黒の解呪録 ~呪いの果ての少女~

蒼井 くじら

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お札の理由

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 朝食後、宗介たちは一度桜荘に戻ることにした。
 
 そう遠くない距離なので歩いて戻るつもりだったが、猛が爽やかな笑顔で「送りますよ」と申し出てくれた。
 
 今日から世間は三連休だ。猛も仕事が休みらしく「車が必要ならいつでも声を掛けてください」と言ってくれた。
 
 桜荘に戻り着替えを済ませると、


「ねえ、宗介君。これからどうするつもりなの?」
 

 と、光が尋ねてきた。
 
 普通の除霊ならば、除霊道具一式を持って再び美守のところへ行き、お祓いの儀式をするところ。だが、今回はそれではダメだのだ。美守にかかっている呪いを解くためには、その元凶を突き止めねばならない。


「昨日言ったろ。呪いの元凶を探るんだよ」
「でも、探るっていってもアテがないんじゃどうしようも……」
 

 光は不安そうに呟くが、全くアテがないわけではなかった。
 
 昨晩、呪いを運ぶ子供たちに遭遇したことで、宗介の頭に一つの仮説が浮かんでいたからだ。まだおぼろげだが、この仮説を元に情報を集めていけば呪いの原因に行きつくだろう、と宗介は考えていた。


「手掛かりが全くないわけじゃない。とりあえず今日は――」
 

 宗介が言い掛けたところで、部屋のドアがノックされる。
 
 ドアの奥から「麦茶をお持ちしました」という明美さんの声が聞こえてきた。


「ありがとうございます。どうぞ」
 

 光が返事をすると、ドアを開けてエプロン姿の明美さんが部屋に入ってきた。


「今日も朝から暑いですね~」
 

 にこやかに言いながら、明美さんは宗介たちの前に氷の入ったグラスを置く。今日は雲一つない快晴。まだ午前中だというのにじっとり汗が滲んでくるほど蒸し暑かった。


「あの、女将さん。ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
 

 宗介は麦茶を置いて部屋を出ていこうとする明美さんを呼び止めた。


「はい、何でしょうか?」
「女将さんも、『オワラ様』の言い伝えって知ってる?」
「ええ、勿論です。細入村に住んでいる人間なら知らない人はいないと思いますよ」
 

 宗介の質問に明美さんは大きく頷く。


「じゃあさ、この村で一番オワラ様に詳しい人、あるいはオワラ様を祀っている場所なんかは分かる?」
「はい。それなら、村の真ん中にある『奈雲神社(なぐもじんじゃ)』ですね。あそこにはオワラ様が使っていたとされる錫杖が祀られていますし、秋にはオワラ様に収穫を感謝するお祭りも行われていますから」
 

 明美さんは「そこの神主さんに話を聞けば、オワラ様について色々教えてくれるはずです」と付け加えた。


「でも、どうしてオワラ様のことを?」
「ああ。昨日、佐々村の婆さんにちょっとオワラ様の話を聞かされてさ。それでちょっと興味を持っただけだよ」
 

 特に何も考えず答えた宗介だが、明美さんの表情が僅かに翳る。
 
 そこで宗介は、昨日一階の奥で見たお札の貼られた部屋のことを思い出した。
 
 明美さんにとってあまり触れて欲しくない部分なのかもしれないが、宗介は思い切って訊いてみることにした。


「あのさ、一階の奥にお札が貼られた部屋があるだろ? ひょっとして、あの部屋で何かあった?」
 

 宗介が尋ねると、明美さんは驚いた表情を見せる。


「お気づきになられていたんですね……。はい、実は、先月あそこに宿泊していたお客様がお亡くなりになられたんです。あっ、でも、あの部屋で亡くなったわけでも、自殺したわけでもないですよ。事故だったんです。でも、やっぱり後味が悪いじゃないですか。だから、お祓いをしてもらって、しばらくはお客様にお部屋をお貸しするのも控えようと思ったんですよ」
 

 明美さんの話では、亡くなったのは民俗学を研究している大学院生の男だったらしい。彼の教授が佐々村源一郎と知り合いらしく、そのツテで細入村を訪れたそうだ。佐々村家にも度々出入りしていたという。
 
 死因は交通事故。山道を走行中、急カーブを曲がり切れずに車ごと崖下に転落したそうだ。その日は雨が強く視界も悪かったため、ブレーキの効きが悪かったか、ハンドル操作を誤っての事故だろうと警察は結論付けたそうだ。


「その男性も、オワラ様のことを?」
「ええ。色々調べていたみたいですね。先ほど言った奈雲神社にも足を運んでいたみたいですし」
 

 そこで宗介は、昨晩夕食でキヨが言った「若者」という言葉を思い出した。同時に、あの瞬間、場の空気が凍りついた理由も理解する。


「なるほどな。佐々村家にしてみれば、客人が死んでしまったってわけか」
「不慮の事故なので、佐々村家には何の責任もないんですけどね。でも、今年に入って、佐々村家の周りでは不幸が続いていますから、佐々村の人たちは少し気に病んでいるかもしれませんね」
「他にも誰か亡くなったのか?」
「佐々村家の庭師をしていた男性が一人、五月に急死しているんです。健康だけが取り柄といった男性だったんですけど……」
 

 専属の庭師、客人、そして今度は跡取り娘。短い期間でこれだけ身近な人間に災厄が降りかかれば、源一郎でなくとも「どうしてウチばかりが……」と愚痴りたくなるだろう。
 
 その庭師と大学院生の死が、今回の呪いと関係があるのかは現段階では分からない。しかし、立て続けに起こった不幸の中心が佐々村家であることは紛れも無い事実だ。
 
 そして、宗介たちも今は佐々村家に招かれた客人である。
 
 そう考えると、宗介の右肩が不意に疼いた。


「それとね、ここだけの話なんだけど……」
 

 明美さんは口に手を当て、秘密話をするように小声で話す。声色も、これまでとは少し違っていた。


「その亡くなった大学院生と佐々村のお嬢さん、結構仲が良かったみたいなのよ」
 

 佐々村のお嬢さん、とは美守のことだろう。
 
 つまり、二人は恋仲にあったということだろうか。
 
 そこまでではなくとも、明美さんの話を聞く限りでは、どちらかが好意を持っていたのは確かなようだ。


「だから何だって話なんだけど、最近美守ちゃんも全然見かけないし、ひょっとしてショックで塞ぎ込んでいるんじゃないかと心配でね。あら、やだ。私ってば、なんだか井戸端会議をしているオバサンみたいだわね」
 

 明美さんは、冗談っぽく言って笑う。
 
 しかし、宗介にとっては決して笑える話ではなかった。
 
 亡くなった客人と美守の関係。
 
 ひょっとすると、乃恵はこのことを知っていて隠そうとしていたのかもしれない。


(この呪い……やっぱり一筋縄じゃいかなそうだな……)
 

 たくさんの糸が複雑に絡み合って強大な呪いを形成している。
 
 そんなイメージが宗介の頭に浮かんだ。



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