俺にしか描けない

東妻蛍

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一年生

進路とかいうやつ

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 優一はクロッキー帳を開いたまま、時間を忘れて窓の外を眺め続けた。いつの間にか空が赤く染まり始め、グラウンドには人がまばらになっている。今日の練習は終わったのだろうか。陽太を待つために校門に向かおうと、優一は固まった体を解すために伸びをした。その背に投げられたのは労いの言葉などではなく、ひどく剣呑な声だった。
「……絵も描かずに、何してたわけ」
「え。あー……観察」
「観察ねぇ。何見てたんだか。気持ち悪い」
 とげとげしい。どうしてそんなに俺のことが嫌いなのだろうか。美術室を出ていく近宮を見送りながら優一はそんなことを思った。ここまでくればいっそすがすがしい気分だ。近宮の態度に首を傾げながら片付けをしている優一に、田中は困ったように眉を八の字にして声を掛けた。
「なんか近宮ちゃんがごめんねぇ」
「いえ、全然大丈夫ですよ」
 だって陽太以外の誰からどう思われようがどうでもいいから、とは流石に言わなかった。しかしどうして嫌われているのかは純粋に気になる。優一の好奇心に気づいているのかいないのか、田中はどうしたものかと悩むように腕組みをしてうんうんと唸っていた。
「別に嫌ってるとかじゃないと思うんだよねぇ。誰に対してもあんな感じだから本当に気にしないで。画塾でもたまに揉めてるし」
「画塾……ってなんですか?」
「芸術系の進路に進むための予備校みたいなものだよ~。私と近宮ちゃんが通ってるのは油絵専門だけどね」
「へえ。そんなのがあるんですか。ってことは田中先輩も芸術大学志望?」
「まあね。でもすっごく狭き門だから、専門学校も視野に入れてる。私立大学はちょっと金銭的に難しいけど、公立でも色々あるしね」
「へえ。大変ですね」
「他人事みたいな顔してるけど、上沢君だってちゃんと考えなきゃだよ~? 一年生の半ばには文系か理系か決めなきゃいけないんだからさ」
「……え、そんな早いんですか」
「あれ、先生が言ってなかった?」
 優一は昨日の説明をじっくりと思い出す。自分の記憶には全くないが、多分担任はちゃんと言っていたのだろう。俺が聞いてなかっただけだ。でも、どうしよう。せっかく陽太と同じクラスになれたのに、文理でクラスが別れてしまったら。顔色を青くした優一を励ますようにか、田中は「ま、まあ決めてない子もまだ結構いると思うよ~」と明るく言った。
「ちなみにクラス構成ってどうなるんですか」
「文系と理系はきっちりクラスが違ってて、大体文系が四クラス分、理系が五クラス分ってのがスタンダードだよ」
 なるほど。同じ文理選択にさえしてしまえば、今年みたいな九分の一とかいう確率よりも高くなる。それはいいことを聞いたかもしれない。どうせやりたいことなんて思いつかないし、陽太と同じ方にしてしまおう。まあきっと陽太もまだ何も考えていないだろうけど。
「ありがとうございます。一回考えてみます」
「はいはーい。お疲れ様~」
「お疲れさまでした」
 光明が見えたのが嬉しくて、優一は軽い足取りで校門に向かう。校門では陽太が同じ野球部員だろう男子生徒と仲良く談笑していた。それを見て優一は少しだけ下唇を噛んだ。もうあんなに仲良くなっている。陽太の一番は俺のはずなのに。しかし陽太は優一の姿を見つけた瞬間、嬉しそうな顔で大きく手を振った。それだけで一気に気持ちが明るくなるのだから、自分という人間は大概簡単な男である。
「お待たせ」
「ぜーんぜん。樹林たちが一緒にいてくれたからなー」
「お、こいつがさっき陽太が言ってた上沢?」
「そう。いい体格してるだろ~」
「なんでお前が自慢げなんだよ。えーでももったいないな。なんでそれで美術部なわけ?」
「え、あー……俺、運動苦手なんだよね」
「嘘つけ。体力テスト、いっつも上位のくせに」
「陽太、ずーっと上沢の自慢ばっかりしてんの!」
「そうなんだ。嬉しいね」
 優一は困惑をなんとか自分の中に押し込めた。どうしてこの樹林とかいう男は自分たちの隣を当然のように歩いているのだろう。俺と陽太だけの時間なはずなのに。陽太だって樹林に何も言わない。まるで俺だけが異質なようだ。優一は自分の胸の中に黒いものが渦巻くのを感じる。だめだ。いいじゃないか。運動部にはいじめとかもあるって不穏な話も聞くし、仲のいい人間が一人でもいたらそのリスクを減らせるかもしれない。優一が自分にそう言い聞かせていると、陽太がくるりと優一の方を向いた。あ、やっと目が合った。そういえばさっきから陽太ってずっと樹林の方を見ていた。……俺ばかりが陽太を見つめている。悔しさを吐露しそうになったが、なんとかそれを押し殺して優一は陽太に微笑みかけた。
「どうしたの?」
「樹林、すげーんだよ。有名なシニアチームあるんだけど、そこでレギュラーだったんだってよ!」
「え、そうなんだ。すごいね」
「すごくはねえよ。陽太だってスポーツ推薦枠だろ。すごいじゃん」
「まあな~」
「そこは謙遜しろよ」
 ずるい。ずるい。通学路は俺と陽太だけのものだったはずなのに、勝手に入り込んできて、陽太にこんなにも評価されていて。ぐっと噛み締めた奥歯が嫌な音を立てる。陽太には聞こえなかっただろうか。優一の心配をよそに、陽太は呑気な声を出した。
「あー、明日から本格的に授業始まるよなぁ」
「そ。俺のところは家庭科があるからまだマシだけど」
「……そういえば、文理選択ってなにか考えてる?」
 また二人だけで会話を進めて行ってしまう。俺だけが取り残される。それが嫌で優一は話題を変えた。無理な方向転換だったにもかかわらず、二人は特に何も思わなかったようで「あー」なんて唸り声をあげた。よかった。成功した。それに陽太もまだ何も決めていなさそうだ。
「いきなり決めろって言われても難しいよね」
「いや、決めてはいる」
「……え?」
「あ、陽太も? 俺はスポーツ科学部志望なんだけど、文系科目で受けれるらしいから文系~!」
「俺も教育学部狙うから文系」
「……ちゃんと決めてるんだね」
「一番いいのは野球で進学できることだけど、こればっかりはなぁ」
「どうしても難しいよなぁ」
 悔しそうに笑う二人についていけず、優一は一人世界から取り残されたような気持ちになった。樹林のことなんてどうでもいいが、まさか陽太までしっかり進路の希望を持っているだなんて。そんなの、今まで一回も聞いたことがなかった。ずっと一緒にいたのに。
 じわじわと歩くスピードが落ちていく優一に、樹林と会話をしながら歩いている陽太は気が付かない。やめて、置いて行かないで。そう思っているのに優一の足は泥にでもはまったかのように重くどうしたって前を歩く二人に追いつけない。近くにいるはずなのに、果てしなく遠い。優一にとってはこんな気持ち、生まれて初めてのものだった。
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