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一年生
陽太と優一
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「ただいま」
「お帰り~。遅かったわね。何してたの?」
「別に」
「そう? どうなの、勉強は。わざわざあんな遠い私立選んだんだから、頑張ってるのよね?」
「まだ本格的に授業始まってないから分からないよ」
「あら。じゃあ自習してたわけじゃないのね? ならなんでこんな遅くなったの」
「部活入ったから。遅くなっても陽太が一緒だし大丈夫」
「今更あんたが誘拐されるような背丈だとは思ってないけどさ。何部? あまりお金のかかるようなのは続けさせてあげられないよ?」
帰宅した途端、母親から矢継ぎ早に質問を投げかけられて優一は内心でため息を吐いた。別に母は俺を詰問したいわけではない。ただ俺のことが心配で、そして俺とたくさんコミュニケーションをとりたくて次々と話しかけてきているだけだ。だからちゃんと答えないと。そう思って優一は荷物を床に置いた。
「美術部。とりあえず必要なのは鉛筆とスケッチブックだけだから大丈夫」
「あらそう……え、美術部? なんでまた。アンタそんなに絵描くの好きだっけ?」
「ちょっと興味が出た。先輩も優しかったし」
「そう……。別に無理に部活に入らなくてよかったのよ? 早く帰ってきたからって家のために働けなんてお母さん言わないし」
「それは心配してないよ。ていうか別に家のことはちゃんと手伝うし」
思いもよらぬ方向に話が行ってしまった。優一は母の勘違いを笑いながら訂正する。母が心配するようなことは何もない。俺はただ自分がやりたいようにやっているだけだ。そのために母に無理を言って陽太と同じ私立高校に進学することを許してもらって、陽太の練習風景を眺めるために美術部に入部した。全部俺が俺のために行動しているだけ。ただどうにも俺は人当たりがよく見えるらしく、他人から身勝手に思われにくいのが唯一の救いか。そこまで考えて優一は近宮の態度を思い出した。あそこまで剣呑に応対されることは中々ない。まあ別にどうでもいいけど。
「美術部ねぇ……あ、もしかして好きな子でもできた?」
「そんなんじゃないって」
母の早合点を優一は笑い飛ばした。母は自分と違ってやや恋愛至上主義のようなところがある。でも母は善良なのに、どうしてああも恋に、悪い男に振り回されなければならないのか。そういう姿を見ていたからか、どうにも俺は他人に興味を持てなくなっていた。正常な判断ができなくなるような恋なんてしない方がいい。どうせいつか捨てられるなら、大事なものはあまり持たない方がいい。だから母には俺がいるように、俺には陽太がいてくれるだけで十分だと優一は思っていた。
「そう? じゃあご飯用意するから、その間に学校であったこと聞かせてくれる?」
「それはいいけど、ご飯は静かに食べさせてよね」
「はーい。善処します」
「それ絶対喋りかけ続けるやつじゃん」
二人きりの賑やかな夕食を終えた後、優一は部屋で一人スマートフォンを眺めていた。陽太がもう進路をしっかり考えているだなんて、優一は考えてもみなかった。自分も早く決めてしまわないと。
陽太は文系と言っていたから、俺も文系にすればいいか。文系は四クラスだと田中先輩が言っていたから、二年次も三年次も同じクラスになれる可能性が高い。社会科や理科の分野も合わせればもっと確率が高くなるだろうか。
そんなことを考えながら文系を選んだ際に進学できる学部を検索する。すると陽太が言っていた教育学部の他に文学部や経済学部、法学部なんかが出きた。別に何かに興味があるわけではないが、進学してしまえばなんとかなるだろう。そもそも何かやりたいことがあるわけではないのだから。そういえば、陽太が野球で大学に進学するのなら樹林が言っていたようにスポーツ科学部に入って陽太のサポートをするというのもいいかもしれない。それなら少しは興味が湧いてくる。
陽太の学力で進むならこのレベルの大学だろうか。できれば遠方への進学は避けたい。特に私立大学になると経済的に厳しい。奨学金も視野に入れようか。考えなくてはならないことがこんなにあるだなんて知らなかった。そりゃ早く考え始めろと言われるわけだ。教師の言葉に納得した優一が検索エンジンに文字を打ち込もうとした瞬間、手の中の端末が急に音を立てて震え出した。着信だ。こんな時間に一体誰だろうとは考える必要もない。俺に電話をかけてくるのなんて陽太以外いない。
「もしもし。どうした?」
『あ、今よかった? あのさぁ、明日ってなんの授業あったっけ?』
「……俺に散々担任の話聞けって言った割に、陽太も話聞いてないのかよ」
『ごめんって。で、知ってる?』
「ちょっと待って。今確認するから」
『優一様、ありがとうございます!』
「それやめろって」
優一はメモを確認して一時間目から順に教科を陽太に教えてやる。陽太は『ありがと!』と大袈裟に感謝をした。
『授業態度悪いと顧問に怒られるからさあ』
「怒られなくてもそれくらいちゃんとやりな?」
『おー……まあ野球で大学行けるほど世の中甘くないもんなあ。勉強もちゃんとしなきゃ』
陽太は努力家だが、同時にリアリストでもある。夢は夢としても、自分の実力をちゃんと理解して現実的なこともちゃんと考えている。感情の起伏は激しいが、激情に振り回されるようなことはない。優一は陽太の堅実なところも好ましいと思っていた。
「もう寝るの?」
『おー。明日も早いからさ』
「朝練、楽しい?」
『しんどい! でも俺は不器用だから、人一倍やらなきゃなあ』
「えらいえらい」
俺なんかより、ずっと。慈愛のような気持ちでスマホの向こうの陽太の姿を思い浮かべる。きっと風呂に入って、寝支度をしようとした時にでも明日の予定が分からないことに気が付いたのだろう。だとすればパジャマだろうか。幼いころのお泊まり会ではお気に入りの戦隊もののパジャマを着ていたが、きっと今は違う。中学の時のクラスTシャツとかだろうか。そんな取り留めのないことを優一が考えているなど露知らず、陽太は明るい声を出した。
『それにしても優一がいてくれてよかった! 樹林はクラス違うからさぁ』
今、陽太は何と言っただろうか。陽太が一番に頼るのは、俺じゃないのか?
驚いて目を見開いた優一をよそに、陽太は『じゃあおやすみ!』と言って通話を切る。残された優一の頭の中は先ほどの陽太の言葉がずっとぐるぐると回り続けていた。もう寝るつもりだったのに、今日は寝られる気がしない。胸の中に降って湧いた黒い気持ちは、樹林への明確な嫉妬だった。
「お帰り~。遅かったわね。何してたの?」
「別に」
「そう? どうなの、勉強は。わざわざあんな遠い私立選んだんだから、頑張ってるのよね?」
「まだ本格的に授業始まってないから分からないよ」
「あら。じゃあ自習してたわけじゃないのね? ならなんでこんな遅くなったの」
「部活入ったから。遅くなっても陽太が一緒だし大丈夫」
「今更あんたが誘拐されるような背丈だとは思ってないけどさ。何部? あまりお金のかかるようなのは続けさせてあげられないよ?」
帰宅した途端、母親から矢継ぎ早に質問を投げかけられて優一は内心でため息を吐いた。別に母は俺を詰問したいわけではない。ただ俺のことが心配で、そして俺とたくさんコミュニケーションをとりたくて次々と話しかけてきているだけだ。だからちゃんと答えないと。そう思って優一は荷物を床に置いた。
「美術部。とりあえず必要なのは鉛筆とスケッチブックだけだから大丈夫」
「あらそう……え、美術部? なんでまた。アンタそんなに絵描くの好きだっけ?」
「ちょっと興味が出た。先輩も優しかったし」
「そう……。別に無理に部活に入らなくてよかったのよ? 早く帰ってきたからって家のために働けなんてお母さん言わないし」
「それは心配してないよ。ていうか別に家のことはちゃんと手伝うし」
思いもよらぬ方向に話が行ってしまった。優一は母の勘違いを笑いながら訂正する。母が心配するようなことは何もない。俺はただ自分がやりたいようにやっているだけだ。そのために母に無理を言って陽太と同じ私立高校に進学することを許してもらって、陽太の練習風景を眺めるために美術部に入部した。全部俺が俺のために行動しているだけ。ただどうにも俺は人当たりがよく見えるらしく、他人から身勝手に思われにくいのが唯一の救いか。そこまで考えて優一は近宮の態度を思い出した。あそこまで剣呑に応対されることは中々ない。まあ別にどうでもいいけど。
「美術部ねぇ……あ、もしかして好きな子でもできた?」
「そんなんじゃないって」
母の早合点を優一は笑い飛ばした。母は自分と違ってやや恋愛至上主義のようなところがある。でも母は善良なのに、どうしてああも恋に、悪い男に振り回されなければならないのか。そういう姿を見ていたからか、どうにも俺は他人に興味を持てなくなっていた。正常な判断ができなくなるような恋なんてしない方がいい。どうせいつか捨てられるなら、大事なものはあまり持たない方がいい。だから母には俺がいるように、俺には陽太がいてくれるだけで十分だと優一は思っていた。
「そう? じゃあご飯用意するから、その間に学校であったこと聞かせてくれる?」
「それはいいけど、ご飯は静かに食べさせてよね」
「はーい。善処します」
「それ絶対喋りかけ続けるやつじゃん」
二人きりの賑やかな夕食を終えた後、優一は部屋で一人スマートフォンを眺めていた。陽太がもう進路をしっかり考えているだなんて、優一は考えてもみなかった。自分も早く決めてしまわないと。
陽太は文系と言っていたから、俺も文系にすればいいか。文系は四クラスだと田中先輩が言っていたから、二年次も三年次も同じクラスになれる可能性が高い。社会科や理科の分野も合わせればもっと確率が高くなるだろうか。
そんなことを考えながら文系を選んだ際に進学できる学部を検索する。すると陽太が言っていた教育学部の他に文学部や経済学部、法学部なんかが出きた。別に何かに興味があるわけではないが、進学してしまえばなんとかなるだろう。そもそも何かやりたいことがあるわけではないのだから。そういえば、陽太が野球で大学に進学するのなら樹林が言っていたようにスポーツ科学部に入って陽太のサポートをするというのもいいかもしれない。それなら少しは興味が湧いてくる。
陽太の学力で進むならこのレベルの大学だろうか。できれば遠方への進学は避けたい。特に私立大学になると経済的に厳しい。奨学金も視野に入れようか。考えなくてはならないことがこんなにあるだなんて知らなかった。そりゃ早く考え始めろと言われるわけだ。教師の言葉に納得した優一が検索エンジンに文字を打ち込もうとした瞬間、手の中の端末が急に音を立てて震え出した。着信だ。こんな時間に一体誰だろうとは考える必要もない。俺に電話をかけてくるのなんて陽太以外いない。
「もしもし。どうした?」
『あ、今よかった? あのさぁ、明日ってなんの授業あったっけ?』
「……俺に散々担任の話聞けって言った割に、陽太も話聞いてないのかよ」
『ごめんって。で、知ってる?』
「ちょっと待って。今確認するから」
『優一様、ありがとうございます!』
「それやめろって」
優一はメモを確認して一時間目から順に教科を陽太に教えてやる。陽太は『ありがと!』と大袈裟に感謝をした。
『授業態度悪いと顧問に怒られるからさあ』
「怒られなくてもそれくらいちゃんとやりな?」
『おー……まあ野球で大学行けるほど世の中甘くないもんなあ。勉強もちゃんとしなきゃ』
陽太は努力家だが、同時にリアリストでもある。夢は夢としても、自分の実力をちゃんと理解して現実的なこともちゃんと考えている。感情の起伏は激しいが、激情に振り回されるようなことはない。優一は陽太の堅実なところも好ましいと思っていた。
「もう寝るの?」
『おー。明日も早いからさ』
「朝練、楽しい?」
『しんどい! でも俺は不器用だから、人一倍やらなきゃなあ』
「えらいえらい」
俺なんかより、ずっと。慈愛のような気持ちでスマホの向こうの陽太の姿を思い浮かべる。きっと風呂に入って、寝支度をしようとした時にでも明日の予定が分からないことに気が付いたのだろう。だとすればパジャマだろうか。幼いころのお泊まり会ではお気に入りの戦隊もののパジャマを着ていたが、きっと今は違う。中学の時のクラスTシャツとかだろうか。そんな取り留めのないことを優一が考えているなど露知らず、陽太は明るい声を出した。
『それにしても優一がいてくれてよかった! 樹林はクラス違うからさぁ』
今、陽太は何と言っただろうか。陽太が一番に頼るのは、俺じゃないのか?
驚いて目を見開いた優一をよそに、陽太は『じゃあおやすみ!』と言って通話を切る。残された優一の頭の中は先ほどの陽太の言葉がずっとぐるぐると回り続けていた。もう寝るつもりだったのに、今日は寝られる気がしない。胸の中に降って湧いた黒い気持ちは、樹林への明確な嫉妬だった。
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