俺にしか描けない

東妻蛍

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一年生

進路

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「ただいま」
「おかえり~。……あんた、なんかあった?」
「ん? いや、別に」
「そ、そんなことないでしょ! どうしたの。頑張った絵を馬鹿にでもされた?」
「そんな人いないよ……。ちょっと進路で悩んでただけ」
「そう? あー、そうか、もう進路希望調査の時期なのねぇ」
 優一が家に入ると母が騒々しく出迎えた。その明るさが今はありがたくもあり、眩しくもある。陽太の明るいところが好ましいのは、もしかしたら自分がマザコンなのかもしれないなんてことを悩みながら優一は荷物を床に置く。母は何も言わずに優一の様子を眺めていた。
「進路ねぇ。私は大学にはいかなかったからあんまりアドバイスとかできないわよ」
「大学かあ……。母さんはどうやって進路選んだの。高校とか」
「高校? 高校はねえ。好きな子と一緒にしたのよ~。せっかくだからと思ってね!」
 中学時代に好きだった相手のことでも思い出したのか、母は頬をぽっと染めて思い出を語る。なんだ、親子でやっていることが一緒じゃないか。確かな血の繋がりを感じながら、優一は当たり障りのない返事をした。
「なかなか自由だね」
「モチベーションに関わるもの。おかげさまで手に職がつけられたから悪くなかったわ~」
 そういえば母は工業高校出身だった。電気工事に関する資格があるとかで、職場内恋愛で失敗して転職を繰り返しても職に困らないとかなんとか。それにしても好きな相手がいるからとあの荒れている地元の工業高校に進学したとか。血の繋がりとか言ったけど、俺よりも恋愛に重きを置いて人生を決定している。優一はいっそ感心しながら「俺はどうしようかな」と小声でつぶやいた。
「まあ別に何を選んでもいいのよ。家計のことなら、あんたのお父さんやおばあちゃんたちの遺産もあるし、他の男の人からもちゃーんと慰謝料貰ってますから」
「……後妻業とかやってる?」
「やってないわよ!」
 夕食も入浴も済ませ、優一は部屋で進路について一人考える。とりあえず陽太に言われた通り薬学部を一度検索してみた。薬学部は確かに薬の開発者になるなら一番いいのだろうが、学費の桁に怯んでしまう。国公立ならなんとかいけそうだが、そうなると今度は偏差値的に難しい。優一のレベルだとギリギリ行けるかどうかというラインだ。母から学費については考えるなと言われたとはいえ、浪人して予備校に通うとしたら負担もまた大きくなる。そうなると難しいか……。優一は今度は検索欄に「薬の研究 学部」と打ち込んでみる。すると薬学部の他に工学部や理学部、農学部というのも出てきた。なんだ。薬学部以外でも薬の研究はできるのか。ならそちらの方がいい。理学部なら陽太と一度地元の大学でやっていた科学教室に行ったこともあるし。
 地元の大学の理学部のウェブサイトを確認する。物理学、化学、生命理学、地球惑星学に分かれているらしいが、これは高校でいう物理、化学、生物、地学と考えていいのだろうか。文理選択とともに考えておけと言われた選択科目を思い浮かべながら優一は個別のページを確認していく。
 それぞれのページを見るたびに、どうしても陽太のことを思い浮かべる。運動エネルギーを習った直後に行った遊園地で陽太はジェットコースターに乗りながら運動エネルギーがどうとか絶叫していたっけ。どうせ意味も分かっていないのに。化学といえば、炎色反応を試そうとして二人で塩を燃やしたりしてスプリンクラーを作動させてマンションの管理人に相当怒られた。生物なら、自由研究で虫の標本を作ったことを思い出す。陽太、虫嫌いなくせに標本づくりをやるって言ってきかないから、ほとんど俺がやることになったっけ。図鑑見るだけでぎゃーぎゃー喚いていて可愛かったな。地球惑星科学……陽太、恐竜好きだったな。よくティラノサウルスのシャツ着ていて。ああ、そうだ。一緒に初めてプロ野球の試合を見に行った時もあの服だった。
 何を選ぼうにも結局陽太が思考にちらつく。俺の決定には陽太が付いて回るのだ。ああでも、陽太がもし病気になったりしたら、その時は俺が力になりたい。さっき拒絶されたばかりなのに、少しでも陽太の人生に寄り添っていたい。我ながら健気で、哀れで、情けなくて、涙が出そうになる。
 決心が揺らがないうちにと、優一は進路希望調査票の理系の方に力強く丸をつけた。あとは家から近い国立大学と市立大学の名前を書き、学部のところは空欄にする。調べた限り、化学か生命科学というやつが薬には関係が深そうだ。しかしネットで見ただけではよく分からなかったので、細かいところは担任にでも相談することにしよう。
「意外だったな」
「何がですか?」
「上沢が理系を選んだのが」
 進路希望調査票を埋めた次の日の朝、朝礼よりも早く優一は担任のもとに出向き調査票を提出するべく声を掛けた。担任である浪川は優一の調査票を一瞥すると呑気にそう言ってのけた。何が意外なのだろう。もしかして自分に理系は向いていないのだろうか。だとしたら全然文系でいいのだけれど。逸る気持ちを押さえて、優一は浪川に質問をする。
「文系の方がいいと思いますか?」
「いーや。例え数学の点数が零点でも、本人が望むなら理系を選ぶべき。進路ってのはそういうもんだからな」
「え、でもそれ進学に困りますよね」
「だからって将来設計にこちらは責任が持てん。やりたい方をやるべきだろう。それに上沢は理系の方が向いている」
「え、なんでですか」
「数学的思考……論理的に考えるのが上沢は上手い。まあでも説得が面倒と見たからって全部自分でやるってのはどうかと思うがな」
 優一は衝撃を受けた。思ったより浪川は自分のことをちゃんと見てくれている。同時に乾いた笑いも漏れたが。なんだ、文化祭準備のこと。確か新城は担任に上手いこと言ったとか言っていたが、全部バレているじゃないか。
「なんにせよ小島と一緒がいいから文系ってわけじゃないなら安心した」
「……なんでみんな同じようなことを」
「お前が分かりやすいからでは?」
 浪川はそう言うとケラケラと笑って何か冊子を取り出した。じっと見たところ、どうやら地元の国立大学の学校案内パンフレットらしい。そして理学部のページを見せて詳しい説明をしてくれる。この担任はぶっきらぼうな言い方はするが、その実とても指導が丁寧で優しいのだ。しかし、なんだそれ。そんなに周囲から見たら俺が陽太を追いかけているように見えるのだろうか。そして陽太もそれに気が付いているのだろうか。そう思うと顔から火が出そうになる。
 なんにせよ、優一は陽太ともう以前のように話せるとは思えなかった。でも、それならそれでいい。いや、よくはないんだけど、なんというか。俺の中に陽太は確かに根付いているし、部活の時間には躍動する陽太の姿がちゃんと見られる。だから、俺の今日の決定がいつか陽太の役に立つ日が来れば、それでいいのだ。
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