29 / 117
【原作】始動
特別な『おもちゃ』
しおりを挟む
あれから毎日のようにラクロスは私の部屋に訪れた。もうギルドの方が落ち着いたのか…、いっそ潰れてしまえばいいとすら思う。
ちゅ…、ちゅっ……
恒例の『マーキング』が終わるまで私はずっとされるがままにされている。この行為の終わりを待つだけの時間。暇だと思えば暇だし、苦痛と言えば際限がない。
吸血鬼同士にとっては重要な意味をもつと言うけど、ほとんど絶滅したのだからそれを識別できる者もいないのに…。結局これは『所有』の証だ。稚拙で、傲慢な、子供がやるような『マーキング』。身体になにか残すことでしか私に何も刻めないからだと思えば、幾分か気分も晴れる。
いつも眠る直前に来るからか、単に姿勢が楽なのかマーキングはベッドの上で行われる。そこに意味を見出だすほどまだ壊れてはいないが、いかんせん不安が燻(くすぶ)る。いつかそのままの勢いで一線を越えるかもしれない。もう苦しいことも、痛いのも慣れた。だけど、まだ確かに幼い十四歳の『私』がいる。
よくよく考えれば前世で中学生に該当する十四歳の私が高校生に押し倒されている時点で事案だ。今までは年齢を気にする暇もなかったけど、こういうときにだけ余計な考えが頭を巡る。
愛おしそうに私の身体に自分の匂いを染み込ませるラクロス。それをどこか虚ろな目で映す私。これを平然に捉えてしまう私たちは、やっぱり壊れている。
「ねぇ、ラクロス…。貴方はなんで私のことが好きなの?」
マーキングが終わった後、脱力した気分で何気なく聞いた質問。だけど、もしかしたら私が一番聞きたかった問いなのかもしれない。
ラクロスはちょっとだけ悩む素振りを見せて、やっぱりこれだと言うかのように悪戯に笑って私の目の下に触れた。
「みんな平等に無価値の目。赤ん坊にも、老人にも、女にも男にも、全部一括(ぜんぶひとくく)りにした目線で見てる。俺はその目が大好き」
近距離で目線が合うけど、それももう何か感じることはない。でも、そっか…。私はこの世界を最初から受け入れていなかった。それはオルカとの出会いから加速している。だからきっと、『これ』は治らない。
「もう随分と使い込んだおもちゃなんだから、捨てないの…?」
貴方は刺激を楽しむ人だから、壊れてきた私を捨ててもいい頃でしょう? 切実な願い、と言うわけでもなかったが、それを望んでいたのは確かだ。
「俺のモノ他の奴にあげるぐらいなら壊すし、シルちゃんは特別だから絶対捨てない♪」
またマーキングを再会し始めるラクロスに、ほとほと疲れが回ってきた。会話をするだけで寿命が削れる。
「…ラクロス」
「んっぁ…? うぁに?」
マーキングを止めて喋ればいいものを…。そのせいで歯が少し食い入って痛い。ただ何を言ってもどうせ聞くわけがないのでスルーして話を進める。
「もし私が逃げたら、貴方はどうする?」
「…ん゛~、」
少しずつ、本当にゆっくりと毒が蝕むかのように牙が押し入っていく。あ、ミスった…。そう後悔しても事は既に遅すぎた。
ギッ、ギギギ…ッ、ギチィイ、ッ…ッツ
「っが゛ィ…、あぁ゛ア!!…」
しばらく痛みが続いた後、牙はその怒りの矛を納めた。されどまだ獣の機嫌は治らないのか終始私の手を掴んで既に跡になっていることが分かる程だ。
「もし、シルちゃんが逃げたら…。まぁ絶対無理な話だろうけど、その時は俺の元に連れ戻して飼い殺しかな。シルちゃん特注の首輪つけて俺以外の誰にも会わさずにただ俺の帰りを待つんだ。前に言っただろ? 『求愛』だって。だから俺と結婚して幸せになろ?」
「……っ゛…はっ、…」
まだ痛みの余韻で口は動かせないけど、予想を裏切らない完璧な答えにもはや尊敬すらしてしまいそうだ。それもまた、絶対にあり得ない話だが…。
「でも俺はきっと傷つくだろうなぁ。だから、ちゃんとシルちゃんが『せいしんせいい』謝らない限り目ぇ潰して喉抉って四肢引き千切って、だるまにしてずっと犯してあげる。大丈夫、シルちゃんは【特別】だからちゃぁんと生かしてあげる」
ドロドロに濁った瞳は、ただただ泥のような眠気を引き起こす。瞼がしきりに重い。抗うことにも疲れたから、ゆっくりと身体から力を抜いていく。
「ラクロス……、ねむいの」
微睡みながら頬を撫でればそれ以上は邪魔をしないのが唯一の良いところだろう。彼らは接触を拒絶しない程度の要求ならある程度聞いてくれる。それは当たり前のようで、私からしてみれば全く違うこと…。
「おやすみ。シルちゃん」
チュッとおでこにキスが贈られ、端から見ればまるで愛し合う恋仲だ。この数年で随分と扱いにも慣れてきた。思考だって常識を外せばむしろ単調に思える。
…そう。思考さえ、侵(おか)してしまえれば…。たとえそれを一番に願うのは私で、一番怖れているのが私だとしても。矛盾は混乱を生み、人格を侵す。だからこんなことを考えていればそのうち、願いは自(おの)ずと叶うのだろう。
しかしそれが叶ったとして、喜ぶ『私』がいないということはそっと思考の瓶に蓋をして、気づかないようにした。
ちゅ…、ちゅっ……
恒例の『マーキング』が終わるまで私はずっとされるがままにされている。この行為の終わりを待つだけの時間。暇だと思えば暇だし、苦痛と言えば際限がない。
吸血鬼同士にとっては重要な意味をもつと言うけど、ほとんど絶滅したのだからそれを識別できる者もいないのに…。結局これは『所有』の証だ。稚拙で、傲慢な、子供がやるような『マーキング』。身体になにか残すことでしか私に何も刻めないからだと思えば、幾分か気分も晴れる。
いつも眠る直前に来るからか、単に姿勢が楽なのかマーキングはベッドの上で行われる。そこに意味を見出だすほどまだ壊れてはいないが、いかんせん不安が燻(くすぶ)る。いつかそのままの勢いで一線を越えるかもしれない。もう苦しいことも、痛いのも慣れた。だけど、まだ確かに幼い十四歳の『私』がいる。
よくよく考えれば前世で中学生に該当する十四歳の私が高校生に押し倒されている時点で事案だ。今までは年齢を気にする暇もなかったけど、こういうときにだけ余計な考えが頭を巡る。
愛おしそうに私の身体に自分の匂いを染み込ませるラクロス。それをどこか虚ろな目で映す私。これを平然に捉えてしまう私たちは、やっぱり壊れている。
「ねぇ、ラクロス…。貴方はなんで私のことが好きなの?」
マーキングが終わった後、脱力した気分で何気なく聞いた質問。だけど、もしかしたら私が一番聞きたかった問いなのかもしれない。
ラクロスはちょっとだけ悩む素振りを見せて、やっぱりこれだと言うかのように悪戯に笑って私の目の下に触れた。
「みんな平等に無価値の目。赤ん坊にも、老人にも、女にも男にも、全部一括(ぜんぶひとくく)りにした目線で見てる。俺はその目が大好き」
近距離で目線が合うけど、それももう何か感じることはない。でも、そっか…。私はこの世界を最初から受け入れていなかった。それはオルカとの出会いから加速している。だからきっと、『これ』は治らない。
「もう随分と使い込んだおもちゃなんだから、捨てないの…?」
貴方は刺激を楽しむ人だから、壊れてきた私を捨ててもいい頃でしょう? 切実な願い、と言うわけでもなかったが、それを望んでいたのは確かだ。
「俺のモノ他の奴にあげるぐらいなら壊すし、シルちゃんは特別だから絶対捨てない♪」
またマーキングを再会し始めるラクロスに、ほとほと疲れが回ってきた。会話をするだけで寿命が削れる。
「…ラクロス」
「んっぁ…? うぁに?」
マーキングを止めて喋ればいいものを…。そのせいで歯が少し食い入って痛い。ただ何を言ってもどうせ聞くわけがないのでスルーして話を進める。
「もし私が逃げたら、貴方はどうする?」
「…ん゛~、」
少しずつ、本当にゆっくりと毒が蝕むかのように牙が押し入っていく。あ、ミスった…。そう後悔しても事は既に遅すぎた。
ギッ、ギギギ…ッ、ギチィイ、ッ…ッツ
「っが゛ィ…、あぁ゛ア!!…」
しばらく痛みが続いた後、牙はその怒りの矛を納めた。されどまだ獣の機嫌は治らないのか終始私の手を掴んで既に跡になっていることが分かる程だ。
「もし、シルちゃんが逃げたら…。まぁ絶対無理な話だろうけど、その時は俺の元に連れ戻して飼い殺しかな。シルちゃん特注の首輪つけて俺以外の誰にも会わさずにただ俺の帰りを待つんだ。前に言っただろ? 『求愛』だって。だから俺と結婚して幸せになろ?」
「……っ゛…はっ、…」
まだ痛みの余韻で口は動かせないけど、予想を裏切らない完璧な答えにもはや尊敬すらしてしまいそうだ。それもまた、絶対にあり得ない話だが…。
「でも俺はきっと傷つくだろうなぁ。だから、ちゃんとシルちゃんが『せいしんせいい』謝らない限り目ぇ潰して喉抉って四肢引き千切って、だるまにしてずっと犯してあげる。大丈夫、シルちゃんは【特別】だからちゃぁんと生かしてあげる」
ドロドロに濁った瞳は、ただただ泥のような眠気を引き起こす。瞼がしきりに重い。抗うことにも疲れたから、ゆっくりと身体から力を抜いていく。
「ラクロス……、ねむいの」
微睡みながら頬を撫でればそれ以上は邪魔をしないのが唯一の良いところだろう。彼らは接触を拒絶しない程度の要求ならある程度聞いてくれる。それは当たり前のようで、私からしてみれば全く違うこと…。
「おやすみ。シルちゃん」
チュッとおでこにキスが贈られ、端から見ればまるで愛し合う恋仲だ。この数年で随分と扱いにも慣れてきた。思考だって常識を外せばむしろ単調に思える。
…そう。思考さえ、侵(おか)してしまえれば…。たとえそれを一番に願うのは私で、一番怖れているのが私だとしても。矛盾は混乱を生み、人格を侵す。だからこんなことを考えていればそのうち、願いは自(おの)ずと叶うのだろう。
しかしそれが叶ったとして、喜ぶ『私』がいないということはそっと思考の瓶に蓋をして、気づかないようにした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜
具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです
転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!?
肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!?
その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。
そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。
前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、
「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。
「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」
己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、
結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──!
「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」
でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……!
アホの子が無自覚に世界を救う、
価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる