世界の端で、誰かを待つ

東妻蛍

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世界の端で、誰かを待つ

マッチングアプリで、誰かを待つ

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 ああ、今日もダメだった。連絡の返ってこなくなったメッセージアプリを閉じ、ため息を吐く。これにてマッチングアプリは三十一戦三十一敗。特に三回目に会った男にはひどい目にあわされた。まああんなことがなかっただけ今回はましか。随分と下がった己の中のハードルを自嘲して駅に向かう。くよくよ悩んだって何の意味もない。すぐ次に移らないとマッチングアプリをやっている意味がない。

 今まで誰にも選ばれなかった私が、この歳になって誰かに選ばれるなんて上手い話があるわけない。そう思っていてもどうしても期待してしまう。だってマッチングアプリに登録してるってことは、向こうだって、選ばれていないということでしょう。今日の男だって、決して私のことをどうこう言えるような人間じゃなかった。ここまで考えてため息を一つ。だったら別にいいじゃない。私だってわざわざあんな男を選ばない。なのにどうしてこんなにも心が寂しいのか。憂鬱を振り払うべく頭をぶんぶんと横に振る。今日は久しぶりに親友と会うのだ。こんな暗い気持ちでいちゃいけない。

「絵里奈もマッチングアプリとかよくやるよねぇ」
「だってこの歳になったら出会いなんてないし」
「まあそれはそうよね~。職場とかは?」
「うちの職場、女ばっかりだもん」
「そっか。まあ職場内結婚ってのも結構他が気を遣うしなぁ」

 幼馴染の真美は高校の時から付き合っていた恋人と大学卒業後すぐに結婚した。いいな。そんな人がいて。私は今まで誰かに好きだなんて言われたことがない。誰とも付き合ったことがない。誰かとセックスをしたことだってない。私からすれば全部本だとかドラマだけの話だ。
 もちろん今までの人生には満足している。恋や愛だけが全てとは思わないけれど、この歳にもなると少しだけコンプレックスにもなってくる。初体験が早い女のことを嘲笑う連中もいるけれど、そいつらは高齢処女のことも同時に嘲笑う。一体私たちにどうして欲しいのかさっぱり分からない。居酒屋のお通しをぼんやり口に運んでいると、よほど私が落ち込んでいるように見えたのか真美は一気にジョッキのビールを飲み干して豪快に笑ってみせた。

「まあそのうちなんとかなるって。それに結婚もいいことばかりじゃないよ~。こないだだってさぁ」

 真美の愚痴に曖昧な笑みを浮かべる。真美はきっと真剣に悩んでいるのだろうが、それは選ばれたもののみに許された悩みだ。選ばれたから言えること。選んだから言えること。私には縁遠いそれを聞いても私はどうしても親身にはなれなかった。

「でも絵里奈が本当に結婚したいならさ、マッチングアプリよりも結婚相談所の方がいいんじゃないの。マチアプは遊び目的もいるけど、相談所なら高い金払ってる分本気度高そうじゃない? それに身元の保証もあるでしょ?」
「結婚相談所かぁ……ちょっとなんかハードル高そう……」

 結婚相談所だって考えなかったわけではない。しかしどうしてもデメリットというものもある。マッチングアプリは女性無料のところが多くて、安月給の私には都合がよかった。しかし結婚相談所となると入会費に月額会費とどんどんお金がかかる。正直家賃と生活費で給料の大半が消える私にはだいぶ懐が痛い話だ。だが真美は私が言ったハードルの意味を心理的な意味だと捉えたらしい。真美は私を勇気づけるかのようにバンとテーブルを叩き、こちらに身を乗り出してきた。

「結婚したいんなら、そんなハードル超えなきゃ! それにやっぱり身元の保証があるってのは友人からしても安心だよ……マチアプなんてどれだけでも嘘吐けるじゃん」

 真美の語尾はどんどん弱くなっていく。それが照れ隠しだと、幼馴染の私はよく知っている。真剣に私のことを心配しているというのがだんだん自分で言っていて恥ずかしくなってきたのだ。私の心を動かしたのは、真美が私を本気で心配してくれているという一点だった。それに身元の保証がない男によるべのない女がどんな目に遭わされるのか、今の私はよく知っている。

「分かった。登録してみる」
「よかった! あ、職場の人が結婚相談所登録してるって言ってたんだけど、どこか聞いてみる?」
「あー……じゃあお願いしようかな」

 共通の知人ではなくても、確かな「誰か」が登録している場所だというだけで少し安心感がある。「待っててね」とどこかに連絡を取り始めた真美を見ながら自分もビールに口をつける。結婚相談所か。考えたことがないわけではないが、実際に登録するとなると自分のような人間が登録していいのか不安になってくる。

 私は別に結婚がしたいわけじゃない。生活は一人でも十分充実している。ただ、誰かに愛されるという経験をしてみたかっただけだ。誰のことも好きになったことがないのに随分身勝手な話だと自分でも思う。でも、どうしても一人で生きていては想像のつかない世界に、私だってたどり着いてみたかった。

「あ、返事来た。よかったね。紹介割りあるらしいよ」
「やった。一番いい情報きた。……あのさ、ちなみになんかアドバイスある?」
「モテアドバイス? うーん……モテたことはないからなぁ」
「ずっと成瀬君と付き合ってたから他の野郎どもが割って入る隙がなかっただけでしょ」
「そんなことないでしょ。まあ、そのままの絵里奈を愛してくれる人を探せばいいんじゃない?」

 真美はそう言うと「臭いこと言っちゃったかな」なんて照れ隠しに大きな声でおかわりのビールを注文する。その陰で私は一人唇を噛みしめた。そんな相手、本当にいるんだろうか。今まで現れたことなんてなかったのに。今までマッチングアプリで出会って直接会った三十一人にも、メッセージのやりとりだけで終わったそれ以上の数の男の中にも、私を選ぶような男は一人もいなかったのに。

 楽しそうに喋り続ける真美との会話がなぜかどうにも苦痛に感じる。私たちの関係は何も変わっていないはずなのに。真美の話だって今までと何も変わらないのに。勝手にコンプレックスを覚えて勝手に親友相手に壁を感じて、自分が自分で嫌になる。悔しさや嫌悪感だけはどうにか顔に出さないように努めた親友との会話はこれまでにないほどつまらなかった。
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