俺にしか描けない

東妻蛍

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二年生

置いて行かないで

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「あ、優一! お疲れ!」
「陽太もお疲れ様」
 珍しく一人で校門に現れた陽太を見て優一は微笑む。内心では先ほどの近宮との会話を思い出していて気が気ではないが、陽太と二人きりで帰れるチャンスなんてなかなかない。だから今はこの時間を堪能しなければ。あれ、そう思うことがもうやっぱり陽太のことを好きだってことなのだろうか。ああ、もう、何もかもうまくいかない。黙り込んだ優一を不審に思ったのか、陽太は小首を傾げて優一を見つめた。軽く上目遣いになるその姿に優一は一人喉を鳴らす。なんでこんな無防備なのだろう。いや、男友達なんだからそんなの当たり前かもだけど!
「優一、どうかした?」
「ううん。なんでもない。そういえば今日野球部のみんなはどうしたの?」
「あー。あいつらゲーセン行くってよ。元気だねぇ」
「陽太は行かないの?」
「金がねえし、宿題も……その」
「終わってないんだね。なんなら見てあげようか」
「まじかよ! 英語だからそっちと進み具合変わんねえと思うし、頼む!」
 目を輝かせた陽太を優一はほほえましい気持ちで見守る。ほら、やっぱり恋なんかじゃない。かわいい親友への庇護欲というか、そういうやつだ。陽太はこんなに可愛らしいのだから、そういうのがくすぐられることだってある。
「なら早く帰ろうか。……どうしたの?」
「いや、その」
 優一が声を掛けても陽太はなぜか歩き出さない。それどころか何かを探すようにきょろきょろと周囲を見回している。一体何を探しているのだろうか。もしかして野球部の連中が今からでもこちらに来ないか待っているのだろうか。そう思うと、なんだか面白くない。樹林だろうか、それとも別のやつか。じわりと心の中に広がる黒い気持ちを優一はなんとか笑顔の奥に押し隠す。そして無理やり心配そうな表情を作り陽太に「どうしたの?」と声を掛けた。
「いや、その。優一って一人で帰んの?」
「そりゃまあ。陽太がいないといつもそうだけど」
「近宮さんと帰ったりしないのかなって」
「しないよ。近宮さんは塾行くし」
「送って行ったりとかしなくていいのかよ」
「……あのさ、大きな誤解があるんだよね。みんなしてそうなんだけどさ!」
 突然大きな声を出した優一に陽太はびくりと肩を揺らした。驚いたように優一を見つめる陽太の目が辛い。俺が好きなのは、恋焦がれてやまないのはこのミルクティー色の瞳なのに。なんでみんな変な勘違いをするんだ。
「はあ……近宮さんとは友人だよ。それ以上でも以下でもない」
「ほんと?」
「本当。なんで仲良くても男女ってだけでみんなそんなこと言うんだか」
「……そっか。そっかー!」
「うわ、びっくりした。なに、俺に恋人ができてなかったのがそんなに嬉しい?」
 きっと陽太は恋愛面で俺に先を越されたというのが悔しかったのだろう。優一はそう思って陽太を揶揄った。案の定陽太から帰ってきたのは「うん」という言葉だったが、その目に滲む色は、声色から漏れている感情は、どうにももっと薄暗いものに思えた。
「陽太?」
「……あー、いや。優一があんなに仲良くしてるからさ、近宮さんって絶対にいい子だろ?」
「ま、まあ。そうだけど」
「だから優一が好きになっちゃうんじゃないかと思って心配した!」
「心配ってなんだよ。ていうかいい子なんだったら別に、付き合ってもいいわけじゃん」
「まあそうなんだけどさ。その、わりと恋愛には振り回されるのが血のさだめみたいなところあるだろ?」
「……くそ、否定ができない」
 陽太に言われてみれば本当にそうだ。母も好きな相手と同じ進路を選んだと言っていたが、俺だって陽太と同じ高校を選んで、陽太の姿が見られるからと美術部を選んで。恋愛感情に振り回されっぱなしではないか。一体何をやっているんだか。優一は内心で肩を落とすと陽太の方をちらりと見る。陽太はすっかりいつも通りの笑みを浮かべて優一を見つめていた。
「ほら。帰ろ」
「変な話しだしたの陽太だろ……」
「そうだっけ?」
 陽太はおどけるようにそう言うと、優一を置いて歩き出した。優一はため息を吐きながら陽太の背を追う。二人きりで帰れるのなんて本当に久しぶりなのに、随分と変な話に時間を浪費してしまった。
「陽太、最近どうなの」
「どうって聞かれてもなあ。まあまあ。同じポジションにはすげー上手い先輩がいるから、多分今年もレギュラーには選ばれねえなあ」
「諦めるのなんてらしくないじゃん」
「諦めてはねえよ。ベンチ入りさえできれば、チャンスはまだあるって思ってる」
「……それでこそ」
 普段優しいのに、目標へ向けてだと獰猛な獣のようになる陽太の瞳が好きだ。体が芯から震えるような、見てはいけないものを見てしまったような背徳感がある。優一は高鳴った胸をひた隠しにしながら陽太の隣に立つ。
 ふと、優一は臆病風に吹かれた。誰にも陽太の隣を奪われたくないけれど、果たして自分にはこの場所に立つような資格があるのだろうか。俺には何もない。目標も、熱意も。ただ俺にあるのは陽太への絶大な愛情だけ。こんなことで俺が悩んでいるのを知ったら、陽太はきっと笑うだろう。そんなこと悩む必要ないのにと慰めてくれるはずだ。でも、本当にそれでいいのだろうか。陽太がどれだけ頑張っているのか、目標へ努力を重ねているのか。見ていて知っているつもりになっているが、俺は本当の意味で理解できているのだろうか。陽太の努力を、苦労を。
「優一? 大丈夫か?」
「ううん。大丈夫」
 置いて行かないでほしい、というのは些か傲慢だろう。置いて行かれたくないなら俺もそれ相応の努力をするべきなのだ。でも今は何も思いつかない。優一は陽太にバレないよう、そっと陽太から伸びる影に手を伸ばした。このまま俺から離れないでほしい。そう願って。
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