俺にしか描けない

東妻蛍

文字の大きさ
9 / 29
一年生

うまくいかない

しおりを挟む
 一緒にいる時間を少しでも増やしたい。陽太の努力する姿を少しでも見守りたい。そう思って部活に入った優一だったが、流石に朝練のある陽太と一緒に登校するところまではできなかった。流石に無理やりついていくのは美術部なんて朝練のない部活に所属した以上言い訳が立たないし、変に思われかねない。というかかなり変だ。優一はそう思って朝は一人で登校する。教室で朝から疲れ切った陽太とあいさつを交わすのを楽しみにして。
 今日もそのつもりだったのだが、なにやら様子がおかしい。陽太はいつになっても教室に来ず、ようやく姿を現したのは朝礼のチャイムが鳴った瞬間だった。担任が来る寸前に教室に滑り込んだ陽太は余裕が全くないようで、優一の方を見ることなく自分の席についてしまった。こんなの初めてだ。普段とは違う状況に半身をもがれたような痛みを覚えた優一は担任の話を聞かず、ちらちらと陽太の様子を窺う。陽太は疲れ切った表情でぼんやりと黒板を見つめていた。
「今日、遅かったね」
 優一が陽太とようやく話せたのは一時間目が終わった後だった。あいさつもせずぶっきらぼうに放った言葉は一体陽太にはどう聞こえただろうか。少し不安を抱いた優一をよそに陽太は「そうなんだよなぁ!」となんでもなかったかのように明るい返事をした。
「片付けに手間取っちゃってさあ……危なかった! あ、そういや昨日はありがとうな!」
「……ううん。別に。いつでも聞いてよ、あれくらい」
「うん、そうする!」
 元気よく返答した陽太の様子はいたって普段通りだった。朝覚えた違和感はそれだけで霧散したような心地がする。心に余裕が出てきた優一は態度を緩めて冗談めかして陽太を戒めた。
「いつでも聞いていいとは言ったけど、ちゃんと時間割くらい確認しときなよね」
「優一がいるから安心しちゃってさあ」
 そう言われるのは、頼られるのは悪い気はしない。昨日の嫌な気持ちなんてすっかり忘れてしまえそうだ。そう考えていたのも束の間、突然「小島さぁ」という女子の声が二人の間に割って入った。二人の時間を邪魔されて固まった優一を置いて、陽太は「なんだよ」と声の主――有川にめんどくさそうな返事をした。
「あんまりうわちゃんに迷惑かけんじゃないわよ。うわちゃんはあんたと違って成績いいんだから」
「分かってるって。でも仕方ないじゃん。優一が一番……」
「便利って?」
「ちげえっての。あー、もういい!」
 有川との問答を無駄だと感じたのだろう。陽太は適当に話を切り上げると優一の横をするりと通り抜けて野球部の談笑の輪に加わる。陽太の背を見送った優一の寂しそうな顔に気づかなかった有川は「うわちゃんもあんな幼馴染持って大変だね」と呑気に声を掛ける。有川に同調してそうだそうだと声を上げる周囲の女子の声など、優一の耳には届かなかった。ようやく陽太と話せたのに、一体どうして邪魔をするのか。一体こいつらは何様なのだろう。それに陽太も陽太だ。同じ野球部の仲間なのだから、放課後だっていつだって話せるはずなのに、どうして俺を優先してくれないのか。身勝手な自覚はある。それでも優一は苛立ちを押さえるのに必死にならずにはいられなかった。
 陽太はどうやったら俺のところに来てくれるのだろう。俺だけの幼馴染に戻ってくれるのだろう。でも、それって俺が好きな陽太なのだろうか。そんなことを優一はぐるぐると悩み続ける。おかげで女子の話なんてちっとも耳に入ってこない。このままではいけない。外の空気を吸って気分を変えようと優一が立ち上がる。その姿を見て「どうしたの?」と一人の女子が声を掛けたが、優一は返事をせずに曖昧な笑みを返した。
「ちょっとね」
「そう? もう次の授業始まっちゃうよ?」
「すぐ戻るよ。大丈夫」
「えー」
 次の授業まで時間がないのが分かっているのなら、引き止めずにさっさと行かせてほしい。優一は内心で苛立ちながら歩を進めた。そんな優一について行こうとでもしたのか、有川も優一の背を追おうと立ち上がる。その瞬間、バランスを崩した有川が転びそうになって近宮の机に衝突して机の上のものをひっくり返した。全く、何をしているんだか。呆れながら優一は近くに落ちた近宮の筆箱を拾おうと手を伸ばした。
「やめて」
「え、でも」
「いいから。触らないで」
 親切心から手を伸ばしただけなのに、当の近宮にはきっぱりと拒絶されてしまった。筆箱へと伸ばしかけた手は行き場を失って空を掴む。本当にこのまま放っておいてもいいのだろうか。逡巡する優一に近宮は「用があったんじゃないの」と冷たく言い放つ。どうしてこんなに嫌われてるんだか。
 別に陽太以外の人間からどう思われようがどうでもいい。でもそれはそれとして、何もかもうまくいかない。優一が小さく吐いたため息は誰にも聞こえずに消えるはずだった。しかしどうやら有川の耳にはばっちり聞こえてしまったらしい。有川はなぜか手ひどい対応を受けた優一本人よりも憤慨し、近宮に食って掛かった。
「なにその言い方。うわちゃんは親切にしようとしただけじゃん。態度わる」
「確かにねー。ていうか、近宮さん暗いよね。誰かと話してるの見たことないし」
「あれ、なに? カッター入ってるじゃん。こわーい」
「きゃー、こわ。何に使う気なんだろ。唯ちゃん、刺されんじゃない?」
 近宮は反論もせず黙々と私物を拾い集めている。その冷静な姿が気に入らないのか、有川たちは好き勝手に悪口で盛り上がっていた。一体こいつらは何を言っているのだろう。近宮のことを悪しざまに言えるほど、自分たちはできた人間なのだろうか。有川なんて迷惑をかけたことを近宮に一言も謝っていないのに。優一は呆れ果てながら遠くまで転がってしまった近宮のカッターナイフを拾い上げ、先端をじっと見た。想像通り鉛筆の芯で真っ黒に汚れている。美術初心者の優一にもカッターナイフの用途は明らかだった。
「近宮さんは美術部なんだから、鉛筆削るのに使うに決まってんじゃん。ていうかカッターの使い道なんていっぱいあるでしょ」
「え、でもさぁ」
「もういい? 近宮さん、もしかして鉛筆折れちゃった? ごめんね」
「……別にあなたに謝られるようなことはない。というかあなた、カッターで鉛筆を削るなんてよく知ってたわね」
「そりゃ田中先輩が懇切丁寧に教えてくれたからね」
 優一は明るく返したが、近宮からの反応はなかった。しかしそれでも少しだけ近宮の纏う雰囲気が和らいだような気がする。内心で安堵しつつ優一は教室を後にする。優一から拒絶されたことに気が付いたのか、それとも近宮の悪口で盛り上がるのに忙しいのか。有川たちは今度こそ優一を追ってこなかった。
 しかし、外の空気を吸っても優一の心はどこか晴れない。陽太の声が教室の中から聞こえる。入学式の日は教室を出た優一の背を陽太は追いかけてきてくれたのに。それが優一にはどうしようもなく寂しかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

溺愛系とまではいかないけど…過保護系カレシと言った方が 良いじゃねぇ? って親友に言われる僕のカレシさん

315 サイコ
BL
潔癖症で対人恐怖症の汐織は、一目惚れした1つ上の三波 道也に告白する。  が、案の定…  対人恐怖症と潔癖症が、災いして号泣した汐織を心配して手を貸そうとした三波の手を叩いてしまう。  そんな事が、あったのにも関わらず仮の恋人から本当の恋人までなるのだが…  三波もまた、汐織の対応をどうしたらいいのか、戸惑っていた。  そこに汐織の幼馴染みで、隣に住んでいる汐織の姉と付き合っていると言う戸室 久貴が、汐織の頭をポンポンしている場面に遭遇してしまう…   表紙のイラストは、Days AIさんで作らせていただきました。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

だって、君は210日のポラリス

大庭和香
BL
モテ属性過多男 × モブ要素しかない俺 モテ属性過多の理央は、地味で凡庸な俺を平然と「恋人」と呼ぶ。大学の履修登録も丸かぶりで、いつも一緒。 一方、平凡な小市民の俺は、旅行先で両親が事故死したという連絡を受け、 突然人生の岐路に立たされた。 ――立春から210日、夏休みの終わる頃。 それでも理央は、変わらず俺のそばにいてくれて―― 📌別サイトで読み切りの形で投稿した作品を、連載形式に切り替えて投稿しています。  エピローグまで公開いたしました。14,000字程度になりました。読み切りの形のときより短くなりました……1000文字ぐらい書き足したのになぁ。 📌本編モブ視点による、番外エピソード 「君はポラリス ― アンコール!:2年後の二人と俺と」を追加しました。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】

彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。 高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。 (これが最後のチャンスかもしれない) 流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。 (できれば、春樹に彼女が出来ませんように) そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。 ********* 久しぶりに始めてみました お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

処理中です...