俺にしか描けない

東妻蛍

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一年生

文化祭準備

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 優一にとって、無味乾燥で代り映えのない日々が過ぎていく。夏の大会に向けて、野球部の練習はどんどん忙しくなっていく。それに合わせて優一が陽太と過ごせる時間もどんどん減っていく。陽太にとって一番大切なのが野球をすることだというのは優一にもよく分かっている。しかし、次点は自分であってほしかった。そんな身勝手な思いをひた隠しにしながら、優一はぼんやりと日々を過ごしていた。
「うわちゃん、文化祭何やりたいー?」
「文化祭ねぇ。みんな色々忙しいし、無理のないことをしたいかな」
「えー。地味じゃない? せっかくだし飲食店とかお化け屋敷したいよねぇ!」
「どっちも一年生が割って入れるような枠ないらしいよ」
 飲食店やお化け屋敷は文化祭の出し物としてはメジャーだし人気だ。だから全学年でそれらを選択できるクラス数はきっちりと決まっている。大体三年生が優先されるので、一年生は残り物から選ぶというのが常だと優一は田中から聞かされて知っていた。
「うわちゃん似合うと思うよ、ぬりかべとか大きいやつ!」
「おばけ役なんてほとんど顔見えないし誰がやっても一緒でしょ」
 適当にそんな会話を女子と交わしたのが朝礼前のこと。五時間目を使って文化祭の出し物を話し合う中、優一はぼんやりと陽太の顔を思い浮かべていた。お化け屋敷をするとして、陽太には何が似合うだろうか。和服を着た陽太を見てみたい気持ちはあるが、そういうのは女子に割り当てられるか。飲食店だとしたら給仕する陽太が見られるのだろうか。いや、なんか焦って水とか全部ひっくりかえしそうだな。
「第一希望はお化け屋敷で出してもいいけど、多分希望は通らないので現実性のある案も欲しいです」
「劇とか?」
「練習大変でしょ。巨大迷路とかどう?」
「あー、それいいかも!」
「縁日とかもあり!」
「ストラックアウトとかあったら楽しそうだよな」
 ふと陽太の声が聞こえて優一は思考を止めた。出し物まで野球関連だなんて、どれだけ頭の中が野球一色なんだか。笑いを押し殺している優一を置いて、クラスの話し合いはどんどん進んでいき、最終的には赤ずきんちゃんをモチーフにした巨大迷路ということで結論が出たらしい。事前の準備だけで当日は忙しくなさそうだと優一は安堵の息を吐く。しかしどうしたものか。野球部だけではなくどの部活もみんな忙しいし、放課後は塾に通っている生徒も多い。あまり大がかりなものだと準備が負担になるのではないか。優一が抱いた一抹の不安は、話し合いが終わってすぐに現実のものとなった。
「普通に無理」
「えー、無理って何よ。美術部なんて絵描いてるだけだし、暇でしょ」
「私らは部活も塾もあって忙しいの。帰宅部と文化部で何とかしてもらわないと」
 自分たちが中心になって出し物を決めたはずなのにどうして今更人任せにするんだか。優一は呆れた気持ちで有川を始めとした女子たちが近宮に絡んでいるのを見守る。彼女たちはどうやら出し物の準備を文化部や帰宅部の連中に押し付けようとしているらしい。前から思っていたけれど、積極的に俺に絡んでくる女子たちって結構性格がきつい。そんな彼女らが俺と話しても面白くなんてないだろうに、どうしてああも話しかけてくるんだか。
「絵は受験に使うんだから、あなたたちの部活よりも優先度高いと思うけど」
「は、はあ? 何よそれ! 失礼じゃない」
「部活後は私も塾あるし」
「お絵描きで大学行くのに、塾なんて通って意味あんの? 塾に頼らなきゃいけないほど地頭悪い?」
「芸術大学は学力試験もあるから普通の大学と一緒。というか、あなたたちはどこの大学に何をしに行くために塾に通ってるの?」
「え」
「目標もないのにやみくもに勉強しても意味ないでしょ。無駄なことはやめれば?」
 ああ、田中の言った通りだ。近宮って本当に誰に対しても当たりがきつい。自分が一度敵と認定した相手には特に。優一は近宮の毒舌ぶりにある意味感動しながら口論を見守る。優一と同じ気持ちのクラスメイトは結構多いらしく、部活に走っていったもの以外は固唾を飲んで女子たちの言い争いを見つめていた。
「……近宮さんさ、調子乗りすぎじゃない?」
「人のこと馬鹿にすんのも大概にしろよ」
「先に私のことを馬鹿にしたのはそっちでは? もういい? 時間の無駄だから」
 近宮はそうきっぱりと言い切ると反論も許さないとばかりにカバンを持って立ち上がった。激昂した有川が近宮の腕を掴もうとしたのを見て、優一は慌てて有川の手を掴む。これ以上は見ていられない。それに近宮の手は作品を生み出すための手であって、誰かに傷つけられていいものではない。
「まあまあ。落ち着いて、ね?」
「うわちゃん……近宮さんったらひどいの!」
「全部見てたから知ってるよ。有川たちが何言ってたかもね」
「あら、黙って見ていただなんて、ひどい話ね」
「ちゃんと割って入れるようにはしてたでしょ」
「そう。ちなみに文化部だって暇じゃないわよ。うちも作品の展示会をするし、文芸部も漫研も部誌を発行するの」
「あれ、展示会?」
「最初に田中部長から説明されたでしょう。あなたも完成したデッサンを一、二枚出してもらうから」
「了解。じゃあ先行ってて。また後で」
「言われなくても」
 近宮を教室から送り出して、優一は女子たちに向き直る。先ほどまでの威勢とうってかわって、彼女たちは青い顔をして大人しく突っ立っていた。
「まあ、みんなが忙しいのはよく分かるよ。だから、みんな無理のないようにやればいいじゃん。ね、委員長」
「え、あ、うん。そう、無茶のないように、ね!」
 ずっと傍観していた一人であるクラス委員長である新城に話を振ると、彼は慌てた様子で優一に返事をした。そこで有川たちはようやく人の目が多数あったことに気が付いたらしい。すっかり身を縮こませて「でも」だのなんだのぶつぶつ呟いていた。
「総合学習の時間とかも準備に使えるらしいし、できる範囲でやろうよ。無理しても雰囲気悪くなるだけだし」
「……そうだよね。うわちゃん、ごめん」
「俺じゃなくて近宮さんに謝りな。……まあ彼女の言い方もきつかったとは思うけど、間違ったことは言ってなかったから」
「はぁい」
 優一がちらりと周囲を見渡すと、みんな納得したようにうんうんと頷いている。よし、これで放課後大幅に時間を取られるような準備をすることはなくなっただろう。よかった。近宮のこともあるが、陽太のこともある。運動部が、陽太が大会以外のことに神経を使うようなことはない方が絶対にいい。
「別に文化部だからって近宮さんに頼んだわけじゃないの。その、迷路の壁に絵を描くでしょ?」
「一人にやらせる量じゃないよそれ……。それに美術部だからって頼んだんなら、俺がやるから。ま、近宮さんのように上手くは描けないからみんなに手伝ってもらうけどね」
「そ、それはもちろん!」
「上沢君優しい……それに比べて、あの子ってさぁ」
「近宮さんがどれだけ絵に真剣かは知ってるし、価値も分かってもらえないようなところに彼女が労力を割く必要はないからね」
 優一がそう言った瞬間、なぜか教室内の空気が固まった。一体どうしたのだろうか。戸惑う優一をよそに次第に室内にざわざわとした空気が戻ってくる。まあ、よかったのだろう。一人頷いた優一の背後からくつくつという笑い声がした。聞きなじみのある声に優一は慌てて振り返る。どうしてここに陽太がいるのだろう。優一の驚いた表情を見て、陽太は軽く片手を上げた。
「お疲れ様。かっこいいじゃん。ヒーローみたい」
「揶揄うなって。というか、どうしたの? 部活は?」
「数学の課題出してねえぞって怒られてさあ。取りに来た」
「なにやってんの……」
 陽太はケラケラと笑いながら自席に向かい引き出しからくしゃくしゃになったプリントを取り出した。この状態のものを提出しても怒られないのだろうか。まあ提出しないよりは出すだけましか。一人納得する優一の肩を陽太が勢い良く叩く。そして陽太は優一が大好きな、蕩けたような笑みを浮かべた。
「優一がああやって人の努力をちゃんと認めてて人から庇えるところ、すげー好き」
「……どうも」
 優一の返事も聞かず、陽太はプリントを片手に職員室へと走って行ってしまった。少し寂しい気持ちで陽太の背を見送りながらも、優一は心の中で安堵の息を吐く。よかった。陽太に顔を見られなくて。久々に、ストレートに好きだなんて言われて、優一は頬を真っ赤に染めていた。己の頬がなぜ熱いのか。何の裏もない誉め言葉に照れているのか、それとも嬉しいのか。優一にはさっぱり分からなかった。
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