ログティア~忘却の大地と記録の旅人~

石動なつめ

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白雲の遺跡

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「ぐえ!?」

 急に引っ張られたものだから、セイルは舌を噛んだ。
 痛い、とセイルが涙目になっているが、ハイネルはお構いなしにぐいぐいと腕を引っ張り、走っている

「マズイマズイマズイマズイ!」

 ハイネルはそう繰り返しながら走っている。
 その顔からは、先ほどまでの済ました表情は消えていた。
 目を剥き、だらだらと冷や汗を流しながら、ハイネルは本気で焦っている。
 何があったというのかと、セイルは困惑しながらも、ひとまず聞いた。

「ハイネル、ちょっと、いきなりどうしたんですか!?」
「ゴーレムの目! 目です!」
「目?」

 ハイネルの言葉に、セイルはゴーレムを振り返る。
 ゴーレムの目の色、と言われて見た目は、やはり赤色に光っていた。
 だがそれが何だと言うのだろうか。セイルは首を傾げながら、顔を戻した。

「赤ですね?」
「あの赤色! あれは警戒色と言って! 攻撃行動に出る時のもので!」
「つまり?」
「襲い掛かって来ます! もう、めっちゃ襲い掛かって来ます!」

 セイルはぎょっとして、再度ゴーレムを振り返った。
 ゴーレムの目は赤く爛々と輝いている。先ほどまではかわいいな、と思っていたそれが、急に不気味に映った。
 心情とは、感情とは、便利なものである。
 セイルの視線の先でゴーレムはおもむろに両手を振り上げ―――――――吼えた。

「うわー! うわー! 何ですかあれ! ちょう怖い! 安全なのではー!?」
「いやはやびっくりですね!」

 空気がビリビリと震えるほどの咆哮に、セイルは思わず空いている手で耳を塞いだ。
 ゴーレムは遺跡を震わせる重い音と振動を立てながら、セイルたちを目がけて追ってくる。
 速度的には、人で言うところの急ぎ足程度だ。
――――だが、近づく速さが何だと言うのだ。
 感情の読めないほぼ無表情のゴーレムが、目に赤く不気味な光を灯し、まっすぐにこちらへ向かってくる様子は恐怖以外の何者でもなかった。


「どうします、ハイネル!? 逃げますか、それとも隠れますか!? 倒すのは……あ、無理だ、これ」

 セイルは手に持った杖を見た。
 殴ったら折れる。そもそも殴りに行ったら自分が折られる。
 ふっと、師匠やハイネルが、合掌している姿がセイルの脳裏に浮かんだ。

(――いや、それはまだ早いですけれども!)

 自分に自分でツッコミを入れつつ。
 だがどのみち、厳しい未来が待っている事が容易に想像できた。
 セイルの脳内がちょっとした混沌カオスとなっている中、ハイネルが眼鏡を光らせる。
「奥の手があります!」

 ずいぶんと早い奥の手の登場だった。
 ハイネルはセイルを掴んでいた手を離すと、鞄に手を突っ込む。
 そして中から赤い玉ねぎくらいの大きさをした赤色のボールを取りだした。

「行きますよ!」 

 ドン、と足に力を入れて地面を踏みしめたハイネルは、走ていた勢いそのままに振り向く。
 そしてその赤いボールを、思い切りゴーレムへ投げつけた。
 見事なフォームであった。赤色のボールは真っ直ぐにゴーレムへと向かい、ぶつかる。
 その瞬間、腹に響くようなけたたましい音が鳴った。
 赤色のボールが火柱を上げて爆発したのだ。
 思わずセイルが目を見張る。ハイネルはニヤリと口元を上げた。

「すごい……!」
「フッそうでしょうそうでしょう。何せあれ、は僕が全財産をはたいて購入した――――」

 ハイネルが自慢げに笑う向こうで、ゆっくりと煙が晴れてくる。
 そこには。
 その爆発の向こうには、焦げ目―――――の一つもいてない、実に元気そうなゴーレムが姿があった。

「あれ?」

 ハイネルは首を傾げる。思ったのと違う、とその顔に書いてあった。
 ハイネルが投げた赤いボールによる攻撃は、石畳の床にひびや焦げた跡がついている事から、効果自体は大きかったはずだ。

――――だが。

 それにも関わらず、ゴーレムはピンピンとしていた。
 そして何事もなかったかのように動き出し、セイルたちに向かってくる。
 セイルはハイネルを見た。その横顔には哀愁が漂っていた。

「……ハイネル」
「……ええ、セイル」

 重々しく頷いた二人は、

「ゴーレムには効果がないようだ!」
「解説しなくてよろしい!」

 などと涙目になりながら、地図の事も忘れて、回廊のあちこちへと逃げ惑った。


 逃げる二人が、偶然見つけた崩れかけの部屋に飛び込んで身を隠したのは、それから数十分の追いかけっこの後だった。
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