黒の解呪録 ~呪いの果ての少女~

蒼井 くじら

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呪いの元凶

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 曲がった先には、教室を一回り小さくした程の空間が広がっており、奥に古めかしい祠が建てられていた。
 
 そして、その祠の前には、白装束に身を包んだ女が一人――祠に向かって鎮座していた。
 
 光は一目で女が人間ではないことを悟る。光に背を向けているため、女の顔は見えない。だが、その後ろ姿から発せられる邪気は、津波のごとく光の平常心を飲み込んだ。


「あ……あ……」
 

 無意識のうちに声が漏れる。全身の震えは止めることができず、恐ろしさと寒さから歯がガチガチと鳴り始めた。光の足は勝手に後退を始める、のだが……。


《キャハハハハハ》
 

 背後から聞こえた子供の声。振り返った光は、ぎょっとなる。
 
 そこにいたのは、刃物を持った子供たち――黒目の亡霊がふらふら身体を動かしながら、光の退路を塞いでいた。
 
 逃げ道を失い、いよいよ光の頭はパニックを起こしかける。
 
 そんな光に追い打ちをかけるように、白装束の女はおもむろに立ち上がった。


(やめて! こっちを振り向かないで!)
 

 心の中で必死に叫ぶも、女はゆっくりと振り返る。


「いやああああああああああああああああああああ!」
 

 光は悲鳴を上げる。
 
 それは、人の形をした怨みと恨みの集合体だった。
 
 何かではなく、全てを憎んでいるような血走った目。切り散らかしたような不揃いで乱れた髪。手の爪は全て剥れ、首元には縄で締めたような濃い痣がある。だが、そんな姿にも関わらず、抜け歯だらけの口は歪んだ笑みを浮かべていた。


《……ガレ……》
 

 女は何事かを呟きながら、一歩前に出た。
 
 その瞬間、女の放つプレッシャーに押され、光は尻もちをついてしまう。


「来ないで! 来ないでええええ!」
 

 光は大声で叫ぶが、女は身体を揺らしながら、ゆっくりと近づいてくる。


《……ケガレノ……ニオイ……》
 

 ノイズのような言葉を発しながら、なおも光との距離を詰めてくる。気が付くと、後ろにいた子供たちが、いつの間にか倒れた光を取り囲んでいた。
 
 光の足元まで迫ってきたところで、女の足はぴたりと止まる。
 
 女はしばらくの間、底冷えするような目でじっと光を見下ろした。


《コノヒト……ドッチ?》
 

 子供たちの誰かが、女に向かって問いかけた、そんな声。


《タベルノ……? ソレトモ、ナオスノ……?》
 

 それも子供の声だった。


(たべる? なおす?)
 

 恐怖に慄きながら、光は今の言葉の意味を考える。
 
 だが、直後、そんな光の思考力は木端微塵に吹き飛んだ。
 
 突然、女が倒れ込むようにして覆い被さってきたのからだ。


「きゃあ!」
 

 光は背中まで地面に付ける格好となる。
 
 女は吐息がかかるほどまで顔を近づけてきたが、光の身体は金縛りにあったように全く動いてくれない。


《……オカシイ……》
 

 女はくぐもった声で囁きながら、さらに顔を近づける。
 
 恐怖で頭が真っ白になりそうだったが、女が自分の匂いを嗅いでいることは理解できた。
 
 同時に、骨と皮しかない女の手が光の顔に触れる。
 
 ガサガサした荒れた指の感触が、光の頬に伝わってきた。


《ケガレノニオイ……デモ……》
 

 次の瞬間、女は細い舌を出し、光の首筋を舐め上げてきた。身体がびくんと痙攣し、心臓が大きく脈打つ。女の舌は恐ろしく冷たく、鋭利なナイフを連想させた。


《オマエハ……チガウ……》
 

 女の顔も手も、次第に下の方へと移動していく。その間も、女はずっと匂いを嗅ぎ続けているようだった。
 
 だが、女の顔が光の胸元にやって来た時、突如として動きが止まる。


《……ココカ……》
 

 光の服に手を入れると、女は何かを探すように胸をまさぐってきた。
 
 やがて動きが止まり、手が引き抜かれる。
 
 その手には、宗介がくれた霊石のペンダントが握られていた。
 
 暗い洞窟の中でも、研ぎ澄まされた黒い光を放つ霊石。
 
 女だけでなく、周りにいた子供たちも、その石に視線を送っているようだった。


《オオキナ……ケガレ……》
 

 そう呟く女は、魅入られたように霊石を見つめる。最早、光のことなど眼中にないようにも感じられた。
 
 そのおかげで、半ばパニックに陥っていた光の頭も、少しだけ冷静さを取り戻す。


《ケガレハ……タベル……ワタシノ……ツトメ……》


(ツトメ……? つとめ……務め……ハッ!)
 

 その瞬間、光の頭に閃光が走る。隠されていた最後のピースが見つかった。そんな感覚だった。
 
 けれど、頭に浮かんだ考えをまとめる余裕はなかった。
 
 女はペンダントを引き千切ると、霊石を自らの口へと近づける。
 
 そして、ところどころ抜け落ちている歯で霊石に噛みついた。
 
 ギリギリと響く摩擦音。
 
 しばらくすると、ガキンと音を立てて霊石は砕け散った。
 
 割れた石の破片が光の身体や辺りの地面に散らばる。
 
 女はガリガリと石を咀嚼し、ごくんと大きな音を立てて飲み込んだ。
 
 最後に満足そうな笑みを浮かべると、再び光の顔へと邪念に満ちた視線を戻す。


《アトハ……オマエ……》
 

 言うが早いか、女は両手を光の首に巻き付けてきた。
 
 枯れ枝のように細い腕なのに、信じられないほど強い力で光の首を絞めあげてくる。
 
 それまで見ているだけだった子供たちも、女に呼応するようにして、刃物を構えながら近づいてきた。
 
 そして、光の真上に立った女の子が、手に持った鉈を大きく振りかぶる。


(殺される!!)
 

 そう思った瞬間、辺りが黒い輝きに包まれた。輝きを放っていたのは、先ほど女に砕かれた霊石の破片。黒い煌きを浴びた子供たちは、手から刃物を取り落とし蹲って悶え始めた。


《オオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ……》
 

 光の上に乗っていた女も、断末魔に似た呻き声を上げる。
 
 見ると、女のお腹からも同じように黒い光が漏れ出ていた。
 
 女は光の首から手を離し、自身の腹部を押さえて苦しみよがる。腹部の輝きは更に強さを増し、全てを飲み込むブラックホールのごとく女の身体を吸い込み始めた。


《コ……コンナ……》
 

 自らの腹に飲み込まれる形で、女は消失する。
 
 女が消えると、黒の輝きもその勢いを失い、蝋燭の炎が燃え尽きるように辺りの闇と同化した。
 
 周りにいた子供たちも、いつの間にか全員いなくなっている。
 
 光には何が起こったのかさっぱり分からない。ただ、一つ。宗介が自分を守ってくれたこと以外は。
 
 洞窟内には静寂が訪れ、気が付けば例の腐敗臭も消えてしまっていた。
 
 光は周りを見回しながら、恐る恐る身体を起こす。
 
 もう何かがいる気配はしない。
 
 しかし、これで全てが終わったわけではなかった。
 
 むしろ、これからなのだ。
 
 光は奥にある祠へと向かう。
 
 十中八九、祠の中に入っているものが、オワラ様の残した呪術だろう。祠に近づくと、観音開きの戸にお札の切れ端が貼りついていることに気付く。札の汚れ具合、そして描かれている紋様から、美守の部屋で見たものと同じ札に思えた。
 
 元は、戸に封をする形でお札が貼られていたのだろう。それが、こうして破られてしまっているということは……。
 
 光は今回の呪いに対して、一つの結論を導き出した。
 
 そして、先ほどの女が発した言葉から、宗介の言っていた『見落としていること』も分かった。残すは、この祠にある呪いを解呪することだけだ。
 
 光は観音開きの戸に手を掛け、意を決して戸を開いた。


「こ、これは……」




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