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【原作】始動
閑話 まだ見ぬ【原作】【イアニス視点】
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ッッ、ズ……。ズ、ッ…
肺が凍り、空気を吸うごとに激痛が走る。抉られた脇腹から入り込む吹雪が身体を麻痺させていく。何処まで歩いたのか分からない。ただひたすらに歩き続け、ついに雪の上に倒れ伏した。
ドサリ………、、
手足の感覚はもうない。心臓の拍動(はくどう)が徐々に弱まっていく音だけがハッキリと聞こえる。迫り来る確実な【死】に俺は動揺することも嘆くこともなかった。だからこそ、近寄ってくる足音に耳を済ませることができたのだろう。
「………、まだシんでないよね…?」
その神秘的な景色とは裏腹に容赦なく殺しに掛かる雪嵐の中で、天使はいた。柔らかい手に、俺を見つめる感情のない瞳。瀕死の俺でも少し力を入れれば簡単に殺せそうな【天使】は、決してそうは思わせない気高さがあった。
天使が俺に触れる。こんな吹雪の中でも確かに感じられる子ども体温は全てを現実だと謳(うた)い、その温もりは一瞬にして全身に広がった。
圧倒言う間に癒されていく俺の身体が【天使】を証明する。極度の脱力感とともに薄れていく俺の意識が最期に捉えたのは、此の世の何よりも綺麗な『白』を纏(まと)った天使だった…。
#####
皇位を簒奪(さんだつ)された無能な先帝の落とし子。その烙印は何処までも俺の後ろをつく。そしてその簒奪者に下(くだ)った皇子としても、噂は名高い。
俺が産まれる前、父親と称される男が反逆を起こされ皇位を簒奪された。公務を真面(まとも)に行うこともなく、国庫を散財し各国で戦争を起こしまくった無能に相応しい処刑法(しょけいほう)だった。しかしその怒りの矛先は元凶が消えた今でも方向を変えて突き刺さる。
先帝が処刑され、俺を産み落とした女は俺を捨てた。お荷物を抱えて逃げる気などさらさらないと言わんばかりに、酒代にもならない程の金で傭兵団に売り飛ばした。その後女がどうなったのかは知らない。
ただ遠い噂で自分は皇妃だと名乗る頭のイカれた娼婦がその界隈(かいわい)では有名な変態貴族の愛妾(あいしょう)になったと聞いた。その後のことは、本当にどうでもいい。
売り飛ばされてからは泥を啜(すす)って生きた。毎日殴り飛ばされ、地べたで寝る日々。食事は一日に一回。肉壁(にくかべ)として死んだ同じ年の人間も多く、常に傍に死があった。
数えて六つの年で売り飛ばされ、二年の月日で消耗品(しょうもうひん)としてまた捨てられた。久しぶりに入った大型の仕事で、A+ランクの【虹冬月鹿】(レフィアヌエル)の素材摂取(そざいせっしゅ)の依頼だった。
虹冬月鹿(レフィアヌエル)は雪山に生息する魔物で、主に幻覚系とされている。群れを作らず、目撃情報も少ない為一部では幻とも言われる為市場の希少価値は高い。そんな魔物を甘く見たツケが、あのザマだ。
全員死んだ。報酬に目を眩み先を急いでいった者程見事にやつの術中にハマり、中盤になるともはや誰が敵で味方なのか分からず誰もがただ周りにいる人間を敵として攻撃し始めた。
俺は早々に戦線離脱(せんせんりだつ)を試みたが、幻覚を無効化して見せた俺に狙いを定めた虹冬月鹿(レフィアヌエル)の攻撃を相手取ることになり、多勢に無勢で全員殺せたものの俺もタダでは済まない瀕死の怪我を負った。
頭がハイになるとはあのことだろう。何をトチ狂ったのかついさっきまで死闘を繰り広げた虹冬月鹿(レフィアヌエル)を足蹴にして胸のあたりからナイフで抉った。そんなことをすれば余計体力を消耗するだろうが、このまま俺が死ねば他の人間にこの死骸が渡ると思えば苦もない。
血で錆びついたナイフだったのもあるが、何より吹雪の止まない中で血を流しすぎたせいで作業は思ったより長く掛かった。
そしてようやく取り出したのは、通常の三倍ほどの魔核(コア)だ。市場に流せばその希少価値に加えスキル持ちであることから軽く爵位を買える値段となるそれを、俺は丸ごと飲み込んだ。
全く正気の沙汰じゃない。今まで魔核を魔導具の媒体や宝剣の装飾として役立てたことはあっても、飲み込んだなどという事例は存在しなかった。
それは魔核が魔物の中枢(ちゅうすう)であり、魔物が存在する要因であったからだ。だからそれを取り込むということは、自ら魔物に侵されるということと遜色(そんしょく)なかった。
魔核を食べた感想としては、到底食べ物ととしての認識はできないということぐらいだろう。別に腕がいきなり魔物に様変わりするわけでも、瀕死の身体が治るわけでもなかった。夢を見たわけじゃなかったが、無駄な疲労だけが蓄積(ちくせき)したみたいだ。
痛む脇腹(わきばら)をまだあまり汚れていない布で縛って応急処置を済ませたら、すぐにこの場を後にした。状況だけ見れば、俺一人がこの一件の容疑者として事情を聞かれるのかもしれない。
それを考えれば面倒でこの場を離れることが最善だと判断したからだ。それに後から虹冬月鹿(レフィアヌエル)の素材を横取りする輩に口封じのために殺されようものならは敵(かな)わない。
そうして俺は目指す当てもなく、息絶えるまでこの冬の終わりまで歩いた。一歩足を進めるごとに喉に氷が張り付いたような激痛で呼吸の一つもまともに行えなくなり、手足の先から機能が麻痺していく。
結局丸一日歩く体力も持てず、俺はその掃(は)き溜めのような人生に終止符を打った。…、はずだったのに。
「………、まだシんでないよね…?」
今振り返っても、俺の人生の【始まり】と断言できる。小さな足音から始まった、脆弱(ぜいじゃく)で愛しい【天使】との出会いだ。
肺が凍り、空気を吸うごとに激痛が走る。抉られた脇腹から入り込む吹雪が身体を麻痺させていく。何処まで歩いたのか分からない。ただひたすらに歩き続け、ついに雪の上に倒れ伏した。
ドサリ………、、
手足の感覚はもうない。心臓の拍動(はくどう)が徐々に弱まっていく音だけがハッキリと聞こえる。迫り来る確実な【死】に俺は動揺することも嘆くこともなかった。だからこそ、近寄ってくる足音に耳を済ませることができたのだろう。
「………、まだシんでないよね…?」
その神秘的な景色とは裏腹に容赦なく殺しに掛かる雪嵐の中で、天使はいた。柔らかい手に、俺を見つめる感情のない瞳。瀕死の俺でも少し力を入れれば簡単に殺せそうな【天使】は、決してそうは思わせない気高さがあった。
天使が俺に触れる。こんな吹雪の中でも確かに感じられる子ども体温は全てを現実だと謳(うた)い、その温もりは一瞬にして全身に広がった。
圧倒言う間に癒されていく俺の身体が【天使】を証明する。極度の脱力感とともに薄れていく俺の意識が最期に捉えたのは、此の世の何よりも綺麗な『白』を纏(まと)った天使だった…。
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皇位を簒奪(さんだつ)された無能な先帝の落とし子。その烙印は何処までも俺の後ろをつく。そしてその簒奪者に下(くだ)った皇子としても、噂は名高い。
俺が産まれる前、父親と称される男が反逆を起こされ皇位を簒奪された。公務を真面(まとも)に行うこともなく、国庫を散財し各国で戦争を起こしまくった無能に相応しい処刑法(しょけいほう)だった。しかしその怒りの矛先は元凶が消えた今でも方向を変えて突き刺さる。
先帝が処刑され、俺を産み落とした女は俺を捨てた。お荷物を抱えて逃げる気などさらさらないと言わんばかりに、酒代にもならない程の金で傭兵団に売り飛ばした。その後女がどうなったのかは知らない。
ただ遠い噂で自分は皇妃だと名乗る頭のイカれた娼婦がその界隈(かいわい)では有名な変態貴族の愛妾(あいしょう)になったと聞いた。その後のことは、本当にどうでもいい。
売り飛ばされてからは泥を啜(すす)って生きた。毎日殴り飛ばされ、地べたで寝る日々。食事は一日に一回。肉壁(にくかべ)として死んだ同じ年の人間も多く、常に傍に死があった。
数えて六つの年で売り飛ばされ、二年の月日で消耗品(しょうもうひん)としてまた捨てられた。久しぶりに入った大型の仕事で、A+ランクの【虹冬月鹿】(レフィアヌエル)の素材摂取(そざいせっしゅ)の依頼だった。
虹冬月鹿(レフィアヌエル)は雪山に生息する魔物で、主に幻覚系とされている。群れを作らず、目撃情報も少ない為一部では幻とも言われる為市場の希少価値は高い。そんな魔物を甘く見たツケが、あのザマだ。
全員死んだ。報酬に目を眩み先を急いでいった者程見事にやつの術中にハマり、中盤になるともはや誰が敵で味方なのか分からず誰もがただ周りにいる人間を敵として攻撃し始めた。
俺は早々に戦線離脱(せんせんりだつ)を試みたが、幻覚を無効化して見せた俺に狙いを定めた虹冬月鹿(レフィアヌエル)の攻撃を相手取ることになり、多勢に無勢で全員殺せたものの俺もタダでは済まない瀕死の怪我を負った。
頭がハイになるとはあのことだろう。何をトチ狂ったのかついさっきまで死闘を繰り広げた虹冬月鹿(レフィアヌエル)を足蹴にして胸のあたりからナイフで抉った。そんなことをすれば余計体力を消耗するだろうが、このまま俺が死ねば他の人間にこの死骸が渡ると思えば苦もない。
血で錆びついたナイフだったのもあるが、何より吹雪の止まない中で血を流しすぎたせいで作業は思ったより長く掛かった。
そしてようやく取り出したのは、通常の三倍ほどの魔核(コア)だ。市場に流せばその希少価値に加えスキル持ちであることから軽く爵位を買える値段となるそれを、俺は丸ごと飲み込んだ。
全く正気の沙汰じゃない。今まで魔核を魔導具の媒体や宝剣の装飾として役立てたことはあっても、飲み込んだなどという事例は存在しなかった。
それは魔核が魔物の中枢(ちゅうすう)であり、魔物が存在する要因であったからだ。だからそれを取り込むということは、自ら魔物に侵されるということと遜色(そんしょく)なかった。
魔核を食べた感想としては、到底食べ物ととしての認識はできないということぐらいだろう。別に腕がいきなり魔物に様変わりするわけでも、瀕死の身体が治るわけでもなかった。夢を見たわけじゃなかったが、無駄な疲労だけが蓄積(ちくせき)したみたいだ。
痛む脇腹(わきばら)をまだあまり汚れていない布で縛って応急処置を済ませたら、すぐにこの場を後にした。状況だけ見れば、俺一人がこの一件の容疑者として事情を聞かれるのかもしれない。
それを考えれば面倒でこの場を離れることが最善だと判断したからだ。それに後から虹冬月鹿(レフィアヌエル)の素材を横取りする輩に口封じのために殺されようものならは敵(かな)わない。
そうして俺は目指す当てもなく、息絶えるまでこの冬の終わりまで歩いた。一歩足を進めるごとに喉に氷が張り付いたような激痛で呼吸の一つもまともに行えなくなり、手足の先から機能が麻痺していく。
結局丸一日歩く体力も持てず、俺はその掃(は)き溜めのような人生に終止符を打った。…、はずだったのに。
「………、まだシんでないよね…?」
今振り返っても、俺の人生の【始まり】と断言できる。小さな足音から始まった、脆弱(ぜいじゃく)で愛しい【天使】との出会いだ。
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