俺にしか描けない

東妻蛍

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二年生

恋の自覚

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 結局片付けの最中も体育が終わってからも、優一が陽太と話すチャンスはなかった。だから優一は陽太の勘違いを否定できていない。美術室で外を見ながら肩を落とす優一を見て、近宮はあからさまにため息を吐いた。
「目につくところで落ち込むのやめてくれない? 慰められ待ち?」
「いや、違うけど……。というか、その、ごめん。なんか変な誤解が生まれてるっぽいんだけど」
 自分が迷惑に思っているのだから、近宮もきっとそうだろう。優一が恐る恐る近宮の様子を窺うと近宮は何でもないことのように「付き合ってるだの、好きだの。そんな噂なら確かに迷惑してるわよ」と言ってのけた。
「だよね。なんで男女が並ぶとそっちの方に話を持っていくんだか……」
「暇なんでしょう。はあ。そんなのに振り回されてやるほど、私は時間がないのだけれど」
「……本当にごめん」
「あなたが謝ることではないわ。暇人たちに腹を立ててるだけ」
 優一はそっと近宮の顔を盗み見る。近宮は目立つ方ではないが、顔立ちはかなり整っている。日々焼けていない白い肌は艶々とした黒髪と濡れたような黒い瞳を際立たせる材料でしかない。口調は厳しいが、顔は幼くて可愛らしい。きっと黙っていればモテるのだろう。喋るとこの容姿でもキツさが全く隠せなくなるのが玉に瑕だが。
「何か失礼なこと考えてる?」
「ううん。でも近宮さんのこと好きな男子はきっと俺に腹を立ててるんだろうなと」
「逆でしょう。あなたのことを好きな人たちが私に目くじらを立てているのよ」
「いないでしょ。そんなの」
「あなた、多少は人に興味ってものを持ちなさい」
 近宮は呆れたように大きなため息を吐くと優一の方を見て石膏像を指さす。近宮は最近優一を上手く使うようになった。最初は落ちたペンすら拾わせてもらえなかったことを思い出し、優一は感慨深いものを感じた。
「これ、どこに運べばいい?」
「そこにお願い」
 これくらいなら頼られるのも悪くはない。近宮に恋愛感情を抱いてはいないが、せっかくなら関係性はいいに越したことはないのだから。美術室の居心地だっていい方がいいに決まっている。近宮は信頼できるいい友人。そう思っているのは自分だけではなく近宮もだと思っていた。だから優一は近宮の次の言葉に石膏像を取り落としそうになる。
「なんなら、本当にしてみる?」
「……何の話?」
「付き合ってるとか、そういうの」
 こんな冗談を近宮が言うのは聞いたことがない。だとすれば、まさか本気なのか。近宮の表情はいつも通りで、その感情は全く読み取れなかった。なんと返事をするべきなのか優一が悩んでいると、近宮が突然珍しく声を上げて笑い出した。
「冗談よ。そんな怖い顔しないで」
「……近宮さんが冗談言うなんて思わなかったから、仕方ないじゃん」
「そうね。私も珍しいことをした自覚はあるわ。友人なんて今までいなかったから、加減が難しいわね」
 友人という単語が近宮の口から出てくるとは思っておらず、優一は複雑な心境ではあったが素直に嬉しかった。そんな優一に気が付いているのかいないのか、近宮は優一に言い聞かせでもするようにじっと優一の目を見つめた。
「それに叶わぬ恋にうつつを抜かすほど、私暇じゃないのよ」
「叶わぬって、まあ、そりゃそうかもしれないけど」
「あら、だってあなたは小島君のことが好きじゃない」
「……え、えっ? なんでここで陽太の名前が出てくるのさ!」
「違うの? ……え、まさか自覚がなかったの? あんなに必死に、熱っぽい視線を送っておいて?」
「そんな目で見たことないよ!」
「嘘つかないで。ちゃんと思い出しなさい」
 俺が陽太のことを好き? いや確かに好きではあるけれど、今の話の流れからしてこの場合の「好き」は恋愛的な意味での好きということだ。だって、そんなの、陽太だぞ? そんなの、俺は女の子が……いや、女子にも恋愛感情なんて抱いたことはない。俺は誰かのことを好きになったことなんてないのだ。燃えるような感情も嫉妬も憧憬も、全部陽太に関連することでしか感じたことがない。……あれ?
「仕方ないわね。あなた、どんな人が好きなの。背は。髪色、長さ、目の形、肌の色。声の高さや大きさ、頭の良さ、運動神経。全部想像してみなさい」
 一体何の絞り込み検索なのだろう。近宮の剣幕に優一は困惑したが、どうしても近宮の言葉が頭から離れずに一つずつ想像してみることにした。
 背は自分より低い方がいい。俺を見上げて笑いかけてくれる姿が好きだ。髪色は少し明るめ。日に照らされて反射するあの茶色。長さは短い方がいい。頭の丸みが分かるくらいが好きだ。目は吊り目気味で大きな瞳。甘いミルクティーみたいな色。肌は日に焼けた健康的な小麦色で。少し低めの大きな声で俺の名前を読んでほしい。頭はよくなくたっていい。難しい言葉を無理に使おうとして自分でも訳が分からなくなっている姿は見ていて可愛らしいし。運動神経は決して優れているわけじゃないんだ。不器用で細かいところは苦手。でも練習を重ねて少しずつ上手になっていく姿が、得意げにそれを俺に報告してくれる姿が大好きなんだ。
 そこまで思い浮かべて、優一はすっかり赤くなった頬を誤魔化すために俯いた。見えていないのに近宮がニヤニヤしながらこちらを見ているのがありありと想像できる。そうか、俺は陽太が好きなのか。それもどうやら恋愛感情的な意味で。
 優一が大きなため息を吐くと、近宮は「どうしたの」となんでもなさそうな声を出す。そりゃなんでもないでしょうね。近宮は俺の恋心に気が付いていたのだから。でも、そんなの。
「恋ってさ、下心だよなあ」
「急に漢字の書き方の話を始めないでちょうだい」
 優一はどうしても恋愛というものに少しだけ嫌悪感がある。だってあれはきれいなものじゃない。純粋なものじゃない。尊いものならば、母や母に惚れた男たちがあんなに我を見失うほど振り回されたりしないはずなのだ。
「恋愛が至上とは言わないけど、恋心だって尊いものでしょ。芸術家が何人恋や愛に溺れたと思ってるの。あの人たち、好きなものや美しいものを描いて手元に残そうとするのよ」
「溺れてるじゃん……」
「恋も愛も似たようなものよ。あとはそれを扱う人間によるんじゃない?」
 近宮の言葉を聞いて優一はぼんやりとグラウンドに目をやった。優一は陽太への気持ちに振り回されないでいられる自信が全くない。今までですらクラスが一緒になったり文理選択で別になったりで一喜一憂していた。陽太に絡む野球部の連中にも、陽太が一生懸命になっている野球にすらも嫉妬したことだって本当はある。陽太は野球をするのが大好きなことを知っているのに。陽太の幸せを望めないようなやつ、陽太の恋人にはふさわしくないのではなかろうか。
 すっかり肩を落とした優一を見て近宮はあからさまにため息を吐いた。自分から始めた話だというのにさも迷惑そうに。
「もう下校時間も近いし、とっとと片付けちゃいなさい。そんな顔でいられると迷惑」
「……はあ。俺、もうどうしたらいいんだか……」
「じゃあ逆にじっくりゆっくり考えていきなさい。小島君と帰る機会を逃してもいいのね?」
「それは嫌だ」
 即座に返事をした優一を見て近宮はまた楽し気に笑う。完全に掌で踊らされている。恋をする男というのはこんなに単純で滑稽な生き物なのだろうか。だとすれば、陽太もこんなふうになるのだろうか。
 優一がちらりと見たグラウンドではもう整備が始まっていた。この調子だと陽太が返るのに合わせて校門に行けそうだ。慌ててスケッチブックを片付け始めた優一に近宮は「単純な男」と言ってまた笑った。
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