俺にしか描けない

東妻蛍

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三年生

誘い

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「色をつけるなら水彩がいいわよ。いまから油絵なんて無理。というかなんであなた絵具も用意してないのよ」
 そんなことを近宮に言われたのが金曜日のこと。優一は一人で頭を抱えていた。確かに三年間美術部に所属しておいて色塗り用の道具を一切用意していませんでしたと言うのは何をしていたのかと詰問されても仕方がない。小中学校の時に使っていた水彩絵の具はすっかり乾燥していてどれだけ絞ってもなにも出てこない。仕方ない。近宮の言う通りちゃんと買ってこよう。優一は財布をカバンに突っ込んで部屋を出る。高校に入ってから陽太と遊ぶこともなく毎日美術室に通い詰めていた。小遣いならたっぷり貯まっている。
「ちょっと出かけてくる」
「どこまで行くの?」
「隣町の文房具屋」
「文房具なんてそこのモールで買えるじゃない」
「美術部の先輩がバイトしてるから、ついでに顔見てくる」
「……優一の好きな人?」
「母さん本当にそればっかりだね」
 相変わらず恋愛に毒された母の言葉を聞き流して優一は家を出た。まあ、ついでに顔を見るというのは言い訳に過ぎない。表現したい色を出すには一体どの絵具がいいのか、アドバイスをもらうには知り合いに聞くのが一番手っ取り早いと思っただけだ。本当は近宮に聞ければ楽なのだけれど彼女は水彩にはそこまで詳しくないらしいし何より自分の受験のことで朝から晩まで忙しそうでとてもアドバイスを求める気にはなれなかった。
 公園の横を通りかかった時、ふと聞こえてきた子供たちの声に優一は足を止める。よくこの公園でああして陽太と遊んだっけ。懐かしさでつい目をやった公園のベンチに見慣れた姿があって優一は目を見張った。
「陽太?」
「……ひさしぶり」
「なにしてんの?」
「今日グラウンド整備で休養日だったから暇してた」
 陽太の言葉に少しだけ嘘が含まれているのを優一は気が付いていた。グラウンドが使えなくて野球部が休みになっていたことは今まで何度もあるけれど、その度に陽太はバッティングセンターに行ったり市民体育館のトレーニングセンターに行ったりして体を動かしていた。そんな陽太が公園のベンチで暇を潰しているだなんて、らしくない。やはりレギュラーに選ばれなかったというのは陽太の心に影を落としているのだろう。なんと言葉をかけていいか分からずにぎゅっと胸元を押さえるしかできない優一を見て、陽太は誤魔化すようにへたくそな作り笑いを浮かべた。
「優一は何してんの?」
「ああ。その……絵具を買いに行こうと思って」
「買い足しに?」
「いや、俺まだ絵具持ってなかったんだよね。中学校の時のやつはもう使えなくなってて」
「……三年間美術部にいたのに、今更絵具買うの?」
「俺もそう思う」 
 陽太は驚いたように優一を見て、そしてけらけらと笑い出した。よかった。どこか緊張していたみたいだったから、ようやく笑ってくれて安心した。優一が一人安堵の息を吐くと陽太はすっとジャングルジムの方を指さす。優一がそちらを見ると小学校低学年くらいの男の子が二人、ジャングルジムに上って遊んでいた。
「俺らもよくああやって遊んだよなぁ」
「陽太が落っこちて大騒ぎになったっけね」
「そんなこと覚えてんなよ」
「忘れられるわけないでしょ。大事件だよ」
「……よく遊んだのにな」
 どうしたのだろう。まるで今は違うとでも言いたげな陽太の様子に優一は内心で腹を立てた。別に今だって俺は陽太といつでも遊びたいのに。そこで優一ははっと気が付く。そうだ。こんなところで暇を潰しているのだから、陽太はきっと今日暇なのだ。だったら誘ってしまえ。
「陽太、今日暇なんだよね?」
「え、ああ。まあ……」
「なら一緒に隣町まで行こうよ。文房具屋、付き合って」
「……いいけど、俺でいいわけ?」
「陽太がいいんだよ。ほら、行こ」
 ベンチに座ったままの陽太の腕を掴んで、優一は陽太を引っ張り起こす。優一の行動が予想外だったのか、陽太は思ったよりも簡単に立ち上がった。
「お、おい!」
「いいじゃん。久々に遊んでよ。俺、寂しかったよ?」
「……どの口で。あー、もう。分かったよ!」
 陽太はまだ掴んだままだった優一の腕を振り払うと優一の隣を歩き出した。少しふくれ面なのが気になるが、一体俺はどこで陽太の気分を害してしまったのだろう。まあ陽太と出かけられるなら何でもいいか。少しくらい陽太の気分転換になればいいけど。
「で、なんで隣町まで行くんだよ。そこのモールでいいじゃん」
「母さんにも同じこと言われた。隣町の文房具屋、美術部の先輩がいるんだよね。選ぶのに助言貰えそうじゃん?」
「……その先輩によほど会いたい、とか?」
「それも母さんに言われた」
「……なんかごめん」
「いえいえ」
 陽太はなにやら至極反省しているようで大人しく優一の隣をついてくる。母と同じような思考だったことがよほど悔しいのだろうか。陽太の行動の意味が分からずに優一は首を傾げた。
「定期持ってきてる?」
「それは大丈夫。でも俺、金全然ねえよ」
「陽太、文房具屋でなんかいるもんあるっけ?」
「……シャー芯とか」
「居眠りして筆箱机から落とすからでしょ。そりゃ折れるよ」
「見てきたかのように言うなよ」
 優一の予想はどうやら当たっていたらしい。拗ねたように唇を尖らせる陽太に微笑み、優一は改札を通り抜ける。一駅しかないが、久々に陽太と電車に乗れるのが何よりも嬉しかった。
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