裏ルート攻略後、悪役聖女は絶望したようです。

濃姫

文字の大きさ
30 / 117
【原作】始動

清廉潔白の弊害(へいがい)

しおりを挟む
 ザクッ、…ザクッ……

 美しく保たれた神殿内にある庭園をオルカの回し者であろう護衛騎士(ごえいきし)と共に歩く。たまに足を止めて、また歩みを進める。それの繰り返しに内心飽き飽きしている。

 仕事ばかりしていたから、私は休むのが下手になった。面会予定だったカザンスタ公国の使者が自国の内紛で突如取り止めになってしまったのでどうも暇を持て余している。

 書類でも片付けようかと思ったらこういうときに限ってきっかり終わらせてあるのだ。普段からこの状態ならこうして落ち着かない休息を過ごすこともないだろうに。

 サァアア……

 髪を靡(なび)かせる程度の風が吹いている。今はフードを外しているから長い髪がさらさらと流れる。仮面を着けているから髪が鬱陶しく顔に掛からないのが救いだろう。

 突然予定がなくなっても他の仕事で代用できたのに、後継教育を完璧にしすぎた弊害(へきがい)がここに来て現れている。

 三十分ほど庭園を歩いて、私は今度こそピタリと歩みを止める。辺りには美しい花々を差し置いて壮大な自然が広がっている。広大な敷地を持つ神殿だからこそ為せる光景だった。

 まるで私一人、この広い広い世界の中で存在しているみたいだ。いっそこの草原に背中をつけて寝転がってみたい。子供の頃なら当たり前にできたことは、今やその発想すら許されない立場にいる。

 美味しい空気を口いっぱいに含んで、ずっと遠くを見つめて、私は今この地に立っている。清々しいと言えばそんな感覚を覚えることなく、自分自身何を考え此処にいるのかよく分かっていない。

 わたし今、ちゃんと息できてるかな…。

 自分の呼吸の音より、風の声の方が強いせいかそんなことをふと思った。生きているならそうだろうと理解ってはいたが、やはり考えられずにはいられなかった。

 仮面の内から、ポタポタと涙が溢れる。別に悲しくなんてないのに、喉がひくついて少し苦しい。

 なんだか無性に、抱き締めて欲しい。強く、強く、私を『此処(ここ)』に繋ぎ止めて欲しい。誰でもいいから、私を…。

 心の奥底から溢れでてきた欲望は私の思考を奪った。これだから、駄目なのだ。一時(ひととき)の休みは私に綻びを作る。その綻びが私を甘い『逃げ』に誘(いざな)う。

 一度漏れ出た感情は簡単には元に戻らない。私を一人にしないで欲しい。私を認めて欲しい。私を許して欲しい。誰か私を、殺(たす)し(け)て欲しい。

 だけどそれを叶えてくれる人は、たった一人しかいない。そしてその人は、私が突き放した。とても大切な人。私を記憶してくれる、私の『証』。全てあの人のもとへ置いてきた。

 この風もいつかおじさんの元へ訪れるだろう。だから、どうか祝福がありますように…。そう祈りながら、私は休息を一足早く切り上げた。

 #####

 「………はぁ」

 思わず『聖女』のままため息を溢す。幸い補佐神官には聞かれていない。それにしても、憂鬱とはまさにこの事だろう。あの護衛騎士を通してとっくにオルカの元へ報告が上がってるだろうし、夜は確実に『躾』が待っている。

 それを分かっていて早く仕事を終わらせたいなんて思わない。だから意力も激減し仕事は手につかない。最悪の循環の完成である。そしてここで、そんな私の気分を急降下させる内容が目に入った。

 『元没落(もとぼつらく)貴族の現孤児員数名による度重(たびかさ)なる体罰、暴力、食事制限等で三名の孤児死亡』

 ぐしゃりと書類を捨てなかっただけでまだ自分で自分を偉いと思える。私が聖女である内にある程度の基盤は作っていたつもりだった。不当な横領等(おうりょうとう)でまだ幼い子供達が無駄に死なないように、温かな寝床も、美味しい食事も、適度な娯楽も、与えられるよう手を回していた。

 なのに、まだこんな『貴族』なんてくだらないものがあるから。こんなものを敬遠する腐りきった社会の構造(こうぞう)があるから…っ。

 まただ。また、自分の無力さに苛立ちが募る。自分のことだけで手一杯なのに、私を煩(わずら)わせる全てが憎ましく感じる。

 私が【原作】通り死ぬことに固執しているのは何もそうして死ぬことしか選択肢がないと思い込まされている訳じゃない。

 私があんなにも【聖女】とした死ぬことに執着していたのは、生々(なまなま)しく描(えが)かれていた孤児達の現状にあった。

 孤児の子供たちは教会の後ろ楯(だて)のもと、暗黙(あんもく)の了解で人身売買が行われている。さらにあまり売れない男の子達は最低限の食事で働かされる。

 私が【聖女】としていくら動いても、救える子達には限りがある。だから教会を潰すために、私の死を利用して帝国を動かす必要があった。帝国が教会の弱みを握るために帝国法で禁止されている人身売買の証拠を見つければ、監視の目も厳しくなって少しでも悲しむ孤児の子は減ると、考えたから。

 清廉潔白(せいれんけっぱく)を抱えた聖職者の顔の下に隠された下劣な金儲け。実際【聖女】になる前まで私はその異様さを肌で体感していた。

 あのとき、逃げるという選択肢だってあった。だけど孤児院長や委員から隠れて泣いている子達を数えきれないほど見ている内に、私は決めたのだ。もちろん、あのまま逃げていれば罪悪感で永遠に消えない後悔が残っていたから自己保身の為でもある。別に綺麗事にするつもりもない。

 …最近私が甘過ぎたのかもしれない。気をつけていたつもりでも、『聖女』としての偶像が勝手に出来上がっていたのなら、もう一度知らしめなければならない。【聖女】としての存在を…。

 鉄が急速に冷めるように冷静さを取り戻した今でも、私は神官数名を連れて足を進めていた。報告書が上がっていて尚(なお)、その元貴族の孤児員らは現職についている。

 大方オルカがわざと手を回したのだろうけど、相も変わらず卑劣な男。私の思考を全て予測し先回りしていること自体吐き気がする。

 「恐れながら進言致します。なにも聖女様自らが赴くことも…」

 後ろからついてくる神官の一人が、私に意見を申し出た。…三人の子供が亡くなって、その最高責任者である私は蚊帳の外とでも言いたいのだろうか。

 私は再熱する怒りを鎮まらせながら、完璧な『聖女』の微笑みを被る。わかってる。ここで取り乱しても意味はない。だから…、

 「ではレイーヤ神官、貴方は此処に残って頂いて結構です」

 「お待ちください! 私が失言致しましたっ! どうか…、どうかもう一度機会を!」

 みっともなく私の裾に縋りつく彼を突き放す。機会は平等に…。そして、その機会は皆一度きり。

 「どうぞ、お帰りください。貴方には住む家も、温かな食事も、寛(くつろ)ぐ環境もあるのですから、何ら問題はないでしょう?」

 まだ何か喚(わめ)く元世話付き神官を置いて、私は残った神官らを連れて足早(あしばや)に目的の場所へと向かった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

処理中です...