俺にしか描けない

東妻蛍

文字の大きさ
2 / 29
俺が部活を選ぶまで

優一と陽太

しおりを挟む
 休憩時間が終わって何やら次の説明が始まってからも、優一はずっと学校説明の冊子を読んでいた。運動部は嫌だ。文化系がいい。陽太の応援にも行きたいから、できれば忙しくないやつで。ただいいアイデアは優一のもとには降ってこない。なぜなら優一の世界は全て陽太を中心にして回っているからだ。優一は担任の目を盗んでちらりと陽太の方を見やる。入学式当日だというのにもう野球部の朝練に顔を出してきたと言っていた陽太はこくりこくりと舟をこいでいた。
「こら。上沢。そんなにそればかり読んで、何が知りたいんだ?」
「あー……すみません。浮かれてて」
「冊子もいいが先生の話もちゃんと聞きなさい。ほら、遠足の話だぞ」
「はい。すみませんでした」
 優一がずっと上の空だったことに担任は目ざとく気が付いたらしい。注意を受けた優一をクラス中の人間が笑ったが、唯一陽太だけが笑わなかった。居眠りをしていた陽太自身が叱られなかったことへの安堵も含んでいるかもしれないが、優一は陽太がああいう風に人を笑いものにはしないところが好きだった。優一が見ていることに気づいたのだろう。陽太は「どんまい」と口パクで伝え、優一へ小さく手を振る。その姿が愛おしくて、優一は先ほど担任から叱られたことやクラスメイトから笑われたことなどもうどうでもよくなった。
「あの、上沢君、そんなにそれ見て、何調べてたの?」
「あー……部活何があんのかなって」
「なるほどー。上沢君、バスケ部とか似合いそう!」
「えー、バレー部じゃない?」
「うわちゃん、運動何でもできるもんねー。今度こそなんか運動部入ってよ!」
「やー。俺、運動嫌いだから文化部がいい」
「えー。もったいない!」
 再び休憩時間になると、今度は周囲の女子が興味深げに優一を取り囲んだ。一人は同じ中学から進学した顔見知りだが、他の女子は見たことがない。初めましてなはずなのに、よくこれだけ距離を詰められるものだと優一は感心する。でも、なにが似合うだ。なにがもったいないだ。お前ら、俺のことなんて何も知らないくせに。優一は取ってつけたような笑みの下で悪態をつき、少し離れたところにいる幼馴染の様子を伺う。俺に声を掛けるタイミングを失ったのだろう陽太は、他校出身の元野球部員を見つけたらしく、そちらと盛り上がっていた。楽しそうな陽太の姿を見て優一の胸がチリッと痛む。それが嫉妬心からだということは長年の経験で優一にはよく分かっていた。俺には陽太だけなのに、陽太はもう他の友人がいるのか。
「ねー、上沢君、聞いてる?」
「聞いてるよ。うーん、まあ部活紹介が明日あるらしいし、それ聞いてから決めようかな」
「ああ。確かにそうだよね。でも上沢君ならなんでも似合うよ」
 うるさいと口に出さなかった自分を褒めてやりたい。優一は乾いた笑みを浮かべながらそう思った。本音を漏らす前に女子たちから離れようと優一は席を立つ。「どうしたの?」との呼びかけには「聞かないでよ。恥ずかしいから」と言葉を濁した。きっとトイレとでも勝手に思ってくれるだろう。
「優一、大人気だな」
「……陽太こそ、もう友達出来たみたいじゃん。安心した」
「安心ってなんだよ。お前は俺の母ちゃんか。……つーか友達ではない。あいつ、野球辞めたからあんま話しかけんなって言われたし」
「あ、そうなんだ。残念だね」
 残念と言う言葉を使いながら、優一の心は残酷な気持ちでいっぱいだった。せっかく人見知りをする陽太があんなに嬉しそうだったのに。陽太と友人になれるチャンスを不意にした名前も知らぬクラスメイト。そもそも野球をやめたくせになんで野球の強豪校になんて進学したんだか。その上陽太に話しかけるなと言うなんて、きっと自分が諦めたものを思い出すからだろう。未練たらたらじゃないか。諦めきれていない哀れなやつめ。
「優一、どうかした?」
「別に。しかし残念だったね。せっかく陽太が勇気出して話しかけたのに」
「ちょっ、もー! うるさい!」
 自分でも人見知りの自覚があるのだろう。陽太は顔を真っ赤にして優一の肩を照れ隠しに叩く。子供のころから変わらないその様子が可愛らしくてつい笑みを溢すと、陽太は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「優一が俺と喋ってくれたら、知り合い程度のやつに話しかけるとかいう挑戦せずに済んだのによ」
 陽太がこんな可愛らしいことを言ってくれるのは一体いつまでだろう。優一は得意げになりながらも今後のことを思い浮かべて不安にも襲われる。陽太はこれから総部員数百人を超える野球部の一員になるのだ。当然クラス内にも何人も部員はいて、俺なしでも生きていけるようになってしまう。優一は嫉妬心をひた隠しにして、余裕ぶった表情を浮かべた。
「ふふ。ごめんって。でも、それなら陽太から来てくれればよかったのに」
「行けるわけねーだろ。知らねえやつばっかだし、それに、女子だったし……」
「有川は同じ中学校だっただろ。……しっかし、お年頃だねぇ」
「同い年だろうが」
 今度頬を染めたのは俺に対してではない。俺に話しかけていた女子たちを思い浮かべてのことだ。陽太は誰に対しても人見知りを発揮するが、女子に対しては思春期に由来してか特にそれを発揮する。女子を恋愛対象として意識しているからなのだろうか。優一には陽太が女子に対して照れる意味がいまいち理解できない。優一は女子――ひいては誰か個人に恋をしたことがない。優一は持ちうる愛を全て陽太に注いでいるからだ。
「てかトイレ行くんじゃねえの。どこまで歩いてんだよ」
「あ、もしかしてトイレ行きたかった? ごめん。俺、あそこから離れたかっただけでトイレ行く気は全然なかったんだけど」
「……え。俺はトイレ行く気で、お前について行ったら行けると思って!」
「あー、ごめんごめん。そうだよね。陽太は方向音痴だもんなぁ」
「揶揄ってる場合じゃねえんだっての。ほら、どこだよ、トイレ!」
「声でかいって。そもそも『つれてってください』だろ」
「意地悪言うなよ~」
 一つの遠慮もなく自分に頼ってくる陽太が好きだ。じゃれるように優一の腕を抱いた陽太へ、優一は自分の心音がどうか伝わりませんようにと祈る。いつまで陽太はこうしてくれるのだろう。一抹の不安を見ないふりして、優一は陽太のためにトイレへの道案内をしてやった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

溺愛系とまではいかないけど…過保護系カレシと言った方が 良いじゃねぇ? って親友に言われる僕のカレシさん

315 サイコ
BL
潔癖症で対人恐怖症の汐織は、一目惚れした1つ上の三波 道也に告白する。  が、案の定…  対人恐怖症と潔癖症が、災いして号泣した汐織を心配して手を貸そうとした三波の手を叩いてしまう。  そんな事が、あったのにも関わらず仮の恋人から本当の恋人までなるのだが…  三波もまた、汐織の対応をどうしたらいいのか、戸惑っていた。  そこに汐織の幼馴染みで、隣に住んでいる汐織の姉と付き合っていると言う戸室 久貴が、汐織の頭をポンポンしている場面に遭遇してしまう…   表紙のイラストは、Days AIさんで作らせていただきました。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

だって、君は210日のポラリス

大庭和香
BL
モテ属性過多男 × モブ要素しかない俺 モテ属性過多の理央は、地味で凡庸な俺を平然と「恋人」と呼ぶ。大学の履修登録も丸かぶりで、いつも一緒。 一方、平凡な小市民の俺は、旅行先で両親が事故死したという連絡を受け、 突然人生の岐路に立たされた。 ――立春から210日、夏休みの終わる頃。 それでも理央は、変わらず俺のそばにいてくれて―― 📌別サイトで読み切りの形で投稿した作品を、連載形式に切り替えて投稿しています。  エピローグまで公開いたしました。14,000字程度になりました。読み切りの形のときより短くなりました……1000文字ぐらい書き足したのになぁ。 📌本編モブ視点による、番外エピソード 「君はポラリス ― アンコール!:2年後の二人と俺と」を追加しました。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】

彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。 高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。 (これが最後のチャンスかもしれない) 流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。 (できれば、春樹に彼女が出来ませんように) そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。 ********* 久しぶりに始めてみました お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

処理中です...