26 / 56
お札の理由
しおりを挟む
朝食後、宗介たちは一度桜荘に戻ることにした。
そう遠くない距離なので歩いて戻るつもりだったが、猛が爽やかな笑顔で「送りますよ」と申し出てくれた。
今日から世間は三連休だ。猛も仕事が休みらしく「車が必要ならいつでも声を掛けてください」と言ってくれた。
桜荘に戻り着替えを済ませると、
「ねえ、宗介君。これからどうするつもりなの?」
と、光が尋ねてきた。
普通の除霊ならば、除霊道具一式を持って再び美守のところへ行き、お祓いの儀式をするところ。だが、今回はそれではダメだのだ。美守にかかっている呪いを解くためには、その元凶を突き止めねばならない。
「昨日言ったろ。呪いの元凶を探るんだよ」
「でも、探るっていってもアテがないんじゃどうしようも……」
光は不安そうに呟くが、全くアテがないわけではなかった。
昨晩、呪いを運ぶ子供たちに遭遇したことで、宗介の頭に一つの仮説が浮かんでいたからだ。まだおぼろげだが、この仮説を元に情報を集めていけば呪いの原因に行きつくだろう、と宗介は考えていた。
「手掛かりが全くないわけじゃない。とりあえず今日は――」
宗介が言い掛けたところで、部屋のドアがノックされる。
ドアの奥から「麦茶をお持ちしました」という明美さんの声が聞こえてきた。
「ありがとうございます。どうぞ」
光が返事をすると、ドアを開けてエプロン姿の明美さんが部屋に入ってきた。
「今日も朝から暑いですね~」
にこやかに言いながら、明美さんは宗介たちの前に氷の入ったグラスを置く。今日は雲一つない快晴。まだ午前中だというのにじっとり汗が滲んでくるほど蒸し暑かった。
「あの、女将さん。ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
宗介は麦茶を置いて部屋を出ていこうとする明美さんを呼び止めた。
「はい、何でしょうか?」
「女将さんも、『オワラ様』の言い伝えって知ってる?」
「ええ、勿論です。細入村に住んでいる人間なら知らない人はいないと思いますよ」
宗介の質問に明美さんは大きく頷く。
「じゃあさ、この村で一番オワラ様に詳しい人、あるいはオワラ様を祀っている場所なんかは分かる?」
「はい。それなら、村の真ん中にある『奈雲神社(なぐもじんじゃ)』ですね。あそこにはオワラ様が使っていたとされる錫杖が祀られていますし、秋にはオワラ様に収穫を感謝するお祭りも行われていますから」
明美さんは「そこの神主さんに話を聞けば、オワラ様について色々教えてくれるはずです」と付け加えた。
「でも、どうしてオワラ様のことを?」
「ああ。昨日、佐々村の婆さんにちょっとオワラ様の話を聞かされてさ。それでちょっと興味を持っただけだよ」
特に何も考えず答えた宗介だが、明美さんの表情が僅かに翳る。
そこで宗介は、昨日一階の奥で見たお札の貼られた部屋のことを思い出した。
明美さんにとってあまり触れて欲しくない部分なのかもしれないが、宗介は思い切って訊いてみることにした。
「あのさ、一階の奥にお札が貼られた部屋があるだろ? ひょっとして、あの部屋で何かあった?」
宗介が尋ねると、明美さんは驚いた表情を見せる。
「お気づきになられていたんですね……。はい、実は、先月あそこに宿泊していたお客様がお亡くなりになられたんです。あっ、でも、あの部屋で亡くなったわけでも、自殺したわけでもないですよ。事故だったんです。でも、やっぱり後味が悪いじゃないですか。だから、お祓いをしてもらって、しばらくはお客様にお部屋をお貸しするのも控えようと思ったんですよ」
明美さんの話では、亡くなったのは民俗学を研究している大学院生の男だったらしい。彼の教授が佐々村源一郎と知り合いらしく、そのツテで細入村を訪れたそうだ。佐々村家にも度々出入りしていたという。
死因は交通事故。山道を走行中、急カーブを曲がり切れずに車ごと崖下に転落したそうだ。その日は雨が強く視界も悪かったため、ブレーキの効きが悪かったか、ハンドル操作を誤っての事故だろうと警察は結論付けたそうだ。
「その男性も、オワラ様のことを?」
「ええ。色々調べていたみたいですね。先ほど言った奈雲神社にも足を運んでいたみたいですし」
そこで宗介は、昨晩夕食でキヨが言った「若者」という言葉を思い出した。同時に、あの瞬間、場の空気が凍りついた理由も理解する。
「なるほどな。佐々村家にしてみれば、客人が死んでしまったってわけか」
「不慮の事故なので、佐々村家には何の責任もないんですけどね。でも、今年に入って、佐々村家の周りでは不幸が続いていますから、佐々村の人たちは少し気に病んでいるかもしれませんね」
「他にも誰か亡くなったのか?」
「佐々村家の庭師をしていた男性が一人、五月に急死しているんです。健康だけが取り柄といった男性だったんですけど……」
専属の庭師、客人、そして今度は跡取り娘。短い期間でこれだけ身近な人間に災厄が降りかかれば、源一郎でなくとも「どうしてウチばかりが……」と愚痴りたくなるだろう。
その庭師と大学院生の死が、今回の呪いと関係があるのかは現段階では分からない。しかし、立て続けに起こった不幸の中心が佐々村家であることは紛れも無い事実だ。
そして、宗介たちも今は佐々村家に招かれた客人である。
そう考えると、宗介の右肩が不意に疼いた。
「それとね、ここだけの話なんだけど……」
明美さんは口に手を当て、秘密話をするように小声で話す。声色も、これまでとは少し違っていた。
「その亡くなった大学院生と佐々村のお嬢さん、結構仲が良かったみたいなのよ」
佐々村のお嬢さん、とは美守のことだろう。
つまり、二人は恋仲にあったということだろうか。
そこまでではなくとも、明美さんの話を聞く限りでは、どちらかが好意を持っていたのは確かなようだ。
「だから何だって話なんだけど、最近美守ちゃんも全然見かけないし、ひょっとしてショックで塞ぎ込んでいるんじゃないかと心配でね。あら、やだ。私ってば、なんだか井戸端会議をしているオバサンみたいだわね」
明美さんは、冗談っぽく言って笑う。
しかし、宗介にとっては決して笑える話ではなかった。
亡くなった客人と美守の関係。
ひょっとすると、乃恵はこのことを知っていて隠そうとしていたのかもしれない。
(この呪い……やっぱり一筋縄じゃいかなそうだな……)
たくさんの糸が複雑に絡み合って強大な呪いを形成している。
そんなイメージが宗介の頭に浮かんだ。
そう遠くない距離なので歩いて戻るつもりだったが、猛が爽やかな笑顔で「送りますよ」と申し出てくれた。
今日から世間は三連休だ。猛も仕事が休みらしく「車が必要ならいつでも声を掛けてください」と言ってくれた。
桜荘に戻り着替えを済ませると、
「ねえ、宗介君。これからどうするつもりなの?」
と、光が尋ねてきた。
普通の除霊ならば、除霊道具一式を持って再び美守のところへ行き、お祓いの儀式をするところ。だが、今回はそれではダメだのだ。美守にかかっている呪いを解くためには、その元凶を突き止めねばならない。
「昨日言ったろ。呪いの元凶を探るんだよ」
「でも、探るっていってもアテがないんじゃどうしようも……」
光は不安そうに呟くが、全くアテがないわけではなかった。
昨晩、呪いを運ぶ子供たちに遭遇したことで、宗介の頭に一つの仮説が浮かんでいたからだ。まだおぼろげだが、この仮説を元に情報を集めていけば呪いの原因に行きつくだろう、と宗介は考えていた。
「手掛かりが全くないわけじゃない。とりあえず今日は――」
宗介が言い掛けたところで、部屋のドアがノックされる。
ドアの奥から「麦茶をお持ちしました」という明美さんの声が聞こえてきた。
「ありがとうございます。どうぞ」
光が返事をすると、ドアを開けてエプロン姿の明美さんが部屋に入ってきた。
「今日も朝から暑いですね~」
にこやかに言いながら、明美さんは宗介たちの前に氷の入ったグラスを置く。今日は雲一つない快晴。まだ午前中だというのにじっとり汗が滲んでくるほど蒸し暑かった。
「あの、女将さん。ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
宗介は麦茶を置いて部屋を出ていこうとする明美さんを呼び止めた。
「はい、何でしょうか?」
「女将さんも、『オワラ様』の言い伝えって知ってる?」
「ええ、勿論です。細入村に住んでいる人間なら知らない人はいないと思いますよ」
宗介の質問に明美さんは大きく頷く。
「じゃあさ、この村で一番オワラ様に詳しい人、あるいはオワラ様を祀っている場所なんかは分かる?」
「はい。それなら、村の真ん中にある『奈雲神社(なぐもじんじゃ)』ですね。あそこにはオワラ様が使っていたとされる錫杖が祀られていますし、秋にはオワラ様に収穫を感謝するお祭りも行われていますから」
明美さんは「そこの神主さんに話を聞けば、オワラ様について色々教えてくれるはずです」と付け加えた。
「でも、どうしてオワラ様のことを?」
「ああ。昨日、佐々村の婆さんにちょっとオワラ様の話を聞かされてさ。それでちょっと興味を持っただけだよ」
特に何も考えず答えた宗介だが、明美さんの表情が僅かに翳る。
そこで宗介は、昨日一階の奥で見たお札の貼られた部屋のことを思い出した。
明美さんにとってあまり触れて欲しくない部分なのかもしれないが、宗介は思い切って訊いてみることにした。
「あのさ、一階の奥にお札が貼られた部屋があるだろ? ひょっとして、あの部屋で何かあった?」
宗介が尋ねると、明美さんは驚いた表情を見せる。
「お気づきになられていたんですね……。はい、実は、先月あそこに宿泊していたお客様がお亡くなりになられたんです。あっ、でも、あの部屋で亡くなったわけでも、自殺したわけでもないですよ。事故だったんです。でも、やっぱり後味が悪いじゃないですか。だから、お祓いをしてもらって、しばらくはお客様にお部屋をお貸しするのも控えようと思ったんですよ」
明美さんの話では、亡くなったのは民俗学を研究している大学院生の男だったらしい。彼の教授が佐々村源一郎と知り合いらしく、そのツテで細入村を訪れたそうだ。佐々村家にも度々出入りしていたという。
死因は交通事故。山道を走行中、急カーブを曲がり切れずに車ごと崖下に転落したそうだ。その日は雨が強く視界も悪かったため、ブレーキの効きが悪かったか、ハンドル操作を誤っての事故だろうと警察は結論付けたそうだ。
「その男性も、オワラ様のことを?」
「ええ。色々調べていたみたいですね。先ほど言った奈雲神社にも足を運んでいたみたいですし」
そこで宗介は、昨晩夕食でキヨが言った「若者」という言葉を思い出した。同時に、あの瞬間、場の空気が凍りついた理由も理解する。
「なるほどな。佐々村家にしてみれば、客人が死んでしまったってわけか」
「不慮の事故なので、佐々村家には何の責任もないんですけどね。でも、今年に入って、佐々村家の周りでは不幸が続いていますから、佐々村の人たちは少し気に病んでいるかもしれませんね」
「他にも誰か亡くなったのか?」
「佐々村家の庭師をしていた男性が一人、五月に急死しているんです。健康だけが取り柄といった男性だったんですけど……」
専属の庭師、客人、そして今度は跡取り娘。短い期間でこれだけ身近な人間に災厄が降りかかれば、源一郎でなくとも「どうしてウチばかりが……」と愚痴りたくなるだろう。
その庭師と大学院生の死が、今回の呪いと関係があるのかは現段階では分からない。しかし、立て続けに起こった不幸の中心が佐々村家であることは紛れも無い事実だ。
そして、宗介たちも今は佐々村家に招かれた客人である。
そう考えると、宗介の右肩が不意に疼いた。
「それとね、ここだけの話なんだけど……」
明美さんは口に手を当て、秘密話をするように小声で話す。声色も、これまでとは少し違っていた。
「その亡くなった大学院生と佐々村のお嬢さん、結構仲が良かったみたいなのよ」
佐々村のお嬢さん、とは美守のことだろう。
つまり、二人は恋仲にあったということだろうか。
そこまでではなくとも、明美さんの話を聞く限りでは、どちらかが好意を持っていたのは確かなようだ。
「だから何だって話なんだけど、最近美守ちゃんも全然見かけないし、ひょっとしてショックで塞ぎ込んでいるんじゃないかと心配でね。あら、やだ。私ってば、なんだか井戸端会議をしているオバサンみたいだわね」
明美さんは、冗談っぽく言って笑う。
しかし、宗介にとっては決して笑える話ではなかった。
亡くなった客人と美守の関係。
ひょっとすると、乃恵はこのことを知っていて隠そうとしていたのかもしれない。
(この呪い……やっぱり一筋縄じゃいかなそうだな……)
たくさんの糸が複雑に絡み合って強大な呪いを形成している。
そんなイメージが宗介の頭に浮かんだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
七竈 ~ふたたび、春~
菱沼あゆ
ホラー
変遷していく呪いに終わりのときは来るのだろうか――?
突然、英嗣の母親に、蔵を整理するから来いと呼び出されたり、相変わらず騒がしい毎日を送っていた七月だが。
ある日、若き市長の要請で、呪いの七竃が切り倒されることになる。
七竃が消えれば、呪いは消えるのか?
何故、急に七竃が切られることになったのか。
市長の意図を探ろうとする七月たちだが――。
学園ホラー&ミステリー
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/6:『とんねるあんこう』の章を追加。2025/12/13の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/5:『ひとのえ』の章を追加。2025/12/12の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/4:『こうしゅうといれ』の章を追加。2025/12/11の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/3:『かがみのむこう』の章を追加。2025/12/10の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる