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扉の外
47話 かえりみち
しおりを挟む小森たちはエルダーの部屋を出発し、今度は来た時とは反対方面にあるリフトに乗っていた。
天然の窓から見える、はるか遠くの絶壁からは、例によって『先人の墓標』が無数に突き出ている。
反対側のリフトで見た時よりも墓標の数が多く、それはハヌゼベ側の歴史の重みの表れであることがよくわかる。
そんな光景をぼんやりと眺めながら、小森たちは手に入れたアーティファクト『やかん』へと思いを馳せていた。
「無限に水が出るのはすごいと思うぞ。すごいと思うけどな……ヌー。見てみろ、あかりの残念そうな顔を」
「ふへっ!? べ、別に残念じゃないですよ! ヌーさんのお墨付きなのですから、きっと伝説のやかんに違いありませんっ」
現在、ヌーは小汚い『やかん』を大事そうに抱えている。「小森かあかりに渡したら。うっかり捨てられるかもしれない。」そう思ってしまうほど、『やかん』の評価は低かった。
「これが良かったんだ。いつか役に立つはず……。」
「では、せめて洗いませんか!? きっと他のアーティファクトみたいにピカピカにしてみせますよっ」
「これはこういうモノだから。変に手をくわえると別モノになる。」
ヌーはかたくなに『やかん』を手放そうとはしなかった。
それからリフトが街に到着すると、大きい黒色のコートで体をすっぽりと覆った住民が案内役として待っていた。
「こちらです」
案内人は必要以上に喋らない人物で、淡々と小森たちを先導していく。
「ハヌゼベの区画とは雰囲気がだいぶ違うんだな」
「そうでしょうね」
岩壁を掘り抜いた家や道路の他に、木を繋ぎ合わせた道や、上等なカフェか何かのようなレンガ造りの建物がそこら中にある。
自然と調和のとれたハヌゼベの区画と比べると、やや力技で人の手が入ったような印象を受ける街並みだった。
立体的で、非常に雑多に入り組んだ街の中を下へ下へと降りていき、積み重ねられた建造物の下層部をくり抜いたようなトンネルを通っていくと、穴の中心方向へ長く突き出た足場へとたどり着いた。
「さあ、こちらのリフトへ搭乗して」
足場には大きな風車のような建物と、リフトがひとつあるのみだった。
風が強く吹いているが、風車はぴくりとも動いていない。
代わりにリフトから風車の方へと太く頑丈なロープが伸びていた。
「では、よい旅を」
案内人はごく短く挨拶を済ませると、風車の中に入っていった。
かと思えば、
「野郎どもォォォ! 出発だァァ!! 準備運動はバッチリか! 留め金外せ! せーのでいくぞ! 」
と、今までのテンションからは想像も付かないような声量で風車小屋を震わせた。
そして、小森たちのリフトは最初こそ不安定にだったが、徐々に安定した速さになって下方へと降り始めた。
「びっくりした。」
「実は体育会系の方でしたね」
小森たちの方から昇降を操作することはできない。ただロープでつながっているだけの板切れだが、遠くに木霊する、応援歌とも労働歌ともとれる男たちの掛け声がロープ越しに伝わり、人里離れて送り出される小森たちの心を熱くした。
――我らが目指すは穴の果て♪ 地獄の底の桃源郷♪ 世界最後の楽園を♪ 最初に見つけて大もうけ♪――
「歌、うたってますねぇ……しみじみします……」
「なんか、行くとこ行くとこ悪い奴がいるんじゃないかって思いながらここまで来たけど、結局、そんな奴いなかったな」
「小森が一番じゃあく。」
「やかん捨てるぞこら」
春の層、夏の層、秋の層、冬の層を通過し、とっくに歌が聞こえなくなっていても、ロープに触れると不思議と断崖の街との一体感を感じることができる。
この世界に来てしばらく味わっていた孤独感は、全く感じなくなっていた。
「ぬぅ。もう寒くないだろ。離れろよぉ~。」
「いやぁ……日没が早くなるからなぁ。少しでもこうして暖を取っておかねばな」
「ふわふわで気持ち良いですぅ~~」
やがて、枯れ木の層の地面へとリフトが到達し、その動きを止めた。
「降りる前にお礼しましょうっ」
ぴんと伸びたロープをあかりが何度か指ではじいた。
小森とヌーもそれに続く。
労働者たちに伝わるかどうかは別として、協力してくれたケイヴァの人々に敬意を払い、前に進むための心の準備として、必要な儀式だと各々は考えた。
「さ、暗くなる前に行くか」
「もうお日さまが隠れそうですねぇ」
「一旦、俺たちの家に帰ろう。そこで準備を整えて、明日出発だ」
着地地点の周辺には、人の手が入ったような形跡があったが、テントが設営されていたらしい場所には風に晒されて骨組みだけになったものや、乾燥してすかすかになった木屑などが散乱しているのみで、使えそうな物は何も無かった。
「ヌー、疲れてないか? おんぶできるぞ」
「いや。いい。最悪あかりにやってもらう。」
「なんでだよ! 女の子におぶってもらって恥ずかしくないのかよ!」
「いや。小森にやられる方が……。」
「うん?」
「とにかく。大丈夫なんだっ。」
三人は無駄話をしながら歩けるほど、精神的にも体力的にもたくましくなっていた。
枯れ木の層から森の層へと下ると、すぐに目印がわりにと設置したフラッグが見えてくる。
「小森さん、見てください! 旗ありましたよ旗!」
「うむ。たしかに俺たちが立てたやつだな。しかし、あかりは眼がよく見えるようになったなぁ」
「わたしの中にねむるダークエネルギー……小森さん因子の影響ですねっ!」
吸血鬼化の原因は小森に有り。あかりはそれを自覚しているようだった。
「なあ、なんで俺が原因だと思うんだ?」
「それは……夢に出てきましたし……ほら、春の層のリフトでお話ししたやつです」
「でもそれは夢なんだろ? 今言った俺の因子がどうとかって話、何か知ってるんじゃないか」
何となく、小森は墓穴を掘っているような後ろめたさを感じていた。それでも、自分が何かをしてしまったのなら、しっかりと認識しておきたいと思っていた。
「小森さん、やっぱり覚えてらっしゃらないのですね……」
「なっ、何があったんだ! 俺が何かしたのか……? 分からない……教えてくれ……!」
心臓が高鳴る。
小森の攻めの姿勢は揺らぎつつあった。
「あの時はわたしも意識朦朧としていたのですが――小森さん、わたしの腕がちょん切れた時にですね、その……ぺろっと」
「あっ!」
小森の記憶がフラッシュバックする。
負傷したあかり、砂漠と赤い果実――渇きの夢。
あの時、果実を舐めたのだ。
瑞々しい果実で舌を濡らした感覚が蘇ってくる。
「あのっ、イヤだったとか、ぜんぜんそういうのじゃないですよ? きっと、それがあったからサナギの匣の中で小森さんに助けてもらったのだと思いますし」
「おっ……おう」
あかりは必死にフォローしているが、果実ではなく実際に舐めたものを再認識しようとすると、かなりショッキングな行為をしてしまったという事実が浮き彫りになる。
目の前の少女へ、大の大人がしてしまった行動。死人喰らいほど狂気に満ちたものではないが、別方向からの恥ずかしさ、情けなさが込み上げてきて、小森は堪らなくなった。
「そっ、そうだ! ヌーも吸血鬼にならないか!? どっか怪我したところあったら舐めてやるぞ! 一緒にパワーアップして――アレッ?」
横に並んでいたヌーはいなくなっていた。代わりに前方から、ばたん、とよく聞き慣れた扉の閉まる音がする。
小森たちは、すでに家の玄関すぐ近くまでたどり着いていたのだ。
「ヌーさん、途中からさっさと歩いて、お家の中に入ってしまいました……」
小森は急いで玄関口まで駆け寄る。
「やいヌー! 舐めさせろ!」
「頭冷やせ。へんたい。」
がちゃり、と錠のかかる音がして、それから小森が落ち着くまでヌーが扉を開けることはなかった。
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