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悪役聖女の今際(いまわ)
違(たが)えた選択【あの人視点】
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『ばいばい、…おじさん』
最期に聞こえたあの子の声は、まだ俺の中で深く刻まれている。後悔や懇願、全てを置いてきたただただ大切だと言うあの温かな声は、幻だったのだろうか…。
思えば不思議な子だった。いくら雪山といえ皇室の所有地に迷い混んだと庇護を求め、まだ幼いというのに分別も言葉遣いも洗練されていた。親を恋慕う素振りも見せず孤児かと思ったが、着ていた服も持っていた宝石も全て上等な物だった。
全てがチグハグな矛盾だらけの子ども。最初は目障りだった。全てを置いてきたというのに、余計な荷物が転がってきたのだから。
だから適当に放置して、自らこの敷地から立ち去るよう促した。雪山の狩りについてこれる筈がないと踏んだのだ。しかし予想を裏返してあの子は俺よりも先に獲物を捕まえ家に帰っていた。
あの時の衝撃といったらそれはもう凄かった。解体にともない獲物を観れば脳に穴が貫通していた。よっぽど高密度の魔力か神力でなければこうはならない。それも一発で仕留めるのはどんな熟専の魔道師でも不可能に近かった。
その異常さを本人は自覚していないのか何てことのないように解体を観察する。覚えも早かった。二日目からほとんど手伝っていない。俺の作った料理を美味しそうに頬張っていた姿は、今も脳裏にこびりついている。
それから色々話をした。複雑な事情をはぐらかして答えるとあの子は羨ましそうに口元を緩めた。話している内に自然と敬語か抜けて、警戒が溶けていくのを直に感じたものだ。
あの子は言った。『死ぬために生きている』、と。比喩ではない。あの子の瞳(ひとみ)がそれを語っていた。何故かと聞いた。あの子は何の疑問を抱くことなく、それが己の役目だと答えた。俺が死ぬなと言っても、まだ十年はあると笑ってみせたあの子は、本当に幼子だったのだろうか…。
俺は彼女のことを、イェルナのことを話した。まだ出会って間もない子どもに何を思ったのだろうか。それでも口は止まることを知らなかった。どんな答えが返ってきてもよかった。たとえ何を答えようが、全てが過去のことだと考えていた。
だが返ってきた言葉は、『羨ましい』だった…。一瞬で頭に血が上った。話すのではなかったと後悔した。そんな俺をよそに、あの子はそれを言った理由を続けた。
こんなにも誰かに想われることが羨ましい。自分にそんな人はいない。もう二度と戻らない何かを惜しむようにあの子は話した。
それでも俺は認められず、結局彼女が選んだのは俺ではなかったと言った。あの子はそれこそが『愛』の証だと答えた。俺は弱った。そんな都合の良い話をこれ以上聞きたくなかった。
結局最後はうなだれるように否定の言葉をほざいた。そうすればあの子は、イェルナが残した言葉を一つずつ解(ほど)いていった。ずっと心残りだった彼女の言葉は、全て『愛』の告白だと知ったとき、俺は目に見えぬ幻覚から解放された。彼女を死ぬまで縛り付けた自責の罪悪感から、解き放たれたのだ。
あの子は幼いながら『どんな惚気を聞かせるんだ』と呆れながら呟いた。その表情はやはり、孤独に溢れていた。
その日以降あの子とはすっかり打ち解け、師弟関係のようなものが出来上がっていた。と言ってもそこまで強固なものでなく、あくまで魔法に関してだけの臨時師匠だったが。
『天才』という言葉はまさにこの子の為にあると当時は思ったものだ。一を教えれば十も百も理解し実践してみせた。応用も難なくこなし、魔塔に送れば数年も経たず魔塔主にさえ成れる実力を秘めている。概念の存在も知識は十分に、知れば知るほど出自が気になる子だった。
良くできたときに、頭を撫でたことがあった。また嬉しく喜ぶかと思ったが、その反応は斜め上をいくものだった。固まったのち、ボロボロと泣き始めたのだ。始めて見た、年相応の姿。両親を懐かしんで泣いていた。徐々に『人間』に戻っていくあの子に絆されていたのは、言うまでもないだろう。
その翌朝あの子は俺に手作りのネックレスを贈った。何度も失敗したであろう素材の山は、それに辿り着くまでの努力を表していた。
あの子のいる日常が当たり前になっていた。毎朝『おはよう』と言ってくれることが、何一つ疑問に思わなかった。お酒をやめるよう小言を言われるのだって、そのやり取りだけでも心は救われていた。
だから、たとえ【皇帝】カフス・フォン・ラグナロクに嫌悪、憎悪を抱かれていようと、いつかは正体を明かしずっと傍に置くつもりだった。その成長を見守り、あの子を幸せにすることこそ俺の生き甲斐の全てにするつもりだった。
なのに、次の日目を覚ますとあの子の痕跡は一つ残らず消され、姿を眩(くら)ました。唯一手元に残ったのは鹿の角でできたネックレスだけ。他にあの子の手掛かりになるものは何一つなかった。名前の一つさえ、お互い知らないのだ。
あの子は勘づいていたのだろうか。たった七日でお互いを此処まで大切に思えるのなら、これ以上の月日を共に過ごすのはあまりに危険であることを…。それでも手放さないことを選んだのは俺で、あの子は手放すことを選択したただそれだけだ。
あの子が姿を消してからもう八年の月日が経った。あれからずっと捜索は続けているものの、一切の報告は上がる気配さえない。あの子が死ぬと言った日まであと二年。それまでには確実に探し出さねばならないのに、煮え切らない現実に憤りが募る。
願わくば、あの子が幸せであることを…。俺の知らないところで、手の届かないところで傷つかないで欲しい。一人寂しく泣いてしまっていたとしても、俺の手で拭えはしないのだから…。
グッ…、と強く拳を握り帝国の太陽は己の不甲斐なさにやり場のない怒りをぶつけた。
最期に聞こえたあの子の声は、まだ俺の中で深く刻まれている。後悔や懇願、全てを置いてきたただただ大切だと言うあの温かな声は、幻だったのだろうか…。
思えば不思議な子だった。いくら雪山といえ皇室の所有地に迷い混んだと庇護を求め、まだ幼いというのに分別も言葉遣いも洗練されていた。親を恋慕う素振りも見せず孤児かと思ったが、着ていた服も持っていた宝石も全て上等な物だった。
全てがチグハグな矛盾だらけの子ども。最初は目障りだった。全てを置いてきたというのに、余計な荷物が転がってきたのだから。
だから適当に放置して、自らこの敷地から立ち去るよう促した。雪山の狩りについてこれる筈がないと踏んだのだ。しかし予想を裏返してあの子は俺よりも先に獲物を捕まえ家に帰っていた。
あの時の衝撃といったらそれはもう凄かった。解体にともない獲物を観れば脳に穴が貫通していた。よっぽど高密度の魔力か神力でなければこうはならない。それも一発で仕留めるのはどんな熟専の魔道師でも不可能に近かった。
その異常さを本人は自覚していないのか何てことのないように解体を観察する。覚えも早かった。二日目からほとんど手伝っていない。俺の作った料理を美味しそうに頬張っていた姿は、今も脳裏にこびりついている。
それから色々話をした。複雑な事情をはぐらかして答えるとあの子は羨ましそうに口元を緩めた。話している内に自然と敬語か抜けて、警戒が溶けていくのを直に感じたものだ。
あの子は言った。『死ぬために生きている』、と。比喩ではない。あの子の瞳(ひとみ)がそれを語っていた。何故かと聞いた。あの子は何の疑問を抱くことなく、それが己の役目だと答えた。俺が死ぬなと言っても、まだ十年はあると笑ってみせたあの子は、本当に幼子だったのだろうか…。
俺は彼女のことを、イェルナのことを話した。まだ出会って間もない子どもに何を思ったのだろうか。それでも口は止まることを知らなかった。どんな答えが返ってきてもよかった。たとえ何を答えようが、全てが過去のことだと考えていた。
だが返ってきた言葉は、『羨ましい』だった…。一瞬で頭に血が上った。話すのではなかったと後悔した。そんな俺をよそに、あの子はそれを言った理由を続けた。
こんなにも誰かに想われることが羨ましい。自分にそんな人はいない。もう二度と戻らない何かを惜しむようにあの子は話した。
それでも俺は認められず、結局彼女が選んだのは俺ではなかったと言った。あの子はそれこそが『愛』の証だと答えた。俺は弱った。そんな都合の良い話をこれ以上聞きたくなかった。
結局最後はうなだれるように否定の言葉をほざいた。そうすればあの子は、イェルナが残した言葉を一つずつ解(ほど)いていった。ずっと心残りだった彼女の言葉は、全て『愛』の告白だと知ったとき、俺は目に見えぬ幻覚から解放された。彼女を死ぬまで縛り付けた自責の罪悪感から、解き放たれたのだ。
あの子は幼いながら『どんな惚気を聞かせるんだ』と呆れながら呟いた。その表情はやはり、孤独に溢れていた。
その日以降あの子とはすっかり打ち解け、師弟関係のようなものが出来上がっていた。と言ってもそこまで強固なものでなく、あくまで魔法に関してだけの臨時師匠だったが。
『天才』という言葉はまさにこの子の為にあると当時は思ったものだ。一を教えれば十も百も理解し実践してみせた。応用も難なくこなし、魔塔に送れば数年も経たず魔塔主にさえ成れる実力を秘めている。概念の存在も知識は十分に、知れば知るほど出自が気になる子だった。
良くできたときに、頭を撫でたことがあった。また嬉しく喜ぶかと思ったが、その反応は斜め上をいくものだった。固まったのち、ボロボロと泣き始めたのだ。始めて見た、年相応の姿。両親を懐かしんで泣いていた。徐々に『人間』に戻っていくあの子に絆されていたのは、言うまでもないだろう。
その翌朝あの子は俺に手作りのネックレスを贈った。何度も失敗したであろう素材の山は、それに辿り着くまでの努力を表していた。
あの子のいる日常が当たり前になっていた。毎朝『おはよう』と言ってくれることが、何一つ疑問に思わなかった。お酒をやめるよう小言を言われるのだって、そのやり取りだけでも心は救われていた。
だから、たとえ【皇帝】カフス・フォン・ラグナロクに嫌悪、憎悪を抱かれていようと、いつかは正体を明かしずっと傍に置くつもりだった。その成長を見守り、あの子を幸せにすることこそ俺の生き甲斐の全てにするつもりだった。
なのに、次の日目を覚ますとあの子の痕跡は一つ残らず消され、姿を眩(くら)ました。唯一手元に残ったのは鹿の角でできたネックレスだけ。他にあの子の手掛かりになるものは何一つなかった。名前の一つさえ、お互い知らないのだ。
あの子は勘づいていたのだろうか。たった七日でお互いを此処まで大切に思えるのなら、これ以上の月日を共に過ごすのはあまりに危険であることを…。それでも手放さないことを選んだのは俺で、あの子は手放すことを選択したただそれだけだ。
あの子が姿を消してからもう八年の月日が経った。あれからずっと捜索は続けているものの、一切の報告は上がる気配さえない。あの子が死ぬと言った日まであと二年。それまでには確実に探し出さねばならないのに、煮え切らない現実に憤りが募る。
願わくば、あの子が幸せであることを…。俺の知らないところで、手の届かないところで傷つかないで欲しい。一人寂しく泣いてしまっていたとしても、俺の手で拭えはしないのだから…。
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