 最終的に許しを乞う余裕も、泣き縋る力も毛根尽き果てオルカにお姫様抱っこの形で神殿に戻る羽目になってしまった。神殿に馬車が到着したとき、私が感じたのは嘲笑だった。閣下が存命するこの神殿で私に手を出すと言うことは即ち神殿の没落を意味する。今この瞬間をもって、新たな神殿の主が誕生したに等しいのだから…。

 滅多に目にかからない上級神官でさえ同じ階級のオルカに頭を垂れ礼儀を払っている。それは無理矢理のものじゃない。心からの崇拝で覆い隠された礼儀だ。そしてこの状況に何ら疑問を抱いていないのなら、『私』の存在は既に周知の事実なのだろう。

 「…ぁはっ。はは、はっ…。あははっ……」

 疲れきった私の身体はもう指一つ動かすことさえ叶わないというのに、嘲るように口角は上がりこの馬鹿馬鹿しい光景に乾いた笑いが止まらなかった。

 悲しいのだろうか。いや、そんな安っぽい感情じゃない。怒りだろうか。それもまた違うと断言できる。それじゃあこの、やりきれない『痛み』は何なのだろうか。それを教えてくれる人はもうどこにもいないことに更にやるせなさは増して、私はオルカの腕の中で揺られ神殿の奥に進んでいった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

処理中です...