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美守の秘密
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「御堂様」
突然背後から掛けられた声に、光はどきりとなる。
振り返ると、そこには心配そうな顔をした乃恵の姿があった。
「の、乃恵ちゃん……。ひょっとして……今の見てた?」
乃恵は申し訳なさそうに頷く。死にたくなるほど恥ずかしかったが、今更弁解することもできない。光は「あはは……」と笑い、ズボンについた泥を払いながら立ち上がる。
「な、なんか格好悪いところを見せちゃったね……」
羞恥心で一杯の光に対し、乃恵はすっとハンカチを差し出してくれた。
「お使いください」
「あ、ありがとう」
光は乃恵からハンカチを受け取り、顔に付いた唾を拭き取る。乃恵の表情に光に対する哀れみや同情といったものは窺えない。だが、昨晩のこともあるので、光はどうにも乃恵に対して気まずさを感じてしまっていた。お互いに見られたくないものを見られたわけなので、対等と言えば対等なのかもしれないが、そう簡単に割り切れるものでもない。
「あの、御堂様。この後、少しお時間はありますか? お話したいことがあるのですが」
何を喋るべきか悩んでいると、乃恵の方が先に口を開いた。
「え、うん。大丈夫だけど、話って?」
光が尋ねると、乃恵は視線を左右に移動させた。
「……あの、ここではあれなので、良ければ私の部屋に来ていただけませんか?」
光は了承する。
連れていかれた離れにある乃恵の部屋は、随分と簡素な部屋だった。テレビやパソコンといった定番の電化製品は一切なく、あるのは小さな箪笥と机、それにちゃぶ台だけ。押入れはあるが、この様子だと中に入っているのは布団くらいだろうと予想できた。十代の女の子の部屋としては、あまりにも殺風景である。
「味気ない部屋ですよね」
光の気持ちを見透かしたように、乃恵は小さく笑う。
「う、ううん。さっぱりしていて私はいいと思うよ」
そう返すと、乃恵は「御堂様はお優しいですね」と言って、部屋の隅に置いてあった座布団を渡してくれた。
「あの、昨晩は失礼な口をきいてしまい、大変申し訳ありませんでした」
光が座布団に座ると、乃恵はまずそう言って深々と頭を下げた。
「あ、謝らないで。私の方こそごめんね。乃恵ちゃんや佐々村家のことをよく知っているわけでもないのに……お節介だったよね。でも、話っていうのは昨晩のことを謝りたかったってこと?」
光が尋ねると、乃恵は「あ、いえ」と右手を振り否定の意を示す。
「実は、先ほどのキヨ様と御堂様のやり取りを聞いて、一つ思い当ることがありまして……」
「えっ? それって、オワラ様が祀られている場所に心当たりがあるってこと?」
「確証があるわけではありませんが……」
乃恵は目線を下げ、歯切れの悪い言葉を呟く。もしかすると、彼女の中でも、まだ話すべきかどうか迷っている部分があるのかもしれない。
「お願い! 話して、乃恵ちゃん! 乃恵ちゃんの知っていることが、美守ちゃんや宗介君を助ける鍵になるかもしれないから!」
光が身を乗り出して頼むと、乃恵は覚悟を決めたように一つ小さく頷いた。
そして、「少し長くなりますが」と前置きをして話し始めた。
「小さい頃、私と美守様はよく山で遊んでいました。山といってもせいぜい入り口付近までしか行ったことがなかったんですけど、ある日、美守様が『もう少し奥まで行ってみよう』と言い出したんです。私たちは、ちょっとした冒険気分で山の中へ入って行きました。でも、山道をしばらく行くと、それ以上進めないように金網のフェンスが張られていたんです。だけど、ちょうど一部分だけフェンスが破れているところがあって、私たちはそこからフェンスの中へ入りました。フェンスの奥はほとんど獣道で、辺りも薄暗く気味が悪かったのを覚えています。怖くなった私が『そろそろ戻ろう』と言った時に、美守様が『ねえ、あそこ見て』と何かを発見しました。美守様が見つけたのは大きな洞穴でした。多分、大人でも入れるくらいの大きさだったと思います。私たちはその洞穴に近づいたんですけど、流石に怖くて中へ入ることはできませんでした。その後は、そのまま来た道を引き返したのですが、フェンスを抜け出る際に村の大人に見つかってしまったんです。その人は私たちを見るやいなや血相を変えて飛んできて『この奥へ行ったのか?』と尋ねてきました。私たちは正直に『奥の洞穴まで行った』と答えました。すると、何故かその後、その人に神社へと連れていかれました。神社では何かの儀式みたいなことをされて、迎えに来てくれたキヨ様と共に家へ帰りました。その時に『二度とあの場所へ行ってはいけない』、そして『今日のことは誰にも話すな』とキツく言われました。だから、ひょっとすると、あの洞穴がそうなのかも、と思ったのですが……」
山の中にある洞穴。そして、血相を変えて飛んできた村人。神社での儀式がお祓いだったと考えると、オワラ様が残した呪術を隠している場所として、かなり辻褄が合ってくる。
加えて、光にはもう一つ気になることがあった。
「それって、美守ちゃんも一緒だったんだよね? じゃあ、美守ちゃんもその洞穴の場所を知っていたんだね?」
「あ、はい。かなり昔のことですから、美守様も覚えていらっしゃれば、ですが」
そこで光はぴんときた。
オワラ様の伝承を調べていたという大学院生。美守と親しくしていたという彼が、彼女からその場所のことを聞き、一緒に洞穴へ行った可能性は十分に考えられる。その洞穴で彼らが何をしたのかは分からないが、もしそこにオワラ様の呪術が残っているのならば、二人に起こった不幸にも説明がつく。
乃恵の話を聞いて、美守が呪いをもらった経緯も見えてきた気がした。
「ねえ、乃恵ちゃん。その洞穴の場所の地図って書ける?」
「はい、大体の場所でよければ書くことは可能です」
「お願い、その地図を書いて私にちょうだい!」
乃恵は「分かりました」と返事をすると、机の引き出しから紙とペンを持ち出してきた。
「あの、御堂様」
「なに?」
乃恵はちゃぶ台の上で地図を書きながら、光に話し掛けてきた。
「今の話……本来なら、私は話すべきではなかったのかもしれません。私は曲がりなりにも佐々村家の使用人。それなのに、キヨ様が隠されていたことを、私は喋ってしまいました。でも……」
「でも?」
「美守様は私のことを本当の妹のように可愛がってくださいました。佐々村の家で、私が唯一心を許せる相手が美守様でした。だから、御堂様。どうかお願いします! 美守様を……助けてあげてください」
乃恵はそう言って、書きあげた地図を差し出す。
その手は少しだけ震えていた。
光は託された想いをまた一つ感じ取る。
「大丈夫よ、乃恵ちゃん。きっとまた美守ちゃんと楽しく過ごせる日が来るから」
地図を受け取り、光は力強く応えた。
突然背後から掛けられた声に、光はどきりとなる。
振り返ると、そこには心配そうな顔をした乃恵の姿があった。
「の、乃恵ちゃん……。ひょっとして……今の見てた?」
乃恵は申し訳なさそうに頷く。死にたくなるほど恥ずかしかったが、今更弁解することもできない。光は「あはは……」と笑い、ズボンについた泥を払いながら立ち上がる。
「な、なんか格好悪いところを見せちゃったね……」
羞恥心で一杯の光に対し、乃恵はすっとハンカチを差し出してくれた。
「お使いください」
「あ、ありがとう」
光は乃恵からハンカチを受け取り、顔に付いた唾を拭き取る。乃恵の表情に光に対する哀れみや同情といったものは窺えない。だが、昨晩のこともあるので、光はどうにも乃恵に対して気まずさを感じてしまっていた。お互いに見られたくないものを見られたわけなので、対等と言えば対等なのかもしれないが、そう簡単に割り切れるものでもない。
「あの、御堂様。この後、少しお時間はありますか? お話したいことがあるのですが」
何を喋るべきか悩んでいると、乃恵の方が先に口を開いた。
「え、うん。大丈夫だけど、話って?」
光が尋ねると、乃恵は視線を左右に移動させた。
「……あの、ここではあれなので、良ければ私の部屋に来ていただけませんか?」
光は了承する。
連れていかれた離れにある乃恵の部屋は、随分と簡素な部屋だった。テレビやパソコンといった定番の電化製品は一切なく、あるのは小さな箪笥と机、それにちゃぶ台だけ。押入れはあるが、この様子だと中に入っているのは布団くらいだろうと予想できた。十代の女の子の部屋としては、あまりにも殺風景である。
「味気ない部屋ですよね」
光の気持ちを見透かしたように、乃恵は小さく笑う。
「う、ううん。さっぱりしていて私はいいと思うよ」
そう返すと、乃恵は「御堂様はお優しいですね」と言って、部屋の隅に置いてあった座布団を渡してくれた。
「あの、昨晩は失礼な口をきいてしまい、大変申し訳ありませんでした」
光が座布団に座ると、乃恵はまずそう言って深々と頭を下げた。
「あ、謝らないで。私の方こそごめんね。乃恵ちゃんや佐々村家のことをよく知っているわけでもないのに……お節介だったよね。でも、話っていうのは昨晩のことを謝りたかったってこと?」
光が尋ねると、乃恵は「あ、いえ」と右手を振り否定の意を示す。
「実は、先ほどのキヨ様と御堂様のやり取りを聞いて、一つ思い当ることがありまして……」
「えっ? それって、オワラ様が祀られている場所に心当たりがあるってこと?」
「確証があるわけではありませんが……」
乃恵は目線を下げ、歯切れの悪い言葉を呟く。もしかすると、彼女の中でも、まだ話すべきかどうか迷っている部分があるのかもしれない。
「お願い! 話して、乃恵ちゃん! 乃恵ちゃんの知っていることが、美守ちゃんや宗介君を助ける鍵になるかもしれないから!」
光が身を乗り出して頼むと、乃恵は覚悟を決めたように一つ小さく頷いた。
そして、「少し長くなりますが」と前置きをして話し始めた。
「小さい頃、私と美守様はよく山で遊んでいました。山といってもせいぜい入り口付近までしか行ったことがなかったんですけど、ある日、美守様が『もう少し奥まで行ってみよう』と言い出したんです。私たちは、ちょっとした冒険気分で山の中へ入って行きました。でも、山道をしばらく行くと、それ以上進めないように金網のフェンスが張られていたんです。だけど、ちょうど一部分だけフェンスが破れているところがあって、私たちはそこからフェンスの中へ入りました。フェンスの奥はほとんど獣道で、辺りも薄暗く気味が悪かったのを覚えています。怖くなった私が『そろそろ戻ろう』と言った時に、美守様が『ねえ、あそこ見て』と何かを発見しました。美守様が見つけたのは大きな洞穴でした。多分、大人でも入れるくらいの大きさだったと思います。私たちはその洞穴に近づいたんですけど、流石に怖くて中へ入ることはできませんでした。その後は、そのまま来た道を引き返したのですが、フェンスを抜け出る際に村の大人に見つかってしまったんです。その人は私たちを見るやいなや血相を変えて飛んできて『この奥へ行ったのか?』と尋ねてきました。私たちは正直に『奥の洞穴まで行った』と答えました。すると、何故かその後、その人に神社へと連れていかれました。神社では何かの儀式みたいなことをされて、迎えに来てくれたキヨ様と共に家へ帰りました。その時に『二度とあの場所へ行ってはいけない』、そして『今日のことは誰にも話すな』とキツく言われました。だから、ひょっとすると、あの洞穴がそうなのかも、と思ったのですが……」
山の中にある洞穴。そして、血相を変えて飛んできた村人。神社での儀式がお祓いだったと考えると、オワラ様が残した呪術を隠している場所として、かなり辻褄が合ってくる。
加えて、光にはもう一つ気になることがあった。
「それって、美守ちゃんも一緒だったんだよね? じゃあ、美守ちゃんもその洞穴の場所を知っていたんだね?」
「あ、はい。かなり昔のことですから、美守様も覚えていらっしゃれば、ですが」
そこで光はぴんときた。
オワラ様の伝承を調べていたという大学院生。美守と親しくしていたという彼が、彼女からその場所のことを聞き、一緒に洞穴へ行った可能性は十分に考えられる。その洞穴で彼らが何をしたのかは分からないが、もしそこにオワラ様の呪術が残っているのならば、二人に起こった不幸にも説明がつく。
乃恵の話を聞いて、美守が呪いをもらった経緯も見えてきた気がした。
「ねえ、乃恵ちゃん。その洞穴の場所の地図って書ける?」
「はい、大体の場所でよければ書くことは可能です」
「お願い、その地図を書いて私にちょうだい!」
乃恵は「分かりました」と返事をすると、机の引き出しから紙とペンを持ち出してきた。
「あの、御堂様」
「なに?」
乃恵はちゃぶ台の上で地図を書きながら、光に話し掛けてきた。
「今の話……本来なら、私は話すべきではなかったのかもしれません。私は曲がりなりにも佐々村家の使用人。それなのに、キヨ様が隠されていたことを、私は喋ってしまいました。でも……」
「でも?」
「美守様は私のことを本当の妹のように可愛がってくださいました。佐々村の家で、私が唯一心を許せる相手が美守様でした。だから、御堂様。どうかお願いします! 美守様を……助けてあげてください」
乃恵はそう言って、書きあげた地図を差し出す。
その手は少しだけ震えていた。
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