俺にしか描けない

東妻蛍

文字の大きさ
24 / 29
三年生

準備

しおりを挟む
 お盆が過ぎる頃にもなるとほとんどの運動部で三年生が引退する。するとなぜか最後の文化祭に向けて気合を入れて準備をし始めるのだ。受験に注力すればいいのに。そんなことを考えながら、優一は自分を取り囲むクラスメイトを眺めていた。
「上沢、少しくらい顔出せねえ?」
「あー……今日も無理かも」
「頼むって。お前がいると女子のやる気が違うんだよ」
「つーか上沢って美術部だろ? そんなやることねえだろ」
「やることはあるよ。部活の方だって最後の年なんだから」
 「えー」という大合唱に耳を塞ぎたい気持ちになる。クラスメイトの言葉に優一は少なからず腹を立てていた。まるで美術部を見下すような発言だ。そりゃ吹奏楽部や合唱部に比べたら学外から成果を評価される機会は少ないから、生徒から見たら何をやっているのか分からない部活なのかもしれない。でも今の俺も、そして近宮も。そんじょそこらの運動部員と変わらないくらい努力をしている。そう、近宮。俺はともかく近宮や田中の努力まで軽んじるような言い方をされる筋合いはない。
 優一は苛立っても普段の柔和な笑みを崩さない。だから周囲は優一の苛立ちに気づくことなく優一の足をその場に留め続ける。いい加減解放してくれないかな。優一が上の空で話を聞いていると、突然女子の声が背後から聞こえた。
「うわちゃん、大丈夫だよ。美術部の方行きな」
「有川」
「なんでだよ。有川だって上沢がいてくれたら嬉しいだろー?」
 囃し立てるような男子の声を無視して有川はまっすぐに優一を見据える。そしてへらりと笑みを浮かべた。
「うわちゃんがそんな頑張ってるとこ初めて見たし。私がうわちゃんの分までやるから、こっちは平気」
「……いいの?」
「いいよー。一年の時のお礼!」
 有川の言葉に他の男子も口を噤む。そういえばこいつらも一年の時に同じクラスだったっけ。そうか、一度甘やかすとつけあがるんだな。優一は呆れて内心で溜息を吐いた。
 有川にだけ礼を言って優一は美術室へと向かう。今日中にはなんとか下絵を終わらせたい。色塗りなんてやったことがないから、きっと時間がものすごくかかる。夏休みが終われば文化祭はすぐにやってくる。それに授業が再開したら絵に費やす時間も減らさざるを得ない。
 自分が描いた絵を眺めながら優一は首を傾げる。これでいいのだろうか。ずっと見ていたらよく分からなくなってきた。最終調整は近宮にアドバイスを求めたい気もするが、きっと忙しいだろう。それにこれは自分の作品だし……。
「随分大きな作品になってるわね」
「うわっ! なに、芸術系の人ってみんなそうなの?」
「なんの話よ。まあいいわ。ちょっとこれ運ぶの手伝ってくれる?」
 優一が先日の吉井を思い出しながら疑問を抱くのをよそに、近宮は抱えていた大きな布包みを指さした。急に現れたのにいつも通り優一を顎で使う近宮に、優一もはいはいと軽く応じる。布に包まれたそれはきっと近宮が描いた今年の展示会用の作品なのだろう。
「画塾で描いたやつ?」
「そう……浪人生はやっぱり上手いわね」
「珍しいね。近宮がそういうこと言うの」
「じゃあ忘れてちょうだい」
「気休めになるかどうか分からないけど、人の上手さが分かるのは自分も上手いからだよ。俺、この前美術館行ったけどさっぱりだったもんな」
「……励ましとして受け取っておくわ」
 近宮もこんな風に弱音を吐くことがあるのか。そして俺の今の発言は多少近宮の気持ちを癒せたのだろうか。優一には分からなかったが、近宮の表情が少しだけ緩んだのを見て自分も頬を綻ばせた。
 近宮は優一の絵の方に視線をやり、そして眩しそうに目を細めるとそのまま窓の方を向く。近宮にも分かっているのだろう。窓から見える景色は優一が描いている絵そのものだ。
「なるほど。あなたの好きな景色ね」
「やっぱバレた?」
「当たり前でしょ。……正直、最初はあなたが運動部の女子でも見てるのだと思っていたのよ」
「え。えー……なんで?」
「だってまさかあんなに熱心に幼馴染を見てるとは思わないじゃない。クラスでも女の子に囲まれてへらへらしてるような男だったし」
「へらへらなんてしてないでしょ。むしろ適当だったよ」
「今なら分かるわ。あのあなたの笑みがどうでもいい相手に向けるそれだったってことがね」
「……反論したいけど、当たってる気もするなあ」
 そこまで近宮に見抜かれているとは。誤魔化すようにへらりと笑った優一を見て、近宮は呆れたようにため息を吐いた。
「色を塗る時は薄い色から塗るのよ。重ねて段々濃い色にしていくの」
「へえ、そうなんだ」
「ちゃんと調べなさい。あと乾くまで触らないこと。にじむから。それをうまく使うのもいいけど、そういう作品じゃないんでしょ、きっと」
「うん、そうだね……。そういえばさ、水彩ってかなり紙が反るけど、どうすればいいの?」
 優一の言葉に近宮は信じられないものを見るような目で優一の方を向いた。そして震える唇で言葉を紡ぐ。
「あなた、まさか水張りせずに下絵を描いてる?」
「水張り?」
「……やり直しよ。やり直し! もう! 吉井先生、ちゃんと見てあげてくださいよ!」
 近宮は眉を吊り上げると美術準備室へ向けて大きな声を出した。突然名前を呼ばれた吉井はのそのそと扉から出てくると頭を掻きながら優一の作品の方を見た。
「……いや、まさかここまでの絵を描く子が水彩初心者とは思わないじゃん?」
「とにかく! 見てあげてください。上沢君、悪いけど私は塾があるので失礼するわ」
「あ、ああ。ありがと、近宮……」
 優一の返事を聞く余裕もないと言った様子で近宮は美術室を出ていった。残された優一と吉井は神妙な顔つきでお互いを見つめる。
「やり直し、ですか?」
「うーん。まあそうなるかなぁ。幸いボードタイプの紙があるから、それ使っていいよ。水張りは時間がかかるからねえ」
「はい、ありがとうございます……」
 前途多難としか言いようがない。本当にこの絵はちゃんと仕上がるのだろうか。優一は不安な気持ちで先ほどまで順調だと信じて疑わなかった下絵を見つめることしかできなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

溺愛系とまではいかないけど…過保護系カレシと言った方が 良いじゃねぇ? って親友に言われる僕のカレシさん

315 サイコ
BL
潔癖症で対人恐怖症の汐織は、一目惚れした1つ上の三波 道也に告白する。  が、案の定…  対人恐怖症と潔癖症が、災いして号泣した汐織を心配して手を貸そうとした三波の手を叩いてしまう。  そんな事が、あったのにも関わらず仮の恋人から本当の恋人までなるのだが…  三波もまた、汐織の対応をどうしたらいいのか、戸惑っていた。  そこに汐織の幼馴染みで、隣に住んでいる汐織の姉と付き合っていると言う戸室 久貴が、汐織の頭をポンポンしている場面に遭遇してしまう…   表紙のイラストは、Days AIさんで作らせていただきました。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

だって、君は210日のポラリス

大庭和香
BL
モテ属性過多男 × モブ要素しかない俺 モテ属性過多の理央は、地味で凡庸な俺を平然と「恋人」と呼ぶ。大学の履修登録も丸かぶりで、いつも一緒。 一方、平凡な小市民の俺は、旅行先で両親が事故死したという連絡を受け、 突然人生の岐路に立たされた。 ――立春から210日、夏休みの終わる頃。 それでも理央は、変わらず俺のそばにいてくれて―― 📌別サイトで読み切りの形で投稿した作品を、連載形式に切り替えて投稿しています。  エピローグまで公開いたしました。14,000字程度になりました。読み切りの形のときより短くなりました……1000文字ぐらい書き足したのになぁ。 📌本編モブ視点による、番外エピソード 「君はポラリス ― アンコール!:2年後の二人と俺と」を追加しました。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】

彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。 高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。 (これが最後のチャンスかもしれない) 流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。 (できれば、春樹に彼女が出来ませんように) そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。 ********* 久しぶりに始めてみました お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

処理中です...