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エピローグ
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翌日の放課後。
終業式を終えた宗介は、屋上のベンチに座っていた。
気分はあまり良くない。
その理由は二つ。
一つは、長距離の移動による疲労が抜けきっていないこと。
もう一つは、今朝方、父親に催促したバイト代のことである。
夏休みを迎えるにあたり、元より財布が寂しかった宗介は、父親にバイト代を要求。
しかし、父親から渡されたのは、千円札が三枚だけだった。
「おい、親父! 桁が二つほど違うだろうが!」
「たわけ! 高校生が大金を持つ必要などない!」
「ふざけんな! だからって三千円はねえだろ! 空き缶拾ってた方がまだ稼げるぞ!」
「光さんみたいな可憐なお嬢さんと旅行に行けたのだから十分だろう。ま、まさかとは思うが、お前、光さんにいかがわしいことを――」
「するわけねえだろうが! 逆にこっちがゲロかけられたりしてんだよ!」
「そ、そんなマニアックなプレイを……ワシはそんな子に育てた覚えはないぞ!」
「ちげえよ! そういう話をしてんじゃなくて――」
そんな押し問答を繰り返しているうちに登校時刻となり、宗介は渋々提示された三千円を握りしめ家を出たわけである。
(くっそー、帰ったら絶対もう一回バイト代を請求してやる! あ~、しっかし、今日も暑っちいなあ~)
そんなことを思いながら、宗介は青い空を仰ぎ見る。
果てしなく続く青空を眺めていると、ふと同じ空の下にいる少女のことが思い浮かんだ。
宗介と同じく呪われた宿命を持つ凶巫の少女。
あまり他人に関心を持たない宗介だが、除霊が終わっても乃恵のことは気がかりだった。
宗介は乃恵に生きる気力を与えることはできた。
でも、彼女に『生き方』を示してやることはできなかった。
呪われた存在として、この先どう生きていくのか。
それは、宗介自身もまだ模索しているところだからだ。
(俺も彼女も本質的な部分は同じ。そして、生き方が定まっていないということは、これから如何様にも変わり得るということだ。ひょっとすると、俺も彼女みたく呪いをばら撒いてしまう可能性だって……)
嫌な妄想が頭をよぎった、その時――。
「あ~、こんなところにいた~。探しましたよ、黒宮先輩!」
随分と久しぶりに聞いた感じがする陽気な声。
声のした方へ顔を移すと、そこには思った通り一之瀬柊の姿があった。
夏の太陽にも負けない眩しい笑顔と一緒に、宗介へ歩み寄ってくる。
「この三連休どこに行ってたんですか? 先輩に連絡しても全然繋がらないし、昨日も学校休んでましたよね?」
「……ああ。ちょっと、遠征で除霊に行ってたんだよ」
少し迷ったが、宗介は正直に連休中のことを話した。
「えええ~! 何で私を呼んでくれなかったんですか!? 先輩だけでそんな楽しそうなことをしていたなんて許せないですよ!!」
「別に楽しくなんてなかったよ……」
唇を尖らせて不貞腐れる柊。全くもって予想通りの反応だった。
だが、そんな柊を見ていて、宗介は一つ訊いてみたくなった。
「なあ、一之瀬」
「はい?」
「お前さ、もし『俺と一緒にいたら呪われて不幸になる』って言われたらどうする?」
柊の眉がぴくんと上がる。
「な、なんですか、急に?」
「あり得ない話じゃないだろ? 俺は霊が視えるし、最悪、命に関わるような危険な悪霊や呪いに取り憑かれるかもしれない」
宗介が尋ねると、柊は人差し指を顎に当て「う~ん」と考える。
しかし、すぐに考えがまとまったようで、まん丸な目で真っ直ぐ宗介を見つめてきた。
「それでも、私は先輩に絡んでいくと思いますよ」
「なんでだ? 自分が死ぬかもしれないんだぞ?」
「だって、先輩は中学生の時、私のことを助けてくれたじゃないですか。私が呪われても、きっとまた先輩は助けてくれると思うから。その原因が先輩にあるんだったら、なおさら。なんだかんだで優しいですからね、先輩って。だから、きっと私は先輩の側にいると思います」
そう言って、柊はニカっと太陽のような笑顔を見せる。
「……馬鹿だな、お前は。そんなんじゃ早死にするぞ」
「え~、何ですか、その反応は~。今のは間違いなく、先輩が私に惚れる場面だったじゃないですか~」
頬を膨らませて怒る柊を、宗介は適当にあしらう。
だが、柊の言葉は、宗介にとって素直に嬉しいものだった。
自分には、柊のように自分を慕ってくれる人間がいる。
そして、母親は宗介のことを命がけで愛してくれた。
(そうだな……俺は一人なんかじゃない)
そこで宗介は、今朝父親に貰った三千円が財布に入っていることを思い出した。
「なあ、一之瀬。この後、暇か?」
「えっ? 暇ですよ。どうかしましたか?」
「連休前に言ってた映画、あれ、今から観に行くか?」
宗介が言うと、柊はわざとらしいまでに驚いた顔を見せる。
「えっ? えっ? ど、どうしちゃったんですか、先輩? 先輩の方から私を誘ってくれるなんて、何か変なものでも食べました? それとも、ついに私への愛に目覚めちゃいました?」
「食ってねえし、目覚めてもいねえよ。ただ、ちょっと臨時収入が入ったからな」
「もしかして先輩のおごりですか?」
「ああ。今日だけな」
今朝貰った三千円と、元から財布に入っていた五百円があれば、チケットが二枚買えるだろう。いつも邪険にされながら、それでもめげずに宗介を気にかけてくれる柊。そんな健気な後輩に、たまにはサービスしてやるのも悪くないように思えた。
「うわ~、今日はなんて素敵な日なんだろう~。じゃあ、早速行きましょうよ、先輩!」
人間とは、やはり不思議なものだ。
嬉しそうにはしゃぐ柊を見ていると、呪いや宿命など、どうでもいいように思えてくるのだから。
こうして心通わせられる相手がいるだけで、強くなれるのだから。
そう思うと、宗介にも自然と笑みがこぼれた。
宗介は、もう一度空を仰ぐ。
いつの日か、彼女にもこうして笑える日が来ることを祈りながら。
終業式を終えた宗介は、屋上のベンチに座っていた。
気分はあまり良くない。
その理由は二つ。
一つは、長距離の移動による疲労が抜けきっていないこと。
もう一つは、今朝方、父親に催促したバイト代のことである。
夏休みを迎えるにあたり、元より財布が寂しかった宗介は、父親にバイト代を要求。
しかし、父親から渡されたのは、千円札が三枚だけだった。
「おい、親父! 桁が二つほど違うだろうが!」
「たわけ! 高校生が大金を持つ必要などない!」
「ふざけんな! だからって三千円はねえだろ! 空き缶拾ってた方がまだ稼げるぞ!」
「光さんみたいな可憐なお嬢さんと旅行に行けたのだから十分だろう。ま、まさかとは思うが、お前、光さんにいかがわしいことを――」
「するわけねえだろうが! 逆にこっちがゲロかけられたりしてんだよ!」
「そ、そんなマニアックなプレイを……ワシはそんな子に育てた覚えはないぞ!」
「ちげえよ! そういう話をしてんじゃなくて――」
そんな押し問答を繰り返しているうちに登校時刻となり、宗介は渋々提示された三千円を握りしめ家を出たわけである。
(くっそー、帰ったら絶対もう一回バイト代を請求してやる! あ~、しっかし、今日も暑っちいなあ~)
そんなことを思いながら、宗介は青い空を仰ぎ見る。
果てしなく続く青空を眺めていると、ふと同じ空の下にいる少女のことが思い浮かんだ。
宗介と同じく呪われた宿命を持つ凶巫の少女。
あまり他人に関心を持たない宗介だが、除霊が終わっても乃恵のことは気がかりだった。
宗介は乃恵に生きる気力を与えることはできた。
でも、彼女に『生き方』を示してやることはできなかった。
呪われた存在として、この先どう生きていくのか。
それは、宗介自身もまだ模索しているところだからだ。
(俺も彼女も本質的な部分は同じ。そして、生き方が定まっていないということは、これから如何様にも変わり得るということだ。ひょっとすると、俺も彼女みたく呪いをばら撒いてしまう可能性だって……)
嫌な妄想が頭をよぎった、その時――。
「あ~、こんなところにいた~。探しましたよ、黒宮先輩!」
随分と久しぶりに聞いた感じがする陽気な声。
声のした方へ顔を移すと、そこには思った通り一之瀬柊の姿があった。
夏の太陽にも負けない眩しい笑顔と一緒に、宗介へ歩み寄ってくる。
「この三連休どこに行ってたんですか? 先輩に連絡しても全然繋がらないし、昨日も学校休んでましたよね?」
「……ああ。ちょっと、遠征で除霊に行ってたんだよ」
少し迷ったが、宗介は正直に連休中のことを話した。
「えええ~! 何で私を呼んでくれなかったんですか!? 先輩だけでそんな楽しそうなことをしていたなんて許せないですよ!!」
「別に楽しくなんてなかったよ……」
唇を尖らせて不貞腐れる柊。全くもって予想通りの反応だった。
だが、そんな柊を見ていて、宗介は一つ訊いてみたくなった。
「なあ、一之瀬」
「はい?」
「お前さ、もし『俺と一緒にいたら呪われて不幸になる』って言われたらどうする?」
柊の眉がぴくんと上がる。
「な、なんですか、急に?」
「あり得ない話じゃないだろ? 俺は霊が視えるし、最悪、命に関わるような危険な悪霊や呪いに取り憑かれるかもしれない」
宗介が尋ねると、柊は人差し指を顎に当て「う~ん」と考える。
しかし、すぐに考えがまとまったようで、まん丸な目で真っ直ぐ宗介を見つめてきた。
「それでも、私は先輩に絡んでいくと思いますよ」
「なんでだ? 自分が死ぬかもしれないんだぞ?」
「だって、先輩は中学生の時、私のことを助けてくれたじゃないですか。私が呪われても、きっとまた先輩は助けてくれると思うから。その原因が先輩にあるんだったら、なおさら。なんだかんだで優しいですからね、先輩って。だから、きっと私は先輩の側にいると思います」
そう言って、柊はニカっと太陽のような笑顔を見せる。
「……馬鹿だな、お前は。そんなんじゃ早死にするぞ」
「え~、何ですか、その反応は~。今のは間違いなく、先輩が私に惚れる場面だったじゃないですか~」
頬を膨らませて怒る柊を、宗介は適当にあしらう。
だが、柊の言葉は、宗介にとって素直に嬉しいものだった。
自分には、柊のように自分を慕ってくれる人間がいる。
そして、母親は宗介のことを命がけで愛してくれた。
(そうだな……俺は一人なんかじゃない)
そこで宗介は、今朝父親に貰った三千円が財布に入っていることを思い出した。
「なあ、一之瀬。この後、暇か?」
「えっ? 暇ですよ。どうかしましたか?」
「連休前に言ってた映画、あれ、今から観に行くか?」
宗介が言うと、柊はわざとらしいまでに驚いた顔を見せる。
「えっ? えっ? ど、どうしちゃったんですか、先輩? 先輩の方から私を誘ってくれるなんて、何か変なものでも食べました? それとも、ついに私への愛に目覚めちゃいました?」
「食ってねえし、目覚めてもいねえよ。ただ、ちょっと臨時収入が入ったからな」
「もしかして先輩のおごりですか?」
「ああ。今日だけな」
今朝貰った三千円と、元から財布に入っていた五百円があれば、チケットが二枚買えるだろう。いつも邪険にされながら、それでもめげずに宗介を気にかけてくれる柊。そんな健気な後輩に、たまにはサービスしてやるのも悪くないように思えた。
「うわ~、今日はなんて素敵な日なんだろう~。じゃあ、早速行きましょうよ、先輩!」
人間とは、やはり不思議なものだ。
嬉しそうにはしゃぐ柊を見ていると、呪いや宿命など、どうでもいいように思えてくるのだから。
こうして心通わせられる相手がいるだけで、強くなれるのだから。
そう思うと、宗介にも自然と笑みがこぼれた。
宗介は、もう一度空を仰ぐ。
いつの日か、彼女にもこうして笑える日が来ることを祈りながら。
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