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三年生
デート
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「あ、上沢君だ! 久しぶり~!」
「お久しぶりです。あの、絵具について聞きたいんですけど」
「お、色塗るようになったの? いいよ。何でも聞いて~!」
二年ぶりに会う田中晴香は高校時代からちっとも変わっていなかった。少し間延びした話し方は親しみを感じさせる。人好きのする笑みを見ていると質問もしやすい。きっと画材を扱う文房具屋というのは彼女にとっていい職場なのではないだろうか。優一がそんな偉そうなことを考えているとは露知らず、田中はにこやかに売り場まで案内してくれた。
「あ、そういえばそちらは?」
「小島です。その、優一とは幼馴染で」
「……あー、野球部の!」
「え、あ、はい。そうです」
「そっかそっか。ゆっくり見ていってね」
田中は陽太へにこやかにそう言うと二人を先導して歩き出す。陽太は首を傾げて優一に耳打ちをする。
「優一、俺のことなんて話してたのかよ」
「いや……あー、うん。多少は」
嘘だ。俺は一言も陽太のことを美術室で一度も話題にしたことはない。なのに陽太が野球部であると田中に看破されたということは。ずっと田中にはバレていたのだ。俺が何をしに、何を見に美術室に通っていたのか。
「先輩ってさすがですね」
「何が? はい、着きました~。これが水彩絵具です!」
「お、おお……」
「種類多……どうすんの、これ……」
「おすすめはホルベインかな~。中学校とかならアクリルガッシュが多いかもだけど」
「セットになってるやつあります?」
「もちろん。混色すればいいから色数はそんなに多くなくていいかな~。18色のやつを買って、欲しい色は単色で買ってもいいしね」
「じゃあそうします」
「あ、でもばしっと感じる色がなくてもいいんだよ。混ぜれば自分だけの色ができるから、ね?」
田中はそう言うとちらりと陽太に目をやり、優一の方を見てウインクをした。俺が何を描くつもりなのか、完全にバレている。揶揄うように笑う田中から目を逸らして陽太の方を向く。陽太は見たこともない種類の画材に圧倒されているらしく、目を輝かせてショーウインドウを見つめていた。
「めちゃくちゃあるんだな~。優一、楽しそうなことしてたんだなぁ」
「まあ俺も今日初体験だけどね」
「なんで美術部なのに色塗ってないんだよ」
「デッサンは結構やったよ」
「お、本当~? 今度見せてもらおうかな」
そう言って田中が笑う。優一は少し迷ったが、それでも少しだけ田中に絵を見てもらいたい気持ちが勝った。せっかくなら見てもらいたい。田中の助言でデッサンに挑戦していたし、そのおかげで陽太を描くための基礎はなんとか築けていた。だからその集大成をどうにか見てもらいたかった。
「だったら文化祭に見に来てくださいよ」
「……そうだね。楽しみにしてる」
「お願いします。陽太も、来てよ」
「俺も?」
「うん。頑張ってるから、見に来てほしい」
「……分かった」
優一の言葉に陽太は驚いたように目を丸くした。陽太がゆっくり頷いたのを見て優一は内心で安堵の息を吐く。よかった。だってあの絵は陽太に見てもらえなかったら意味がないから。
「あ、そうだ。お二人とも今日は時間ある?」
「え、ああ。まあ」
「だったらせっかくだから美術館寄っていきなよ~。近くの美術館、高校生までは無料だからさ」
「え、でも俺ら、その」
「芸術とか全く分かりませんよ」
「まあまあ。真夏に行く美術館のいいところはね、涼しいんだよ。とても」
「行きます」
「どこですか」
「素直でよろしい」
勢いよく身を乗り出した男子高校生二人を見て、田中はケラケラと楽しそうに笑った。そして展覧会のチラシを渡してくれる。
「印象派だからまだ分かりやすいと思うよ~」
「は、はあ……」
「多分、モネとかのやつ」
「そう。睡蓮とか来てるよ~。有名なやつ!」
田中はそう言うが、美術に関心のない二人には何のことかさっぱり分からない。会計を済ませた優一に田中は「よかったね。デートだよ」と揶揄うように笑う。この人、一体どこまで察しているのだろう。優一は少し背筋が寒くなりながらも「楽しんできます」と返事をした。
「おまたせ」
「おー。……それ、高かったんじゃないの」
「多少は。でも最近陽太が遊んでくれなかったから金使う機会なくてさ」
「……まあ忙しかったもんな。お互い」
しまった。こんな顔をさせたかったわけではないのに。少し傷ついたような顔をした陽太の背を励ますようにパンと叩く。励まし方があっているのかは分からないが、見ているだけではいられなかった。
「ほら、早く行こ。暑いもん」
「おー……」
チラシに載っていた美術館は本当に男子高校生が入って行っていいのか分からないほど荘厳な建物だった。優一は少し気圧されながらも陽太を伴って入口へ向かう。入場券売り場で学生証を見せると田中の言っていた通り本当に無料で入ることができた。
「俺、美術館とか小学校の遠足以来かも」
「俺もそんな感じ」
「……これ、喋っちゃいけないんだよな?」
「小声なら大丈夫でしょ。ほら、行こ」
自分たちからすると縁遠い場所であったが、美術館というのは平日の昼間にもかかわらずたくさんの人がいた。これだけの人が芸術に興味があるのか。芸術というのはこれだけの人の心を動かすのか。そう思うと初心者ながら少しだけ背筋が伸びる気がする。優一がのんびりと作品を見ながら歩いていたら、いつの間にか陽太がいなくなっていた。優一が慌てて周囲を見回すと、陽太は一つの作品の前で足を止め、それをじっと見つめていた。
「それ、気に入ったの」
「うわ、びっくりした」
広い空間では小声で喋ったつもりでも声がかなり響く。思ったよりも反響した声に驚いた二人は顔を見合わせて口を手で覆った。
「んー。日の出とか日の入りって好きなんだよな。空が藍色に染まっていくのが、優一の髪色みたいで」
「……俺の?」
「……今のなし。俺は何を言ってるんだ?」
陽太は照れくさそうにそう言うと真っ赤な顔を隠すように早足で歩き出した。優一は一人日の出の作品の前にぽつんと置いて行かれる。俺の髪色みたいで、好き? そんなの、まるで、告白みたいじゃないか。いやいや、まさか。
「あのー……」
「あ、すみません!」
作品の前で立ち尽くしていたのが邪魔だったのだろう。後ろから声を掛けられて優一は慌ててスペースを開ける。その時の声があまりにも響いたので、優一はいたたまれなくなって早足で出口へと向かった。田中が言っていた睡蓮という作品は一体どれだったのだろう。全く分からなかった。
出口までの間、陽太はどこにもいなかった。もう展示室から出てしまったのだろう。優一が陽太を探しながら外へ出ると、陽太はミュージアムショップの前で値札とにらめっこをしていた。
「何か買うの?」
「あー、いや。ちょっと足りない」
「マグネット……いや600円じゃん」
「……」
「分かった分かった。それも無理なのね」
優一は陽太にそれを買ってやろうかとも思ったが、陽太が奢り奢られみたいなことを嫌うのを知って口に出すのをやめた。これの代わりになるものはないだろうか。そう思い周囲を見渡すと、ポストカードが目に入った。
「こっちの方が安いけど、同じやつないの?」
「お、本当だ。……あ、ある!」
陽太の手元にあったのは先ほどの日の出の絵のポストカードだった。それを見ないふりして優一も同じポストカードを手にする。お揃いだからとかではなく、優一は優一でこの絵が気に入っていた。日の出だか日の入りだか知らないが、こういう色の太陽に照らされる陽太の髪の色が優一は世界で一番好きなのだ。自分の作品にも参考になるかもしれない。そう思い優一は陽太と同じものを買った。
「お揃いとかさぁ」
「俺も好きなんだもん。太陽」
「……ほんとかよ」
優一が揶揄っているのではないかと思ったのだろう。陽太は訝しむような目で優一を見、そしてため息を吐く。納得してくれたのならよかった。さて、今は何時だろうか。時間を確認するとサラリーマンの帰宅ラッシュに巻き込まれないいい時間だった。
「帰ろうか」
「あー、もうそんな時間か」
一日付き合わせてしまった格好になったが、少しは陽太の気分転換になっただろうか。陽太の気持ちが楽になればいいなと思う。優一の気持ちを知ってか知らずか、陽太は「今日はありがとうな」と言ってふわりと笑った。
「お久しぶりです。あの、絵具について聞きたいんですけど」
「お、色塗るようになったの? いいよ。何でも聞いて~!」
二年ぶりに会う田中晴香は高校時代からちっとも変わっていなかった。少し間延びした話し方は親しみを感じさせる。人好きのする笑みを見ていると質問もしやすい。きっと画材を扱う文房具屋というのは彼女にとっていい職場なのではないだろうか。優一がそんな偉そうなことを考えているとは露知らず、田中はにこやかに売り場まで案内してくれた。
「あ、そういえばそちらは?」
「小島です。その、優一とは幼馴染で」
「……あー、野球部の!」
「え、あ、はい。そうです」
「そっかそっか。ゆっくり見ていってね」
田中は陽太へにこやかにそう言うと二人を先導して歩き出す。陽太は首を傾げて優一に耳打ちをする。
「優一、俺のことなんて話してたのかよ」
「いや……あー、うん。多少は」
嘘だ。俺は一言も陽太のことを美術室で一度も話題にしたことはない。なのに陽太が野球部であると田中に看破されたということは。ずっと田中にはバレていたのだ。俺が何をしに、何を見に美術室に通っていたのか。
「先輩ってさすがですね」
「何が? はい、着きました~。これが水彩絵具です!」
「お、おお……」
「種類多……どうすんの、これ……」
「おすすめはホルベインかな~。中学校とかならアクリルガッシュが多いかもだけど」
「セットになってるやつあります?」
「もちろん。混色すればいいから色数はそんなに多くなくていいかな~。18色のやつを買って、欲しい色は単色で買ってもいいしね」
「じゃあそうします」
「あ、でもばしっと感じる色がなくてもいいんだよ。混ぜれば自分だけの色ができるから、ね?」
田中はそう言うとちらりと陽太に目をやり、優一の方を見てウインクをした。俺が何を描くつもりなのか、完全にバレている。揶揄うように笑う田中から目を逸らして陽太の方を向く。陽太は見たこともない種類の画材に圧倒されているらしく、目を輝かせてショーウインドウを見つめていた。
「めちゃくちゃあるんだな~。優一、楽しそうなことしてたんだなぁ」
「まあ俺も今日初体験だけどね」
「なんで美術部なのに色塗ってないんだよ」
「デッサンは結構やったよ」
「お、本当~? 今度見せてもらおうかな」
そう言って田中が笑う。優一は少し迷ったが、それでも少しだけ田中に絵を見てもらいたい気持ちが勝った。せっかくなら見てもらいたい。田中の助言でデッサンに挑戦していたし、そのおかげで陽太を描くための基礎はなんとか築けていた。だからその集大成をどうにか見てもらいたかった。
「だったら文化祭に見に来てくださいよ」
「……そうだね。楽しみにしてる」
「お願いします。陽太も、来てよ」
「俺も?」
「うん。頑張ってるから、見に来てほしい」
「……分かった」
優一の言葉に陽太は驚いたように目を丸くした。陽太がゆっくり頷いたのを見て優一は内心で安堵の息を吐く。よかった。だってあの絵は陽太に見てもらえなかったら意味がないから。
「あ、そうだ。お二人とも今日は時間ある?」
「え、ああ。まあ」
「だったらせっかくだから美術館寄っていきなよ~。近くの美術館、高校生までは無料だからさ」
「え、でも俺ら、その」
「芸術とか全く分かりませんよ」
「まあまあ。真夏に行く美術館のいいところはね、涼しいんだよ。とても」
「行きます」
「どこですか」
「素直でよろしい」
勢いよく身を乗り出した男子高校生二人を見て、田中はケラケラと楽しそうに笑った。そして展覧会のチラシを渡してくれる。
「印象派だからまだ分かりやすいと思うよ~」
「は、はあ……」
「多分、モネとかのやつ」
「そう。睡蓮とか来てるよ~。有名なやつ!」
田中はそう言うが、美術に関心のない二人には何のことかさっぱり分からない。会計を済ませた優一に田中は「よかったね。デートだよ」と揶揄うように笑う。この人、一体どこまで察しているのだろう。優一は少し背筋が寒くなりながらも「楽しんできます」と返事をした。
「おまたせ」
「おー。……それ、高かったんじゃないの」
「多少は。でも最近陽太が遊んでくれなかったから金使う機会なくてさ」
「……まあ忙しかったもんな。お互い」
しまった。こんな顔をさせたかったわけではないのに。少し傷ついたような顔をした陽太の背を励ますようにパンと叩く。励まし方があっているのかは分からないが、見ているだけではいられなかった。
「ほら、早く行こ。暑いもん」
「おー……」
チラシに載っていた美術館は本当に男子高校生が入って行っていいのか分からないほど荘厳な建物だった。優一は少し気圧されながらも陽太を伴って入口へ向かう。入場券売り場で学生証を見せると田中の言っていた通り本当に無料で入ることができた。
「俺、美術館とか小学校の遠足以来かも」
「俺もそんな感じ」
「……これ、喋っちゃいけないんだよな?」
「小声なら大丈夫でしょ。ほら、行こ」
自分たちからすると縁遠い場所であったが、美術館というのは平日の昼間にもかかわらずたくさんの人がいた。これだけの人が芸術に興味があるのか。芸術というのはこれだけの人の心を動かすのか。そう思うと初心者ながら少しだけ背筋が伸びる気がする。優一がのんびりと作品を見ながら歩いていたら、いつの間にか陽太がいなくなっていた。優一が慌てて周囲を見回すと、陽太は一つの作品の前で足を止め、それをじっと見つめていた。
「それ、気に入ったの」
「うわ、びっくりした」
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「んー。日の出とか日の入りって好きなんだよな。空が藍色に染まっていくのが、優一の髪色みたいで」
「……俺の?」
「……今のなし。俺は何を言ってるんだ?」
陽太は照れくさそうにそう言うと真っ赤な顔を隠すように早足で歩き出した。優一は一人日の出の作品の前にぽつんと置いて行かれる。俺の髪色みたいで、好き? そんなの、まるで、告白みたいじゃないか。いやいや、まさか。
「あのー……」
「あ、すみません!」
作品の前で立ち尽くしていたのが邪魔だったのだろう。後ろから声を掛けられて優一は慌ててスペースを開ける。その時の声があまりにも響いたので、優一はいたたまれなくなって早足で出口へと向かった。田中が言っていた睡蓮という作品は一体どれだったのだろう。全く分からなかった。
出口までの間、陽太はどこにもいなかった。もう展示室から出てしまったのだろう。優一が陽太を探しながら外へ出ると、陽太はミュージアムショップの前で値札とにらめっこをしていた。
「何か買うの?」
「あー、いや。ちょっと足りない」
「マグネット……いや600円じゃん」
「……」
「分かった分かった。それも無理なのね」
優一は陽太にそれを買ってやろうかとも思ったが、陽太が奢り奢られみたいなことを嫌うのを知って口に出すのをやめた。これの代わりになるものはないだろうか。そう思い周囲を見渡すと、ポストカードが目に入った。
「こっちの方が安いけど、同じやつないの?」
「お、本当だ。……あ、ある!」
陽太の手元にあったのは先ほどの日の出の絵のポストカードだった。それを見ないふりして優一も同じポストカードを手にする。お揃いだからとかではなく、優一は優一でこの絵が気に入っていた。日の出だか日の入りだか知らないが、こういう色の太陽に照らされる陽太の髪の色が優一は世界で一番好きなのだ。自分の作品にも参考になるかもしれない。そう思い優一は陽太と同じものを買った。
「お揃いとかさぁ」
「俺も好きなんだもん。太陽」
「……ほんとかよ」
優一が揶揄っているのではないかと思ったのだろう。陽太は訝しむような目で優一を見、そしてため息を吐く。納得してくれたのならよかった。さて、今は何時だろうか。時間を確認するとサラリーマンの帰宅ラッシュに巻き込まれないいい時間だった。
「帰ろうか」
「あー、もうそんな時間か」
一日付き合わせてしまった格好になったが、少しは陽太の気分転換になっただろうか。陽太の気持ちが楽になればいいなと思う。優一の気持ちを知ってか知らずか、陽太は「今日はありがとうな」と言ってふわりと笑った。
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