ログティア~忘却の大地と記録の旅人~

石動なつめ

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白雲の遺跡

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 地図を仕舞うと、セイルたちは再び歩き出す。
 こつこつと靴の音が、川のせせらぎの音と混ざって、不思議な音色を奏でていた。

「私、こういう遺跡は初めてなので、ちょっとドキドキしますねぇ」
「ほうほう。私は遺跡には何度か入った事はありますねぇ」
「おお、では先輩という事ですね」
「先輩、良い響きですね! ……ああ、そう言えば」
「はい」
「セイル、知っていますか? ここにはゴーレムがいるんですよ」
「ゴーレムですか?」

 思い出したように言うハイネルに、セイルはきょとんとした表情になる。
 ゴーレムとは、魔法使いが作った魔力で動く人形の事だ。
 素材によって名称や、耐久度は変わるが、多いのは土や石材、それと木材で作られたゴーレムである。

(と、言うような事を、前に師匠から聞いたような)

 セイルはゴーレムを実際に見た事はなかったが、知識としては知っている。知っていると言っても、踏み込んだ内容とは言えないものだが。顔見知りですかと聞かれて、そうですねと答える程度のものである。

「ええ、この遺跡の守護者です。この遺跡に危険な魔獣が入って来ても、ゴーレムが排除してくれるらしいですよ。しかも我々に対しては害もなく、とても安全なのだそうです」
「ほほう、それは良いゴーレムですね!」
「ええ、良いゴーレムです」

 ハイネルはセイルの言葉に力強く頷いた。セイルはそんなハイネルに、

(ハイネルは物知りだなぁ)

 と感心していたが、実の所、ハイネルのそれは全て、冒険者ギルドのギルドマスターの受け売りである。
 だがハイネルは言わない。セイルからの尊敬に近い眼差しに、ちょっとご機嫌だった。
 そしてついでに、と言わんばかりに受け売り知識を披露しようとした時。

――――不意に、遺跡全体を震わせるような振動が響いた。

「おっと、噂をすれば」

 呟いたハイネルの顔は少しワクワクしている。
 笑顔で辺りを見回すハイネルを見て、セイルはその音の正体がゴーレムである事を察した。
 初めてのゴーレム。そして何より良いゴーレム。そう聞いてしまえば、否が応にもセイルの期待は高まる。
 セイルは目を輝かせながら、どこにゴーレムがいるのかと、ハイネルと同じように周囲を見回す。
 そして、それから間もなくして、音の主を発見した。

「……あ!」

 セイルが嬉しそうな声を上げる。
 音の主――ゴーレムは、セイルたちの後方、今まで歩いてきた回廊の向こうにいた。
 大きな焦げ茶色のゴーレムだ。遠目なので素材は分からないが、あの色は木材で出来たウッドゴーレムだろう。
 セイルは歓喜の声を上げた。

「うわあ! ゴーレム! かわいい!」
「かわ……いい?」

 喜ぶセイルの言葉に、ハイネルは思わず首を傾げた。そしてまじまじとゴーレムを見る。
 二人の視線の先にいるゴーレムは、四角形を繋ぎ合わせて作られた、最もシンプルでオーソドックスな形をしている。
 大きさは回廊の屋根につくか、つかないかくらい。ハイネルの身長の1.5倍くらいはあるだろう。
 さて、そんなゴーレムだが。
 かわいい、と表現できるかどうかは、ハイネルはいささか首を傾げる。まぁ見ようによっては、かわいいと言えなくもない。

 かわいい、どうか。ハイネルは顎に手を当てて、じっくりとゴーレムを観察し始めた。
 まずは手だ。あの大きな手には、ハイネルたちと同じく、指が5本ついている。丸くて太いその指は、赤子のふくよかな手を彷彿とさせるところがある――かもしれない。

(うむ、かわいい)

 次はあの歩き方だ。ゴーレムは体が大きく、使っている材料にもよるが基本的に重量級である。そのため走ったりは出来ないのだが、あののそのそとした歩き方は、動物が恐る恐る近づいてくる時のそれと似ている気がする。

(うむ、それもまたかわいい)

 一つ一つ判断していくハイネル。その隣でセイルは、

「やあ、目の色も綺麗ですね」

 と言って笑った。それにはハイネルも同意する。
 ハイネルがゴーレムの中でかわいいのではない、と思ったのは、あの顔だ。
 ハイネルが知るゴーレムは、大体素朴でつぶらな丸い目であある。
 中には人の顔に近づけて妙に凝ったゴーレムもいるが、あれは怖かった。のっそりとした巨体に精巧な人の顔がくっついているのだ。どんなホラーだ。
 思い出して少し気分を悪くしながら、それを追い払うかのようにハイネルは首を振ってゴーレムを見た。
 ほら、どうだ、あのつぶらな目。あの可愛らしい丸い目は、赤く爛々と輝いて――――。

「赤ッ!?」

 そこまで考えて、ハイネルは目を剥いた。
 ゴーレムの目が赤い。
 その事実に、ハイネルの額からだらだらと嫌な汗が流れる。

「ハイネル? 突然叫んで、どうしたんですか?」

 セイルはハイネルの声に驚いて、目を丸くする。だがハイネルは答えない。眼鏡の奥にある目で、ゴーレムの顔を凝視していた。

「…………赤」
「え? ええ、はい。赤いですね」

 ハイネルの言葉にセイルもゴーレムを見る。
 ゴーレムの目は赤色をしている。光の具合でも、錆び具合でもなく、赤色だ。
 ゴーレムの目は確かに赤色に光っている。

 セイルが首を傾げていると、ハイネルはすい、とゴーレムから視線を逸らした。
 そしてセイルに向かってにこりと微笑みかける。
 何故微笑まれたのか良く分からなかったが、セイルもつられてにこりと笑う。

 笑った瞬間、ハイネルはセイルの腕を掴んで一目散に駆け出した。
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