俺にしか描けない

東妻蛍

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俺が部活を選ぶまで

放課後

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 放課後、野球部の仮入部に行くのだと走って教室を出て行った陽太を見送りながら優一は途方に暮れていた。入りたい部活なんて一つもなかった。もう忙しくない部活を見つけて適当に入部してしまおうか。でもそれでは陽太の部活が終わるまで待つ理由づくりができない。
「はあ……」
「上沢君、どうしたの?」
「部活、まだ迷ってるの? ねー、やっぱりバレー部にしなって。紹介の時、うわちゃんより背の高い部員いなかったじゃん。レギュラー狙えるよ?」
「俺、そこまで必死になれないし」
「そうだよねー。上沢君はクール系だよねぇ」
「クール系? まあいいや。とりあえず色々見てみるよ。何もなければ、その時はその時」
「え、じゃあ一緒に見に行っていい?」
「なんで? じゃあ、俺、もう行くから」
 女子の不満げな声の大合唱を聞きながら優一は教室を後にした。なんでわざわざ俺なんかに絡むのか。それにクール系ってなんだよ。脳内の型に俺を勝手に当てはめるなっての。
 しかしどうしようか。教室の居心地が悪かったから出てきたものの、優一は廊下で途方に暮れた。まあ部活がダメなら適当な委員会にでも入ればいいか。そんなことを思いながら優一は校舎の最上階である三階に向かって足を進める。一番上から効率よく見て回ればいいや。
 三階は三年生の教室があり、教室の中には自習をする生徒の姿がちらほら見えた。それを横目に優一は芸術棟の方を目指す。一度は興味を持った吹奏楽部を見てみようと思ったからだったが、大きな楽器の音よりも聞きなじみのある大きな声がグラウンドから聞こえてきて優一は足を止めた。陽太のやつ、頑張ってるな。声の聞こえた方に目をやると、鍵のかかっていない扉が見えた。この高さからなら、この方向なら、野球部の練習風景がよく見えるかもしれない。考えると同時に、優一はドアを勝手に開けてするりと教室に入り込む。そしてまっすぐ窓へ向かった。優一の予想通り、そこからは野球部専用のグラウンドがしっかりと見えた。
 まだ仮入部だというのに、陽太は誰よりも大きな声を出して練習に励んでいる。その姿を見て、幼い頃から何も変わってないなと優一は一人こっそり笑みを溢した。優しくて、何にでも一生懸命で、その中でもとりわけ野球に打ち込む幼馴染。陽太以外の誰に対しても何にも対しても本気になれない優一にはその姿がとても眩しくて、ずっと憧れの対象だった。
 優一が時間も忘れてグラウンドをぼんやりと眺めていると、突然ドアが大きな音を立てて開け放たれた。その音に優一はびくりと肩を揺らして慌てて振り返る。しまった。勝手に入ってしまったが、ダメだったかもしれない。優一の視線の先の小さな女子は不思議そうな表情で優一を見つめている。優一が慌てて弁明するよりも早く、女子生徒が口を開いた。
「あれ……お客さん?」
「あ、あの、すみません。お邪魔してます……」
「いえいえ……はっ、も、もしかして、入部希望者……!?」
「え。えーっと……」
 どうしよう。優一は咄嗟に周囲を確認する。まず、ここは一体どこだ。何部の活動場所なんだ。ちらりと女子生徒を見ると真っ白な四角い板状のものを持っている。あれは一体なんだろう。目を瞬かせた優一を見て何を思ったのか、女子生徒はカラカラと笑って板を差し出してくる。どうしよう。受け取った方がいいのだろうか。
「これ、キャンバス! ようこそ、美術部へ~! と言っても、まだ色々見学してる段階かな?」
「……そうです。色々見て回ろうと思ってたところで」
「だよねぇ。ごめんね。先走っちゃってさ。部員少ないから、誰か来てくれたのかと思って嬉しくなっちゃった」
 照れたようにはにかむ姿が一瞬陽太の姿に重なる。陽太が頑張って人に話しかけて、しかも失敗した時によくやる仕草だ。だとすればこの……恐らく先輩は勇気をもって自分に話しかけたのではないだろうか。優一はなんとなくそう察し、場の空気を変えようと女子生徒に話しかけた。
「部員、少ないんですか?」
「そう。しかもみんな自由人だから中々美術室まで来てくれないし」
「へえ……活動日とかってないんですか?」
「ないよー。いつ来てもいいし、いつ休んでもいいし。ノルマもないから自由に好きなもの描いていいよ! あ、もちろん粘土細工とかもできるよ。多分。先生は彫刻だったはずだし」
 もちろんなのか多分なのか、優一にはさっぱり分からなかったが恐らく絵を描く生徒以外は今までいなかったからだろう。そう合点して優一はもう一度窓の方に目をやった。いつ来てもよくて、いつ休んでもいい。ノルマもない。しかも人付き合いも少なそうだ。中々魅力的じゃないか。
「えーっと、どうしたのかな?」
「いつ来てもいいんですよね」
「え、そうだけど……」
「土日も来ていいんですか?」
「えっ? だ、大丈夫だよ。私も作品仕上げたいときはたまにくるし、先生もしょっちゅう準備室に泊まりこんで作業してるし。……でも、なんで?」
 美術教師の準備室私物化はともかくとして、土日も美術室に来ていいというのは優一にとってはとても魅力的だった。美術室から野球部の練習――陽太の姿はよく見える。しかも美術室は空調もよく効いている。ここからずっと陽太を見ていられて、陽太の練習が終わるのを待てるというのは最高ではなかろうか。優一は一度ぎゅっと拳を握り締めて決心をした。ここにしよう。ここで陽太の姿をしっかり観察しよう。誰かに何かを言われたら、絵の題材を探しているとか適当に誤魔化せばいい。幸い先輩は優しそうだし。
 優一は先輩の方に向き直り、そして最大限の営業スマイルを浮かべた。自分の笑顔は人好きがするとよく周囲から褒められるので、きっと第一印象は悪くないはずだ。
「俺、上沢優一って言います。入部希望です」
「え! ありがとう! 早速入部届持ってくるね!」
 先輩はそう言うとキャンバスを机に丁寧に置き、入部届を取りに行くためかドアを乱暴に開いた。しかしそこで足を止めて優一の方を振り返る。先輩は満面の笑みを浮かべて、興奮のためか頬を紅潮させていた。
「私、三年の田中晴香! 一応部長です! よろしくね!」
「よろしくお願いします」
 挨拶を済ませると田中は急いでどこかへ走っていった。その背を見送り、優一はため息を吐く。部長への印象は悪くなさそうだ。一安心した優一はまた視線を窓の方にやった。守備練習でノックを受ける陽太の体操着はすっかり泥にまみれている。またおばさんに叱られるんだろうな。くすりと笑みを溢すと再びドアが開く音が聞こえた。優一はカバンに手を突っ込んでペンケースを探す。美術室の案内やら道具の説明やらをしてもらっている間に野球部の練習も終わるだろう。俺が美術部に入ったのを聞いたら、陽太は一体どんな顔をするだろうか。優一にはそれが楽しみで仕方なかった。
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