46 / 56
元凶への接近
しおりを挟む
乃恵の地図を頼りに山の中のフェンスまで来た光。
太陽は西へと傾き、辺りを茜色に染めている。
フェンスの奥に広がる光景は、予想以上に『山の中』だった。道は当然舗装などされておらず、高い木々が生い茂っている。まるで中へ入った者を生きて還さぬ樹海のようだ。目に見えぬ魔物が手招きをしているように感じ、光は不安を掻き立てられた。
「もうすぐ陽が暮れ始めます。危ないですから、明日の方が……」
佐々村の家を出る時、乃恵はそう忠告してくれた。
確かに、今こうしてフェンスの前に立っていると「アドバイスに従っておけば良かったかも……」と思ってしまう。いや、「今からでも遅くないから引き返した方がいい」と訴えかけてくる自分もいる。
しかし、光には時間がない。美守や宗介の状態は、今こうしている間に急変したとしても不思議ではないのだ。
光は辺りを見回し、誰もいないことを確認してからフェンスをよじ登る。
フェンスの奥に降り立つと、光は別世界に迷いこんだような感覚を抱いた。
言い得ぬ恐怖を感じたが、一度頬を叩いて気持ちを奮い立たせ、光は奥へと進み始める。
道はすぐに獣道へと変わり、さらに進むと最早道とすら呼べない足元になってきた。生い茂る草木を掻き分けながら進むため、枝や葉が身体をかすめ、その度に小さな痛みが走る。
それでも道なき道を進み続けると、やがて光は少し開けた空間に出た。
エアスポットのようなその場所は、何故か光の心をざわつかせる。辺りを見渡すと、左手側に大きな岩が二つ。そして、その二つの岩の間に、ぽっかりと口を開けた洞穴を発見した。
光は吸い寄せられるように、その洞穴へと足を向ける。
近づいてみると、岩だと思ったものは、荒々しく彫られた二つの石像だった。
(道祖神かな……?)
最初はそう思ったが、間近でそれを見た光は硬直してしまう。確かに仏様と思しき像が彫られているのだが、その表情は双方とも苦しみ悶えているように見えた。元からそのような表情で彫られたのか、あるいは長年の雨風の影響で偶然そのように変化してしまったのかは分からない。だが、光には、その顔が『洞穴の中から出てくる何か』を必死に抑えているようにも思えた。
嫌な予感を抱きながら、光は洞穴を調べようと二つの石像の間を通る。
その瞬間、ぞくっとする寒気が全身を駆け抜けた。
それは、初めて佐々村家を訪れた時――門を一歩くぐった瞬間に感じた悪寒と同種のもの。
光の膝がガクガクと震えだす。
(近づいただけで分かる……。ここはダメ……本当にダメ……。こんなところに入るなんて、私には……)
洞穴の奥には、全てを絡め取るような闇が立ち込めている。
光の足は、無意識のうちに後ずさりを始めていた。
本当は、脱兎の如く今すぐこの場所から逃げ出したかった。だが――。
『私、頑張るから。宗介君のお母さんみたいな犠牲が、二度と出ないように頑張るから』
あの夜、宗介と交わした約束が頭の中に浮かぶ。
(私は宗介君と約束した。それなのに、今ここで逃げ出してしまっていいの? 私が逃げれば、今度は宗介君が犠牲になるかもしれないのに……。私は自分で言ったあの言葉を、嘘にしたくない!)
光は奥歯を噛みしめて、下がる足に歯止めをかける。
そして、一つ深呼吸をして入り口まで近づく。洞穴は人が入るのに十分な広さ。だが、入り口からでは、奥がどうなっているのかは暗くて見えなかった。
光は懐中電灯替わりにポケットから携帯電話を取り出す。
携帯を持つ手が少し震えたが、光は心を決めて洞穴の中へ足を踏み入れた。
洞穴は思ったよりも深く、更にゆるやかにカーブして掘られているようだった。そのため、しばらく歩くと、入り口の明かりが見えなくなった。中は湿った空気が充満しており、光の足音以外は何も聞こえない。光は携帯の明かりで足元を照らしながら、恐る恐る奥へと進んでいく。
「……うっ!?」
突如、嗅いだことのある臭いが鼻をつき、光は反射的に手で鼻を覆った。美守のいる座敷牢と同じ腐敗臭。ここまでくると流石に、この場所が美守の呪いに関係していると確証を持てた。
だが、それは同時に、呪いの元凶がこの洞穴に存在するということ。これから、その根源と対峙せねばならないと考えると、背中に冷たい汗が流れた。
光は鼻に当てていた手を胸元に持ってくる。そこには、宗介が倒れる前に渡してくれたペンダントがあった。黒い霊石に触れると、少しだけ緊張が和ぐ。
(大丈夫、大丈夫……。正念場だからこそ落ち着いて冷静にならなきゃ……)
目を閉じて自分に言い聞かせ、光は更に奥へと歩みを進める。
すると、しばらくして通路が大きく右に曲がっている部分にさしかかった。
光が何も考えずに曲がろうとした瞬間――。
プツっという音を残して、携帯の明かりが消えた。
予期せぬ暗闇に、光は思わず「きゃっ」と小さな悲鳴を漏らす。
「え、ちょ、何で消えちゃったの?」
すぐさま電源を入れ直すものの、携帯は一切反応しない。充電は十分あったのに。
(こ、故障……? ううん、違う……。い、今のは、電源が切れたというよりも切られたような感じが……)
直感的に、光はそう感じた。誰によって切られたのかは、あまり考えたくなかったけれど。
明かりの消えた携帯をポケットに仕舞い、目が慣れたところで目の前の角を曲がる。
次の瞬間、光は凍りついた。
太陽は西へと傾き、辺りを茜色に染めている。
フェンスの奥に広がる光景は、予想以上に『山の中』だった。道は当然舗装などされておらず、高い木々が生い茂っている。まるで中へ入った者を生きて還さぬ樹海のようだ。目に見えぬ魔物が手招きをしているように感じ、光は不安を掻き立てられた。
「もうすぐ陽が暮れ始めます。危ないですから、明日の方が……」
佐々村の家を出る時、乃恵はそう忠告してくれた。
確かに、今こうしてフェンスの前に立っていると「アドバイスに従っておけば良かったかも……」と思ってしまう。いや、「今からでも遅くないから引き返した方がいい」と訴えかけてくる自分もいる。
しかし、光には時間がない。美守や宗介の状態は、今こうしている間に急変したとしても不思議ではないのだ。
光は辺りを見回し、誰もいないことを確認してからフェンスをよじ登る。
フェンスの奥に降り立つと、光は別世界に迷いこんだような感覚を抱いた。
言い得ぬ恐怖を感じたが、一度頬を叩いて気持ちを奮い立たせ、光は奥へと進み始める。
道はすぐに獣道へと変わり、さらに進むと最早道とすら呼べない足元になってきた。生い茂る草木を掻き分けながら進むため、枝や葉が身体をかすめ、その度に小さな痛みが走る。
それでも道なき道を進み続けると、やがて光は少し開けた空間に出た。
エアスポットのようなその場所は、何故か光の心をざわつかせる。辺りを見渡すと、左手側に大きな岩が二つ。そして、その二つの岩の間に、ぽっかりと口を開けた洞穴を発見した。
光は吸い寄せられるように、その洞穴へと足を向ける。
近づいてみると、岩だと思ったものは、荒々しく彫られた二つの石像だった。
(道祖神かな……?)
最初はそう思ったが、間近でそれを見た光は硬直してしまう。確かに仏様と思しき像が彫られているのだが、その表情は双方とも苦しみ悶えているように見えた。元からそのような表情で彫られたのか、あるいは長年の雨風の影響で偶然そのように変化してしまったのかは分からない。だが、光には、その顔が『洞穴の中から出てくる何か』を必死に抑えているようにも思えた。
嫌な予感を抱きながら、光は洞穴を調べようと二つの石像の間を通る。
その瞬間、ぞくっとする寒気が全身を駆け抜けた。
それは、初めて佐々村家を訪れた時――門を一歩くぐった瞬間に感じた悪寒と同種のもの。
光の膝がガクガクと震えだす。
(近づいただけで分かる……。ここはダメ……本当にダメ……。こんなところに入るなんて、私には……)
洞穴の奥には、全てを絡め取るような闇が立ち込めている。
光の足は、無意識のうちに後ずさりを始めていた。
本当は、脱兎の如く今すぐこの場所から逃げ出したかった。だが――。
『私、頑張るから。宗介君のお母さんみたいな犠牲が、二度と出ないように頑張るから』
あの夜、宗介と交わした約束が頭の中に浮かぶ。
(私は宗介君と約束した。それなのに、今ここで逃げ出してしまっていいの? 私が逃げれば、今度は宗介君が犠牲になるかもしれないのに……。私は自分で言ったあの言葉を、嘘にしたくない!)
光は奥歯を噛みしめて、下がる足に歯止めをかける。
そして、一つ深呼吸をして入り口まで近づく。洞穴は人が入るのに十分な広さ。だが、入り口からでは、奥がどうなっているのかは暗くて見えなかった。
光は懐中電灯替わりにポケットから携帯電話を取り出す。
携帯を持つ手が少し震えたが、光は心を決めて洞穴の中へ足を踏み入れた。
洞穴は思ったよりも深く、更にゆるやかにカーブして掘られているようだった。そのため、しばらく歩くと、入り口の明かりが見えなくなった。中は湿った空気が充満しており、光の足音以外は何も聞こえない。光は携帯の明かりで足元を照らしながら、恐る恐る奥へと進んでいく。
「……うっ!?」
突如、嗅いだことのある臭いが鼻をつき、光は反射的に手で鼻を覆った。美守のいる座敷牢と同じ腐敗臭。ここまでくると流石に、この場所が美守の呪いに関係していると確証を持てた。
だが、それは同時に、呪いの元凶がこの洞穴に存在するということ。これから、その根源と対峙せねばならないと考えると、背中に冷たい汗が流れた。
光は鼻に当てていた手を胸元に持ってくる。そこには、宗介が倒れる前に渡してくれたペンダントがあった。黒い霊石に触れると、少しだけ緊張が和ぐ。
(大丈夫、大丈夫……。正念場だからこそ落ち着いて冷静にならなきゃ……)
目を閉じて自分に言い聞かせ、光は更に奥へと歩みを進める。
すると、しばらくして通路が大きく右に曲がっている部分にさしかかった。
光が何も考えずに曲がろうとした瞬間――。
プツっという音を残して、携帯の明かりが消えた。
予期せぬ暗闇に、光は思わず「きゃっ」と小さな悲鳴を漏らす。
「え、ちょ、何で消えちゃったの?」
すぐさま電源を入れ直すものの、携帯は一切反応しない。充電は十分あったのに。
(こ、故障……? ううん、違う……。い、今のは、電源が切れたというよりも切られたような感じが……)
直感的に、光はそう感じた。誰によって切られたのかは、あまり考えたくなかったけれど。
明かりの消えた携帯をポケットに仕舞い、目が慣れたところで目の前の角を曲がる。
次の瞬間、光は凍りついた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
七竈 ~ふたたび、春~
菱沼あゆ
ホラー
変遷していく呪いに終わりのときは来るのだろうか――?
突然、英嗣の母親に、蔵を整理するから来いと呼び出されたり、相変わらず騒がしい毎日を送っていた七月だが。
ある日、若き市長の要請で、呪いの七竃が切り倒されることになる。
七竃が消えれば、呪いは消えるのか?
何故、急に七竃が切られることになったのか。
市長の意図を探ろうとする七月たちだが――。
学園ホラー&ミステリー
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/6:『とんねるあんこう』の章を追加。2025/12/13の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/5:『ひとのえ』の章を追加。2025/12/12の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/4:『こうしゅうといれ』の章を追加。2025/12/11の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/3:『かがみのむこう』の章を追加。2025/12/10の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる