黒の解呪録 ~呪いの果ての少女~

蒼井 くじら

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元凶への接近

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 乃恵の地図を頼りに山の中のフェンスまで来た光。
 
 太陽は西へと傾き、辺りを茜色に染めている。
 
 フェンスの奥に広がる光景は、予想以上に『山の中』だった。道は当然舗装などされておらず、高い木々が生い茂っている。まるで中へ入った者を生きて還さぬ樹海のようだ。目に見えぬ魔物が手招きをしているように感じ、光は不安を掻き立てられた。


「もうすぐ陽が暮れ始めます。危ないですから、明日の方が……」
 

 佐々村の家を出る時、乃恵はそう忠告してくれた。
 
 確かに、今こうしてフェンスの前に立っていると「アドバイスに従っておけば良かったかも……」と思ってしまう。いや、「今からでも遅くないから引き返した方がいい」と訴えかけてくる自分もいる。
 
 しかし、光には時間がない。美守や宗介の状態は、今こうしている間に急変したとしても不思議ではないのだ。
 
 光は辺りを見回し、誰もいないことを確認してからフェンスをよじ登る。
 
 フェンスの奥に降り立つと、光は別世界に迷いこんだような感覚を抱いた。
 
 言い得ぬ恐怖を感じたが、一度頬を叩いて気持ちを奮い立たせ、光は奥へと進み始める。
 
 道はすぐに獣道へと変わり、さらに進むと最早道とすら呼べない足元になってきた。生い茂る草木を掻き分けながら進むため、枝や葉が身体をかすめ、その度に小さな痛みが走る。
 
 それでも道なき道を進み続けると、やがて光は少し開けた空間に出た。
 
 エアスポットのようなその場所は、何故か光の心をざわつかせる。辺りを見渡すと、左手側に大きな岩が二つ。そして、その二つの岩の間に、ぽっかりと口を開けた洞穴を発見した。
 
 光は吸い寄せられるように、その洞穴へと足を向ける。
 
 近づいてみると、岩だと思ったものは、荒々しく彫られた二つの石像だった。


(道祖神かな……?)
 

 最初はそう思ったが、間近でそれを見た光は硬直してしまう。確かに仏様と思しき像が彫られているのだが、その表情は双方とも苦しみ悶えているように見えた。元からそのような表情で彫られたのか、あるいは長年の雨風の影響で偶然そのように変化してしまったのかは分からない。だが、光には、その顔が『洞穴の中から出てくる何か』を必死に抑えているようにも思えた。
 
 嫌な予感を抱きながら、光は洞穴を調べようと二つの石像の間を通る。
 
 その瞬間、ぞくっとする寒気が全身を駆け抜けた。
 
 それは、初めて佐々村家を訪れた時――門を一歩くぐった瞬間に感じた悪寒と同種のもの。
 
 光の膝がガクガクと震えだす。


(近づいただけで分かる……。ここはダメ……本当にダメ……。こんなところに入るなんて、私には……)
 

 洞穴の奥には、全てを絡め取るような闇が立ち込めている。
 
 光の足は、無意識のうちに後ずさりを始めていた。
 
 本当は、脱兎の如く今すぐこの場所から逃げ出したかった。だが――。


『私、頑張るから。宗介君のお母さんみたいな犠牲が、二度と出ないように頑張るから』
 

 あの夜、宗介と交わした約束が頭の中に浮かぶ。


(私は宗介君と約束した。それなのに、今ここで逃げ出してしまっていいの? 私が逃げれば、今度は宗介君が犠牲になるかもしれないのに……。私は自分で言ったあの言葉を、嘘にしたくない!)
 

 光は奥歯を噛みしめて、下がる足に歯止めをかける。
 
 そして、一つ深呼吸をして入り口まで近づく。洞穴は人が入るのに十分な広さ。だが、入り口からでは、奥がどうなっているのかは暗くて見えなかった。
 
 光は懐中電灯替わりにポケットから携帯電話を取り出す。
 
 携帯を持つ手が少し震えたが、光は心を決めて洞穴の中へ足を踏み入れた。
 
 洞穴は思ったよりも深く、更にゆるやかにカーブして掘られているようだった。そのため、しばらく歩くと、入り口の明かりが見えなくなった。中は湿った空気が充満しており、光の足音以外は何も聞こえない。光は携帯の明かりで足元を照らしながら、恐る恐る奥へと進んでいく。


「……うっ!?」
 

 突如、嗅いだことのある臭いが鼻をつき、光は反射的に手で鼻を覆った。美守のいる座敷牢と同じ腐敗臭。ここまでくると流石に、この場所が美守の呪いに関係していると確証を持てた。
 
 だが、それは同時に、呪いの元凶がこの洞穴に存在するということ。これから、その根源と対峙せねばならないと考えると、背中に冷たい汗が流れた。
 
 光は鼻に当てていた手を胸元に持ってくる。そこには、宗介が倒れる前に渡してくれたペンダントがあった。黒い霊石に触れると、少しだけ緊張が和ぐ。


(大丈夫、大丈夫……。正念場だからこそ落ち着いて冷静にならなきゃ……)
 

 目を閉じて自分に言い聞かせ、光は更に奥へと歩みを進める。
 
 すると、しばらくして通路が大きく右に曲がっている部分にさしかかった。
 
 光が何も考えずに曲がろうとした瞬間――。
 
 プツっという音を残して、携帯の明かりが消えた。
 
 予期せぬ暗闇に、光は思わず「きゃっ」と小さな悲鳴を漏らす。


「え、ちょ、何で消えちゃったの?」
 

 すぐさま電源を入れ直すものの、携帯は一切反応しない。充電は十分あったのに。


(こ、故障……? ううん、違う……。い、今のは、電源が切れたというよりも切られたような感じが……)
 

 直感的に、光はそう感じた。誰によって切られたのかは、あまり考えたくなかったけれど。
 
 明かりの消えた携帯をポケットに仕舞い、目が慣れたところで目の前の角を曲がる。
 
 次の瞬間、光は凍りついた。






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