5 / 29
俺が部活を選ぶまで
帰路
しおりを挟む
「お疲れ様」
「おー、お疲れ! 優一、部活決めたの?」
校門で野球部の練習終わりを待っていた優一のもとへようやく陽太がやって来た。たった一日ですっかり日に焼けた顔で陽太は楽しげに笑い、そして揶揄うように優一に部活をどうしたのか尋ねた。
「決めた」
「だよなぁ……え、決めた?」
「うん。美術部」
「び、美術部ぅ!?」
全くの予想外だったのだろう。陽太は素っ頓狂な声を上げて大袈裟なほど驚いた。想像以上のリアクションを見せた陽太に優一は腹を抱えて笑う。自分をこんなに笑わせてくれるのは陽太だけだ。
「驚いただろ」
「驚くに決まってんじゃん。そっか、美術部かぁ……意外にもほどがある」
「何部だと思ってた?」
「帰宅部。次点で科学部」
「科学部? 俺にそんなイメージある?」
「実験とか好きだったじゃん。公園の水飲み場で虹見せてくれたりしてさ」
「それ、二人でびしょぬれになってめちゃくちゃ怒られたやつじゃん」
小学校に入ったばかりのころだっただろうか。壁新聞か何かで読んだ虹がどうしてできるのかというのを二人で試したことがある。優一の記憶には鮮明に残っているのだが、まさかあんななんでもないようなことを陽太も覚えているだなんて、優一は思ってもみなかった。
優一は陽太の方をちらりと盗み見る。練習で動き回った後の陽太の髪は公園で遊んだあの日のように水に濡れてキラキラと輝いていた。でももう陽太はあの時のように講演では遊んでくれない。だって、俺たちはもう高校生にもなってしまったのだから。時の流れが悲しくも思えるが、同時にそれだけの年月を重ねてきたという事実を嬉しくも思う。優一は複雑な気持ちを抱えながらも「腹減ったー!」と叫ぶ陽太の背を追う。どこまでも追いかけるから、俺のことを置いて行かないでほしい。そんな思いを胸に。
「お腹空いてんならコンビニでも寄る?」
「そうだよな。俺らもう高校生だから買い食いできるんだもんなー!」
優一の誘いを聞いて、陽太は一瞬目を輝かせた。陽太の初買い食いについていけるのかと優一が胸を躍らせたのも束の間。陽太は「あー……でもやめとく」と口を一文字に引き結んだ。
「なんで?」
「毎日コンビニに寄るような小遣いはない」
「あー、そりゃそうだ」
「だから、早く帰ろうぜ!」
「ちょ、走んなって。余計お腹空くよ」
「えー、でも早く帰らねえと腹と背中がくっついちまうよ」
突然走り出した陽太の背を追いかけて優一も駆け出す。早く帰りたいだなんて言っても駅に着くのが早まるだけだ。どうせ二十分後まで電車はないのに。優一が吐いたため息に陽太は気が付かない。ああ、早く追いかけないと。追いつかないと。陽太とこうしていられるのも、ずっと続くわけではないのだから。
「運動部についていけると思うなって」
「あ、確かに! 悪い悪い」
優一の苦言を聞いて、陽太は速度を緩めた。それを見て安心しながら優一は陽太に追いつく。本当は優一もそこまで体力がないわけではない。体力測定を見る限り、体力も走る速度も平均以上にはある。だが陽太が優一のことを気遣ってくれるのが嬉しくて、こうして陽太を試すようなことをしてしまう。
「母ちゃんにもよく怒られんだよな」
「なんで親相手にも同じようなことしてんの」
本当は分かっているのだ。陽太は別に優一を特別扱いしているわけではない。陽太はそそっかしいが、その実誰に対しても気遣いができる人間なのだ。その事実を突きつけられて優一は胸が締め付けられるのを感じる。どうか今は俺だけのものでいてくれればいいのに。そんな優一の考えは陽太の言葉によって粉々に砕かれた。
「そういやクラスに美大志望って言ってた女子いたよな。あの子も美術部入るんじゃね」
「……なんでそんなこと知ってんの」
「え、だって自己紹介で言ってたじゃん。ほら、入学式直後に順番にやったやつ」
「あー……そんなのあったような、気もする」
「本当になーんにも聞いてなかったのな。よくねえぞ! 確か名前は、ちか……なんとか」
「よく覚えてるね。今日会ったばかりのクラスメイトのことなんて」
「あんな場でちゃんと自分のこと言えるなんてスゲーと思ってさ。まあ名前はちゃんと覚えられなかったわけですが」
「それでも俺よりはるかにすごいと思うよ」
「それはそう。ちゃんと自己紹介くらい聞いてやれよ」
陽太の目にはきっと「ちかなんとか」さんの挨拶は眩しく映ったのだろう。内弁慶なところがある陽太は元々自己紹介の類が得意ではない。そんな場でしっかりと自分の希望進路まで宣言した彼女のことを尊敬でもしたのだろうか。なんだか面白くない。俺は自己紹介で何と言ったっけ。特別なことを言った覚えはない。きっとクラスの連中も、陽太も、特に何の感想も抱かないような発言しかしていない。それが優一にはどうにも我慢ならなかった。見覚えのない、名前すら曖昧な少女に醜い嫉妬心を覚える。何が美大だ。絵を描くのが好きとか、勉強をしたくないとか、どうせそれだけの理由だろう。こんな悪態、絶対に陽太には知られたくない。
「優一、どうかした?」
「ううん。なんでもない。ていうか陽太、知ってる? 駅に着いても電車ってすぐ来るわけじゃないんだよ」
「それくらい知ってる……そうじゃん! これだから田舎は嫌だ……。なあ、やっぱりコンビニ寄らねえ?」
陽太は先ほどの自分の発言をなかったことにするためか、じゃれるように優一の腕に己のそれを回した。それだけで一気に気分が上昇するのだから、自分は簡単な男である。「どうしようかなー」と揶揄うように優一が言うと、陽太は「意地の悪いこと言うなよ」と頬を膨らませる。こんな日々がずっと続けばいい。いや、絶対に続けてみせる。入学式当日の帰路で優一はそう決心したのだった。
「おー、お疲れ! 優一、部活決めたの?」
校門で野球部の練習終わりを待っていた優一のもとへようやく陽太がやって来た。たった一日ですっかり日に焼けた顔で陽太は楽しげに笑い、そして揶揄うように優一に部活をどうしたのか尋ねた。
「決めた」
「だよなぁ……え、決めた?」
「うん。美術部」
「び、美術部ぅ!?」
全くの予想外だったのだろう。陽太は素っ頓狂な声を上げて大袈裟なほど驚いた。想像以上のリアクションを見せた陽太に優一は腹を抱えて笑う。自分をこんなに笑わせてくれるのは陽太だけだ。
「驚いただろ」
「驚くに決まってんじゃん。そっか、美術部かぁ……意外にもほどがある」
「何部だと思ってた?」
「帰宅部。次点で科学部」
「科学部? 俺にそんなイメージある?」
「実験とか好きだったじゃん。公園の水飲み場で虹見せてくれたりしてさ」
「それ、二人でびしょぬれになってめちゃくちゃ怒られたやつじゃん」
小学校に入ったばかりのころだっただろうか。壁新聞か何かで読んだ虹がどうしてできるのかというのを二人で試したことがある。優一の記憶には鮮明に残っているのだが、まさかあんななんでもないようなことを陽太も覚えているだなんて、優一は思ってもみなかった。
優一は陽太の方をちらりと盗み見る。練習で動き回った後の陽太の髪は公園で遊んだあの日のように水に濡れてキラキラと輝いていた。でももう陽太はあの時のように講演では遊んでくれない。だって、俺たちはもう高校生にもなってしまったのだから。時の流れが悲しくも思えるが、同時にそれだけの年月を重ねてきたという事実を嬉しくも思う。優一は複雑な気持ちを抱えながらも「腹減ったー!」と叫ぶ陽太の背を追う。どこまでも追いかけるから、俺のことを置いて行かないでほしい。そんな思いを胸に。
「お腹空いてんならコンビニでも寄る?」
「そうだよな。俺らもう高校生だから買い食いできるんだもんなー!」
優一の誘いを聞いて、陽太は一瞬目を輝かせた。陽太の初買い食いについていけるのかと優一が胸を躍らせたのも束の間。陽太は「あー……でもやめとく」と口を一文字に引き結んだ。
「なんで?」
「毎日コンビニに寄るような小遣いはない」
「あー、そりゃそうだ」
「だから、早く帰ろうぜ!」
「ちょ、走んなって。余計お腹空くよ」
「えー、でも早く帰らねえと腹と背中がくっついちまうよ」
突然走り出した陽太の背を追いかけて優一も駆け出す。早く帰りたいだなんて言っても駅に着くのが早まるだけだ。どうせ二十分後まで電車はないのに。優一が吐いたため息に陽太は気が付かない。ああ、早く追いかけないと。追いつかないと。陽太とこうしていられるのも、ずっと続くわけではないのだから。
「運動部についていけると思うなって」
「あ、確かに! 悪い悪い」
優一の苦言を聞いて、陽太は速度を緩めた。それを見て安心しながら優一は陽太に追いつく。本当は優一もそこまで体力がないわけではない。体力測定を見る限り、体力も走る速度も平均以上にはある。だが陽太が優一のことを気遣ってくれるのが嬉しくて、こうして陽太を試すようなことをしてしまう。
「母ちゃんにもよく怒られんだよな」
「なんで親相手にも同じようなことしてんの」
本当は分かっているのだ。陽太は別に優一を特別扱いしているわけではない。陽太はそそっかしいが、その実誰に対しても気遣いができる人間なのだ。その事実を突きつけられて優一は胸が締め付けられるのを感じる。どうか今は俺だけのものでいてくれればいいのに。そんな優一の考えは陽太の言葉によって粉々に砕かれた。
「そういやクラスに美大志望って言ってた女子いたよな。あの子も美術部入るんじゃね」
「……なんでそんなこと知ってんの」
「え、だって自己紹介で言ってたじゃん。ほら、入学式直後に順番にやったやつ」
「あー……そんなのあったような、気もする」
「本当になーんにも聞いてなかったのな。よくねえぞ! 確か名前は、ちか……なんとか」
「よく覚えてるね。今日会ったばかりのクラスメイトのことなんて」
「あんな場でちゃんと自分のこと言えるなんてスゲーと思ってさ。まあ名前はちゃんと覚えられなかったわけですが」
「それでも俺よりはるかにすごいと思うよ」
「それはそう。ちゃんと自己紹介くらい聞いてやれよ」
陽太の目にはきっと「ちかなんとか」さんの挨拶は眩しく映ったのだろう。内弁慶なところがある陽太は元々自己紹介の類が得意ではない。そんな場でしっかりと自分の希望進路まで宣言した彼女のことを尊敬でもしたのだろうか。なんだか面白くない。俺は自己紹介で何と言ったっけ。特別なことを言った覚えはない。きっとクラスの連中も、陽太も、特に何の感想も抱かないような発言しかしていない。それが優一にはどうにも我慢ならなかった。見覚えのない、名前すら曖昧な少女に醜い嫉妬心を覚える。何が美大だ。絵を描くのが好きとか、勉強をしたくないとか、どうせそれだけの理由だろう。こんな悪態、絶対に陽太には知られたくない。
「優一、どうかした?」
「ううん。なんでもない。ていうか陽太、知ってる? 駅に着いても電車ってすぐ来るわけじゃないんだよ」
「それくらい知ってる……そうじゃん! これだから田舎は嫌だ……。なあ、やっぱりコンビニ寄らねえ?」
陽太は先ほどの自分の発言をなかったことにするためか、じゃれるように優一の腕に己のそれを回した。それだけで一気に気分が上昇するのだから、自分は簡単な男である。「どうしようかなー」と揶揄うように優一が言うと、陽太は「意地の悪いこと言うなよ」と頬を膨らませる。こんな日々がずっと続けばいい。いや、絶対に続けてみせる。入学式当日の帰路で優一はそう決心したのだった。
0
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
溺愛系とまではいかないけど…過保護系カレシと言った方が 良いじゃねぇ? って親友に言われる僕のカレシさん
315 サイコ
BL
潔癖症で対人恐怖症の汐織は、一目惚れした1つ上の三波 道也に告白する。
が、案の定…
対人恐怖症と潔癖症が、災いして号泣した汐織を心配して手を貸そうとした三波の手を叩いてしまう。
そんな事が、あったのにも関わらず仮の恋人から本当の恋人までなるのだが…
三波もまた、汐織の対応をどうしたらいいのか、戸惑っていた。
そこに汐織の幼馴染みで、隣に住んでいる汐織の姉と付き合っていると言う戸室 久貴が、汐織の頭をポンポンしている場面に遭遇してしまう…
表紙のイラストは、Days AIさんで作らせていただきました。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語
だって、君は210日のポラリス
大庭和香
BL
モテ属性過多男 × モブ要素しかない俺
モテ属性過多の理央は、地味で凡庸な俺を平然と「恋人」と呼ぶ。大学の履修登録も丸かぶりで、いつも一緒。
一方、平凡な小市民の俺は、旅行先で両親が事故死したという連絡を受け、
突然人生の岐路に立たされた。
――立春から210日、夏休みの終わる頃。
それでも理央は、変わらず俺のそばにいてくれて――
📌別サイトで読み切りの形で投稿した作品を、連載形式に切り替えて投稿しています。
エピローグまで公開いたしました。14,000字程度になりました。読み切りの形のときより短くなりました……1000文字ぐらい書き足したのになぁ。
📌本編モブ視点による、番外エピソード
「君はポラリス ― アンコール!:2年後の二人と俺と」を追加しました。
【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】
彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。
高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。
(これが最後のチャンスかもしれない)
流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。
(できれば、春樹に彼女が出来ませんように)
そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。
*********
久しぶりに始めてみました
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる