ログティア~忘却の大地と記録の旅人~

石動なつめ

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白雲の遺跡

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 重量級のものが、音を立ててゆっくりと遺跡を移動している。
 その振動を感じながら、セイルとハイネルは別の意味で体を震わせていた。

 振動の主は、セイルたちに襲い掛かって来た、深い焦げ茶色をしたゴーレムだ。数は一体。木材で出来たウッドゴーレムである。
 ずいぶんと長い間放置されていたようで、ウッドゴーレムの体には植物の芽や蔦が巻きついていた。だが先ほどのハイネルの攻撃によって、それらは焼け焦げ、歩くたびにハラハラと地面に落下している。

 だがウッドゴーレム自体には、さしてダメージは与えられていないようで、その歩みは止まらない。
 警戒色と呼ばれる赤色の光を目に灯らせ、その振動に驚いて飛び出て来る大きなネズミのような魔獣を、巨大な腕で薙ぎ払っていた。

「……うわぁ」

 セイルは空高く飛んで行くネズミの魔獣を見上げ、呆然とした声を漏らした。
 それはハイネルも同様で、眼鏡の奥の目を虚ろにしている。

 さて、この二人がどこにいるかと言うと。
 遺跡を逃げ回っていたセイルとハイネルは、走っている最中に、崩れかけた岩壁の向こうに、小さな部屋を見つけたのだ。
 そこへ、ゴーレムの意識がネズミの魔獣に映った隙を見て飛び込んだのである。
 何とか隠れられたものの、ウッドゴーレム自体は近くにいるため、生きた心地はしないという表情をしていた。

「ハイネル。あれ、ウッドゴーレムですよね? 木製の……」
「ええ、そのはずです。木製のあれですよ」
「でも燃えませんでしたね」
「ええ、燃えませんでしたねぇ。……ぐうう、まさかの耐火性のウッドゴーレム……」

 ハイネルは悔しげに唸った。
 ウッドゴーレムとは、その名前の通り、木材で作られたゴーレムだ。
 数あるゴーレム種の中では、その素材からして、最も倒しやすいと言われている。

 だが別にウッドゴーレムが弱い、という事ではない。ゴーレム種であるため、ウッドゴーレムもまた頑丈でタフだ。
 倒しやすい、というのは、単に弱点が分かりやすく当てやすい、という意味である。
 基本的に木は火で燃える。例外はあれど、大体はそうだ。だが、どういう訳か、二人を襲ってきたウッドゴーレムに火は聞かなかった。

「ああ、アレ、とても高かったのに……」

 ハイネルはしょんぼりと呟いて、鞄の中に手を入れた。
 そして中から、先ほど彼がウッドゴーレムに投げたものと、全く同じものを二つ取り出す。
 先ほどはそれどころではないので分からなかったが、そのボールの表面には何やら古代語が綴られていた。
 セイルは古代語の知識に関してはさほど明るくないので、何が書いてあるのかは分からなかったが、それが何であるかは理解した。
 魔法の効果を持つ道具――マジックアイテムだ。

「マジックアイテムですか?」
「ええ、そうですとも! 分かります? 分かります? フッ美しいでしょう? これは火の魔法を宿したもので『火トカゲ』と言う名前のマジックアイテムなのですよ!」

 セイルが尋ねた途端に、ハイネルが目を輝かせた。
 落ち込んでいた顔はどこへやら、その表情はイキイキとし始める。

「これはですね! 投げてぶつけると炎を纏った爆発を起こすのです。通常の火薬玉と同じサイズで、火薬玉以上の効果を持つすぐれもの。し・か・も、一つ一つに製造番号が決められおり、同じものは二つと存在しいのですよ! どうです、美しいでしょう、素晴らしいでしょう!」

 見事なまでの早口かつ饒舌っぷりだ。
 セイルが面食らって目を丸くしているのもお構いなしに、ハイネルはマジックアイテムについて語り続ける。

 やれ、製造番号がどうとか。
 やれ、素材がどうとか。

 興味がないわけではないが、その説明を受け止めるための準備がなかったセイルは、口をぱくぱくとしている。
 だがしかし、やはりハイネルはおかまいなしだ。
 この『火トカゲ』というマジッくアイテムがどれほど素晴らしいのかを、効果を交えて事細かに説明したあとは、発明した魔法使いの生い立ちにまで話が飛びそうになったので、セイルは慌てて制する。

「つ、つまり、素晴らしいマジックアイテムの『火とかげ』は、ぶつけると炎を纏って爆発するんですね。わー、すごーい! かっこいー!」

 セイルはとりあえず賞賛してみる。
 するとハイネルは「そうでしょう、そうでしょう」と満足気味だった。
 セイルが若干引き気味で、かつ、かなりわざとらしかったのだが、ハイネルは気にした風でもなく。
 とりあえず、存分に語り終えてスッキリしたようで、落ち着いたハイネルは話を戻した。

「残りが二個ですが、効果がないとすると困りましたね。僕の武器はこれしかないのですよ」
「マジですか」
「セイルはどうですか?」
「わたしの武器はこの水音の杖ですが……」

 そう言って、セイルは『水音の杖』と呼んだ、音叉のような形の白い杖をハイネルに見せた。
 ハイネルはくい、と眼鏡を押し上げ覗き込む。

「ほほう。殴るのですか?」
「いえ、さすがにゴーレムを殴ると折れそうな気がします。元々これは地面を鳴らす為に使うものなので」
「鳴らすとどうなるのですか?」
「水源が見つかります」
「ダウジング……」

 そう、ダウジングだ。いざという時便利なような、今は必要ないような。ハイネルはそんな視線をセイルに向けた。
 セイルは困ったように笑いながら、ハイネルも似たようなものじゃないかなと思ったが、言葉にしなかった。
 それからハイネルはふうと息を吐くと壁に背中を預ける。

「万事休すですね……見つからないように身を隠して、救援が来るのを待ちましょう」
「救援?」
「新人の実技テストの時はですね、あまりに遅くなっても戻ってこない時や、緊急事態に限っては、ギルドから捜索隊が出るのですよ」
「へえ、そうなんですか」

 捜索隊の言葉にセイルはほっとした顔で息を吐き、杖をぎゅと抱きしめた。
 表情の読めない相手にずっと追いかけられるのは、さすがに怖かったのだろう。
「大丈夫ですよ。もし見つかったとしても、あのウッドゴーレムの動きは遅いですし、落ち着いて逃げていれば何とかなりますから」

 セイルの様子を見て気遣うようにハイネルは微笑んだ。
 一緒になって涙目で逃げ回っていたハイネルだったが、こういう時はやはり年上らしさが出る。
 つられてセイルも笑い返した。
 そうして落ち着いたところで、二人は鞄から水筒を取り出し、一口飲んだ。

「さて、攻撃手段がありませんので、今のうちに何か作戦でも考えておきましょうか」
「そうですね。……それにしても、そもそもどうしてゴーレムがああなったかですよね」
「ゴーレムを動かすには何か指示を出す道具を必要とするらしいのですが、それに何か不具合でも出たか、あるいは本体の老朽化か故障で、その指示が受け取れなくなっているかでしょうか。この遺跡に人が住んでいたずっと昔から、ゴーレムはいるみたいですから」
「…………どうにもならない時は、わたしの方にも少し考えがあります」
「ほほう。では、頼りにしていますよ、セイル」
「合点!」

 にこりと笑いあう二人の上に、不意に黒い影が掛かった。
 和やかだった空間は一瞬にして凍りつき、セイルとハイネルはギギギギと音が鳴りそうな動きで振り返る。

――――隙間から、ウッドゴーレムが覗きこんでいた。
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